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女だらけの国の少年領主 “男はみんな戦場送りです。” (旧題:少年領主と後宮の女たち)  作者: 麗瑠楽
第一章 使用人の乙女たち 「えっ!まさかの主人公ほとんど出番なし!?」
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第4話 カーティアの下着 「知ってるか?ドロワーズって股のとこ穴開いてるんだぜ」

 植え込みの中に身体を隠し、宿舎の方を覗くと数人の人影が見え舌打ちする。クソッ、まだ居やがるのか。心の中で毒づくと周囲を警戒しながら、仕方なく宿舎の裏側へと回ることにする。

 途中、足元までの長いスカートが下生えの枝に引っ掛かり渋面をつくる。動きづらいったらありゃしない。他の連中は良くこんなヒラヒラしたの平気で着ていられるな。腹は冷えるし、股のとこなんて妙にスースーするし。

 兄貴たちに、こんな女みたいな恰好してるの見られたら大笑いするに違いない。何で女になんか産まれちまったかな。男だったら兄貴たちみたく戦場で活躍できたのに。


 裏手へと回ると目的の部屋の窓の下へと腰を低く落とし、足音を潜め近付く。宿舎の外壁を背に窓から中を覗うべく首を伸ばしかけたところで・・・。


 カッコーン!


 景気よく乾いた音が部屋の中から響き、思わず首を竦める。何だ、今のは。

 恐る恐る中を覗き見れば、寝台の上のアンネッタに覆いかぶさるように倒れているイルザ、その傍らには木桶を手に仁王立ちのエルネスティーネ。床には食い物が散らばってるし、これは一体どうゆう状況だ?

 さっと部屋の中を見回し口うるさい寮監連中が居ないことに安心すると、窓の淵に両肘を付き顎を載せ中の寸劇の様子を観客よろしく、じっくり観察することにした。

 相変わらず愉快な連中だ。どうやらオレが居ない間に何やら面白いことになっているっぽい。


 やがてイルザのヤツが部屋の連中に、どこから聞き付けて来たのかベルナルデッタがどこかに連れて行かれたことを喋っちまう。相変わらず耳ざといヤツだな。このこと知っているのはオレだけだと思っていたんだが、他にも目撃したヤツが居やがったのか。しかし顔が腫れて出血していたとまでは知らなかった。もしかして、この件すでに噂が広まっているのか?


 イルザたちの周りには詳しく話を聞こうと部屋の連中が集まって来ている。これは珍しい光景だ。部屋の連中、アイツらのこと嫌ってたんじゃなかったのか?

 ベルナルデッタ一人が居ないだけで、こうも変わるものかね。いや、それだけアイツの影響力が絶大だったってことか。

 ベルナルデッタのヤツがアイツらを嫌っていたので、他の連中もそれに倣っていただけってことなのだろう。立場が上の貴族に下手に逆らって根に持たれても厄介なだしな。それにアイツら自身、別に悪いヤツじゃない。相当に変わってはいるけども。

 それがベルナルデッタが居なくなった途端に、アイツらが他の連中と一緒になって話してる光景を拝めるなんてね。

 成り上がり者に、混ざり者、それに・・・。連中が一堂に揃いも揃ってみんなと仲良くしているのを見たら、いったいベルナルデッタのヤツどうする気だろうね。


 血統至上主義者のベルナルデッタにとって、アイツらは許せない存在なんだろう。元々ああいう異端者たちを忌み嫌う雰囲気は古き血筋を誇る貴族の中に少なからずあるものだ。

 普通ならああいったヤツらに対して、せいぜい嫌悪感を抱きつつも、積極的に関係を持とうとしないくらいが関の山だ。いやむしろ潔癖なお嬢様なら、毛嫌いし汚らわしい者に自ら近付こうとなど思わないだろう。

 それなのにベルナルデッタのヤツは排除するのに躍起になっていた。部屋の連中を唆し、アイツらをあからさまに嫌うように仕向けていた。ここから追い出すのに労力を厭わず、嫌がらせを嬉々としてやっていた。


 そもそもベルナルデッタみたいな高位貴族のお嬢様が、こんなトコに居ることがまずもって不自然だ。ここは使用人宿舎の中でも取り分け下級貴族の見習い新人が集められた部屋だぜ。使用人の中でも一番の下っ端。

