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女だらけの国の少年領主 “男はみんな戦場送りです。” (旧題:少年領主と後宮の女たち)  作者: 麗瑠楽
第一章 使用人の乙女たち 「えっ!まさかの主人公ほとんど出番なし!?」
7/7

第7話 カーティアの私物 「新品だからゆるくないよ」

「いやあ、ひどい目に合ったぜ」

「それは私の台詞よ!」

 エルネスティーネのヤツは随分とご機嫌斜めのご様子だ。ただオレにはその時の記憶がいまいちはっきりしない。気が付いたら川の中に放り込まれていて、全身痛いわ、臭いわ、みんなから白い目で見られるわで何が何やら。

 朝っぱらから冷たい川で、部屋のみんなに総婦長まで加わり何故か沐浴する羽目になるし、寮の部屋に戻れば戻ったで中は汚物まみれだし。


「カティ、終わったよ」

「おう、ご苦労さん」

 汚れた布団やら何やらを運び出し終えて、部屋へと戻って来たイルザとアンネッタへとねぎらいの言葉を掛け、こちらも作業の手を止める。

「こっちもようやく、ひと段落だ」

 家具に壁、床と一通り部屋の中は拭き終わった。汚れはそこそこ落ちたが、臭いは・・・まあ、あれだ、慣れれば何とか・・・。


 刻限はそろそろ昼に差し掛かる頃合か。部屋の連中はオレたち四人を残し、それぞれのお勤めへと行ってしまっている。オレたちだけは新たに加えられた罰として、この部屋の片付けを申し付けられていたのだ。


「そうだ、アンネッタこの桶どうする?」

 そう言ってオレが差し出したのはアンネッタご愛用の例の木桶だ。

「す、捨てて下さい。そんな物」

 途端に引きつった表情を浮かべ、僅かに後ずさるアンネッタ。

「ちゃんと綺麗に洗ったぜ」

 なおも強引に手渡そうとするオレだが、アンネッタはブンブンと首を横に振り、断固受け取りを拒否する。ところが意外なところから引き取り手が現れた。エルネスティーネである。

「なら、私が貰うわ」

「どうすんだ」

 訊いといて何だが、これに使い道があるとは思えない。けれども桶を手にしたエルネスティーネは悪い笑みを浮かべると、この桶の有効利用を提案する。

「折角ですし、ベルナルデッタの桶と取り替えておきましょう」

 なにげにひどいヤツだなエルネスティーネ。怪我して行方知れずのベルナルデッタに対してこの仕打ち。アンネッタのヤツは若干引き気味だ。だがそりゃ、名案だ。さぞや桶で汲んだ水は良い出汁が取れるだろうさ。オレも今日でこの部屋ともオサラバだし、ついでにベルナルデッタへ日頃の礼を返しとくかな。


 そんなこんなでオレがベルナルデッタ愛用の品々を部屋中くまなく拭いた匂い立つ雑巾にて、これまでのあれやこれやの礼を込めて丹念に磨いていると、部屋の扉を誰かが外から叩く音がした。

 同じく向かい側でベルナルデッタの寝台へと怪しげなまじない人形を仕込んでいたエルネスティーネと共に、誰だ?とお互い顔を見合わせる。

 使用人たちの大部屋の扉をわざわざ叩いてまで、ご丁寧に来客を告げるとはえらく律儀なヤツだ。普通はみんな気にすることなく、そのまま扉を開けて入って来る。

 再度扉が叩かれたところでエルネスティーネが「どうぞ」と告げると、ようやく扉が開かれた。姿を現したのは一人の使用人だ。ただ見るからに上等な衣装を身にまとっている。オレたちのように汚れることが前提の裏方使用人の服装とは明らかに違って見える。間違いなく接客担当の上級使用人だろう。


 その使用人は扉を開けた途端、見えない何かを避けるようにささっと数歩後ろへ下がると、そこで口を開いた。ああ、やっぱりこの部屋まだ相当臭うらしい。本当いったい何を食べたらあんな異臭を放つ破壊力抜群の危険物を体内錬成できるのやら。我ながら関心だ。

