奴隷ちゃんは永遠のじゅうにさいの巻。
人の気持ちを理解できない怪物に半ば引きずられるように、私が昨日貴族としての最後の晩餐をした食堂へと歩を進めます。
「いやー、村じゃロクなモンなかったからなぁ、ここは結構でかい街みたいだし、ようやくマトモなもん食えそうだぜ」
「そうなんですか~?メリーはなんでも食べますけど、ご主人様はなにがすきなんですかー?」
ガラフが不興を買わないように、今のうちにこの害獣の好む餌を調べておく必要がありますので、話題ついでに情報を集めます。
「そうだなぁ、家系ラーメンとかファスチキとかマケドとかだな! ちゅーか、こっちは何食っても味がうっすいし、そこら辺に飛んでる鳥殺して食ったり、うさぎとか食うだろ?あんなん人の食うもんじゃねぇし、硬くってまずいんだよなぁ……」
やっぱりあちらの世界の話をされると、何がどういうものなのか分かりませんね、でも少なくとも味が濃い物で、柔らかいモノが好みだと分かりますが、柔らかいお肉が好みということなら、ひき肉でも出せばいいのでしょうか?
私ではそこら辺の詳しい事は思いつきませんし、やっぱり後でガラフに情報を流しておいた方がいいでしょうから、機会を見つけて何かを取りに行くフリをして相談しに行きましょう。
「う~んメリーやっぱりよく分かんないです―。でもご主人様の世界は凄いんですね―」
「俺の生まれた国はケーザイタイコクだし、チューセーと比べたら便利さが違うぞ、さらに俺は上級国民のニートだったし、他の雑魚とは違う生き方をしてたから、労働とかは他のやつがやってたぜ」
相変わらす異世界の物を言われると、どんな物なのか想像がつきませんが、少なくとも我が家のような辺境と比べ豊かだっと言う事はなんとなく分かりますし、今までの行動と今の話から、ご主人様の言うニートという階級を推測するに、暴力による支配を行っていた層という訳でしょうか?
もしも、この推測が当たって居るとしたら、私は大きな間違いを犯しているかもしれないと、自らの計画の甘さに気が付きました。
今までご主人様が野蛮な生まれだと考えて相手をしてきましたが、もしニートというのが貴族やそれに準ずる者あるのなら、それなりの知識や教養がある筈ですので、私の戦略を見破っているのかもしれません。
確かに今までこの汚物が語ったことは、少なくとも学の無い者では出ない発言も幾つかあったように感じますし、出鱈目な行動と発言に騙されていた可能性だってあるかもしれません。
そうした可能性が、私に焦りを与え、背中に嫌な汗が吹き出しますが、今更演技をやめることなど出来ませんから、そのまま笑顔で会話を続けます。
「えっと、ご主人様はニートっていう貴族様だったんですか?」
「いいや違うね、ニートってのは貴族とも違う真の支配者さ、政治も労働も他のやつがやるし、俺は好きな時に寝て、腹減ったら飯食って、好きなだけ遊んで暮らせる真の勝者ってやつだな」
この発言の意味は、こちらでやっているのと変わらない事をあちらでもやっていたという事でしょう。
きっと沢山の者を強制的に働かせ、自分は富を謳歌する生活を送っていたのだと思いますから、支配者として最低最悪の唾棄すべき存在だと言えます。
そんな存在が誇りある我が帝国を馬鹿にして、その有り余る暴力がこの世界を侵略している現実に、私の心が暗くなっていきますが、政治に関わっていないというのなら、そこまでの能力は無いでしょうし、遊んでばっかりだったという話を信じれば、暴力と気まぐれだけに注意を払えばなんとかなるかもしれませんから、絶望的な話ばかりでもないと気持ちを必死に奮い立たせます。
「なるほどです~、やっぱり私のご主人様は凄い人だったんですね―! メリーは立派な方に拾われて幸せです―」
「ぐふふふふ、それほどでもあるし、やっぱ俺みたいなユーノーな奴は、メリーみたいな可愛い子のハーレムが必要だし、これからも増やしていくけどメリーはいいよな?」
「はい、ご主人様みたいなすごい人をメリーが独り占めしたらダメですし、ご主人様のやりたい事がメリーの幸せです」
ええ、構いませんよ、むしろこの下衆な汚物が女を慰み者にしないなんて想像もしていません。
これからの事を考えれば、私一人では使い潰される事も考えられますし、体の負担を減らせますから増えてくれた方が良いのですが、できれば私に協力的で貴方に恨みを持つ方を選んで頂けると嬉しいですね。
「ぐへへへ、やっぱメリーは素直でいいな、ご褒美に頭を撫でやろう」
「わーい、メリーご主人様に褒められちゃった―、うれしーなー」
ご主人様の手が私の頭に覆いかぶさり、家畜を撫で回す様に無遠慮に髪をかき乱され、頭を激しく揺さぶられます。
この汚物は婦女子の髪を一体なんだと思っているのでしょう、その加減のない乱暴な動きの所為で、時々爪が引っかかるせいで頭皮に痛みが走りますけど、不興を買う訳には行いきませんから、嵐が過ぎるのを笑顔で待つしかありません。
「あのっ……、失礼します旦那様……、お食事のご用意が出来ました……」
ご主人様に弄ばれている中で、後ろの方から聞きなれた声が、遠慮がちに聞こえました。
私はその声の主が、どうして未だ屋敷に居るのかと驚いてしまいます。
「あいよっ、んじゃ持ってこいよ」
ああ……、どうしてここにアリサがいるのでしょう、私はアリサに逃げて欲しかったし、彼女には私の代わりに幸せになって欲しかったのに、どうして残ってしまったの?
