自問自答
夏だというのに冷たく僕を突き刺す風はまるで心を写し出す映像のようだった。
コンビニを出た僕達は、今から話をする場所に適している明るくも暗くもないベンチを探した。しかし、そう簡単に目的の物が見つかるはずもなかった。僕達は仕方なく、コンビニを出てすぐ曲がって少しまっすぐ歩いた所にある歩道で、座って話をすることにした。
「すぐ終わるから。」
という由美の言葉に従うことにしたのだった。
「私って人から見て、どんな風に見える?」
「どんな風って?」
「イメージとかあるじゃない?」
「いつも横には誰かがいて、素敵な笑顔で笑うし、とっても魅力的な人だと俺は思うよ。」
僕は少し照れながら話した。
「そうかぁ。本当にそれだけ?悪い面とかは?」
由美は期待はずれな僕の返事に落胆したのか、俯きながら声を発した。
「悪い面は俺にはわからないな。いい面しか見えない。たぶん皆そう思っているよ。この答えでは不満?」
「うん不満。私はそんなに良い人間じゃないの。いつも悪いことしか考えてない最悪な人間なの。
いつもは取り繕って良い人間を演じているけれど、本当は違うの。本当は違うの。本当は・・・。」
そこまで言うと由美は泣き出してしまった。僕は何が何だか理解できずに、ただ呆然とすることしかできなかった。
「大丈夫か?」
すると由美は、僕の焦った声に気付いたらしかった。
「大丈夫だから皆の所に言って。」
と作り笑いを浮かべた。
そんな由美のことを残して、皆の所に行けるわけはなかった。由美は何度か「大丈夫だから。」を繰り返した。
それでも、僕が皆の所に戻る意思が無いことを理解してから、由美はまた泣き始めた。
僕には、泣いている女性を笑顔に戻す術などは持ち合わせてはいないため、ただ傍にいることしかできなかった。
さきほどまで冷たかった風が、一気に暖かさを取り戻した頃、由美は泣くのを止めていた。「いきなり、ごめんね。」と言葉を残して走り去ってしまった。
引き止めたかったが、言葉が思いつかなかった。気付くと由美の後姿は小さくなっているのだった。
何分かして、由美の走っていった方向へ足を運ぶと、皆の練習場所に着いた。
「遅かったな。何をしていたんだ!!」
何人かのダンスメンバーは同じセリフを冷たい眼差しを向けながら僕に浴びせた。
「ごめんな。本当にごめん。」
と頭を下げることしかできなかった。
何もできない自分に嫌気がさした。いくら考えても由美が考えていることは想像さえできなかった。
昔から僕は、何一つ変わっていなかった。何をする時も、人の後についていった。自分から何かを始めるということは一度もなかった。出来るだけ苦しいことからは自分を遠ざけ、いつも平和そうな道ばかりを選んで生きてきた。
由美がどんな風に生きてきたのかは一切知らなかったが、今日の表情を見ていると僕にいろんな場面を想像させた。
一見悲しみしか感じないかもしれないが、ずっと見ているとその表情がまるで仮面のように引き剥がされて、怒りや憎しみ、人をあざ笑うかのような恐ろしい顔が出てくるのではないかという恐怖に晒された。
こんな由美を見たのは初めてだった。
今まで彼女の過去になど興味なかった。ましてや自分の人生と重なり合わせて考えることなんて想像もしていなかった。
それは彼女のことが理屈抜きで好きだからだと思う。
しかし、この1件で思い知らされた。僕は何も考えていないただの腑抜けなのだと、このままでは由美のことを支えることなど無理なのだということもわかった。
僕は、由美のことが大好きだ。
彼女の悲しそうな顔を見ていると僕まで泣きそうになり、何とかしてあげたいという欲求にかられる。
しかし、どうしたら由美のことを助けることができるのだろうか。泣いていた彼女に気のきいた一言さえもかけられない僕に何ができるのだろうか。
どういう気持ちで僕の前で由美が今の感情を見せてくれたのかはわからないが、少なくとも頼ってくれたことには変わりない。彼女が求めているのかいないのかに関わらず助けなければいけない。
まず話を聞いてみることにしよう。最初は話してくれないかもしれないが、僕が真剣だと分かればきっと打ち明けてくれるはずだ。
その打ち明けてくれた話を聞いて、解決策を一緒に探していけばいい。悩んでいるよりもまずは行動だ。
今日の夜練が終わったら由美を家まで送っていこう。その途中で話をしよう。
練習が終わると僕は由美のことを呼び止めた。
しかし、由美は友達と一緒に帰るらしかった。今日は諦めて帰ろうとも思ったが、後回しにしたくなかった。いけないとは思ったが、由美の家の近くにあるレンタルビデオ屋に用事があると嘘をついて由美と友達と一緒に帰れるように話をつけた。
皆は、今日何か特別なイベントがあり、それを待ちきれない子供のようにはしゃいでいた。
僕は、由美と話をするということで、体全身が心臓になったように震えていた。
皆のテンションについていけず困っていた。
「大丈夫??」
「うん大丈夫だよ。」
由美が優しい声で僕のことを心配してくれていたので、天にも昇る思いだった。
「大丈夫には見えないけどなぁ~。」
「大丈夫なんだって。ちょっと考え事してただけだから。」
「隆志も考え事したりするんだぁ~。いつも何も考えてない気楽な人なのかと思ってた。」
「どんなイメージだよ。そういう風に思っているのはきっと由美だけだよ。」
「そんなことないよ~。隆志は人の気持ちなんか考えたことないだろ。」
緊張していたのが嘘かのように、話が弾んでいた。しかし、最後に言われた一言は胸に刺さった。
完全に僕のことを突き放すような口ぶりで、顔は真顔だった。何も言い返すことが出来なかった。
人の気持ちはいつも考えているつもりだ。特に由美のことに関しては他の人よりも深く考えていた。常に由美のことが頭から離れなかったと言っても過言ではないくらいだ。
この冷たい一言を放ったすぐ後に由美は冗談だと笑って見せた。でも、胸に残るわだかまりは消えなかった。
もしかして、僕は由美に嫌われているのだろうか。それとも何か怒らせるようなことでもしたのだろうか。
いずれにしても、いい言葉ではないことは確かだ。
とにかく一刻も早く由美と2人きりで話がしたかった。そして、言葉の真意や由美の言動の意味を聞き出したかった。
このままではいけないという焦りで僕は強引に由美と2人きりになろうと考えた。
大事な話があること、先に近くの公園で待っているからすぐ来て欲しいことを伝えた。
由美は無言で頷くだけだったが、僕は皆に真実とは違う事情を伝え、その場を離れた。
由美が本当に来てくれるのかという不安に襲われながらも何とか真っ直ぐ歩くことが出来たが、目的地の公園に着いた。
ベンチに座った後は、立ち上がることが出来ないくらい両足が震えていた。
待っている間僕は後悔していた。
皆と一緒にあのまま歩いていれば良かった。
こんな風に急に呼び出さなければ良かった。
後悔するとわかっているのに実行する。
考えすぎると僕は冷静じゃなくなる。