 ここの連中に与えられる仕事といったら、もっぱら雑用に皿洗い、きつい肉体労働ばかりだ。本来こんな場所に居るずがない。それが何でこんなとこに居やがる。


 地位に家柄、あの容姿、それに加えて貴重な金髪持ち。裏方仕事に回されるなど、どう考えてもおかしい。事実、この部屋に回されて来る前には家令付きの使用人として、主に来賓への接客を担当していた。宿舎だって、こんなすし詰めの大部屋ではなく個室が与えられていたって話だ。

 使用人としての花形から、突如汚れ仕事への転落。懲罰でもなければ有り得ない人事。それなのにベルナルデッタのヤツが何か失態を犯したなどといった醜聞は一切聞かれない。

 だとすればそれは自らが裏から手を回し、強引に配置転換させたに決まっている。ベルナルデッタほどのヤツならばそれが可能だ。

 いやはや、どうしてそこまでしてあいつらを排除したいのか理解しかねるね。


 もっともそこまでしてもベルナルデッタの行為は全く功を奏していない。ベルナルデッタの常識はあいつらには通用しなかったのだ。狭い貴族の世界しか知らなかったあいつにとって、踏み付けられて育って来た雑草のしぶとさを知らなかったのだろう。

 見向きもされていない相手を前にし、一人必死になってちょっかいを掛けている姿は、まるで道化のようで見ていて滑稽だったぜ。


 オレもベルナルデッタのヤツには相当嫌われていたからな。アイツにしてみればオレもアイツらも変わらないんだろうな。

 赤毛の短い髪を掻き上げつつ思う。貴族の令嬢らしからぬこの短い髪もあいつは相当気に食わなかったようだ。

 これでも一応伸ばしたんだけどな。何とか後頭部の髪をまとめて結べるくらいまでは伸びていた。それでも使用人の伝統的な髪型を作るにはまだ足りない。

 仕事の時は仕方ないので後ろ頭でまとめた髪の上に団子状のつけ毛を付けて誤魔化している。前髪はまとめるには長さが足りないので、強引にいくつもの髪留めを使い顔にかからないよう上にあげ固定している。有り体にいっても相当に不格好で嫌になる。

 オレは男兄弟に囲まれて育ったので男口調や、こんながさつな性格に育ってしまった。オレの家は元々貴族じゃなく騎士家だったんだから、貴族らしくなくて当たり前だ。もっとも頭の固いベルナルデッタにはそんな言い訳さえ通じなかったが。


 そうこうしているうちに部屋の中では議論が煮詰まって来たようだ。さて、そろそろオレの出番かな。真打登場の頃合には丁度良さそうだ。


「みんなして集まって何の話してんだ?もしかしなくともベルナルデッタの話とか・・・か?」

 意味ありげに不敵に笑いつつ、部屋の中の連中に声を掛ける。

「おっはよー、カティ!」

 真っ先にオレを見付けて挨拶を返して来たのはイルザだった。

「朝っぱらから元気だなイルザ。それと何度も言ってるが、オレの名前はカーティアだから」

「うん、解った。カティ!」

 うん、全く解ってないな。


「カーティア、何か知っているの?」

 エルネスティーネの問いかけに、勿体ぶってドヤ顔で答えてやる。

「まあね」


 窓越しの会話というのもなんなので、部屋に入ろうと窓に手を掛け身体を持ち上げよじ登る。本当なら颯爽と窓を飛び越え部屋に入りたいところだが、以前それをやろうとして大失敗をやらかした。飛び上がったまでは良かったんだが、長いスカートが邪魔になり空中で体勢を崩し顔面からの着地を経験してしまった。

 なので格好はつかないが無難によじ登ることにする。あんな無様を晒してしまうより遥かにマシだ。


 ところがエルネスティーネのヤツが顔を赤くして突如、口うるさく怒鳴りだした。

「ちょと、なんて恰好してるのよ。貴女はしたないと思わないの!」 

 

 窓の淵に足を掛けるて乗り越えようとしているので、大股開きになったうえスカートが大きくめくれてしまっている。向こうからだと太ももどころか中の白い下着ドロワーズまでもが丸見えになってしまっているだろう。

「着替えの時にいつも見てるじゃねえか。どうせここには女しか居ないんだから、問題ないだろ」

 ん?そういやこの下着ドロワーズ、股のところに切れ目が入っているんだったか。いけね、中身まで見えちまうかもしれないな。それは流石に恥ずい。さっさと登っちまおう。


 しかしみんな、こんなんでよく穿いたまま用を足せるもんだ。オレなんて汚しちまいそうで試したことはない。さっき、もよおした時だって全部脱いで・・・。あ、あれ?そういやそのあとオレ、穿いた・・・か?