今すぐアリサへ近寄って聞いてしまいたい、そう思う気持ちが私の表情筋に笑顔を忘れさせてしまいます。
「はい……、直ぐにお持ちいたします」
いつもより幾分固いアリサの声、彼女はこちらへ視線をあまり向けず、私がいつも見てきた優しげな笑顔ではない、凍りついた様な表情で淡々と返事をします。
「ふむ、メリーみたいな元気なロリっ子もいいが、ああ言うクール系の侍女さんっていうのもいいな、ああ言うのがデレて溶けたり、インランになるのも好物だしなぁ……」
そう言いながらご主人様が粘着質な下卑た視線を、厨房へ向かうアリサの臀部へ向けているのに気が付きます。
アリサは幼い頃からずっと私に仕えてくれた侍女で、私にとって姉のような人。
貴族の娘としては、少しばかりお転婆だった私の面倒を嫌がらず見てくれて、悪戯をした時は一緒に謝ってくれて、寂しい時は一晩中一緒にいてくれた大事な人です。
私は兄にアリサが酷い目に合わないよう、どこか遠くへ逃がして欲しいと最後の我儘を言って、兄もそれを認めてくれた筈なのに、どうして彼女が居るのか、私には理解できません。
「どうしたメリー、急になんか暗くなったな? あ、そうか俺が別の女に興味が湧いたから嫉妬してんのか?大丈夫だぞ、俺は他に手を出してもメリーを捨てる気ないからな?」
その身勝手で不誠実な発言で、私は我に返りました。
そうだった、私は今この汚物を騙している身、今はアリサの事を考えてはいけない、そうやって無理矢理に意識を演技に集中させていきます。
「ごめんなさい……、あんなに綺麗な人だったから、子供のメリーじゃ勝てないって、少しだけ怖くなったんです」
運命というのはどこまで残酷に出来て居るのだろうと考えながら、私はあり得ない絶望で歪む顔を、汚物の腹に飛び込んで隠してしまいます。
「馬鹿だなぁ、俺はロリっ子が好物だから捨てる気なんて無いぞ、あ、そうだメリーこれ飲んでおけよ」
言いながら汚物は何もない場所に禍々しい気配のある穴を作り、そこに手を突っ込んで何かを引きずり出してゆきます。
「これは不老のポーションっていうんだが、これを飲めば年を取ることが無くなって、いつまでも同じ年で生きていけるんだよ。やっぱ年取ると女は劣化するし、そうじゃなくても人間は年取るとさっきのじーさんみたいにクソになるからな、こういうの若い内に飲んでおくのがいいだろ」
どうやら私は、これからはもう年を取ることすら、大人になることすら諦めなければならないという事なのだと理解します。
アリサみたいな淑女になりたい、母のような立派な母親になりたい。そう願った幼い思いを投げ捨てて、私は精一杯媚びた笑顔を向けて、ご主人様が手渡してくる怪しい薬を受け取ります。
「そんなすごい薬があるんですね、でもでも~、そんなすっごいお薬、私が飲んでいいんですか?」
飲みたくない、絶対に嫌だと心が泣き叫び、演技にほんの僅かな抵抗を織り交ぜていきますが、やはり運命というのは残酷に出来ていて、目の前の醜い笑顔は自分が良い事をしたとばかりに、茶色い歯を見せつけます。
「ああ、やっぱサンジはニジゲンキャラと違ってレッカするからな、自分のドレーをレッカをしない様にするのもやっぱ主人の勤めだし、メリーはずっとそのままでいるのが俺のジャスティスだし、遠慮せずにググっと行ってくれ」
「はーい、分かりました、じゃあ、ありがたくいただきますね―」
ああ、やっぱり運命って残酷です……。私は永遠に歳を重ねることが出来なく毒薬を、笑顔を浮かべて胸いっぱいに広がる絶望と共に呷ってしまいました。
こうして私はご主人様の願う呪われた世界に囚われた、他の者と同じ時を刻めない生き物、ひたすらに時間へ取り残される生き物へと、自ら堕ちていったのでした。