初めての壁
紀夫と呼ばれていた男は近くのレストランに入る。
「すいません、遅れました」
紀夫は先に座っていた男に声をかける。
「おう、どうだった?」
「ああ、俺に跡を託すって言ってましたよ」
紀夫は呆れた口調で言う。
「そうか、あいつもバカだな。で、お前どうするの?」
「殺人犯の跡なんか継ぎたくないですよ。もちろん沢田さんのところでお世話になります」
紀夫はペコリと頭を下げる。
「そうか、じゃあ今日からお前はうちの従業員だ」
にやりと男は笑う。
「何これ?」
望が言葉を失う。
「引き抜きか…何となくストーリーが見えてきたわ」
「え?私何も思い付かないけど」
さて、ここからは私の想像だ。
紀夫は常々あの沢田から引き抜きの話があったのだろう。
しかし、それに気づいた棟梁はそれを止める為に紀夫と話を何度も重ねた。
その時に紀夫はあのおっさんがいなくなれば考えるとでも言ったのだろう。
そして、事故を装っておっさんを殺した。
しかし、その罪悪感に耐えられず自首をしたということだ。
紀夫が棟梁に会いに行ったのは余計なことを話していないかの確認だろう。
「まぁ、そんなところかな」
「ほぇー、そうだとしたらすごいやなやつじゃん。紀夫」
「んー、引き抜かれたくないからって殺す棟梁の方が問題あると思うけどな」
「確かに…でもそしたらあのおじさん益々かわいそうだよ」
「だな、真実を伝えるレベルじゃなくなっちまった」
「どうするの?」
「どうするもなにも伝えたらあのおっさん。紀夫を殺すぜ」
(いや、紀夫に殺されたと勘違いしてる以上どちらにしても殺す可能性はあるのか…)
「うーん、やっぱりあのおじさんに真実を伝えようよ」
「えー、絶対殺しに走るぜ」
「だってこのままだと結局紀夫さんは殺されるよ」
「どうせ殺されるなら関わらない。もし真実を話してあのおっさんが紀夫を殺したら、私たちは共犯だぜ…」
「…殺人幇助ってやつ?」
「死んでる私たちに刑は関係ないけど私はそうだと思ってる」
「そう…」
「踏み込み過ぎなきゃよかったな」
「そうだね」
「元気だせよ、私もこういうモヤモヤした事件に何回も出くわしてるからさ、今回もそのうちのひとつに過ぎない」
私は望の背中を叩く。
「私はまだそこまで大人になれない…」
「大人じゃないって…あ…」
望がボロボロと涙を流している。
こういう時どうすればいいんだ…
あ、そうだ
私は望を抱き寄せた。
望は大声で泣き始めた。
望の涙は私の服を濡らすことはない…
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