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3/12

③幼馴染みはツンデレを拗らせています。

 

「あの……」


 声の方を見て、思わずロウルースは頬を赤く染めた。


 長い絹のような黒髪に大きな瞳、白く華奢な体躯……そこに佇んでいたのは『正統派清純ヒロイン系美少女』というテンプレ設定を具現化したような女の子だった。


 目が合うと美少女は遠慮がちにロウルースへペコリと会釈をしてから、リーングラッシュの方に向き直る。

 ロウルースの身体は驚愕に固まった。


(挨拶された……だと……!?)


 睨まれたり威嚇される事は多々あるが、こういう場面で会釈をされるのは初めての体験。

 ロウルースの胸は、期待に高鳴った。


(なんていい人っぽいんだ……!! この女性(ひと)ならリーンとお友達になれるかも!)


「リーングラッシュ殿下……私、特別科美術専攻1年リリア・アーマーマウンドと申します」


 リリアと名乗る美少女は、意外にも不慣れな感じのカーテシーをとる。緊張もあるのだろうか、やや震えながら。


「あの……少しだけお時間をいただ」

「断る」


 全部言わせてすらもらえない──リーングラッシュ殿下告白あるあるのひとつ。

 淡い期待が5分ともたず崩れ去ったロウルースは、もう既に歩き出しているリーングラッシュを捕まえ、珍しく文句をつけた。


「もうっ! 話くらい聞いてあげなよ! あんないい人そうな美少女っ……」


 だがそれは地雷──

 その言葉に反応したリーングラッシュはまるでスローモーションのようにゆっくりと振り返り、限り無く冷たい瞳で睨む。


「おーまーえーはーなーにーさーまーなーんーでーすーかぁぁ~?」


 ガッとロウルースの髪を掴むと、超速で額の中央を逆の手の人差し指で連打した。その速度たるや、伸ばし棒()1本毎約7連打。

 通常彼がロウルースに対して振るう暴力行為は『こめかみグリグリの刑』のみ──これは相当怒っている証左であると言える。(※ただしそんなに痛くはない)


「大体にして美少女だからなんだという……お前は俺によく知らない女と『美少女だから付き合え』とでも言う気なのか? 偉くなったモンだなぁロウルース……」

「そそそそうだよねっ……! リーンは美人なんか鏡で見慣れて……」

「人をナルシストみたいに言うな!!」


 連打は続き──最終的に『ベチッ』と音をたてて仕上げのデコピンがとんだ。


『ペチッ』ではない、『ベチッ』だ。

 これは普通に痛いヤツだ。

 思わずロウルースは「へうっ!」と変な悲鳴を上げた。


 額をスリスリしつつ、すっかり放置されている件の美少女、リリア嬢に視線を向ける。彼女はただオロオロとこちらの様子を眺めていた。


(これは……本当にいい人そうだ!)


 結局のところリーングラッシュの足止めには成功した。

 恐る恐る、といった体で声を掛けてくるリリア嬢。


「あの……誤解を受けるような真似をして申し訳ないんですが……そういう内容ではなく──ですが、その」


 どうやら愛の告白などではないらしい。尚のこと、『お友達』への期待が高まる。

 だがその内容を話すよりも先に、彼女はこう尋ねてきた。


「お二人は…………どんなご関係なのですか?」

「「…………」」


 ふたりは顔を見合わせた。

 半人前とはいえ紳士淑女の皆様である。

 いくら第八王子殿下と周囲からその犬呼ばわりされるふたりであれ、そんなストレートで不躾な質問を表立ってする馬鹿には流石に出会したことがなかったのだ。

 美術専攻と言うだけあり、まだ世俗には疎いのかもしれない。


「──おさっ、もが……っ?!」

「お前は黙ってろ」


『どんな関係なのか』。

 そう聞かれて勿論『幼馴染みです』と答えようとしたロウルースだが、何故かリーングラッシュに口を塞がれ、それを制された。


「……」

「……」


 そのくせ何故か、彼は答えようとしない。

 ロウルースは表情を確認しようとしたが、上部から羽交い締めにされたまま口を塞がれているため、顔が上げられない。


「……お前は黙ってろ」


 もう一度そう言うと、リーングラッシュはロウルースの斜め前に一歩踏み出しながら手を離した。斜め後ろに追いやられたロウルースには、やはり彼の表情は見えない。


 ロウルースは、リーングラッシュが自分に向ける気持ちが恋愛だなどと思ったことは露ほどもない。

 ただ、それが好意であることを彼女は理解しており、彼の愛情表現が半周回るのもわかっている。

 わかってはいるが、


(…………なにを言うつもりなんだろう)