 途端に血の気がひき、嫌な汗が流れる。あんな邪魔な物、このお屋敷に来るまで身に付ける習慣がなかったので、なんか脱いだままその場に忘れて置いて来た気がする。再び穿いた記憶は・・・ない。


 慌てて窓から部屋の中へと飛び降りると、恐る恐るみんなの方を覗う。

「み、見たか?」

 その場の一同は一斉に頷く。オレは耳まで真っ赤だ。どうりでやたらと股のところがスースーするはずだ。


「カーティア、貴女・・・」

「な、何も言うな!」

 何か言いかけたエルネスティーネにそれ以上を語らせない。

「カーティア様。その・・・」

「何も言うな!解ってるから!」

 次いで何か言いかけるアンネッタをも鋭い言葉で黙らせる。

 状況は自分でも解っている。他人に指摘されるまでもない。いや、この耐え難い事実を他人の口からは聞きたくない。

「カティ・・・」

 だというのにオレの気も知らず明るい声でイルザまでもが口を開く。

「・・・窓のところにスカート引っかかって丸出しになってる」


「そういうことは早く言えーっ!!」

 オレの魂からの絶叫が部屋へと響き渡った。


「貴女が何も言うなっていったんじゃない」

「エルネスティーネ。それはそう言う意味じゃない。察しろよ」

「察したわよ。みんなに丸出し見せて喜んでるカーティアのご趣味の邪魔をしちゃ悪いでしょ」

 今にも吹き出さんと笑いを堪えるエルネスティーネ。オマエ、絶対解っててやってるだろ。そしてそこに真顔で追い討ちを掛けるアンネッタ。

「ええ、堂々と丸出しにされて、解ってる何も言うなとおっしゃるので、てっきり新たなご趣味に目覚められたのかと」

「そんなわけあるか!丸出し丸出し連呼すんな!アンネッタ、お前オレをそんな危ないヤツだとおもってたのか?」


 みんなに色々大公開したうえ、好き勝手言われ放題で流石に涙目のオレの元へ、とととっとイルザが駆け寄ると一枚の白い布を差し出した。

「カティ、これ・・・」

「ああ、手巾ハンカチか、ありがと・・・う?」


 イルザに渡された白い布は手巾ハンカチにしてはやけにデカイ。それに何やら見覚えが。何だこれ?

 不審に思い、手に持った布を広げてみると・・・。


「返しとくね」

 オレを見上げ得意満面のイルザ。そしてオレの手の中には一枚の下着ドロワーズが。


「何でオマエがオレの下着ドロワーズ持ってんだよ!」

 思わず掴み掛かるオレに、イルザは涼しい顔で答える。

「木に引っかかってたの拾った。匂い嗅いだらカーティアの匂いがしたから」

 ああ、そうだろうとも。オレが脱いで掛けといたんだからな。あと匂い嗅ぐな。

「そ、そうか。いや、助かったぜ」 

 顔が引きつりつつも、一応の礼は言っておく。それとなく自分の服の匂いを嗅いでみた。臭くは・・・ない、よな?


