プロローグ
3月17日、プロローグを冒頭に追加しました。主人公アリエルの幼少期の1エピソードで、アリエル達の国の世界観を描写してみました。よろしければ読んでみてください。
「ママ! 今日も勇者さまのおはなしして! 」
とある民家の子供部屋。微かに揺らめく蝋燭の炎にまだ6歳の娘とその母親が照らされている。
「はいはい。本当にアリエルはあのお話が好きねぇ」
目をきらきら輝かせてお伽噺をせがんでくる愛娘を母親は慈しむ。寝る前のお伽噺は娘が生まれた時からの日課だ。その中でも、この国に伝わる勇者と魔王のお話は娘のお気に入りで、3日に1回は母親はその話をするようにせがまれていた。
「むかしむかし、この世界が魔族の住む世界と人間の住む世界に分かれる前のこと。この世界は魔王さまが治めていました。魔王さまと同じ種族である魔族が全てのことを取り仕切り、魔族に比べて非力な私たち人間は魔族の奴隷として搾取され続けていました。そんなある時、1人の人間の娘が『こんなのおかしい』と立ち上がりました」
鈴のような軽やかな声音で母親が語りだすと、これまでにぎやかだった娘は静かになり、食い入るように話に聞き入りはじめる。
「彼女は仲間とともに魔王軍と戦いました。彼女の戦いは熾烈を極めましたが、最後には魔王を300年間の眠りに就かせ、世界を「人間の住む世界」と「魔族の住む世界」に分けることに成功したのです」
「それ以降、今日まで魔王さまが復活することはありませんでした。それでも、魔族は再び人間を支配しようと、時々わたしたちの世界へと忍び込んできます。でも大丈夫。「勇者」の力は受け継がれ、今でもわたしたちを魔族から守ってくれているのですから」
母親が話し終えると、娘は嘆息を漏らす。
「それで、今の勇者さまはわたしと同い年なんだよね? かっこいいなぁ。わたしもいつか、みんなを守れる勇者さまになれたらなぁ」
うっとりとした表情になる娘。そんな愛娘を見ていた母親にふと1つの不安がよぎる。
――もしこの言葉通りに、わたしの可愛いアリエルが勇者や勇者の仲間になっちゃったら……。
愛娘にそんな危険なことに頭を突っ込んでほしくない、その一心で母親はつい、
「でも、勇者さまはもし困ってる魔族がいたら手を差し伸べることができないのよ。それに、勇者さまは孤高の存在だから、わたしたちに勇者さまがついているような、勇者さまにとって頼れる相手はいないのよ」
と、思ってもないことを言ってしまう。言ってしまった途端、母親は意地悪なことを言っちゃったな、と後悔した。
でも、娘は意地悪をされたことに気付きもせずに、腕組みをして真剣に考えこみ始める。それからぱっと顔を明るくする娘。
「じゃあわたしは、わたしの手を差し伸べられる人を助ける勇者になるよ! それだったら、わたしが困ってる魔族の人や、勇者さまに近づいて、助ければいいだけだもん! 」
無邪気な、子供らしい理想論。でも母親は我が娘の言葉に更に不安感を募らせる。まだ魔法を発現しているわけではない娘に、何か確信できるような根拠があったわけではない。しかし、彼女の母親としての"勘"がそう警鐘を鳴らしていた。
でも娘はそんな母親の心配などいざ知らず。
「はわぁ、もう眠くなっちゃった。おやすみ、ママ」
と欠伸交じりに言ったかと思うと、次の瞬間には可愛らしい寝息を立てていた。そして。
子供部屋には燭台の灯火と、さっきよりも激しく揺れる母親の灯影だけが残る。
次の日。母親が昨夜のことを娘に尋ねると、娘は「なんのこと? 」と首を傾げただけだった。
次話からいよいよ本編です。よろしければブックマークや↓の☆評価、いいねやコメントで応援してくださると作者のモチベに繋がります。