②幼馴染みは超絶美形でツンデレです。
女子の執念は恐ろしいが、『リーングラッシュ殿下超絶美形伝説』は女子には留まらない。
話は5日ほど前に遡る。
騎士クラスの男子が戯れにロウルースを『殿下のワンコ』と呼び、からかった。
あくまで戯れにであり、別にロウルースにとっては大したことではない。しかし──それを見たリーングラッシュは静かに激昂した。(※元凶の人のくせに)
彼は自分がロウルースに対し女子に在らざる、まるで下僕と思しき扱いをしているにも関わらず、男子であろうと女子であろうと軽口だろうとそんな言葉を彼女に向ける輩を決して許さないのだ。
まず手始めに、ロウルースをからかった男子生徒と彼女の間に、持ち前の長い足で壁ドンをかまして威嚇。「足技ァァァッ?! せめて足技はヤメテ!!」というロウルースの『顔はやめろ、ボディにしておけ』的にも取れる微妙な制止を無視し、リーングラッシュは男子生徒に顔を近付けた。
「誰に許可をとっている? コイツを犬呼ばわりして良いのは俺だけだ」
「!!」
──バターン!
美しくも不思議な輝きを放つ色の瞳に凄まれ……絡んでいた男子生徒は気絶。
「ひぃっ?! 目から殺人魔法でも出したのぉぉぉ!?!?」
後で解ったことだが、あまりの美しき顔面に息をするのを忘れたらしい。
「不良に絡まれた時『一旦は詰め寄られるも、逆に壁ドンをして顔を近付けたら、相手がその美しさに倒れた』……という逸話は本当だったのか……!」
「なにその逸話!!?」
周囲の男子生徒の驚嘆にツッコんだのはロウルースだけ。何故か皆、驚きながらも納得していた。
「納得するところじゃないと思う!! サラッと保健室に運ぶの冷静すぎない?!」
「……イチイチうるさい!」
ロウルースはリーングラッシュによる『こめかみグリグリの刑』に処されたが、彼女だけは納得いかないようだった。
彼女はツッコミ気質なのだ。黙ってはいられない。
「ちっ……俺がなんで怒ったと思ってやがる」
「…………す、すみません」
全く頼んでない。むしろ止めただろ。
──だが、そこは流石にツッコまない。
いや、ツッコめない。
何故ならリーンはツンデレだからである。
そしてロウは、ツンデレ美形キャラの幼馴染みにありがちな
『彼といると釣り合いがとれなくて引け目を感じる』
とか
『幼馴染み故に、逆らえなくて辛い』
みたいな事は特にないので、一緒にいること自体は全く苦ではなかった。
故に、リーンがロウを構いすぎるのも、無理矢理愛称で呼ばせる(※呼ばないと怒る)のも、くだけた喋り方しか許さないのも、周囲の反応が嫌なだけでそれ自体はやっぱりそんなに嫌ではない。
ツンデレには色々な解釈があるだろうが、ここでは好意が漏れ伝わっていればそれはデレと看做す。ちなみにツンは性格故にどうしようもない。
モラハラとの違いは、本人に自覚があり尚且つ罪悪感を抱いているが是正できないことと、相手側がそれを理解しており不快に感じていない、という点である。
リーンとロウの関係は、そういったモノであった。
「ねぇ、リーン……鞄、重いんだけど~」
ロウルースはなるべく悲壮な調子で訴える。
勿論鞄を持ってほしいだけなので、実はそんなに辛くもない。
ぶっちゃけ鞄もそんなに重くはない。
ロウルースは知っている……リーングラッシュは荷物を極力持たないようにしていることを。彼女に持たせる為に。
一体どんな優しさなのか。
普通に持てばいいじゃないか!
──と思いつつも言わないのがロウルースの優しさである。
何故ならリーングラッシュはロウルースの荷物が重そうな時は、「歩きが遅い!」等と宣い、奪うかたちで持ってくれるのだ。
だ か ら !
普通に『重そうだから持つ』って言えばいいじゃない!?
──と思いつつも一事が万事その調子なので、やっぱり言わない。(※優しさでもない)
リーングラッシュはプライドが無駄に高いのだ。
しかも色々拗らせている。
だからロウルースはツッコミどころにとても気を使う。
リーングラッシュの拗らせたツンデレぶりや女子生徒の嫉妬や羨望などよりも、生来ツッコミ気質であり淑女教育があまり身に付いていない下町育ちの彼女には、それだけが唯一の微々たるストレスである。
なので学園に通う今、リーングラッシュには是非対等な感じのお友達を作ってもらいたい。
できればツッコミ気質の方希望。
──だが、それはどうにも難しい。
超絶美形で、気質は俺様で、おまけに第八王子殿下という三重苦(?)……
本人が人間嫌いなのに加え、近寄りがたい様だ。
(可能性で言うなら女子だろうなぁ……)
なんだかんだ言っても女子は強い。
男子はただ遠巻きに見ているだけだが、女子はダメ元で告白したりする。
ガチ恋勢はともかく、『推し』として尊んでくれる方々ならば、友人になることも可能かもしれなかった。なにぶん男女間云々とか不謹慎とか言っても『推し』には抗えないという。
そしてその場合、流れでその子の婚約者男子と仲良くなるパターンへの希望も膨らむのである。
「折角の学園生活なんだから、もっと他の人とも関わった方がいいよ~」
「所詮俺の見た目や血筋にしか興味のない奴等だ……どう思われようと知ったことか」
「 ──………… 」
(…………拗らせている)
安い台詞みたいなこと言い出した。
小説のダークヒーロー的だ。
「……その見た目と血筋のおかげで色々許されてるくせに」
「……」
「──はっ!?」
「なにか文句があるのかコラ!」
「あァァあぁ!! ごめんなさいィィ!!」
迂闊にもぼやきでバッサリと一刀両断してしまったようで、『こめかみグリグリの刑』に処されてしまったロウルース。
普通に痛いのだが、これも周囲からは『スキンシップ』として羨ましがられる上、『男女として不謹慎な距離』などと冷たい目を向けられたりする。
痛い思いをし、鞄持ちをさせられている上に、それをやっかまれるという構図……
正に踏んだり蹴ったり。(※二度目)
実際のところロウルースは、『リーングラッシュ殿下 FC』(※当然非公認)なる組織の人達には、当然目の敵にされている。
──大体FCってなんだよ。(白目)
今こめかみグリグリをされたロウルースの頭も痛いが、あの人等の頭は相当イタい……と彼女は思っている。
ロウルースは案外辛辣なのだ。
「おい、甘いモン食いたいんじゃなかったのか? 鞄持ちの褒美だ。 何が食いたい?」
「えっ! 本当?!」
リーングラッシュは超絶美形なちょっと拗らせているだけの人で、基本的には普通だ……とロウルースは思っている。超絶美形が普通でないのは置いといて。
やり過ぎたかなと思えばこうしてフォローも入れてくる。
(……やっぱり友達はいた方がいい。 いなくても平気な人はいるけど、リーンはさみしんぼうじゃないかと思うから)
そしてどちらかというとロウルースは、自分の方が一人でも平気なタイプな気がするのだ。
良くも悪くもロウルースはマイペースなので、ストレスをあまり感じない質である。有難いことに淑女教育Dクラスの子達は仲良くしてくれるが、仮に総スカンをくらっても多分そんなに気にしないだろう。
そんなことを考えつつ移動する。
ふたりが学舎入口の大きなガラス扉を開け、外階段を降りたその時だった。
「あの……」
声の方を見て、思わずロウルースは頬を赤く染めた。