「総婦長様より、皆様をご案内するように申し使って参りました」

 やって来た使用人は丁寧に頭を下げると要件を告げる。

「ああ、そうなのか?けど悪いな。まだ部屋の片付けとか色々終わってないんだ」

 オレは部屋の状況を確認すると、そう答える。新たな寝具もまだ運び入れてないし、汚れた服やら敷布やらの洗濯もしなきゃならない。何よりベルナルデッタへのあれやこれやも、まだ済んでいない。

「ではそちらは別の者が引き継ぎますので、皆様は速やかに部屋を移るご仕度をお願い致します」

 使用人の言葉遣いは慇懃ながら有無を言わせぬ物言いである。まあ、面倒な仕事から開放してくれるというならこちらに断る理由はない。エルネスティーネだけまだ色々やり足りないのかいささか不満げな表情をしている。

「それでは私は外でお待ちしておりますので、仕度が終わりましたらお声がけ下さい」

 余程この部屋には入りたくなかったのだろう。それだけ告げると漂う臭いから逃げるように、そそくさと足早に去って行ってしまった。


「やれやれお許しが出たみたいだし、オレたちもこんな臭い場所とはオサラバしようぜ。匂いが移っちまう前に」

 その意見には皆同意のようで、それぞれの荷物をまとめるべく素早く動き出した。いやアンネッタとエルネスティーネは何かに気付いた様子で、一瞬顔を青ざめさせると鬼気迫る表情で猛然と服を片付け始めた。ときおりそれらを鼻に当て何やら確認しているようにも思える。うん、・・・まあ頑張れ。手遅れじゃなきゃいいけどな。


「なあ、オレたちの次の仕事場ってどこなんだ?」

 オレも身の回りの品をまとめながら、ふと思いついた疑問を口にする。

「知らない」

「そういえば聞いてないですね」

 イルザとアンネッタは口々に答える。頼りにならない奴らだ。そう思いエルネスティーネのほうを向くと、仕度の手を止めることなく不満げにつぶやく。

「誰かさんのせいで、それどころじゃなかったのよ」


「何だ。誰も知らないのかよ」

 呆れたもんだ。

「けどよ。罰ってことは、今より扱いが悪くなるってことだろ。今だって下っ端の雑用仕事しかさせて貰ってないのに、これ以下ってどんな仕事なんだろうな?今いる寮だって見習い新人用の大部屋なんだぜ。ここを追い出されてオレたちどこへ行くってんだ?」

 今だって与えられる仕事も、居住環境も底辺だ。これ以下ってどんなんだ?

「内回りの作業から、外回りにうつされるってことじゃないですか?」

 というのはアンネッタの意見。“内回り”つまり屋敷内の仕事から、“外回り”屋敷外の仕事になるってことか?けどそれは・・・。

「どうかしら。外回り仕事は騎士令嬢の使用人が任される仕事でしょ」

 そうなのだ。エルネスティーネの言う通りなのだ。私たち貴族の身分を持った者たちは屋敷内の仕事を受け持ち。騎士家から採用された使用人は屋敷の外での作業を割り振られている。

「あ、イルザお馬さんの世話したい!」

 元気に手を上げぴょんぴょんと飛び跳ねるのはイルザだ。飼馬の世話は確かに外回りの仕事である。あとは厩舎や庭園、馬車や馬具などの管理、整備も外回りの役目だ。

「便所掃除だったりしてな」

 オレは浮かれるイルザに向かって脅すように言ってやる。途端に嫌そうな顔になるイルザ。便所掃除は普段は平民出身の使用人がやっている。けれどオレたちは時折り罰としてやらされたりしていた。平民の使用人は家畜や農園の面倒なども見ている。あとは来賓への夜のお勤めだ。要は身分あるものに任せられない汚れ仕事や肉体作業が担当だ。


「それかあれだ。オレたち全員で平民宿舎へ移されて、来客の野郎相手に毎晩ご奉仕勤めが待っているんじゃねえか?男に跨り腰振ってよがってりゃ良いんだから楽な仕事だろ?」