「干してた洗濯物が風で飛ばされちゃったんでしょうか?」

「違うよカーティアが草むらでお・・・」

 何気ないアンネッタの一言に、イルザが余計なことを喋ろうとするのを口を塞いで防ぎ、慌てて誤魔かす。もうこれ以上の恥の上塗りは御免こうむる。

「ああ、きっとそうだな」

 アンネッタの後ろでは、ついに堪えきれなくなって笑い転げるエルネスティーネ。あとで憶えとけよ。


「大体どこから入って来るのよ。ちゃんと入口から入って来なさいよ」

「仕方ねえだろ。寮の入口んとこで寮監連中が見張ってて入れなかったんだよ」

 何だか知らないが、昨夜からやたらと寮への出入りを制限しているのだ。そうでなければ誰が好き好んで窓からなど入ろうものか。こんな悲劇も起きなかっただろう。

 口を尖らせむくれて答える俺に、エルネスティーネの奴はズビシと指を突きつけ偉そうに言い放つ。

「それは貴女が無断外泊してるからじゃない。天罰ね」


「それより今はベルナルデッタのことだろ」

 これ以上の小言を回避すべく、そして一刻も早く先の出来事を忘れるべく、俺は話を強引に元に戻す。

「ああ、そう言えば、そんな話でしたわね。誰かさんの露出性癖のせいで、すっかり忘れてましたわ」

「おいおい、忘れんなよエルネスティーネ。一応、使用人仲間だろ」

 もっともあっちはそう思ってないかもしれないがな。そしてどうせ忘れるならさっきの記憶のほうにしてくれ。あとオレに露出性癖はねえ。


「あいつなら迎賓棟で見かけたぜ。オレが見たのは後ろ姿だけだったんで確証はなかったんだけどな。他にも見た奴が居たってんなら間違いないだろう。金の髪した女なんてこの屋敷にだって、そう多くいないしな」

 そう言って同じく金髪を持ったエルネスティーネの顔を見やると、とたんに嫌そうな表情を浮かべ顔をそむける。


 この国の始祖の特徴を受け継ぐ金髪持ちは今や貴重で、血の濃い高位の貴族のなかぐらいにしか見られなくなった。逆にいえば金髪であることは血統の証明。ごく稀に貴族の間以外で金髪の子が産まれた時など、すぐに養子縁組が組まれ貴族の元へと引き取られるくらいだ。

 けれどそれが要因で法外な取引の対象ともなってしまっている。


「何したのか知らねえがベルナルデッタのヤツ、ぐったりしたまま近衛に両脇抱えられて引きづられてったぜ」

 あれは罪人に対する扱いだ。間違っても貴族のお嬢様が受ける扱いじゃあない。

 もっともあの気位が高く短気なベルナルデッタのことだ。おおかたの予想は付くがな。どう考えたって配役に無理があるだろ。


「なるほどね。貴女が昨夜どこに泊まったのか判ったわ。お相手はどなたかしら?」

 冷たい視線を感じてそちらを向けば、ジト目で睨んでくるエルネスティーネと目が合う。

 やべえ、バレた。悪戯を見つかった子供のように目をそらし素知らぬ顔をしてやり過ごす。


 昨夜のオレのご相手は客室掃除が担当のお姉さまだ。仕事柄、迎賓棟の戸締りにも関わっているので、あらかじめ窓の一つを開けておいてもらい。そこから忍び込んで一晩楽しんだ、というワケだ。

 こんな女ばかりの場所だと、まあそういうことも起きる。特にオレみたいな男っぽいヤツには人気も需要も集まる。

 接客を担当している使用人ならば、来賓として屋敷を訪れている男貴族と知り合う機会も得られ、声も掛かるという話だが、オレたちのような裏方作業の使用人たちにはそもそもそんな機会さえない。

 ただでさえ男はみんな徴兵されて戦場に送られてしまっているので、街に出たとしても男と出会う機会は少ない。こんな広大な屋敷であってさえ住んでいる男といえば、館の主人である方伯と筆頭家令のベルナールドの野郎だけだ。


 ただしこの国では同性愛も、同性間での行為も禁じられている。それは他国のように宗教的、倫理的な理由からではなく、単純にその行為そのものに生産性がないからだ。


 この国では小競り合い続く周辺の列強諸国に対抗するには大量の兵士を必要とし、国中の男はみな兵士として動員せざるを得なかった。結果、街からも村々からも働き手が失われ、労働力を残された女に依存している。

 そして深刻な兵力、労働力の不足を解決するために、王国はとにかく女に子供を多く産むことを奨励している。そのためならば大抵のことが容認、黙認されるので、子供を作ることを目的とした行為でさえあれば、例え姦通、強姦でさえも罪には問われない。

 他国などでは禁忌とさていたりする近親婚も、血統を重視するこの国の貴族の間ではむしろ積極的に行われていた。領主へと付与される初夜権も、貴族が伝統として行う人間狩りも、全てはこの国の人口かさ上げを目的としているって話だ。

