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名優の教え

作者: みぶ真也

 スタジオ入り前には体温を測って申告すること。セットに入る際には毎回両手を消毒。撮影時には、本番以外は出演者もマスク着用。現在、ドラマ撮影は非常に堅苦しくなっている。台本の読み合わせなどもマスク越しなのだ。

 今回のシーンは女優さんとの対話。

 しかし、共演者の至近距離での対面は極力避けるということで、スタジオではぼくが単独で自分のセリフを言い、別撮りでやっぱり単独で女優さんが答えるショットを撮るのだ。

 いわゆる中抜きとか片撮りというやり方だが、これからのドラマや映画にはこういうシーンが増えることだろう。

「カット!」

 監督の声がかかり、

「みぶさん、お昼の休憩に入ってください」

とADが言った。

 休憩も、食事も出来るだけバラバラにとることになったのだ。食堂に入ると、何人かの人が互いに席を空けてポツンと座っている。寂しい気もするが、食事中の会話も避けることと決められているのだ。カレーライスを食べていると、

「みぶさん」

 背後か声をかけられた。

 振り向くと、風見昭一郎先生だ。

「おはようございます」

 慌てて立ち上がる。

 往年の時代劇の名優、大先輩だ。駆け出し当時、一度ご一緒したことがあるのでぼくのことを覚えていてくれのだろう。

「ここ、よろしいですか?」

 隣に掛けてざるそばを小粋にすすりあげる。

 時代劇で何度も見かけた独特の仕草だ。

「みぶさん、今、ドラマで演っておられる役は、もっと気を抜いて演じた方がいいんじゃないでしょうか?」

「そ、そうでしょうか」

「ええ、ちょっと神経が細すぎる気がします」

「そうですか、ありがとうございます」

 コロナのこともあり現場がピリピリしているので、なんとなく芝居もピリピリしてしまっているのに気がついた。

「自分でも意識し過ぎてたみたいです」

 振り向くと、風見先生もざるそばもそこにはなかった。 

 先生とお会いするのは十数年ぶりだ。

 最近はどんな作品に出られているのだろう。

 撮影再開前に、スマホを取り出し調べてみる。

「風見昭一郎 日本の俳優 1942年生まれ 戦後時代劇で一世を風靡する

2019年 心不全にて没」

 え?風見先生が去年亡くなっていたって?

 じゃ、さっき、食堂でお会いしたのは…

「みぶさん、そろそろご準備願います」

 ADが呼びに来る。

 両手を消毒ぢてスタジオに入ると、新たにセットが組まれていた。

 仏間でぼくと年配の女優さんが対話するシーンだ。

 コロナに配慮して、女優さんとぼくをそれぞれ別撮りで撮影。

 午前中と同じく、中抜きの絵を撮る。

 仏壇の前に、いかにも女優さんと対峙しているかのように座る。

 リハーサルの間は、セリフを話す時もマスクをつけたままだ。

 風見昭一郎先生に指摘されたように、神経質にならず、ちょっと気持ちをそらしたように話してみる。

「みぶさん、いいですよ。本番いきましょう」

 監督がそう言うと、ぼくが外したマスクをADさんが取りに来た。

 手にはゴム手袋をしている。カメラが回り、本番スタート。

 セリフを話し始めると、ふと目の片隅に男性の写真が映った。

 風見昭一郎先生だ。

 仏壇の中に、風見先生の遺影が飾ってある。

 どういうことだろう?

 カットがかかってから、

「あの遺影写真、風見先生ですよね」

 監督に尋ねてみると、

「そうなんです、よく気がつきましたね。実はこのドラマ、昔、風見昭一郎主演で映画になったんですよ。でも、スポンサーのクレームでお蔵入りになりましてね。風見先生、凄く残念がっておられました。それで、お祖父ちゃん役で今回遺影出演してもらったんです。風見先生、映画ではみぶさんの役を演られてたんですよ」


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