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悪徳な貴族は処刑されるの巻。

 ご主人様(ゴミクズ)と偽りの愛を確かめ合った後、私達は兄と母(あくとくきぞく)の待つ屋敷へと、ゆっくりと進んでいきます。


 一度屋敷を出た身ですから、次に家族に会う時こそ今生の別れと覚悟はしていますが、例え覚悟を決めようと、これから起こるで虐殺への恐ろしさはちっとも無くなってくれません。


 心に湧いた恐怖は私の中に降り積もってゆきます、それは砂時計を滑り落ちる砂のように、ただ静かに、でも確実に増えてゆき、私の歩みをの徐々に遅らせてしまいました。


「どうしたメリー?歩いてて疲れたのか?」


 そんな私の態度を勘違いしたのでしょう、小太りの男はそのたるんだ頬を醜く歪ませて、私へと笑いかけてきます。


「メリーは今まで貴族に虐げられてきたからなぁ、やっぱ貴族が怖いんだろうけどさ、でももう安心していいぞ、俺からは俺がお前を守ってやるからな!」


 誇らしげに笑いかけるご主人様(ゴミクズ)の言葉、それは私の守りたいと願う者を殺すという死刑宣告に等しい物ですから、決して目の前の災害は私を守ることなどありません。


「あの、ね……、ご主人様……」


 私の家族を殺さないでと言いたい、でも言ってしまえば皆の覚悟の悉くは無駄になって、自分も街も全て破壊されてしまうから、 私は別れの抱擁で兄に言い含められた言葉を紡ぎます。


「えっとね……、私、怖がりだから、何かが死ぬ悲鳴を聞きたくないな……。だからね、この街の貴族を殺す時、できれば貴族の軍勢をやっつけた時みたいにね、一瞬で、終わらせて欲しいんです」


 重責に苛まされ続け、私の精神はとうとう気が触れてしまったのかもしれません。悍ましいとすら感じる家族への死刑宣告を、私は遠い都で一度だけ味わった砂糖菓子のように、甘くても儚く消えてしまうような声で、これまで以上の自然な作り笑いで訴えることが出来てしまったのです。


 もしも神様が、この私の罪深い言葉を聞いて居らしても、どうか御許しくださることを願います。


 私のような愚かで弱い人の身では、こうしてご主人様(ゴミクズ)を謀って刺し違えることが限界なのです。


 目の前に居る人の皮を被る醜悪な存在が、たっぷりと時間を掛けて兄や母が惨たらしく殺したら、私が目の前に広がる絶望に、無事に耐えきる事など確実に叶わないのです。

 

 だからこそ兄は、私が耐える事など出来ないと最初から見越していたのでしょうし、あの言葉を持たせてくれたのだと思います。


『もしもメアリーが辛いと感じたら、私達を一思いに殺して欲しいとテンセイシャに言いなさい。いいかい僕達の愛しい銀の小鳥、これから苦難に立ち向かう小さな君の胸を、ほんの少しでも軽くしてあげられるなら、私と母上は喜んで死んでみせる、だから決して気に病んでは駄目だよ』


 男らしい殿方というには少し甘くて優しすぎた兄、その兄が見せた殿方の決意が滲む笑顔に、私はただ頷くしか出来ませんでした。


 きっとあの方は、私以上に私という者を良く見ていて、良く知って居たのだと思い知らされ、その優しさは離れても私を守り続けようとしてくれていると、今もこうして気付かされます。


「ふ~む、やっぱ見せしめってのは徹底的にやるべきだと思うし、処刑ってのは『チューセー』じゃ人気の見世物だったって聞いたことあるし、やっぱり見せしめとしてさ、時間を掛けてじわじわやる方がいいじゃないか?」


 だって今の私は、こんなにも心が折れそうで、今直ぐにでも兄の胸に飛び込んで泣いてしまいたいのですから。


 やはりコレは災害であって人間ではないのでしょう。そんな事を見世物にしてしまおうと考えるなんて、悍ましい虐殺を楽しむなんてあり得ないとは思わないのでしょうか?