 正直、ちょっと気になるところ。


「こいつは……」


 リーングラッシュはリリア嬢の方を向きながらも、ロウルースを気にしている様子。


「こいつは俺の……」


 だが、なかなか言わない。


「……俺のっ!!」


 そしてようやく振り絞るように発した──















「 俺 の 犬 だ ッ !!!」


 ──のに、この台詞。


(お約束ゥ────)


 ロウルースは脱力した。

 最早お約束過ぎて、逆に半周回ったと言ってもいい。

 どういうことかと言われたらなんだかよくわからないが、勢いのある脱力感がそこには存在した。


 とりあえず、散々引っ張っといてそりゃない、というのは確かである。


「えっ……犬……ですか?」


 リリア嬢は動揺を隠すことなく、ちらちらとロウルースを見た。どうやら彼女はふたりが『殿下と犬』などと揶揄されていることを知らないようだ。

 ロウルースは予想していたので『散々引っ張ってこれかよ』的には驚いたものの、正直なところさしたるショックでもなかった。

 だが、リリア嬢と目が合ってしまった手前もある。


(これは怒っていい案件ではないだろうか……)


 ただ、如何せん怒り慣れていない。

『ちょっとリーン!それは流石にヒドイよ!』……と、舞台女優が如く気持ちを作りながら2歩程前へ出て、リーングラッシュの顔を見た。


「ッ!?」


 ──固まっている……!


 覗き込むと、油の足らない機械の様に不自然に、ゆっくりと顔を逸らされた。


(多分コレ……超後悔してるヤツだ) 


 これはどうしていいか困る案件。

 なにしろ彼はプライドが高く、拗らせており、しかも繊細なのだから。一言で言うと『どちゃくそ面倒臭い』。


 ロウルースは悩んだ。

 とても悩んだ。




「……

 …………

 …………────わん」


 悩んだ結果……両手を握り、手の甲をリリア嬢の方に向けてそう言うことにした。


 犬の真似である。(※苦し紛れ)


 リリア嬢は、ビックリしたのを通り越して呆然としている。


 スベった。

 完全にスベった。




「…………おぉ~まぁ~えぇ~はぁ~」


 ロウルースはすぐ側から、不穏な空気と共にゴゴゴゴ……と、あるはずのない擬音が聞こえた気がした。 


「ロウ!! お前にはプライドってモンはないのか?!」


 そこには美しくも恐ろしい鬼の様な形相の麗し過ぎる幼馴染み、リーングラッシュ第八王子殿下。


 ──逆ギレ。

 そう、それは見事な逆ギレであった。


「えぇ~?!だって………………」


(リーンが『やっちまった』って表情をしてたから、とは……)


 ……言えない。

 なんせ、自分にプライドはなくとも、彼のプライドは無駄に高いのだから。


「──くそっ!」


 そう吐き捨てると彼は走り去った。


 それはさながらヒロインの如し──特に傷付いてはいないが、傷付けられたのはロウルースであるという事実を余所に。

 何故暴言を吐いた側がそんなにも怒りと悲壮感を滲ませ走り去るのか、全くもって意味不明な光景である。


「ちょっ……リーン?!」


 呆然とそれを眺めるロウルース。

 その手にはリーングラッシュの鞄。

 隣にはリリア嬢。


 謎の状況を残し、走り去ったリーングラッシュが見えなくなっていく。意味不明ながらもそれは非常に美しく、絵になる光景であった。


 暫く二人は無言で立ち尽くしていたが、リリア嬢が先に口を開いた。


「あ、あの……なんか……ごめんなさい……」

「えっイヤ……こちらこそ……」


(あ、本当にいい人だこの人。 ……ちょっとアレなだけで)


 ロウルースはボンヤリとそう思った。

 彼女は案外辛辣なのである。(二回目)


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