 豪快に笑い腰を動かす仕草をしながら言ってやるが、今度はエルネスティーネが嫌そうな顔をする。アンネッタはドン引きだ。イルザは・・・解ってないな。

「冗談だって。そんな顔すんなよな」

 下品な話に怒っているのかと思いきや、やたらと深刻そうな表情をしたエルネスティーネに見つめられる。

「冗談になってないわよ。カーティア。貴女、貴族身分を剥奪されて本当にそうなっていたかもしれないのよ」

 エルネスティーネはつかつかと近寄ってくると腰に手を当て説教口調で責め立てる。だがオレは当惑する。

「ちょっと待て。何の話だ?何でオレが貴族を剥奪されなきゃならないんだ?」


 あきれ果てたといった感じでエルネスティーネは語りだす。

「貴女、あの家宝の大皿を割ったのよ。それでも足りないくらいだわ。それどころか・・・」

「ああそうか。エルネスティーネ、オマエ知らなかったのか。あの大皿本物じゃなくて、似せて作っただけのただデカイ皿だぞ。良く出来てるけどな」

 滔々と語るエルネスティーネの話を遮り、オレは勘違いを指摘してやった。どうりで総婦長に名前呼ばれた時から神妙な顔してると思ったぜ。

「本当なの?そんな話、初耳だわ」

 驚くエルネスティーネの疑問に答えてやることにする。

「一応は秘密ってことらしいからな。勿体ぶって見せびらかすべく飾ってある物が実は偽物でした。なんて大っぴらにできないしな。けど良く考えてもみろよ。そんなご大層なお宝、オレたち何かがおいそれとさわれる訳ないだろ」


 何かことあるごとに方伯家の象徴として仰々しく人前に飾られる大皿だ。それを見て本物と信じて有り難がっている連中に、模造品を掲げていると知られれば体面に関わる。かと言って今回みたいな不慮の事故で破損する可能性だってある。なので本物は宝物庫にて厳重に保管しつつ、秘密裏に精巧な偽物を作ってそれを代わりとしているという訳だ。

 オレたちは力があるってんで、運び手として何度も呼び出されてたので前から知ってたけどな。もっとも今回派手に大勢の前で割っちまったから、みんなにもバレちまっただろう。あの偽の大皿、割れちまったあれ一枚だけじゃなかったんで、あのあともう一回あんなくそ重いもの祝宴会場まで運ばせられたからな。こっちは良い迷惑だぜ。


「もし割ったのが本物だったら、流石にオレでものんびりなんてしてないって」

 その場の目撃者全員口封じのために抹殺しなきゃいけないだろうし、大量の死体を一人で処理するのは骨が折れるだろうからなあ。だが自分の人生の平穏安寧とその他大勢の命なら比べるべくもない。

