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第98話 密約Ⅱ 盤上を外で操る者

 今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でクレア視点→第三者視点に変わります。

 アルテミスの密約と呼ばれた三賢帝連合とラミリルド皇国の同盟が結ばれてから数ヶ月後。わたし達の同盟は水面下で行動を開始した。そして双方の国の密約の担当者であるわたしとフウは他の人以上に頻繁に話す機会を持った。そして、よく話すようになる中でわたし達はお互いのプライベートのこと――つまりはお互いの思い人についても少しずつ話すようになっていった。


 フウの彼女に対する思いを聞くたびにわたしはその思いの深さに圧倒されるのが常だった。夢を失い、彼女と離れ離れになってもなお苦痛を耐え続け、そしてようやく辿り着いた2人そろって(戦闘担当とはいえ)シスターになるという夢。でもそれさえもうまくいかず、全ての拠り所を失っても国を立て直して今でも彼女の帰りを待っている。そんな献身的な彼女にたびたびわたしは同情しそうになってしまう。


「今の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアもお姉様のことを忘れられていないんですよね。やっぱりお姉様には序列1位でいてほしくって、わたしはお姉様に準じるポジションでいたい。だから、今の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアはわたしより上がいなくて序列0位を廃止した代わりに序列第7位を新設、そして序列第1位は永久欠番にしてるんです。いつかお姉様が帰ってきた時に入れるように」


「それと同時に、今の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアは疑似姉妹制度を採用してるんです。それは血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが今では正式なシスターだから他の修道女と同じような疑似姉妹関係を結んでも許されるべきだ、って考えもありますし、お互いにお互いを監視し裏切れなくする、っていう実務管理上の理由もあります。でも、それ以上に皇国最強戦力として苦痛を強いることになってしまう女の子達に唯一無二の心の拠り所を作ってあげたいと思ったんです。元々聖母候補の姉妹(セミマリア・シスト)として出会ったお姉様にわたしが惹かれ、今でも心の拠り所になっているように」


 血濡れの処女たちファング・オブ・マリアのトップとしてはあんまり褒められたことじゃない、エゴに塗れた取り決めだとは思う。でも、それだけ今でも彼女を思い続けているフウの話を聞くとと、せいぜい数か月の付き合いしかないわたしの恋愛感情がちっぽけに見えてくる。そんな風に自分を卑下する時、決まってフウは「そんなことないですよ」って言ってくれた。


「クレアさんの気持ちは本物です。エマさんを奪った明日奈さんに対して当然湧くであろう複雑な気持ちを乗り越えてまで、クレアさんは明日奈さんに惹かれたんですよね? そして今、明日奈さんのために、夢だった賢帝になれていないにもかかわらず必死に世界と戦おうとしてる。誰かと較べる必要なんてないんです。クレアさんの明日奈さんに対する気持ちだってものすごく立派で、素敵だと思いますよ」


 そう言ってくれるフウは本当に聖母みたいで、シスターって凄いな、って思っちゃった。




 そして同盟関係にあるわたし達の情報共有の1つとしてクラリゼナ王国に対する血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの派遣の話もあった。この密約は現状、各国の政府上層部にしか知らされていないからラミリルド皇国で最も高い部類に入る血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの序列第6位及び序列第7位ですら事情も知らされずに宿敵である【時空】探しを容認され、彼女らを水晶を通して観察している情報は逐一、秘密裏に三賢帝連合にも共有されていた。


 そして。血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが遂に【時空】と遭遇しつつも【次元】の邪魔が入って仕留めそこなった一部始終を見せられた時。わたしは正直嘆息してしまった。わたしにとって一番の脅威である【時空】が排除されれば、明日奈が東部地区の擁する『対時空要塞』の燃料にされることもなくなる。ここで【時空】を確実に仕留めていてくれると良かったんだけどな、そんなことを思っていたけれど、隣で水晶を見ていたフウの感想は違うらしい。


「なんなの、あの【次元】の力。普通じゃない。多分あれは、【原素】に匹敵するレベルで概念魔法を使いこなしてる。今のわたし達だけじゃ勝てない……」


 珍しく恐怖で声を震わせながら言うフウを安心させようとわたしはフウの肩をポン、と叩く。


「【原素】に対してそんなにトラウマ植え付けられたの? 」


「……はい。奴には血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが何人も殺されて、国をめちゃくちゃにされたんです。そのレベルの漆国七雲客がもう一人いたなんて」


「しかもそんな脅威度カンストの【原素】と【次元】が同じ国にいる、か。不健全で、危険な香りしかしないわねぇ。クラリゼナを抑止するとしてもクラリゼナの戦力を削ぐことが必須、か」