 現に私は家族の最後を考えるだけで、頭が可怪しくなりそうになって、今にものたうち回り、胃の中身の全てを吐き出してしまい、そう思っています。


「でもでもっ、ご主人様だったら見せしめなんてしなくても、逆らう相手なんて簡単に倒せちゃいますよね? でも、やっぱり我儘言ったら駄目、ですか……?」

 

 駄々をこねて甘える小さい子供のように、私はご主人様(ゴミクズ)の腕の中に飛び込んで、人懐っこい子猫がする様に縋る視線で訴えながら、まるで旅人達が暴風の過ぎざるを待つように、ご主人様(ゴミクズ)の態度が軟化するのを待ち続けます。


 ですが、短い付き合いで痛いほどわかったのですが、この災害は我慢という言葉を知りませんから、これ以上深追いは危険だと思います。


 もしこの願いが断れたなら疲れたとか、人が死ぬのを見て気持ち悪くなったと逃げるしかないと、長く短い十秒ほどの時間をご主人様(ゴミクズ)の淀んで濁った瞳を見つめ続けて考えて、返事の言葉を待ち続けました。


「うーむ……。まっ、たしかに俺は強いしな、メリーの言う通り逆らう奴なんて居ないだろうし、いたとしても一瞬で倒せるわな。だったら見せしめなんて要らねーだろうし、メリーの言う通りにしてやるよ」


 ああ、きっとご主人様ゴミクズは、自分が私に恩を与えたと感じているのでしょう。


 その傲慢で罪深い態度に怒りを覚えそうですが、逆に私の身体は喜ぶように飛び上がり、妙に沈み込むよ肉の塊にしがみつき、耳元で感謝の言葉を呟きます。


「私のお願い聞いてくれてありがとう、私を大事にしてくれるご主人様が大好きです!」 


「うはははっ、メリーは本当に可愛いな、俺はお前を大事にするっていったろう?俺は約束を守る男なんだぜ?」 

 

 こうして恐怖と憎しみしか沸かないご主人様(ゴミクズ)の腕の中で、私は生き恥を晒して生き残るのを心は恥じますが、身体は勝手に媚を売るように頬を擦り付け、口は本当に心の底から喜んでいるとしか思えない音を並べ立てたのですから、心にもない言葉が流れるように出てくる辺り、きっと私は壊れてしまったのだと思います。


 「メリーは今、世界一優しいご主人様に出会えて、世界一の幸せを感じています~」

 

 自ら兄と母の処刑法を決定し、別れすら一瞬になるであろう言葉を認めたご主人様(ゴミクズ)へ零れた言葉は、私の脳裏にはっきりと残酷な未来を見せつけますが、貴族として民の施しで育った身体は、演技を忘れてる事などありませんでした。


 きっと私の身体を流れる貴族の血は、謀る事を辞めれば全てが無駄になるのを知っているのでしょう。


 どんなに心の底から絶望していても演技を止めず、無精髭の生えた頬に自分の頬を擦りつけて喜びを表します。


「おう、俺がメリーを世界で一番幸せな『ドレー』にしてやるからな!」


 女性でもなく、女ですら無い『ドレー』としての幸せ、そんなものに何の意味があるのかと、理性が心が問いかけてきて、私は胸が壊れそうな程に苦しくなって泣きたくなります。


 けれど私はもう一矢報いると決めたのです。それなら身内の血を啜ってでも、自らに課せられた勤めを、貴族としての役割を果たさねばならないと、誰かが強く深く訴えます。


 誰かの声は頭から手足の先に至るまで響き渡り、まるで私の身体を軸にして、沢山の人達の無念が集まったように感じる感覚なのですが、私は不思議と怖くはありませんから、きっともう魂の大事な部分は、徹底的に壊れてしまったのだと思います。


