⑨あの時のやりなおしです。
リーングラッシュはどうやらユリアンナ様と旧知の仲である様子。
妾の生んだ第八王子殿下と公爵令嬢……あまり系譜に詳しくないロウルースには血縁の近さがどの程度なのかまではよくわからないが、ふたりは親族だ。
接触があってもなんらおかしくはない。
(いや、それよりまず訂正をしなければ!)
「リーンっ違……」
「ええ……お陰で良いものが見れましたわ……」
「ええっ?!」
訂正をしようとするロウルースの言葉に、何故かユリアンナ様はわざとかぶせてきた。更にニッコリと微笑んで言う。
「サイクリングはもっと空気の良い場所で、程よいスピードで走るのをオススメ致しますわ」
「ぐっ……貴様は相変わらず嫌な女だな!」
煽るユリアンナ様。なんだか益々よくわからない状況だ。
(っていうか……あれ? ユリアンナ様は『リーングラッシュ殿下(忘れた)』の会長なんじゃなかったっけ?!)
「今後こいつに手を出してみろ……ただではおかん……」
そう言って凄むリーングラッシュ。
誤解を解きたいが、何故か誤解されている側のユリアンナ様がリーングラッシュの誤解に合わせてくるので、どうにもならない。
「ふふ……なるほど。でもリーングラッシュ殿下、貴方にそんな権利があって?」
ユリアンナ様は悪役気取りでそう言うと、チラっとリリア嬢を見た。
「貴方にとって彼女は……ロウルースさんは何だと言うのです?」
(──え……)
『お二人は……その……どんなご関係なのですか?』
この状況は。
あのときに酷似している。
(なんでこんな流れなんだかわけがわからん……)
わけはわからなくとも、ユリアンナ様は確かにリリア嬢に視線を向けた。多分、先のやり取りも知ってる気がする。ロウルースはそう思った。
そしてロウルースは『リーングラッシュ殿下(忘れた)』の忘れた部分を思い出した。
『そっと愛でる会』である。
(──きっと、そっと愛でられていたに違いない!!)
ロウルースは恐怖した。
今まで流してしまったけれど、『そっと愛でる』を想像すると案外怖い。
だが、そっと愛でていたとして。
そんなユリアンナ様なら知っててもおかしくはない。
理由は謎だが、ユリアンナ様は先のやり直しをさせたいご様子である。
彼女を見ると、なんだか期待に満ちた顔をしていらっしゃる。何気にリリア嬢を見ると、彼女もまたなにかを期待した顔をしていた。
(っていうか……なんなんだろう、この人達は)
自分がやや変わっているという自覚があるロウルースだが、この中では最も自分がマトモだと自信を持って言える気がした。
きっと美人には、おかしな人が多いに違いない。(※偏見であり個人の感想です)
ロウは脱力というか、なんだか妙に冷めてしまった。もうこれは他人事のように成り行きを見守ろう。見守るとは言っても、リーングラッシュは頭上に寄りかかっている為、見えやしないのだけれど。
ただ、また犬と言われてしまった場合、どうすべきだろうか。
(そこは考えておかねば……流石に「わん」はまずいだろうし)
外野の期待とは裏腹に、リーングラッシュの発言に全く期待をしていない当人は、もう繊細な幼馴染みの自爆発言のフォローに頭がいっぱいだ。
「コイツ……ロウルース・ウィローフィールドは……」
ロウルースの頭の上方で、すうっと息を吸い込む音。なんだか声に淀みがない──きっと、リーングラッシュは本音を言う。
フォローを必要としないようであることで、ロウルースも僅かに期待をした。
恋愛的な意識はなくとも、自分が彼の唯一の友人であるという自負はある。
どうせならいいことを言われたい。
あんまり期待はしてないけれど。