奴隷ちゃんは美味しいご飯をたべたい!の巻。
野蛮な蛮族が家探しを行っている様に、まったく遠慮のない大きな足音を響かせてご主人様が屋敷の廊下を進んでいきますが、歩幅が違うことすら意識もせずに歩くので、私は必死に追いかけてゆきます。
「まったく……、貴族の家ってのはムダに広いな、貴族ってのはこういうハコモノに無駄金使うから、庶民は無駄にゼーキン払わないといかんのだ! やっぱり貴族は悪だな」
「あはは~、ご主人様の言うとおりです、広いと迷子になっちゃいますもんね―」
ご主人様が肩を怒らせて吠えていますが、祖父の代に男爵となった我が家は貴族の屋敷としては家格に合っていない小さな物、父も祖父も最低限の物しか作らず、その分を貯蓄に回していましたので、むしろこの規模の街の施政を行う執務の場としては、些か手狭とさえいえます。
一番上の兄が家督を継いだ頃に大きくする予定だった、この小さな屋敷だからこそご主人様が適当に歩いても、簡単に衣装部屋を見つけることが出来たのですし、こうして簡単に厨房へ辿り着く事が出来るのだと、そう私が言った所で、この残念な男には理解は出来ないと思います。
自分に以外の者には無理解で返し、自分の知らない事は悪であり、自分が気に入らない者は無価値と決めつける、そんなご主人様だからこそ、私達はこうして無為に殺されて、圧倒的な暴力で押さえつけられ、理不尽に逆らうことすら許されないのです。
「あ、ご主人様! あそこからいい匂いがしますよ~? きっとあそこが厨房だと思います~」
自分の口から出る白々しい媚びた声、自分で聞いていて本当に嫌な気分になりますけれど、腹を空かした猛獣に餌をやらねば、次は何をするかわからないので諦めます。
「おっ、やっとか! つーかここの奴らは何処に行ったんだ? まったくショクムホーキとか、やっぱ上が駄目なら下もクソだし、やっぱこの世界は俺がカイカクしなきゃ駄目だなぁ~、かー、やっぱ中世つれぇわ~」
街を滅ぼす災害が来るというのなら、街から逃げるのは普通ですし、その災害の中心に飛び込めとなど言われれば軍人以外はお断りでしょう。
その軍人だって国の為だけではなく、自らの家族、妻や我が子の歩む未来の為に、自らの命を投げ打っているのですから、こうして滅んだ我が家に残っているのは、行き場のない死を待つ者と祖先の積み上げた物への忠義で残った者しかおりません。
これから向かう厨房は、滅び行く我が家に残ってくれた忠義者、ちょっと頑固で怖い顔をしたおじいさん、でもとても優しくて真面目な料理長のガラフが居る場所です
ガラフの作るお料理はちょっと古臭くて田舎っぽい、そう兄は時々ボヤいていましたが、それでも暖かな味がするガラフのお料理は、忙しい父になかなか構ってもらえず、寂しがってばかりだった小さな私を、いつも優しく励ましてくれたので私はとっても大好きです。
「おい,ジジィ、テメーがここの料理人か?」
ご主人様が尋ねた先には、私が考えた通りガラフが待っていましたが、トレードマークの真っ白なお髭は、普段と違って私が誕生日に送ったリボンで一つ纏めしているし、その手には大きな包丁を持って、目は戦場に向かう人達みたいな、何かを覚悟した殿方が見せる色を湛えていました。
「いかにもワシがここの料理長じゃが、アンタ一体何者じゃい?」
私が側にいるので目の前に居るご主人様が、テンセイシャだとガラフだって分かっているはず。
ですが、家人を殺して我が家を荒らす押し込み強盗のような行動と、余りに偉そうな物言いや態度に義憤にかられたのでしょう、ガラフは気に入らないとばかりに、立派な顎鬚をしごきながらご主人様を睨みつけています。
「質問に質問で返すとか、馬鹿なのか、それとも死にたいのか? あ~~もう、ホントこの世界って話の出来ないムノーシャばっかだな……。まぁいい腹が減ってるから教えてやるよ、今日からは俺がこの家の主人だ、分かったらはよ飯作れ」
全く話も通じない、最低限の礼儀も弁えないモノが何を言ってるのだろうと、頭が痛くなりますが、これ以上無駄に争そえば、ガラフの命が危険に曝されると思い、私はご主人様の言葉に乗って、お腹が空いたとガラフに演技を始めます。
「おじいさん、急に入ってきてごめんなさい、私達すっごくお腹が空いているんです~、御飯作るの私もお手伝いしますから、どうかご飯を食べさせてくれませんか?」
ガラフお願いです、私にだって貴方の気持ちは痛い程に分かります。ですが話はおろか人の気持すら理解できない傲慢な存在に逆らって、一つしか無い命を無駄にしないでください。