 それゆえ生産性を伴わない行為である、同性愛、避妊、自慰などは固く禁じられ、堕胎は重罪。子供を産まない女には厳罰が課されるほどだ。


 なので女同士で一夜を共にした、などとバレたら色々マズイことになる。もっともこの南方領に限ればその制約はかなり緩いのだが、それでも他人に知られて良いことはない。

 疑いの視線を向けるエルネスティーネを交わそうと、しらばっくれるオレに助け舟を出してくれたのはアンネッタだった。良くやったアンネッタ。もっとも本人にその気があったのかは甚だ疑わしいが。


「でも変じゃないですか?あの迎賓棟は使われてないんですよね?それなのにどうしてそんなところにベルナルデッタ様が居たんでしょう」

 オレはエルネスティーネからの視線を逃れ、口早に説明する。

「いいや、使っていた奴がいたのさ。貴賓室だ。そこに誰かが泊まっていやがる。部屋から出て来たのを見たわけじゃないが、多分ベルナルデッタの奴はその貴賓室に用があったんだろうな」


 運ばれて行くベルナルデッタを見送ったあとで、オレはアイツらのやって来たほうへ行ってみた。その先は貴賓室だったというわけだ。周辺を近衛が厳重に固めていたのであまり近付けなかったが、閉じた扉の隙間からは明かりが漏れていたので間違いない。


「貴女、まだ何か知っているんじゃない?」

 いまだ疑いの目を向け続けるエルネスティーネの声音にビクリと身体が反応する。

「す、鋭いねエルネスティーネ」


 怯みながらも無理やりとぼけた表情を作り、逆に謎かけを出してやる。

「考えてみな。女が夜に部屋に呼ばれるって意味をさ。ベルナルデッタの奴、薄衣着てたぜ」

 すぐに理解したのだろう。途端にエルネスティーネの様子が一変する。

「そんな、・・・有り得ないわ。ベルナルデッタに限って、それは絶対ないわ」


 まあ、そう思うわな。ベルナルデッタの貴族としての地位を考えれば普通なら有り得ない。けど女が肌の透ける薄衣に身を包み、夜に部屋を訪れるっていうのはそういう意味だ。

 この屋敷にいるとつい忘れそうになってしまうが、使用人には本来そういった役目も求められている。男への奉仕も使用人としての立派な仕事の範疇だ。


 ただ普通その手のお役目は、領主の持つ初夜権を行使して領民の中より集められた選りすぐりの少女たちが行うことになっている。祝宴の催された昨夜だって来賓の元へは、あまたの処女が充てがわれているだろう。

 ところが貴族のお嬢様からなる使用人たちは、それぞれの貴族家から預かっているだけの立場なので勝手に供するわけにもいかない。

 例外のひとつは主人である方伯に呼ばれた場合だ。使用人たちは方伯の側室候補でもあるからだ。使用人として採用された時点で契約は結ばれているので、拒否は出来ない。

 もっともオレらのご主人である方伯に限れば、その心配はしなくて済むんだけどな。あの野郎ガチだし。

 そしてもうひとつの例外は・・・。


 まあ、いずれにしてもベルナルデッタは失敗だったわけだ。ご指名があったのか、家令のベルナールドの野郎に命じられたのかは知らないが、あの気位の高い女が大人しく男にかしずいてのご奉仕なんて想像も付かない。

 そしてそんな女が呼ばれた部屋の中で何をやらかすのかは想像に難くない。その結果として、あいつは引きずられての退場を余儀なくされたのだろう。それがオレの推測する今回の顛末だ。


「信じる信じないは自由だけどな。事実は変わんないぜ」

 エルネスティーネの注意がオレから別の話題へと向き、余裕を取り戻したオレは自慢げに言い放つ。

「だって、ベルナルデッタなのよ」

 だが、エルネスティーネはまだ納得いかないようだ。


「オマエこそ何か忘れてないか?貴賓室だぜ。貴賓室。あそこが使われる理由をよ。だとすればあいつが呼ばれたとしてもだ」

 精神的優位に立った今、さっきのお返しとばかりにエルネスティーネの顎を掴むと軽く上を向かせ、ずいっと顔を寄せる。身長は俺の方があるのでエルネスティーネを見下ろす感じだ。