 わたしの呟きにフウは信じられないものでも見るようにわたしを見てくる。


「まさかクレアさん、【原素】や【次元】とやり合う気ですか? 」


「やり合うも何も、概念魔法があれだけクラリゼナに集中していたらわたし達2国間の密約なんて抑止にも何にもならないでしょう。いずれにしろ何処かの時点でデモンストレーションも兼ねて、わたし達の力を顕示する必要がある」


「クレアさん、わたしの話聞いてました? 【原素】はわたし達血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが5人がかりでも瞬殺されたほどの相手なんですよ? 」


「でも今のフウは、ラミリルド皇国は1国だけじゃない。わたし達三賢帝連合がバックアップする。それに、【原素】や【次元】はいずれかの時点でわたし達が越えなきゃいけない壁なのよ。そうじゃなきゃ、わたし達が一番愛する人と平穏に暮らせる国なんて一生創れない」


 わたしの言葉にフウはしばらく考え込んでいた。そして。


「そうですねクレアさん。わたしったら、なに日和ってたんでしょう」


 そう答えるフウの目に妖しい光が宿る。そんなフウにわたしは満面の笑みを浮かべて肩を組む。


「そうよ、わたし達で、【原素】を超えるの」


 フウにフレンドリーな笑みを浮かべるのと同時に、わたしは頭の中で全く別のことを考える。どう血濡れの処女たちファング・オブ・マリアを利用したら漆国七雲客を終結させているクラリゼナ王国に大打撃を与えつつ、わたし達を脅威と見なせられるんだろう、どうやったら三賢帝連合に最も被害が少ない形で最大のインパクトを残せるんだろう、って。


 そう、どれだけ似た者同士でどれだけ親しくなっても、わたし達は所詮、それぞれ違う思い人がいて、違うものを守りたいと思う『赤の他人』同士だ。何処まで言ってもわたし達は利用し合うだけの関係だった。幾ら同情しかけても、そのラインだけは越えちゃいけないものだった。



◇◆◇◆◇◆◇



 三賢帝連合西部地区・賢帝の執務室。そこには東部地区を支配する賢帝であるラミリスから、西部地区を支配する賢帝が状況報告を受けていた。一通り報告を受け終わった後。西部地区の支配者たる3人目の賢帝は満足そうに口元を歪める。


「へぇっ。あの中央地区の統括次官ちゃん、ラミリルドと仲良しごっこをしている風に見せつつ、ちゃんとラミリルドを利用しつくそうと動いてくれてるんだ。この調子で国際情勢にかこつけてラミリルドから搾取しつくして、ラミリルドを滅亡に導いてくれるのに期待、だね。そうすれば、流石のあの子も希望を失う。帰るべき場所がなくなれば今度こそ聖教なんて棄てて、わたしの用意した居場所に来るしかなくなる」


 そう楽しそうに語る賢帝は不意に自身の手元にあるロザリオに視線を落とす。それは、賢帝が10年前に将来を誓い合った少女と交換したロザリオだった。


「あなたがいくらくだらないものにこだわっても、そんなものはわたしが全てを破壊して、あなたの目を覚まさせてあげる。必死になって取り戻したくだらないものを全て崩して絶望したところを、彼女であるわたしが優しく慰めてあげるの。あなたは私が用意した鳥籠の中で幸せになればいいのよ。そんな、あなたが幸せになれる鳥籠をあなたと離れていた7年間でわたしは用意した。だから――待ってなさいよ、ナツメ」


 そう言って3人目の賢帝――かつてヒカリと名乗っていた元シスターの言葉に、その場にいたラミリスは寒気を感じた。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。というわけで2つの国のカップル達から始まった5章は無事、4章に接続しました。


 読んでいただければわかると思いますが、ぶっちゃけクレアもチェリーもナツメとヒカリの世界中を巻き込んだ壮大な痴話喧嘩に巻き込まれてるだけなんですよね。特に殺されかけたチェリーは泣いていいと思います……。


 さて、5章で本格的に登場したアルテミスの密約陣営ですがミレーヌ陣営とも6章以降、しばらく接触の機会が増えてきます(目の敵の蒼弓の魔女がいるので)。愛する人のためなら手段を選ばない2人の少女の同盟にどうアリエル達が翻弄されていくか、今後も見守っていただけますと幸いです。

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[良い点] 仮に他国が徒党を組んだとして、最強格の蒼弓とそれをやろうと思えば上から潰せるアリエルが居て そのアリエルが危険となれば勇者も助けに来る訳で…なんか既に大勢が決してる気もするw
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