④リーンは走り去りました。
リーングラッシュはロウルースの事が好きだ。
だがいつも素直に気持ちを示せない。
ロウルースがリーングラッシュの性格を熟知していることに甘えて、モラハラ的な態度を取ってしまっていることを、実は彼なりに反省している。
……全く生かされてはいないが、反省はしているのだ。
『ふたりはどんな関係なのか』
これはそんな彼にとって、ハッキリとロウルースに対する気持ちを示すチャンスだった。
しかしそう思いつつも、彼は逡巡していた。
「こいつは……」
……なんて言うべきか。
鼓動は徐々に上がり緊張と焦りを煽る。
「こいつは俺の……」
気が付くと手を強く握っていた。
掌には汗が滲んでいる。
時間だけが物凄く長く感じ、焦りが募る。
「……俺のっ!!」
(クソっ……なんか良い表現はないのか?!
今ほど自らの語彙が不足していると感じたことはねぇ!!)
結果──
「俺の犬だッ!!!」
リーングラッシュはまたしても失敗した。
まあ……いつものことと言えばいつものことではある。
だが千載一遇のチャンスではあった。
それを駄目にした上、対象のロウルースに自らの失言のリカバーをさせるという体たらくだ。
みっともないったら、ない。
羞恥とよくわからない逆ギレ的なロウルースへの怒りに任せ……後はなんかもう、ただ走った。走りながら自分を責める──ような殊勝なタイプではないので、主にロウルースの行動を責めながら。
(なんだよ『わん』って! そしてあのポーズ!! ……馬鹿なのか? アイツは馬鹿なのか? そもそも前から思っていたが、アイツは俺の扱いにもヘラヘラしやがって……!)
大体ロウルースは勘違いしているが、リーングラッシュが彼女の事を特別視しているのは幼馴染みだからではない。
乳母であったロウルースの母と庭師の父、そしてロウルースだけが、彼の我儘を窘めてくれる相手だった。
リーングラッシュだって、周囲に馴染もうとしてみたこともある。だがすぐに無理だと悟っただけのこと。
例外もあるにはあるが、皆大概リーングラッシュに媚びへつらう。
日陰の第八王子殿下だ。そんな立場でもないのに、如何せん見た目が邪魔をする。そして彼はその手のストレス耐性がなかった。
褒められる見た目もコンプレックスなのに、自尊心だけは高く合わせるのは下手。案外努力家なのに、努力してもまず見た目。
彼はそれにうんざりしていた。
他人と関わるのは自分には向いてない──そう悟ってすぐにロウとの婚約を結んで貰った。
幸いなことに、閉じ込められ飼い殺される運命だ。大したことのない仕事と、それなりの生活ができる金だけは貰える。
──そう、ロウルース・ウィローフィールドこそ、第八王子であるリーングラッシュ殿下の婚約者である。
ユリアンナ嬢という婚約者の噂にも理由はあるが、それは今は置いておく。
そして婚約者ではあるが、ロウはそれを知らないのだ。
とはいえ、気持ちは伝えることができる──つまり結局のところ、ただの逆ギレなのである。
この学園は生徒達の安全と経験の為、学園自体がひとつの大きな町となっている。
国内も国外も概ね平和だが、敷地内で働く町民の方々は魔道具の腕輪をID代わりに着けている。
町に住み働くのもちょっとした出入りにも厳しい管理体制が敷かれているものの、非常に高待遇で安全である、と就職先、居住先としての人気は高い。
そんなわけで、リーングラッシュの自由度も高い。
第八とはいえ、一応王子殿下である彼がこうして一人フラフラできるのは、流石にこの町のみだけれど。
ある程度走って冷静になったリーングラッシュは、鞄をロウルースに持たせっぱなしだったことに気付いた。
「ちっ……しょうがねぇな……金とか貴重品も入ってるからな(※むしろそれしか入れてない)……戻るか」
そうぼやくと、彼は戻る事にした。
無論、自分が戻る為の言い訳ではない。
金がないと困るというだけだ。
──という、非常にわかりやすいツンデレ台詞を脳内で吐きながら。
実際は勿論逆の意味だ。
リーングラッシュが学校の方へ歩き始めてしばらくすると、目の前に先ほどの元凶である女子があわてふためいて駆け寄ってきた。
リリア・アーマーマウンド嬢である。
「殿下! あぁっ……やっと見つけたっ……!!」
彼女は汗を流し、髪の毛は乱れ……必死で走ったのが見てとれる風体で、おまけに涙目。
普段なら女子が寄ってきたら、近寄るなオーラと蔑んだ瞳で完全にスルーするが、彼女のただならぬ様子から足を止める。
肩で息をしながらも、リリア嬢は言葉を紡いだ。
「ロ……ロウルースさんが……女子の集団に囲まれて……!」
「──なん……だと?!」