 周囲から黄色い声が上がり、アンネッタなんかは口に手を当て期待のこもった瞳で見つめて来るが、今は無視だ。

「なあ、おかしくないんじゃないか?」


 方伯が貴賓として扱う客人など限られる。この国は他国の男の入国を厳しく制限しているので諸外国からの来賓などは来たためしがない。なので貴賓室が使われるのは方伯と同等か、それ以上の相手のみだ。つまりは他の方伯の一族か王族のみに使用が限られている。

 そう、これがもうひとつの例外。相手が圧倒的に上位の存在だった場合だ。ベルナルデッタほどの地位も意思さえも無視でき、なおかつそれが許される存在。

 王や方伯とそれ以外の貴族には竜と羽虫ほどの絶対的な力の差があるんだから、これはもうどうしようもない。


「けれど貴賓室が使われるような、そんな特別なお客様って今回いらしてたかしら?」

 オレたちを囲んで話を聞いていた連中の中からそんな疑問の声が上がる。

「ああ、そこなんだよな。オレも判んないのは。お忍びだとしても変だしな。いったい誰が泊まってるんだろうな?」

 オレもそれだけは判らず、頭をガシガシ掻いて誤魔かすことしか出来なかった。


 そんな大物が来ているのならオレたち使用人には失礼の無いよう、あらかじめ知らされているはずだ。例えお忍びだとしても噂くらいは流れる。ここでの使用人の一番の娯楽は噂話なのだから。

 それにお忍びで来る意味が解らない。貴族の宴というやつは、どれだけの客人を質量共に招けるかを競い合う場でもある。その結果をもって自らの力と権威を示すからだ。なのでお忍びで来られても意味がない。

 そして悲しいかな今回の祝宴、他の方伯も王族も来ていないという話だった。それ即ちオレらの主人の凋落振りを示している。

 また、来訪を知られたくないのであれば、わざわざ多くの人達が集まるこの日を選ぶのは明らかに不自然だ。


 そんな時、それまでいそいそと床に散らばった食べ物を拾い集めていたイルザが、麺包パンに付いた埃をふうふうと息を吹きかけて払いながら呟く。

「あの子なんじゃないかな?」

「あの子?」

 誰のことだ。オレに思い当たるフシはない。だが続いたイルザの台詞には呆れる。

「あの子だよ。あの子。きのう都市伯様の連れてたあの子」


 都市伯の称号を持つ者は多いが、オレたちがただ都市伯という場合はたった一人の貴族を指す。この南方領の領都に隣り合った領地を与えられているオルビア都市伯ただ一人だ。

 確かに昨日オルビア都市伯の野郎が一人の子供を連れて祝宴会場へと向かっていたのを俺も見かけた。けれどあれは・・・。

「バッカ。ありゃ奴隷だろ」

 都市伯の野郎が方伯の元へ見目麗しい少年奴隷を献上して、ご機嫌をとっているのはいつものこと。そんなことはここに居るヤツなら誰だって知っている。


 そう、この南方領で同性愛への制約が緩いのは、取り締まる側の最高位である方伯自身が少年を囲っているからだ。このことは暗黙の了解となっている。

 まつりごとなどの一切に関心を持たない方伯が、唯一興味を示すのが幼い少年に対してだ。これはこの方伯家の持つ呪われた悪癖で、代々の方伯へとそれは受け継がれていた。

 それが災いし方伯にはいまだ子供がおらず、唯一の後継の座をめぐって様々な貴族連中の陰謀と思惑が渦巻いてしまっている。


 だが何気ない調子でイルザが放った次の一言が、その場の一同を驚愕に凍り付かせる。

「えぇ~。でもでも、あの子の髪、銀色してたよ」


「「「はあっ!!!」」」

 見事にイルザを除いたその場の全員の声が重なった。


 銀の髪はこの国において特別な意味を持つ。

 突如この地に現れ、瞬く間に諸部族をまとめ上げた異邦異形の人々。彼らは美しい外見と色素の薄い髪と肌、そして瞳を特徴としていた。不思議な力を持ち不老長命、この地に魔法をもたらした存在でもある。それこそがこの国の礎を築き、建国へと導いたオレたちの始祖。

