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とある公爵令嬢の話  作者: ゴリラ
とある公爵令嬢の目覚め
6/6



ジリジリと肌を焦がす日の暑さが強くなり、夕焼けと共に雨が降る季節になった。

リタはロデリックの誘いでグラジオラ王国の北側にある避暑地へとやってきていた。

山に囲まれ、けれど人口は多いのか賑わう町を抜けて、馬車は山をある程度ばかり登った場所で止まった。そこには100人以上が余裕で住めそうな大きな屋敷が建っていた。


「リタ、少し長旅だったかな?身体は大丈夫かい?」


避暑地へ先に来ていたロデリックは数日遅れてやってきたリタの馬車が到着すると真っ先に駆け寄り、御者が馬車扉を開くとサッと手を差し伸べて声をかけた。リタはロデリックの手を取り、ゆっくりと馬車から降りると礼を行った。


「ありがとうございます。ロデリック様。」

「リタ。ここではそんなにかしこまらなくていいよ。どうかロディと呼んでくれないか?」

「でも…」

「リタ。」


ロデリックの強い懇願するような視線に、リタは遂に頷くしか出来なかった。


「分かりました。ロディ、誘っていただいてありがとうございます。少しではありますが食料を持って来ましたので、受け取っていただけますか?」

「ああ、ありがとうリタ。アマンダ公爵領は農業が盛んだったね。」

「ええ。そのように聞いています。」

「ふふ、君はよく自慢していたんだよ。時々屋敷を抜け出して市井に下りては領民たちと交流を楽しんでね。彼等も君に果物や野菜などを差し入れたりしてたんだ。いつもその場で美味しそうに食べていたよ。」

「そうだったんですね。」


ふわり、ロディと呼ばれたロデリックの顔は嬉しそうに綻び、そしてつらつらと、リタとの思い出話を語ってくれた。その顔はとても嬉しそうで、リタは胸がツキンと痛んだ。

嬉しそうに語るロデリックと思い出を共有できたはずなのに、リタには全く覚えがないし、なんならそんなはしたない事を自分がしていたのかという思いさえある。

リタの表情が陰ったことに気が付いたのか、ロデリックは慌ててごめんと謝った。


「そんな、謝らないでください。きっと、いつか思い出せますから。」

「…うん。でもね、思い出せなくても良いんだよ。また、新しい思い出を作っていけば良いだけだからね。」


リタはパッとロデリックの顔を見た。いつものように優しく微笑むロデリック。以前は自分の事を覚えていないリタに対し、ロデリックは優しいけれど、どこか悲しそうな顔をしていた。でも、今はただ本当に優しさだけで、真っ直ぐリタを見つめる瞳は、その言葉に嘘偽りがないことを語っていた。


「ロディ、私…」


リタはぽろぽろと涙が溢れてきたのを感じた。記憶が無くなったと言われても分からなかった。たしかに何も覚えていない。けれど、それがどんなに大切な記憶だったかも分からないのだ。

思い出せない事がもどかしく、けれどどうしようもできず、ただ言われた事をこなす毎日だった。

ロデリックの言葉に、はじめてリタは記憶を無くす前の自分が羨ましくなった。こんなにもリタの事を考え、支えようとしてくれる人との大切な思い出を、リタは無くしてしまったのだ。

それを急に実感して、思わず涙が出てきてしまった。

リタの涙にロデリックは慌てて、胸ポケットからハンカチをとり出して優しく拭いとる。


「リタ、大丈夫かい?ごめんね、何か気に触ることでも言ったかな?ああ、どうしよう、」


ロデリックは迷い、そして優しくリタを抱きしめた。


「ロデリック様ー!リター!」


暫く二人が抱き合っていると、屋敷の扉が開き、一人の少女が大きく腕を振り上げて駆け寄ってきた。


「リタ、もう大丈夫かい?マリエル嬢が待ちくたびれたみたいだね。」

「ええ。ありがとうございます。」


貴族らしからぬ振る舞いで、けれどそれをみっともないと感じさせないマリエルは手を振りながら駆け寄り、ロデリックから離れたリタに抱きついた。


「リターーー!!ほんっっとーに心配したよぉーーー!記憶なんか無くてもずーっと私の親友だからね!」


ぎゅーーっとキツく抱きしめてきたマリエル。リタは優しく抱きしめ返した。自分はとても良い人たちに囲まれていたんだなと思えた。


「さ、マリエル嬢。そろそろ中に入ろう。リタも疲れているだろうしね。」


ロデリックに促され、ようやくリタは室内へと入っていった。


避暑地での生活はとても楽しかった。

マリエルとは記憶がなくても関係のないほど直ぐに仲良く出来た。ロディが色々と楽しませようと組んでくれた計画も、どれも楽しく、あっという間に一週間が経ってしまった。


「リタ、会えてよかったわ。とても楽しかった!ロデリック様もありがとうございました。」

「私も二人に会えて良かったです。ロディ、ありがとう。」


避暑地での滞在予定最終日、それぞれの迎えの馬車の前で三人は別れを惜しんでいた。

マリエルとロデリックは王立の学園に通っており、現在は長期休暇の合間で、まもなく学園に戻らなければならないらしい。


「リタ、あのね、私達は戻るけど、貴女は戻ってこなくても良いと思う。」

「マリー…」

「……わたしは、何があっても、リタの見方よ。」


一週間の間、いつも笑顔で居たマリエルが初めて悲しげな表情になり言った。リタはなんだか胸がざわついて、どういう意味か尋ねようとした。しかし、マリエルはロデリックに促されて馬車に乗ってしまっていた。


「マリーったら今のどういう意味なのかしら。」

「リタ、君は学園に戻ってくるのかい?」

「どうかしら、お父様とお母様と話してはないけれど…」


リタの呟きにロデリックは質問すると、返事を聞いて微笑んだ。


「この休暇中、君に何があったか、話そうと思っていたんだ。公爵にも許可を頂いていたんだ。でも、君に笑っていて欲しくて話せなかった。」


ロデリックは話しながらリタをゆっくりと場所へエスコートした。


「リタ。君がいつ学園に戻っても大丈夫なようにしておくからね。」



バタン、ロデリックはそう言うと優しく馬車扉を閉めた。

揺れ始める馬車の中、リタは一体学園で何が起こったのだろうかと考えていた。何が起こり、そして何が原因で自分が記憶をなくし一年もの間眠っていたのか。ロデリックはもしかすると原因に検討がついているのかもしれない。

どんなに考えても、記憶のないリタにとっては考え付かず、そしてリタは考えることをやめた。

ただ流れに身を任せようと決めたのだ。

リタにできることは何もない。

それだけは今の事実だから。




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