「ただアンネッタのヤツはマジでヤバかったけどな」

 オレはアンネッタのほうを見やり続ける。

「よくもまあ、あれだけ高そうな皿だけ選んでたんまり持って来てたもんだ。あれ下手しなくても総額で小さな領地だったらまるごと買えるんじゃないか?」

 アンネッタのヤツは「目は確かなんです」とか、無い胸まで張って自信満々だが、いや、褒めてないからな。

「運が良かったな。方伯の息子が見付かったのが偶々昨日で。恩赦が出てなけりゃ貴族位剥奪どころか家財没収されたうえ、最悪一族揃って奴隷として売り飛ばされてたかもな」

 今度は一転してアンネッタはガクガクと首を縦に振り、「良かった、本当に良かった」と呟き自らの幸運を噛み締めているようだ。


「でだ、アンネッタが性奴隷として変態どもの玩具になろうが、男どもの便所にされようが、まあそんなことはどうだって良いんだが」

「ちっとも良くないですよ。カーティア様の想像の中での私って今どんな目にあってるんですか?」

 大勢に囲まれていたり、粘液にまみれていたり、掘られていたり、まあ色々散々だ。

「それより重要なのはオレたちの今後だろ」

「カーティア様。その“オレたち”の“たち”に私って含まれてますか?含まれてますよね?」

 アンネッタ、さっきの仕打ちはまだ忘れてないんだからな。

「エルネスティーネは次の仕事なんだと思ってるんだ」

「無視しないで下さいよお。私なにかしましたか?」

 決壊間近のお腹押さえられ、みんなの前で桶に跨がせられた時の絶望感といったら・・・。


 取り敢えず、うるさいアンネッタは無視しとくとして、エルネスティーネの意見を訊くことにする。こういうのは頭の出来が良いヤツに訊くのが一番だ。

「そうね。この寮を出なければいけないとすれば、本邸の仕事ではないのではないかしら?ただ仕事が変わるだけならば、わざわざここを離れる必要もないでしょう?」

 なるほど。確かにな。本邸の屋敷で働くのであれば、併設されている寮のほうが近いし便利だ。

「てことは別邸のほうか?」

 この方伯邸の敷地はとにかくだだっ広くて、川も流れていれば森や池もある。オレたちが普段働く本邸の屋敷意外にも、いくつもの別邸があちこちに点在していた。そしてそこでも住み込みで働いている使用人はいる。

「罰として与えられるならば、閑職に回されるのは当然だから可能性は高いと思うわよ」

 数ある別邸の中には滅多に利用されていないもの多い。そこでの使用人の勤めといえば、いつ使われるかも判らない建物をただただ毎日掃除して管理するだけの退屈な仕事だ。楽っちゃあ、楽だけどな。


「ん?別邸ってことはアレもそうなんじゃないか?あのバカ息子どもの屋敷も」

 ふと思いついた考えをオレが口にした途端、エルネスティーネは渋い顔になる。アンネッタもイルザでさえも露骨に嫌そうな表情をする。

 バカ息子ってのは昨日見付かったばかりの方伯の子供のほうじゃなくて、前から居る方伯の養子どものほうだ。方伯に血縁が居ないことから後継ぎの座を狙いやって来た中央貴族のバカ息子ども。

「ええ、そうね。そうだったわ。むしろ罰とするなら可能性は高いかしら」

 シワの寄った眉間を揉みほぐし渋面を湛えたエルネスティーネが苦々しく言葉を吐き出す。

「わ、私イヤです。あそこだけは御免です」

 アンネッタは青い顔をして震える身体を押さえるように自らを抱きしめる。いや、アンネッタ。オマエは一回行ってこい。

「イルザも!あそこ行くなら便所掃除のほうが良い!」

 アンネッタに賛同したイルザまでもが声高に主張しだす。まあ、気持ちは解る。オレだって嫌だ。方伯の養子どもはどいつもこいつも揃いも揃ってクソ野郎だからだ。


 方伯家の財産を食いつぶしての贅沢三昧に、次代の方伯候補としての権力を振りかざしての暴虐三昧。美食家を気取り飽食の限りを尽くす豚に、金に飽かせて芸術宝飾品を蒐集し賭け事に興じる放蕩者はまだマシなほう。

 日々取り巻き貴族の子弟を引き連れ街に繰り出し、乱暴狼藉を働く者。お付きの使用人たちに衣服の着用を認めず、手当たり次第に女を喰いまくっている色ボケ野郎。流民街から年端もいかぬ幼い少女ばかりを攫って来る変態幼女愛好者。酒と薬に溺れ、すでにまともな判断力を失っている中毒患者。入ったが最後、奴隷や平民の使用人が何人も失踪し、夜な夜な叫び声が聞こえる恐怖の館の主たる拷問好きの異常者までもが居やがる。


 完成したばかりの贅を凝らした新たな宮殿も、この養子どもが自分たちが住まうに相応しい館をと方伯を唆し、強引に建てさせたともっぱらの噂だ。

 この方伯領は他の領と比べ決して豊かじゃない。耕作に向かない低湿地が多く、雨も多い地域のため洪水、地滑りの被害が絶えない。特に近年は長雨が続き常に不作に悩まされているし、毎年のように餓死者も出ている。

 王宮に勝るとも劣らない豪華な宮殿を、貧困に苦しむ領民を動員してまで無理に造る必要などなかったのだ。あの養子たちでは誰が次の方伯を継いでも、領地を傾けさせることは必至だ。