 この国に美形が多いのは、その血を受け継いでいるからだといわれている。しかしそれ以外の特徴は徐々に失われつつある。今や寿命は普通の人間と変わらず、魔法を使える者も減った。

 髪と瞳も、元々この地の土着民のものである茶色がかった髪と暗褐色の瞳を持つ者がほとんどとなっている。金の髪を持つ者は僅かで、銀の髪は更に希少だ。銀の髪、それは始祖たちの中でも建国王の血を引く証し。ただ一人の例外を除けば王族のみにしか見られない髪色だ。


「いやいや、待てって。そんなわけねえだろ。有り得ねえって。大体いつ見たんだよ。あいつ頭からすっぽり布かぶってて、まともに顔なんて見えなかったぞ」

 これは都市伯の野郎のいつものやり方だ。その可愛らしくも整った少年の容姿を直前まで隠しておき、方伯の前で勿体ぶって披露することで、期待感を高め驚きを誘う演出効果を狙っているのだ。だから顔が見えたハズはない。


「ほらほら、あの時だよ。あの時。お皿割った時。お皿のカケラ拾うのに屈んだら、ちょうど真横通ったんだ。チラッとだけど顔みえたよ」

「ああ、あの時か」

 頭痛をこらえるように頭を押さえる。あの時とは、昨日オレとイルザの二人で無闇矢鱈にデカイ皿を運んでた時だ。華奢なお嬢様連中じゃあ、あんな重い物運べないってんで、力のあるオレたちで運んでやってたんだが、そこへアンネッタのヤツが突っ込んで来やがったのだ。

 それで皿が割れちまって、オレたちまで謹慎くらっちまった。こっちは完全にとばっちりだってのに。まあ、オレもイルザも無駄に怪我なんてしたくないので、持ってた皿なんて放ってとっとと逃げたんだけどな。どうやらそれが婦長のヤツにはお気に召さなかったらしい。


「見間違いじゃないの?」

「えぇ~。間違いないよ!イルザ、目は良いもん」

 エルネスティーネはイルザの目を疑うが、イルザのヤツの目の良さは確かだ。オレも視力には自信があるがイルザには到底及ばない。

 この間だって何もない野原に向かっていきなり走りだしたかと思ったら、遥か遠くから怪我した小鳥見付けて戻って来やがった。

 そのイルザのヤツが見たと言うなら間違いないんだろう。


「もしかして王子様がいらしてるの?」

「どちらの殿下でしょう。どなたか心当たりご存知ない」

 周りの連中は途端に騒ぎ始める。無理もない。王族は滅多に領地を出ず、貴族といえども会える機会など早々あるものではない。もしここでお眼鏡に叶えば将来は悠々自適の宮殿暮らしが待っているのだから。


 しかしあの年頃の銀髪を持った王子などいただろうか?思い当たる王子などは記憶にない。だが暗殺を恐れるあまり、王族子息についての詳細が厳重に秘匿されていることは珍しくなく、存在自体が知られて居ない王子が居てもおかしくない。

 いや待てよ。王女の可能性もあるのか。男か女かなんて判らなかったしな。


「違うよ。王子様じゃないよ」

 夢見る乙女の表情で、騒ぐ部屋の連中の淡い希望をあっさりと打ち砕くイルザ。

「と言うことは、やっぱり王女か」

 どうやらオレの推測が当たったようだ、と思ったのもつかの間。

「王女様でもないよ」

 すぐにそれさえもイルザが否定する。

 

「はあ?じゃあだれだってんだよ。銀髪だぞ。銀髪。王子王女以外に誰がいるってんだ」

 思わずオレはイルザへと食ってかかる。銀髪は王権の象徴だ。建国王の血を引く一族以外には有り得ない。そんなことも知らないのかと、イルザのバカさ加減にはうんざりしてしまう。