 こうして壊れた奴隷少女と狂った異世界人のワルツは続き、私達は屋敷への道を幸せいっぱいと言わんがばかりに進みます。


 ああ、なんて不幸な、そしてなんと滑稽な踊りなのでしょう。


 もしも神様が踊り狂う私達を見ているのでしたら、きっと地獄の業火で二人を焼いてくれるに違いない、そう確信出来るほどの不遜さを醸し出しているのならば、一秒でも早くこの身体の全てを燃やし尽くし、全てを忘れさせて欲しいのです。


 ですが愚かな私がねだった虚しい願いなど、神様には届くはずもありませんでした。


 私はたるんで二重になった首に腕を回したまま、たった数時間前に出た懐かしい景色、これから確実に変わるであろう景色を瞳へ焼き付けてしまいます。


 ご主人様(ゴミクズ)が辿り付いた以上、私の家族はもう終わり、これからは私は一人ぼっちで生きていかねばなりません。


 貴族としては小さくて、でもどこの屋敷よりも丁寧に手入れがされた我家の庭、私の自慢で大好きだった小さな庭の中心に、今は見たくなかった二人の姿を見つけます。


「貴様がテンセーシャか、私こそが先の戦で貴様が殺した父、偉大なるヴィンタージュ帝国男爵家を継ぐ者だ、そして私の隣にいるのが我が母だ。偉大なる帝国貴族を前にして蛮族風情が頭が高いっ、さっさと控えろ下郎!」


 とっても温厚で、誰に対しても腰の低かった兄、街の皆から弱腰な方の若様なんて言われてた末の兄が、まるで誰か別人になってしまったかのように威厳のある態度で話します。


 そんな兄の横で、母は満開に咲いた庭の花が摘み取られる時を待つように、見惚れるような気高さを感じる微笑みを浮かべ、私の方へ視線を送っています。


 兄の毅然とした態度と、母の気高い立ち振舞が気に入らないのでしょう、ご主人様(ゴミクズ)は舌打ちをしながら、少し乱暴に私を地面に下ろしてから、兄へ向かって叫び出します。


「チッ……、さすが帝国貴族様だ、イイ根性してんのな、だがテメーは俺を怒らせた。さっきの台詞がテメーの遺言だッ、さっさと死になっ、炎の柱(フレイムピラー)っ!」


 ご主人様(ゴミクズ)がそう叫ぶと、兄と母を飲み込む様に金色の炎の柱が沸き起こり、数瞬の間まばゆく光ったと思うと消えてしまって、二人の居たはずの場所には、黒く変色した地面だけが残っていました。


「あ~っ、クソ! 貴族の中で男爵なんていっちゃん下のMOBのくせによぉ、偉そうでマジムカつきますわ―、やっぱじっくり殺しときゃよかったかぁ?」


 ご主人様(ゴミクズ)が何かを言っているけど、意味がよくわからないし、目の前で私の大好きな二人が消えてしまったのを捉えていた左目から、一筋の涙が溢れてしまいます。


 それなのに私の口は、を称える言葉を、心の底から否定してしまいたい言葉を平気で並べてしまいます。


「眩しい光でちょっと目が痛くなって泣いちゃったけど、やっぱり私のご主人様は凄いです!」


「ま、俺様にかかればさ、アクトクキゾクなんてこんなもんだ。そして今日からここが俺たち二人の新居になるんだぞ、ほらメリーも嬉しいだろ?」


 こうして私は、殺してしまいたいと心の底から思うご主人様(あいて)と一緒に、たった数時間前に出た我が家の敷居を再び跨ぎました。


 ですがそこにはもう私の愛した景色は無いし、私の本当の名前を読んでくれる人は居ません。


「さ、メリーの服を探そうか、俺はメイド服とかがいいと思うんだ―」


 全てが無くなってしまった屋敷の中、私が喪った全ての代わりにあるのは憎い相手の楽しそうな声、全てを燃やし尽くしたテンセイシャの姿と声だけが響きます。


 それは、まるで悪夢が現実を否定したかのような光景だと、私の心の何処かで誰かが囁いたように感じたのだけが、妙に現実味を与えるようで、私は奇妙な滑稽さを心に感じてゆくのでした。

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