 けれども方伯の実子が現れ、しかも銀髪持ちときた。このままでは養子のヤツらが方伯の跡取りとなる可能性は皆無。以前ならば未来の方伯妃という美味しい餌に釣られて、ヤツらのもとにさえ進んで行く物好きな使用人も居ただろうが、今やただの厄介者に過ぎないヤツらのところへ行きたがる使用人など居るはずが無い。


 重々しい溜息と共にエルネスティーネが言葉が漏れ出る。

「おかしいと思ったのよね。接待が主任務の上級使用人がわざわざ私たちの案内なんて小間使い仕事でやって来るなんて」

 ああ、それであの使用人のヤツが部屋に入って・・・来なかったな。まあその時、やけに不満げな顔してたのはベルナルデッタへの悪戯を邪魔されて不機嫌になってたわけじゃないんだな。

「彼女、きっと誰かのお付きの使用人ね。次の仕事先は多分そこだわ」

 エルネスティーネは諦めの表情でつぶやいた。

「まだそうと決まったわけでもないだろ。悲観すんなって」

 オレは平静を装い軽口で応じてやる。けど内心ではかなり焦っている。エルネスティーネの行き着いた結論には筋が通っていて、これといった否定要素が見当たらないからだ。


「でだ、アンネッタ。オマエはまた何してるんだ?」

 皆より一足早く荷物をまとめたというか、既にまとめてあったアンネッタはというと、窓に脚を掛けて逃亡体勢に入っている。

「イルザ。逃がすな。捕まえとけ」

「うん、わかった!」

 指をパチンと鳴らして小さな捕食者へと指示を出すと、猛然と獲物へと飛びかかって行く。悲鳴を上げ慌てるアンネッタの片足をむんずと掴むと、そのまま力任せに窓から引き剥がした。その途中、窓に片脚掛けていたアンネッタが股裂き状態となり、股間から軽い破壊音が聞こえた気がしないでもない。

 おまけにそこから更に強引に引っ張ったもんだからアンネッタは倒れ込む拍子に窓枠で額をぶつけた挙句、受身も取れない状態で顔から床へと落下した。

 イルザのヤツは得意げな笑顔で、そのままピクピク痙攣するアンネッタをズルズルとこっちまで引き摺って来る。人としておかしな角度にまで脚が広がっているアンネッタ。スカートはめくれ下着ドロワーズも丸見えだ。イルザのヤツ手加減知らないからな。


「余計な手間取らせるな、アンネッタ。折角拭いたんだから血で床を汚すなよ」

「こんな状態の私の姿を見ても、床の心配ですか?私への心配りは無しですか!?」

 オレの適切な指摘のどこに不満があるのか、むくりと上体を起こすとやおら抗議の声を上げるアンネッタ。何だまだ元気そうじゃないか。でっかいたんこぶ出来て、鼻血出てるけど。

「今更、オマエの汚い下着ドロワーズがちょっと見えたくらいで騒ぐなよ」

「気にして欲しいのはそこじゃ無いです!ちょっとどころか丸出し全開ですよ!あと汚くも無いです!!」

 いや、股のとこうっすら黄ばんでるぞ。ちゃんと拭いとけよ。


 それはそれとしてアンネッタのヤツは退寮の用意はもう万端みたいだな。イルザのヤツもほぼ荷物をまとめ終えている。今までどこに隠し持っていたのか、大量の食い物が大きな袋からはみ出しているし、オレにはガラクタにしか思えない物も後生大事に持って行くようだ。蛇の抜け殻だの、どこかで拾って来たような木の棒とか石コロなんかわざわざ持ってってどうすんだ?

