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奴隷ちゃんがあざとく甘えるの巻。

 こうしてご主人様(ゴミクズ)の物になった私ですが、あくまで今までの出来事など、この小太りの男がこれから引き起こす悲劇、その序章ですら無かった事を、私はこれから何度と無くご主人様(ゴミクズ)に思い知らされます。


 そう、あの汚物は自らが多くの民と虐殺した事を忘れているのでしょう、我が家のある街でとんでもない言葉を吐き出すのです。


「貴族政治に囚われた愚かな民に告げる、一人が世の全てを支配することなど間違っている、俺の声をが聞こえた者は門を開けろ!今こそ君たちの革命の時だ、付いてこなければ貴様らは俺の敵として滅ぼすぞ!」


 暴力でもって己の言いたい事を言って、これから民を支配するという一方的な恫喝。


 この人の形を災害は、自らの言っている言葉の意味が破綻した理論だと気がついていないのでしょう、嬉しそうに私に笑いかけてこう言います。


「君は可愛いから、すぐに俺が君に似合う可愛い服や、俺たち用の立派な屋敷を手に入れるから、安心していいからね」


 吐き気をも要すような邪悪とは、こういった物なのだろうと、私は胸にこみ上げる気持ち悪さを何とか押さえつけ、貴族政治の荒海である社交界を泳ぐために、母によって鍛えられた表情筋をきっちりと使って、満面の笑みを浮かべます。


「はい!お洋服も嬉しいですけど、私はご主人様さえいてくだされば幸せですから、どうか私を沢山愛してくださいね?」


 ご主人様(ゴミクズ)の働いたことがないのであろう緩みきった腕に、自分の膨らみ始めた胸を当てて精一杯の媚を売ると、反対側の手で遠慮無く締め付けられ、その酷い獣ような匂いのする身体に抱きしめられてしまいます。


 その饐えた匂いで思わず嘔吐きそうになりますが、これから私はずっとこの匂いに付き合って行かねばならいのだと思い、覚悟を決めて敢えて思いっきり吸い込みました。


「嬉しい……。私ね、ご主人様の匂いを嗅ぐと安心しちゃいます……」


 言葉とは裏腹に顔は苦痛に歪んでしまったのを感じ、私はご主人様(ゴミクズ)胸に押し付けて必死に耐えますが、こんなにも惨めで情けない自分の姿と、臭気による物理的な苦しさで涙が出て、顔を隠すためにしがみついた獣臭がする布にm¥、私が零した涙の染みが広がっていきます。


 ご主人様(ゴミクズ)胸が濡れた事に気付いて、私の流す涙を不思議に思ったのでしょう、緩みきった醜い笑顔で私に問いかけてきます。


「なら、どうして泣くんだ?君は泣いているよりも、笑っている方が可愛いからさ、俺は笑っていて欲しい、さぁ俺のために笑ってくれないか?」


 私の抱える苦しみの原因は貴方ですとは言えない私は、自らに掛けられた見当違いの慰めの言葉に、どうにか納得のできる内容を考えて返事をします。


「違うんです、私、こんなに幸せで良いのかって、急に怖くなってしまって……」


 こう言えば、大抵の事は殿方が勝手に好意的に捉えてくれると、昨日の夜母に言われた言葉で、私はどうにか誤魔化します。


 やはり貴族の女である母の言葉は効果的なのでしょう、ご主人様(ゴミクズ)は私の身体を折れそうなほどに抱きしめ、納得してくれたようですが、この遠慮のない馬鹿力で締め付けられると、このままでは流石に死んでしまいそうです。


「ご主人様……、抱きしめてくれるのは嬉しいですけど、私ちょっとだけ痛いです。だからね、優しくて欲しいなって、言ったら駄目ですか?」 


「ああ!ごめんな! 俺ってば自分が強いのを忘れてて、つい愛しくなって力いっぱい抱きしめてしまった。君が潰れたら大変だからね、次から気をつけるよ!」


 これから長い戦いになるのに、いきなり圧死というのは避けられましたが、こんな馬鹿馬鹿しくて寒々しいやりとりを門の前でやる辺り、この災害はやはり、私達の事など毛先にも脅威と思っていないのでしょうね。


 それだけの力があるからそこ、こうして門を開かねば街を破壊すると宣言したのでしょうし、その傲慢な考えも、父が死んだ理由を知った私達の予想の範囲でしたから、母と兄も十分に理解していました。 


 勿論被害の規模は違うのですが、ご主人様(ゴミクズ)が今までやってきた行為は、帝国の治世に反対している山賊達が、旅人や村を襲う時に力を示すのと変わらないからです。


 旅人を襲う山賊は、自らを誇示するために無辜の人々を殺し、その力を持って略奪行為を行うのですから、この汚物がそれをしないなど全くもってあり得ないし、そんな希望的な事を考えられるなら、ご主人様(ゴミクズ)はあんなに惨たらしい大虐殺など行わないでしょう。


 戦の習いの交戦文を送り合っても居ない内に、互いに戦端を開くと言っていない内に攻撃を始めるような災害などに、理性的な行動など期待してはいけない、そう分かっていたのです。


 だからこそ兄は、私が出て行く前に、このままご主人様(ゴミクズ)奪われるならと、我が家の蔵を開放して、一方的な虐殺で家族を失った民に、食料と金子を配りました。


 それは周りの貴族に田舎者と笑われながらも、常に質素倹約を心掛けた父が長い年月を重ね必死になって蓄えた、領民の為の貯蓄でした。


 我が家の所領は田舎ですから、民が裕福になるためには少しでも立派な道路や橋が必要ですし、街だけはなく村にも防壁を用意して、私の世代や子の世代が豊かに成れるように、父と母が必死になって積み上げてくれた金子でした。