心でそう思い祈るような気持ちで見つめると、ガラフはなにか諦めたような顔をして、包丁をそっと調理台の上に置き、私に向かって返事をします。
「お嬢ちゃんが手伝う、か……、そういうなら、まぁえぇわい……。じゃ、飯、作るか……」
きっと、ガラフの胸には沢山の感情が渦巻いているのでしょう。
途切れ途切れになりながら、何かを必死で耐えるように零す言葉に、私も胸を締め付けられてしまいますが、それでも笑顔を崩さずに、嬉しそうな演技を必死で続けます。
「あは~! おじいさん、ありがとうございます~! じゃあ頑張ってお手伝いしちゃいますよ―。あっ、でもでもメリーはお料理なんてしたこと無いから、あんまりお手伝いできないかもしれません!」
「ええんじゃ……、ええんじゃよ……。その気持ちだけで十分じゃい、さぁ少し時間がかかるから、お前さんはこれとこれを持って、ご主人様をあっちの食堂に連れて行きなさい」
そう言ってガラフは私にパンの入った籠と、葡萄酒の瓶を渡し、ご主人様と一緒に食堂に行くように指示をします。
それは幼い私がガラフのお手伝いをしたいと、貴族の娘らしからぬ駄々を捏ねた時に、ガラフが困り顔で渡してきた物と、全く同じ組み合わせでしたから、やはり頑固者のガラフは何も変わってもなどいません。
私は貴族の娘であって、この優しい老人にとって料理などさせたくない相手であり、例えドレーの身でも私は、いつまでも忠義を捧げる相手なのだと、言外に行動で示されて彼の不器用で真っ直ぐな思いに胸を打たれます。
「は~い! じゃあじゃあ、ご主人様~、ご飯ができるまで、あっちで待ちましょうね!」
これ以上、この老人の献身と我慢を無駄にしたくないと、私は努めて明るく籠と葡萄酒を持って、ご主人様の元に歩み寄りますが、目の前の小太りの男は苛つきを隠さない顔で、大げさに不機嫌な態度を表しています。
「おい、じじぃ、お前は主人である俺が作れといったのに、俺の言うことを聞かなかった。これは明らかに重大なショクムホウキ……、だが心優しい俺だからこそ今回は寛大な心で許してやるが、次はないと思え、いいな?」
ご主人様の何処が寛大なのか、その蛮族的な考えが私には理解できませんが、でも今回は殺さないと言ってるのだとは分かりますから、フォローの言葉を何とか考えて口に出します。
「おじいさんも、きっといきなりだったから驚いただけですよ―、次は大丈夫ですよね?」
お願い、今はコレに従って! じゃないと、今度は何を言い出すかわからないの、だからお願いガラフ!
「わかった……、次は気をつけよう」
曲がったことが大嫌いなガラフが、耐え難きを耐えて頭を下げてくれた事に、私は安堵の息を溢しそうになりますが、この忍耐の塊である謝罪の言葉を聞いたご主人様は、直ぐ傍にあった踏み台を蹴り飛ばして、更に吠えてしまいます。
「あぁん?『気を付けよう』だぁ~? オメェやっぱ分かってねーわ。俺はこの家の主でテメーのボスだ、テメーが下で俺が上なんだから言い方が違うんじゃないかねえ? うちにゃボケ老人は要らないでちゅよ~、おじいちゃん分かりますか~?」
人を馬鹿にする態度、それはこう言う物だと辞書に載せられても異論が出ない程に、無礼で無様な言葉を浴びせられたガラフの肩が、何かに耐えるよう小さく震えます。
ここまでのご主人様の行動は、確かに人として唾棄すべき男と言うに値するものでしたが、まさかこれほどに酷く幼稚な行動を行うなんて、私自身も全く思ってもいませんでした。
私は呆れた態度に頭が痛くなるのを必死で抑え、この幼稚で下劣で卑猥なご主人様が、ガラフへ対して短慮を働かかないことを祈りつつ、ガラフに向けて従って欲しいと視線を送ります。
「……、生意気ですみませんでした、以後気をつけます。これでよろしいでしょうか、旦那様……」
深々と頭を下げるガラフに気を良くしたのでしょう、人を見下す暗い快感に頬を歪ませ、満足気にご主人様はガラフの肩を叩きます。
「まぁ年取るとさ、頭悪くなるのは仕方ねぇし、分かりゃいいよいいよ、俺の寛大さに感謝しな。あ~、マジでムノウシャの教育はツレーわ~、でも俺がガンバンねぇと世の中良くなんねーし、がんばるしかねーか!」
そんな身勝手で狂った理屈をこねながら、ご主人様はガラフに背を向け、厨房を出ていますので、私は満足気に笑い声を上げる後姿を追いかけますが、それでも小さく背中を丸めたガラフの、その握りしめた拳の隙間、厨房の床に溢れて落ちた血の真紅の色を、私は一生忘れる事はできない、そう強く感じたのでした。




