第三話 覚醒
転生じゃぁぁぁぁ
「……ふわぁ。」
朝、窓から入る心地いい光で目を覚ました。
起き上がると、ここは寝室なのにそうとは思えないほどの広い部屋。
パステルピンクの壁紙、たくさんある小さな窓に、美しいレースのカーテンが目に入る。
私が寝ているこのベッドは、お姫様が寝るような可愛らしいベッドだ。ふかふかの布団に、つるつるのシーツ。大きなテディベアも乗っている。
本当に転生したんだなぁ、と再認識する。
それと同時に、ある疑問が生まれた。
悪役令嬢の部屋ってこんなだっけ?
ううん、彼女は青や水色が好きだった。
それに、私は何回もこの部屋を見たことがある。
まさか……。
「お嬢様、おはようございます。起きてくださ……あら、もう起きていらっしゃったのですね。」
見なれた侍女が、ドアをあけて入ってくる。
頭の後ろでおだんごにまとめた綺麗な髪。
清潔感漂う、その風貌。
もしそうなら……この人の名前は。
「おはよう、モリス。今日はいい天気ね。」
「ふふ、そうですわね、お嬢様。奥様もお茶会が開けると安心してらっしゃいましたよ。そうそう、今日は王太子様もいらっしゃいます。お嬢様と同い年ですからお友達になれればいいですわね」
「そう……、なの。私もそろそろ準備をするわね。」
ああ、最悪だわ。
ここは……ヒロインの部屋………じゃあ、私は。
自分の姿をみるために、そばにあったアンティーク調のドレッサーまで走った。
どうか、違って欲しい。
……鏡に写ったのは、くっきりとした眉、真ん丸で大きなセピアの瞳、高くて整った小さい鼻に、きゅっと結ばれたサクランボ色の口。ふんわりウェーブのかかった栗色の髪は光を反射して天使の輪を描いている。
そう。
どこをとっても、お人形のような美しい顔立ちは、まぎれもない、ポイズン・アップルのヒロインのものだった。
「なんで……?私、好きな人と幸せになりたいって言ったのに……。なんでレオ様のところじゃないの……?」
私が自分の顔をペタペタと触りながら呟く。
「おはよー。朝から鏡みてなにしてんの?あれか、ほんまに美少女なってて凄いってか?」
ニヤニヤしながら、妖精の姿のウラノスが話しかけてきた。
私のつぶやきはどうやら聞こえなかったらしく、彼は上機嫌だ。
ああ、イライラする。
ヒロインになってるなんて意味がわからない。
私は、思うままに怒鳴り散らした。
「ねえ、ウラノス!私、なんでヒロインになっちゃってるの!?悪役令嬢じゃないと……「え、お前がアイテールにゆうたやろ、好きな人と幸せになりたいって。確か、ヒロインが好きな人選んで幸せになれるんちゃうかった?」
そう言われるとそうだな……
私、1度も悪役令嬢に転生したい!って言ってない。私が怒るのは筋違いだろう。
「ごめん……。私が間違ってたみたい……」
「そうか。モエハは、ちゃうやつになりたかったんか?俺らも、しっかり確認してなかった。でも、もう来てしもたら変えられへんねん。ごめんな。」
ウラノスは、しゅんとしてしまった。
ウラノスが悪いわけでは無いのだ。
そんな顔はしないでほしい。
「ううん、やっぱりこれでいい。レオ様に会える可能性があるだけありがたいよ!ありがとう、ウラノス。私、自分の力で頑張ってみるよ!」
「おう。俺もアイテールも、困ったときはお前の味方や!力を尽くす!」
うん。ウラノスは元気になったみたいだ。やっぱり落ち込んでるより、ニヤニヤでも良いから笑っているウラノスの方が私は好きだな。
でも……どうしよう。
ヒロインじゃ、レオ様と結婚できない……。
いや、違う。
私はまた間違ってる。
恋愛は、きっと初めから好きになってもらえるってわかっていてするものじゃない。
好きな人は、自分の力で勝ち取るものだわ。
「ふふ、やっと気づいたのか。そうこなくちゃね。それでこそ僕たちの気に入った人間だ。」
「ん……?アイテール、今なんか言った??」
「いや、なんでもないよ。それより、おはよう、マリア。転生1日目の朝はどうだい?一応4歳にしておいたよ。」
「あー。なかなかね。これからが勝負だわ。」
どうやら聞かない方が良いらしい。
きっと彼は、必要な時に話してくれるだろう。
私はそのときを待つことにした。
しかも4歳なら、イブリンとレオ様はまだ出会っていないはず。確かレオ様がイブリンの従者になったのはイブリンが5歳になるころだった。
今はたぶん春。イブリンの誕生日は冬だから、あと一年近くある。
大丈夫。まだ、望みはあるみたい。
それより今日は、お茶会イベント。
マリアが初めて、イブリンや、エドワードに会う日だ。
とりあえず、エドワードに近づかずにイブリンと仲良くなろう!
イブリン、一途ないい子だし!
*
*
*
「きゃぁぁぁーー!お嬢様!なんですの、これは!」
私がドレスに着替えさせられていると、寝室の方からモリスの叫び声が聞こえた。なに!どうしたの!?