 ですがご主人様(ゴミクズ)奪われてしまえば、最早民のために使われる事など無いでしょうし、下手をすればその思いの詰まったお金すら、あの汚物が力を得る切っ掛けになり、更なる悲劇の引き金になるかもしれません。


 だったらこうしてお金を動かせる内に、自分の首が繋がって居る内に全てを民に返してしまおう、そう兄は笑って言いました。


 こうして兄は我が家で保護していた奴隷に十分な金子を与えて開放し、使用人達にも出来る限りの退職金を渡し故郷に帰らせました。


 ですが奴隷というのは往くあてのない貧民の出、手元に金子があっても生活の基盤がなければ早晩飢えて死ぬでしょうし、農家の次男次女以降の使用人達だって、渡された退職金で田畑を買っても、順調に実りが得られなければ、恐らくは奴隷と一緒で死ぬしかありません。


 それが分かっているからこそ、大賢帝様は奴隷制度を無くさなかったし、小賢帝様は軍隊による公共事業を考え、少しでも奴隷に職を与えようとしていたのです。


 今あの屋敷に残っているのは、長年の忠義から覚悟を決めて残ったものや、我が家以外に行くあてのない奴隷の一部、そしてご主人様(ゴミクズ)が、これ以上我が領民の無体を迫らぬよう、この汚物が悪徳と罵る貴族として、首を切られるためにあえて逃げずに残った母と兄だけです。


 私は残った二人を誇らしく思うと同時に、どうして私達家族の元にこのような災害が起こったのかと、災厄を送りつけてきた異世界の神を呪い、私の世界の主神に救いを求めましたが、神は何も答えません。


 原始の書にあった通り、人の世に生まれた困難はやはり人が越えねばならない問題なのでしょう、私は神に祈るを止め、私が出来る方法で貴族の勤めを果たすと母と兄に告げました。

 

 屋敷の者の多くは反対しましたし、兄は私だけでも逃げろと言ってくださいましたが、私の身体は民からの施しで出来ています、ならばどうして逃げる事ができましょうかと尋ねると、兄は黙り、母は私の目標に必要な知識を教えてくれました。


「本当はもう少し先になると思っていたのだけれどもね……、でも貴方の未来に少しでも役に立つよう、貴方が少しでも体を傷めぬように、母が知るかぎりの知識を教えます……」


 本当なら結婚する殿方の為に覚える閨の作法、そんな夜の作法を教える母は、ずっと苦しそうに語っていたのが印象的でしたし、私は普通の男女が行う以上の下品で破廉恥な事をせねばならいのだろうと、覚悟を決めてゆきました。


 そうして私達家族が覚悟を決め、夕暮れ前に広場でこれからの事を語ります。


 兄は悪徳な貴族を演じて死ぬ、私はこの世界では禁止された性奴隷として敵の懐に潜り込み、ある方法で、あの人型の災害に一矢報いると宣言しました。


 だからこれから皆は末姫は死んだと思い、例え奴の側で私を見てもただの奴隷娘であると思って欲しい、そしてこれから私のする全ての事は、祖先や家族を蔑ろにする事で、はっきり言えば地獄に落ちるべきような事だから軽蔑してくれても構わない。


 そう私は覚悟を告げましたが、私の言葉を聞いた人々は、私に訪れるだろう暗い未来を慮ってくれて、心優しい民達はただ啜り泣いて、夕暮れの広間の石畳を濡らしていく姿を見せます。


 それだけで私はこれから地獄に向かう価値がある、そう改めて感じたものでしたし、これからその涙を流してくれた民の前で、自分は上手くご主人様(ゴミクズ)を騙せるかと、不安になります。


 私が随分と遠くなった昨日の夕方の話を思い出していると、閉ざされていた城門がゆっくりと引き上げられ、偽りの歓声を上げる民の姿が見て取れます。


「ほら、やっぱり帝国の貴族は『アッセー』を民に強いていたんだよ、俺というヒーローが来たから皆喜んでいるのがその証拠だな」


「はい、ご主人様は凄いです、さすがです!」


 私は満面の笑みを浮かべ、言葉が通じても意思の疎通など全く期待が出来ない存在に、難しい言葉を使わずにごくごく単純な褒め言葉を並べ立てる。


 いい気になれば油断から付け入る隙だって見つかると思うし、何より民に歓声を上げて嬉しそうに迎え入れているのですから、少なくとも少なくとも現状で民に被害が及ぶ事はないでしょうから、ここで死ぬのは私達貴族だけで済みます。


 だからこそ私達は精一杯歓声を上げて欲しいと民にお願いし、もしも私達家族が処刑されるようなら、圧制者が殺されたと喜んで欲しいと、民に何度も頼み込みしました。もうこれ以上は父の愛したこの町の人々を、人型の災害の犠牲などしたくなかったからです。


 その思いを汲んでくれた民の、地を割らんばかりの大声援の中、道の中央をを堂々と歩くご主人様(ゴミクズ)の姿は、まさに救世主に見えるでしょうし、偉そうに私を引き連れて屋敷に向かって居る後ろ姿は浮かれているように見えます。


 せいぜい今は浮かれているがいいと、私はよく書けた絵画の様な微笑みを浮かべ、冷めた心でその背中を見つめます。


 どうせこの滑稽で悲しい三文芝居の裏側、私達の心をこの背中の持ち主が覗き込む事は無く、私達が胸で血の涙を流している事など、このご主人様(ゴミクズ)に解らないのですから……。

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