 さてエルネスティーネはと振り向けば、こちらも大量の服をなんとか木箱へと押し込めようと現在格闘中だ。よくもまあこれだけの衣服を持ち込めたものだ。寮の大部屋ともなれば個人の私空間など限られる。これだから良いとこのお嬢様ってヤツは。

 オレも身の回りの品はについては小さくまとめ袋に仕舞い込み終わった。あとはあれだな。オレは部屋の壁へと近寄ると、そこに掛けて置いた物を手に取る。


 すると何故かエルネスティーネから待ったの声がかかった。

「ちょっと!貴女、何勝手に持ち出そうとしてるのよ!」

「勝手にも何も、オレの物をどうしようがオレの自由だろ」

 おかしな事を言うヤツだな。それなのにエルネスティーネのヤツはなおも言いつのる。

「貴女のじゃないでしょ!それはこの部屋の備品でしょ!」

「あ?これはオレの私物だぞ。実家からオレが持って来たんだからな」

 オレは壁に掛けて置いた剣を手に取ると反論する。なんだ?何でそんな変人を見るような視線で見つめてくるんだ?普通だろ?


 憮然としつつ、剣と共に壁へ掛けて置いた槍へと手を伸ばすと、今度はアンネッタが声を掛けて来た。若干声に驚きが含まれているように思えるのは気のせいだろうか?

「それもカーティア様の物なのですか!?」

「ああ、そうだぞ。この槍も、そっちの盾も、壁に掛けてある他の剣に槍、戦斧も戦鎚も全部オレんだ」

 オレは槍を見せびらかすようにしてうっとり自慢げに語る。なんだ?何でそんな危ないヤツを見つけた時みたいな視線を送ってくるんだ?失礼なヤツだな。


「私あの剣とか槍とか、今までただの壁の飾りだと思ってました」

「私もよ。誰だって普通はそう思うわよ。けれどもそういえば他の部屋には無いのよね。迂闊だったわ」

 アンネッタとエルネスティーネの二人は何やらぼそぼそと話している。言いたいことがあるんなら、はっきり言えよな。

 オレにしたらオマエたちのほうこそ良く丸腰のままで、いつも平然としていられるもんだと思うね。敵とか襲って来たらどうすんだ。せめてこれくらいの備えをしておかないと安心して眠れやしない。


 オレは壁の装備を一通り回収し終えると、最後に残ったひとつを取りに部屋の隅へと向かう。

「ちょっと!まさかそれもあなたの物なの!?」

 訊ねるエルネスティーネの顔は心外にも驚きを通り越しもはや呆れ顔だ。

「そうだぜ。オレの自慢の一張羅だ」

 オレの向かう先にあるのは全身鎧だ。しかも特注で作らせたオレ専用の金属鎧だぜ。得意げにニヤリと笑うオレだが・・・。なぜ、アンネッタもエルネスティーネもそんな顔をする?なぜ、そんな冷めた目を向けてくるんだ?


「変態ね」

「変態ですね」

 なんでだ!?エルネスティーネとアンネッタのオレへ向けた不当評価のつぶやきに衝撃を受ける。

「鎧甲冑の一着くらい大人の淑女としては当然の嗜みだろ!?」

「それはいったいどこの蛮族のしきたりですの?」

 オレの至極真っ当な正論にも、エルネスティーネのヤツは益々冷たい視線と口調で返して来る。なんてことだ・・・よもや皆がここまで平和ボケに侵されているなんて・・・。

 目の前が暗くなる思いで、ふらつきかける身体を支えようと思わず傍らの鎧に手をかけた。すると・・・。


 ぽてり。ころころ・・・。


 鎧の中から転がり落ちる乾燥腸詰ドライソーセージが一本。

「あ、まだ残ってた!」

 そしてトコトコやって来て、それを拾い上げるイルザ。


「おい。ちょっと待て、イルザ」

 腸詰を持って何食わぬ顔で戻ろうとするイルザの肩をガシっと捕まえるオレ。

「オマエ、オレの鎧を食い物の隠し場所にしてたな!」

「な、なんのことかな?イルザ、しらないよ」

 問い詰めるオレに、そっぽを向いてしらを切るイルザ。口笛を吹いて誤魔化そうとするも、その尖らせた唇からはふうふうと空気が漏れる音しかしない。だいたいその手に持つ腸詰が何よりの証拠である。