「モリス!?どうしたの??」
私は、そばにいる侍女達を振り切って寝室へと走った。モリスが叫ぶだなんて相当だ。ゲームのなかでも、モリスはいつも落ち着いていて、頼れる大人の女性、第一位だったのに。
ドアを開けると、腰を抜かしたらしいモリスが、口をパクパクさせて座り込んでいた。
「お、お嬢様。あ、あれはなんですの?」
指の指す方をみると、そこには……
ベッドで跳ねるアイテールとウラノスがいた。
ウラノスが、ベッドって、こんなに面白いのか!と、楽しそうに跳ねているのに対して、アイテールは「ベッドというものは興味深いな」と、研究者のように呟いている。
それは……ビックリするね……
ごめんね……紹介してなかったもんね……
「……精霊ですわ。昨日、私のところに来てくれたの。」
一応そういうことにしておこう。
「「おはよう。昨日からマリアの加護精霊になった。驚かせてごめんなさい。」」
「まあ、まあ!まあ!まあ!まあ!そうでしたの!!あれが精霊というものなのですね!私、初めて見ましたわ!!精霊は普段なかなか姿を見せませんのよ!しかもあんなにはっきり!祝福まで!」
あちゃあ。そうだったなー。学園にはたくさんいたから……その設定……忘れてた……。
「そうなのね!知らなかったわ。それなら、とても嬉しいことね!」
「ええ、そうですわ!!私、旦那様と奥様に伝えてきます!!お嬢様は早くお茶会の仕度をなさってくださいませね!」
モリスは40代で二児の母とは思えないほどのスピードで走っていってしまった。
嘘でしょ、あのおしとやかなモリスが……
やーっと長い仕度が終わった。
今日は、王妃様や、あと2人の公爵夫人なども集まる大規模なお茶会らしく、念入りに仕度をさせられた。
メイクもうっすらしていて、華のJKのクセに、病気であまりできなかった前世とは大違いだなぁなんて思ってしまった。
暇だったから色々考えたけれど、私は今、マリア・クリスティとしてこの世界で生きている。
この世界はアイテールが作ったとはいえ、私が入ったせいで自分を失ってしまっている本当のマリアのためにも、私は今世を精一杯生きなくてはならない。
だから、前世のことは必要以上に振り返らず、マリア・クリスティを生きると決めた。
ドレスにシワがつかないように細心の注意を払って食堂まで朝食を食べに行くと、お母様が私にかけよってハグをしてきた。
遅れてお父様も近づいてくる。
「すごいわ!マリア!!お母様嬉しい!!」
「マ、マリア。さすが私の娘だ。」
お母様は輝かしい笑顔で、私を褒める。
お父様は、少し照れながらも私の頭を優しく撫でた。
ちなみにお母様も、私と同じ栗色の髪にセピアの瞳。
その女神のように綺麗な顔は、とても人目をひく。お父様と結婚する前は、社交界を騒がせていたのだそうだ。
お父様は、ウェーブのかかった髪に、エメラルドグリーンの瞳。童顔で、私のお人形のような顔や、ウェーブのかかった髪はお父様ゆずりだろう。
「あ、ありがとうございます!お父様、お母様!マリアも、とっても嬉しいわ!!」
「「かぁわぁいい~~!!」」
やっぱり私たちの娘は世界一可愛い!!と、親バカっぷりを披露する。
そうだろう、私は可愛いだろうと、たたみかけるようにエンジェルスマイルをしてみた。
それがいけなかったのだろうか。
「私、決めた!今日のお茶会はマリアが主役に変更よ!マリアの精霊加護記念日にするわ!今すぐに準備して頂戴!!ところでマリア、精霊さんをそろそろ紹介してくれないかしら?」
あーあ、目立ちたくないのに。なんでだ。
お母様は一度決めた事は変えない。
こうなった以上しょうがないか。
あ。イブリンに話しかけやすくなるかも……。
「あ、はい!こっちの紫の髪の精霊さんが、ウラノスで、あっちの銀と水色を混ぜたみたいな髪の精霊さんが、アイテールです!!」
「「おはよ~う!よろしくお願いします!」」
「こんなに輝いている精霊はお父様でも初めてみるな。なんの精霊だかわかるか?」
げ、バレた?
「ウラノスが光と闇の精霊で、アイテールが光と水と風の精霊です!」
「そうか、彼らは光属性が強いのかな。」
やった!誤魔化せたみたい!
「旦那様、ご出勤の時間です。」
やったぁ!!ほんとについてる!!
「ああ、今行くよ。マリア、お母さんをよろしく頼む。いい子でいるんだぞ。アリア、愛してるよ。マリアを頼む。」
「「はい!」」
私たちは元気よく返事をした。
とりあえず8時に鳴る、大聖堂の鐘の音で
〝イブリンと仲良くなろう大作戦〟決行だぜ!
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8時にマリアの様子を目撃した使用人たちは、普段は美しい大聖堂の鐘の音が、決戦のコングにしか聞こえなかったらしいというのはまた別のお話。
次回
決戦のコング、鳴り響きます。