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第99話 暗雲Ⅰ 『造られた』百合オタク

 今回、プロム視点です。

 王女として生まれたわたし・プロム=フォン=クラリゼナは生まれた時から、将来はこの国の要である勇者パーティーを支えることを嘱望されていました。そのためにわたしは幼い頃から勇者様をサポートする上での様々な英才教育を施されました。魔法が発現すると間もなく魔法専門の家庭教師も付けられ、治癒魔法・精神操作魔法・補助魔法などの回復術師・魔法師としての教育もみっちりと仕込まれました。遊ぶ暇なんてない、勉強漬けの毎日、そんな生活の中でわたしの唯一の楽しみ、それが家庭教師の先生が授業の合間合間に息抜きで話してくれる、クラリゼナ王国の勇者のお話でした。


 数百年の長きにわたって代々、人類最古の王朝となったクラリゼナ王国を魔族から守り続け、時には魔王軍幹部の漆黒七雲客を倒すために遠征したこともある勇者の物語。そしてそんな歴代勇者の話の中でもとりわけわたしのお気に入りが、当代の勇者であるチェリー様とベリー様のお話でした。


 三世代ぶりの女性勇者、しかも1代に2人の女の子の勇者が並び立つなんてクラリゼナの長い歴史の中でも前代未聞です。そんな2人は強敵に果敢に挑み、2人合わせて、まるで大きな翼を広げた白鳥のように美しく舞い、倒していきました。可憐で、強くて、仲睦まじい二人にわたしの心が射止められるまでにそんなに時間はかかりませんでした。


 ――こんな素敵なお2人のことを間近で見てみたい。こんな素敵な百合カップルに仕え、この尊すぎる百合の花を守れたらどんなに幸せでしょう。


 幼い頃からそんなことばかり思っていました。そして、家庭教師の先生は決まってお話の最後には、わたしの心を見透かしたようにこう囁くのです。


「プロム様はご成長なされたら『双翼』を守り、支え続ける立派な回復術師になるのですよ」


 そしてわたしが15歳になった時。


 晴れてお父様から勇者パーティーの一員に選ばれた時のわたしの喜びようと言ったらありませんでした。でも、勇者パーティーに入って、チェリー様とベリー様と寝食を共にするようになっても、憧れの百合カップルの2人はわたしのことなんか眼中にないようでした。


 けれど、わたしは別にそれが辛いとは思いませんでした。お2人がお2人だけの世界を創り出してくれること。それこそが『双翼の熱烈なファン』を自負するわたしにとっては何よりの喜びです。むしろわたしなんかを視界に入れてお2人のお目汚しするわけには行かない、とすら思っていました。お2人に認知されずとも陰から尊すぎるお2人の仲睦まじい様子を壁となって見守る。それが、わたしにとって何よりも至福の時間でした。でも、そんなわたしの居心地の良い『勇者パーティー』は一匹の害虫によって滅茶苦茶にされてしまったのです。


 その害虫――アリエルが勇者パーティーに入ってきてから、これまで他の勇者パーティーメンバーなんて歯牙にもかけず神秘的ですらあった『双翼』のお2人は変わってしまいました。害虫に精神操作でもされているのかデレデレするようになって、あろうことか害虫を取り合ってあれだけ仲が良かったはずの双翼の間に亀裂すら入るようになりました。


 ――このままじゃ、わたしが大好きな百合の花園がなくなっちゃいます!


 そう危機感に駆られたわたしが独断で害虫を駆除しようとしたこと。そのこと自体に対してわたしは後悔してません。でもその日を境に、わたしの人生の歯車は更に大きく狂うことになってしまったのでした。


 アリエルを排除し終えた翌日。あろうことかチェリー様は勇者パーティーを抜けると仰ったのです。どうやらすぐにアリエルと言う毒牙の汚染からチェリー様は回復できなかったようでした。それでもわたしはチェリー様は本気でそんなことを言う方じゃないと根拠もなしに信じてしまいました。これまで王国を守り続けてきた責任感の強いチェリー様が悪女1人なんかのせいで崇高な使命と唯一無二のパートナーであるベリー様のことを裏切ることなんてありえない。一晩寝たら、チェリー様も頭を冷やしてくれるだろう。そう、甘く考えてしまったのです。でも。チェリー様は翌朝、本当に勇者パーティーから一人で抜け出し、消息を絶ってしまいました、


 それからの2人きりになった勇者パーティーはもう、散々なものでした。アリエルが抜けたのは大した問題ではありません。でも、その害虫の消失を原因としてチェリー様まで乱心されて勇者パーティーから姿を消してしまったこと、それによってクラリゼナ王国にとっての希望であり続けなくてはいけないはずの勇者パーティーは大幅に弱体化してしまったのです。


 その状況にわたしは焦りました。なんとしてもチェリー様を見つけ出して勇者パーティーに引き戻さなくては。それは推しカプに戻ってきてほしい、という私情ももちろんありましたが、それと同じくらいクラリゼナ王国の王女としての立場もありました。わたしは王族の一員として勇者様を支えるために、お父様から直々に勇者パーティーメンバーに任命されたのです。そんなわたしがクラリゼナ王国の勇者の1人を失ったまま、お父様に合わせられる顔がある訳がありません。わたしはアリエルを追い出したことはもちろん、チェリー様が失踪したことも含めて王城に隠したままベリー様と旅を続け、チェリー様を必死に探しました。


 しかし、それからはさらに事態が悪化することの連続でした。勇者パーティーどころかこの世から『追い出した』と思っていたあのアリエル(クソビッチ)がまだ生きていることが判明したり、ただの辺鄙な田舎領主がベリー様に匹敵する刺客を擁していたり、更に最悪なことに――その領主はなんと、漆黒七雲客とつながっていることが判明したり。


 そんな最悪な状況に陥っていた時のことでした。お父様からわたし達勇者パーティーに対して王都への機関命令が下されたのは。



◇◇◇◇◇◇◇



「プロム、なんで自分が呼び出されたか、その理由がわかるかい? 」


 真夜中の王城の謁見の間。そこでお父様の口から放たれた氷のように冷たい言葉に、わたしは全身を震わせてしまいます。お父様がこのタイミングでわたしを呼び出す理由、そんなことはわたしの力不足で勇者の1人を失い、そんな状況で漆黒七雲客と内通する貴族に対して何もできなかったからに決まってました。


 ――だとしたらわたし、今からお姉様のように殺されてしまうのでしょうか。


 そんな考えがふと頭を過ります。お父様は昔から冷徹なほどでした。自分の子供であるのも関わらず王子や王女と殆ど口を利くことはありません。そして、失敗した者には自分の子供だからと言って容赦はせず、『道具』のようにあっさりと切り捨てる、それがわたしのお父様でした。実際、お父様の期待に応えられなかったわたしのお姉様――クラリゼナ王国第一王女はお父様の手によって、既に葬られたことはわたしの三位にも入っていました。


 ――まあ仕方ないですよね。わたしはチェリー様に愛想を尽かされるっていう大罪を犯したんですから。でも最後に自分の推しカプーーチェリー様とベリー様が仲良くしているところをもう1回だけ、拝んでから死にたかったです……。


 そう、わたしが覚悟を決めた時でした。


 第5章のメインはアルテミスの密約だったのですが、ちょっとおまけ的に王都の動向についても暗雲編で描いてます。次回、記念すべき第100話で第5章は完結。今後の伏線や舞台設定の多い章でしたが、最後まで駆け抜けたいと思います。

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[一言] アリエルを追い出さなければ魔王に手が届いたかも知れないのにね
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