 イルザのヤツ今までどこにあれだけ大量の食い物を隠し持っていたのかと思っていたら、まさかオレの大事な鎧が貯蔵庫代わりに使われていたとは。

 お仕置きとしてぷにぷにの頬を両手で掴んで思いっきり左右に引っ張ってやる。 


 何てことしやがるんだ。乾燥してカピカピになった麺包パンとか、中から出てきたりしないだろうな?心配になったオレは鎧の中を覗き込もうとすると・・・。


 ぼてり。ごろごろ・・・。


 また何かが転がり落ちた。

「なんだあ?また腸詰・・・か?・・・・!?」

 だがそこに転がっていたのは腸詰と似て非なるものだった。雄々しくいきり勃ち反り返った木彫りのそれは・・・。


「変態ね」

「変態ですね」

 なんでだ!?エルネスティーネとアンネッタのオレへ向けた、ある意味正当評価のつぶやきに激しい動揺を覚える。

「違うからな!これオレのじゃないからな!オレ道具とかは使わない派だから!!」

「それはいったいどんな性犯罪者の言い訳ですの?」

 オレの恥ずかしい暴露発言にも、エルネスティーネのヤツは恐ろしく冷たい視線と口調で返して来る。なんてことだ・・・よもやオレがここまで異常性癖でもおかしくないヤツと思われていたなんて・・・。

 目の前の世界が暗転し、よろめく身体が傍らの鎧にぶつかる。


 どさり。がさがさ・・・。


 茫然となるオレ。

 今度転がり落ちた物は先程のより太くて大きかった。血管の浮き出た生々しい造形。おまけに後端には馬の尻尾のような長い毛束まで付いていやがる。


「ど変態ね」

「ど変態ですね」

「違うからな!本当にこれオレのじゃないからな!オレどっちも未使用だから!!」

 オレの涙目での必死の訴えにも関わらず、エルネスティーネとアンネッタはゴミを見る目をしている。

「どうりでゆるいはずですわね」

「ゆるゆるでしたもんね」

 ねえ、どこが!?ねえ、それどこのこと!?オレのはゆるくないよ!だってまだ新品だもん!!


「なあ、これイルザのだよな?イルザがここに隠しておいたんだよな?そうだと言ってくれ!」

 藁にもすがる思いでイルザに訊ねる。何だか解らないまま拾って来て隠して置いたイルザのガラクタのひとつだった可能性もあるかもしれないだろ?

「なあに、その変なの?イルザ、そんなの知らないよ。それ食べられるの?」

 不思議そうに可愛らしく小首をかしげる小動物イルザ。さっき引っ張った頬はまだ赤いままだ。

 だろうな。解っていたさ。オマエには一生縁がなさそうだ。あとこれは食えなくはないが、食うのは上の口じゃなくて下と後ろの口な。


「最低ね。イルザのせいにするなんて」

「最低ですね。カーティア様」

 エルネスティーネとアンネッタの凍てつく視線が痛い。イタ過ぎる。頼むから汚物を見るような目は止めてくれ。

「イルザがそんな玩具、持っているわけないでしょう?貴女以外の誰の物だっていうのよ。ねえ、無断外泊の常習犯さん?」

 エルネスティーネの蔑んだ視線がオレに突き刺さる。ああ、オレだってそう思うさ。こんな物持っていそうなのは、この部屋のお嬢様連中の中じゃ女遊びやってるオレだけだって。

「カーティア様、剣とか槍とか危ない物ずいぶんとお好きそうでしたものね。そこに転がっている汚らわしい凶器は、いったい誰のどこに突き刺すおつもりですか?」

 アンネッタの笑顔が怖い。何か上手いこと言ってるけど、その目はまったく笑っていない。


 その後もしばらく誤解を解くべく、オレが如何に清廉潔白で穢れ無き乙女であるかの主張を続けるも、まったく信じてもらえず。最後にはイルザのヤツに慰められる始末だ。

 ヤケクソになって本当だから確かめて見ろと、下着脱いで股まで広げたのに全力で拒否られた。なんでだ。

 クソ!誰だよ!こんな物、オレの鎧の中に隠しといたヤツ!!

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