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第7話 足を舐める


 ピチャピチャピチャ……


 目の前で起きている事を誰も受け入れる事ができず、その場に静寂が訪れた。そして響き渡る淫猥な音。


(御主人様! 御主人様!)


 チョコは一心不乱にエマの歓心を得ようと、いつものように(・・・・・・・)足を舐めているのだ。


 エマは自分の足下で騎士がロープで簀巻きになっているという状況でサンダル越しではあるが足を舐めているという状況に嫌悪感より先に、何やら背筋に走る快感とも言える背徳的な感覚に溺れそうになったが、ぎゅっと眉間に皺を寄せると、思いっきり顔を振り、


「騎士様、そこまでです」


 そう言って、足を引いた。

 サンダルはチョコの唾液で光っており、


(何か新しい世界の扉を開いてしまいそう……)


 そんな事を、やや顔を赤らめて考えたエマであったが、


「エマ、こいつは……何者だ?」


 ようやく我に返ったラザールの方へ顔を向け、


「ですから、私の旦那様になる方です。お父様」


 そう満面の笑みを浮かべて答えた。


(利用しよう)


 隣地であるクゾン家からの圧力は、すでにその意図を隠そうとする気遣いもなく露骨な状況になっていた。狙いは、この土地とエマ。


 政略結婚であれば領主の娘……それも次女という立場であるから当然と考えていた。ゆえにエマも14歳で成人した際、父が持ってくる縁談をせめて楽しもうという心づもりでいた。


 だが、クゾン家が婿入りを押しつけてきた事で、その楽しみすら奪われてしまった。


 断れない縁談という状況に追い込まれたエマは、偶然助けた騎士に「唇の契り」を奪われ ――


(でも、あれは唇を交わしたというより、顔中をなめ回されただけでしたが……)


 ショックで呆然自失に陥りつつもの、これが縁談を断るチャンスだと冷静に考えている自分に気が付いた。


 見た目は可愛らしく、その柔らかな印象や言葉遣いから領民にはおとなしいイメージを与えていたのだが、その中身は、かなりしっかりしており知的な女性なのだ。ラザールからも、女性でなければ長男を補佐して ――


 そういう会話が実際に交わされたこともあった。


( ……これはそう、領地と私を護るための唯一のチャンス)


 足下でこちらに何か期待するような目で見ている騎士をもう一度みつめて、エマは再びラザールに視線をまっすぐ向け、


「そうです。この方が私の伴侶となる方なのです」


 そう言い切った。


「そうか……」


 ラザールは娘の視線をまっすぐ受け止め、目を閉じ、もう一度思案をする。

 数日様子を見てから結論を出すことを考えていたが、ロイクを一発で昏倒させた力は確かに魅力的だ。


( この体型でも、ロイクは我が領の使い手の一人だ。それを頭突き一発で黙らせるというのは、相当基礎能力が高いはずだ。それに、頭が弱いようだがエマを一方的に慕っているように見える )


 ラザールは目を開き、威圧するようにエマの足下に転がる騎士を睨み付けた。


「もう一度問う。その方、名を何と申す?」


 言葉は先ほどよりも丁寧だが、言外に殺気を込めた。

 だが、ラザールの問いにチョコは一度だけ視線を送った後は、再びエマを見上げ、じっとみつめた。


 舌を出し、まるで獣のようなハァハァと息を吐いている騎士からは、エマに寄せる全幅の信頼感が溢れており、気持ち悪さよりも、妙な愛おしさを感じたエマは、


「あなた、お名前は?」


 父からの質問を、引き取り目の前の騎士に尋ねた。


「名前? ……俺はチョコだ。チョコだよ! チョコだ!」


 エマに話しかけられたのが嬉しいのか、口を大きく開き、何度もそう答えた。


「そう、チョコというのですか……それで、どこのチョコですか?」

「どこ? どこ……場所……家……御主人様……御主人様のチョコだよ!」


 その言葉にラザールが口を挟む。


「騎士のくせに家名は持たないのか?」

「家名? ……家名は名前……俺の家名……無い」


 今度は、ラザールの質問に対し、チョコは答えた。


「解りました。それでチョコはあの丘で何をしていたの?」

「丘……盛り上がった所……丘陵地帯……俺は丘で何をしていた?」

「いえ、それを私が聞いているのです」

「俺……御主人様に大きな……車……バス……トラック……トラックが襲ってきたので、助けた。御主人様は助かった。よかった」


 今度はエマが首を傾げた。


「車……は馬車の事? それとも手押し車かしら。バス? 虎? 獣に襲われたという事かしら? 解ったわ。あなたは御主人様がその獣に襲われた所を助けたのね……」


 この世界に車輪が付いた乗り物はあるが、自動的な動力で動く乗り物は存在していない。このため、エマはチョコの言葉から自分が想像する事象に置き換えて理解した。


 そして、その無垢な瞳に釣られ、言うつもりのなかった言葉を口にしてしまう。


「チョコ様、残念ながら私はあなたの御主人様では無いのです」

「おいエマ!」


 頭が弱い男を利用しようとしていたラザールは台無しになってしまうかもしれない一言を慌てて止めようとするが、その言葉を聞き逃さなかったチョコがびくりと大きく反応をした。


「御主人様では無い……御主人様と違う? 俺の御主人様じゃない? 俺を捨てるのか? 群れから追放するのか? 嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁ!」


 そう叫ぶと、チョコは寝転がった姿勢から勢いよく飛び上がりエマの足下に頭を突っ込むと、再びサンダルを―― 今度は先ほど以上のスピードで必死に舐め始めたのであった。


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