⑥勝てない相手はいるのです。
テンプレ的悪役踏襲・『リーングラッシュ殿下 FC』会員No.一桁台女子の右手を制し、逆光を背にそこに佇んでいたのは ──
黒服に黒メガネの男性だった。
『……誰だよ?!』
その場の全員がきっとそう思ったに違いない。
そして全員、ツッコミたくてもツッコめない……なにしろ生粋のツッコミ気質であるロウルースですらツッコめないのだから。
「まったく野蛮な方達ね……」
突如、集団が2つに割れる。
割れた海の間を歩く伝説の賢者の如く、そこからゆっくりと現れたのは、嫋やかでありながら凛とした空気を併せ持つ女性。
ふわりと靡く度に光を零す金の巻き髪に、たわわな双峰、細いくびれ、スラリと長い手足。
そして、麗しき顔。
『美し過ぎる生徒会長』──通称『白百合の君』ことユリアンナ・バードランド公爵令嬢。
リーングラッシュの婚約者と噂されている女性である。
白百合の君はSP数人を引き連れている。明らかに学校外部の人間……生徒会長のくせに無秩序極まりないが、公爵令嬢だからか何故か許されている。解せぬ。
「──この方が……『白百合の君』……!!」
にわかに集団はざわついた。
なにしろユリアンナ様は『美し過ぎる』だけでなく、カリスマ的な生徒会長なのだ。
「流石『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はユリア様』と言われる程の美貌だわ……!!」
「なんて麗しい……! むしろ神々しい……!!」
「ああっ……なにかが浄化されていくっ……!」
「──!!」(※土下座)
後々考えると色々ツッコみたいところだが、この時はその場にいた誰もがユリアンナ様のオーラに気圧されてできなかった。(※ロウルース、後日談)
ユリアンナ様はとても美人ではあるが、リーングラッシュ程ではない。しかし彼女には圧倒的強者オーラが備わっていると知る。
ユリアンナ様はざわつく皆に向けて、こう宣った。
「そう……私は生徒会長であり、『リーングラッシュ殿下をそっと愛でる会』会長、ユリアンナ・バードランド!!」
「「「「えぇぇええぇぇ!?」」」」
ユリアンナ様の『愛でる会』は『FC』とは別組織らしい。とんだ伏兵がいたものだ。
『リーングラッシュ殿下FC』なる集団はあっという間に黒服に連れられていった。
そんな外部の人間の活躍により、『FC』は事実上組織解体だろう。よくわからんが、そういう感じに違いない。多分。
「大丈夫? ……ウィローフィールドさん、怖かったでしょう」
ユリアンナ様は優しくそう言って、壁に寄りかかり小さくなっていたロウに手を差し出す。
「わ……わたくしの名をご存知で?!」
「ウフフ、勿論よ♡ だって会長ですもの」
「左様で……光栄に御座りますぅ!!」
ロウルースは彼女のオーラに圧倒され、謎の口調になった。
その背に見える大きな羽根。
そしてキラキラのエフェクトと後光。
(女神……女神様降臨……!)
「──はっ!? 私ったら何を?!」
「?」
それは幻であった。
しかし差し出された美しい手の位置から御姿を賜ると、それは正に天から舞い降りた女神様のよう。
あまりの美しさに躊躇しつつも手をとろうとした………が、すぐに冷静になり、その手を止める。
(よく考えると、この後のが怖くない?!)
『リーングラッシュ殿下 FC』には目の敵にされていて今に至る訳だ。『リーングラッシュ殿下を……(忘れた)』が自分に優しい訳がない。
「怯えているのね……無理もないわ」
察しのいいユリアンナ様は自らの組織を説明し出した。
曰く『リーングラッシュ殿下をそっと愛でる会』とは。
『リーングラッシュ殿下の物品の流出やストーカー行為等を厳しく取り締まり、自然な彼を許される範囲で愛でよう』というものらしい。
「『FC』と混同されている方も多いけれど……私達組織はその名の通り、殿下をお守りし、その美しさを厳然たる秩序の下で愛でるものなのです!」
まるでオペラでも歌うかの様な大袈裟なフリをつけて高らかに彼女は言うが、もうツッコめない。
ロウルースは初めて、ツッコめないクラスメイトの気持ちを知った。
ふふっとユリアンナ様は笑って、再度手を差しのべる。
「……だから殿下の大切な幼馴染みを傷付けるなんてこと、致しませんわ」
(女神……女神様降臨……!!)
ロウルースはもう一度そう思うと、今度はユリアンナ様の手をとった──ツッコミ気質が完全に敗北した、人生初めての瞬間だった。これは正に完全敗北……完膚なきまでに叩きのめされたと言っても過言ではない。
何故なら実はロウは辛辣なだけでなく、リアリストなのである。小説などの創作物は好きなものの、それに対しツッコミながら読む、ちょっと嫌な読み手である。
そんなロウルースがこの体たらくとは。
ユリアンナ様、恐るべし。
ロウルースには彼女の周囲にエフェクトが見えていた。
百合の花と、なんかキラキラしたやつの。
それに気圧されてマイペースのロウルースもペースが維持出来ない。
おそらく慣れてしまってわからないだけで、皆にはリーングラッシュの周囲にも似たようなモノが見えているのだろうと気付いたのだ。
(そういえば、リーンはどうしてんのかな……?)
走り去ったまま戻ってこないので、すっかり忘れていたが彼の鞄を持ったままだ。
なんにせよ、鞄が無事で良かった……それだけが今のシンプルな本音である。