 仕方ないので、そのことをイルザのヤツに教えるべく語りだす。

「あのなあ、イルザ。銀の髪したヤツなんて王族以外じゃ、うちらの方伯だけなんだぞ」

 だがしかし、それに対してイルザから返って来たセリフは誰しもが想像だにしない一言だった。


「うんそうだよ。だってあの子、方伯様の子供だもん」


「「「は!?」」」

 その言葉の意味を一瞬理解しかねたオレら一同の短い絶句がまたしても綺麗に重なり、そして部屋中どころか宿舎全体へと皆の大絶叫が響き渡った。


「「「はあああああっ!!!」」」


「どういうことだよ!洗いざらい白状しやがれ!!」

 オレはイルザのヤツへと掴み掛かり、ガクガクと前後に揺さぶりながら問いただす。


 方伯の野郎、ガチじゃなかったのかよ。子供が居たなど誰しもが初耳だ。それが事実なら国を揺るがす大事件になる。

 方伯の後継の座を虎視眈々と狙う中央の貴族などは、子供の居ない方伯のもとへ続々と養子として自らの子息を送り込んで来ている。今後お家騒動が起こることは必至だ。こりゃあ、このままで済むはずがない。間違いなく血が流れるな。


 イルザが語るそこから先の話は驚きの連続だった。

「都市伯様が偶然銀髪の子を見付けて、昨日のお祝い会場まで連れて来たんだって。もしかしたらその子は方伯様の子供じゃないかって」

 にわかには信じがたい話だ。偶然?そんなこと有り得ないだろ。都市伯の野郎が何か企んでいるんじゃないのか?


「前に都市伯様が方伯様と街の外で狩りしたことがあって、その時の子じゃないかって」

 街の外での狩り。つまりは流民街での人間狩り。その時に出来た方伯の子だってのか?


 人間狩りは貴族の嗜みとして伝統的に行われている。これはただ貴族が道楽として行っているわけじゃない。始祖たちの行いに倣った戦闘訓練でもあるからだ。昔は敵国の街や村を襲い、そこの女たちを略奪して来ていた。しかし今ではもっぱら都市街区の外に集まる流民の娘を無理矢理に攫って来るだけの行為に成り果てていた。

 攫われて来た女も悪いことばかりではない。攫われて来た女には恩賞と住居、そして市民権が与えられ、都市内に住むことが許される。もっとも犯るべき事はしっかり犯られた後でだが。始祖の血を引く者の精を受け入れる。そしてそれこそが、この国の民として他国の者が迎えられる唯一絶対の条件だからだ。


 貴族たちの人間狩りに方伯が加わることはこれまでにもあった、けれども実際に女を攫って来たという話は耳にしたことがない。

 だが、もし本当にあったとしたなら?その時の女が子供を産んだのだとしたら?

 それでもまだ疑問は残る。方伯のお情け受けた娘、もしかしたら唯一かも知れない貴重な存在を、後宮に入れることもなく野に放つなど果たして有り得るのだろうか?


「そしたら方伯様も間違いないって認めたんだって。私の息子だって」

 大勢が集まる公の場で認めたのか!?子供に公認を与えたってのか!?しかも息子!?もしかして方伯は既に子供のことを知ってたいた?


 しかし銀髪持ちのうえ、よりによって男児とはね。

 この国において貴族の後継として求められる条件はたったの二つ。ひとつは男であること。もうひとつは如何に色濃く血を受け継いでいるかの二点のみ。生まれ順や個人の才覚などは一切考慮されず、例え実子であったとしても始祖の特徴が現れなければ後継として認められないこともある。

 このままじゃ次代の方伯に確定じゃねえか。そう、このままなら。これは後継候補として方伯の養子に収まった連中と、その後ろ盾が黙っちゃいない。


 そうかそれで昨日から寮監連中が出張って、出入りを見張ってやがったのか。夜番の使用人がオレたちと接触して下手に噂を広げないように。既に箝口令が敷かれているに違いない。

 けれども多くの人間が集まる祝宴会場で起こった事態なのだ。方伯の嫡子の存在が知れ渡るのは時間の問題だろう。


 イルザのヤツの話を聞き、部屋ではどよめきが収まりそうもない。ただ当のイルザ本人だけは自分がどれだけとんでもない破壊力を持った発言をしたのか理解せず、満足気な顔で手にした林檎に齧り付いていた。

注釈1)初期のドロワーズは股のところが開いており、脱がずにそのまま排泄出来るようになっていました。当時の上流階級の女性の服装を考えると、スカートに金属や木製の骨組みが入り膨らませていたので、服を脱がずに自分で下着を下ろすのは構造上無理があります。当然といえば当然ですね。


注釈2)「都市伯」とは神聖ローマ帝国時代に使われた称号のひとつ。子爵位に相当。

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