第6話 発芽
「ここはどこだ? あ、御主人様(ワン! ワワン! ワン!)」
チョコが目を覚ますと、そこは見たことも無い建物の中だった。
だが、すぐ目の前に大切な御主人様がいる事に気が付いたチョコは喜んで尻尾を――
「うぉ! 動けない! 動けない(きゃん! きゃん!)」
そこでチョコはようやく自分の身体の様子がおかしい事に気が付く。
「なんだ、あれ? 俺の身体がおかしい! なんだこれ?(うー、うー、うー)」
そして、不審がって唸っているつもりが、まるで御主人様のような音が自分から発している事に気が付いた。
「御主人様! 俺の身体がおかしくなった! 御主人様」
だが、ロープで簀巻きにされているチョコは身動きを取ることが出来ない。
その様子をながめていたラザールは、
「これはどういう事だ? 頭が弱いのか? 見るところ、騎士のようだが……」
「はい、お父様、国境に近い丘で倒れていたところを、私とロイクで助けたのです」
「お館様、斬りましょう。こいつは物の怪の類いです。私が全力で振り下ろした剣を、弾き飛ばしました」
「どういう事だ?」
「先ほど、この者が不埒にもお嬢さまに襲いかかった際、斬り捨てようと首筋目がけて剣を振り下ろしました。間違い無く鎧の無い肉の部分を斬ったにもかかわらず、折れたのは私の剣でした」
「刃に傷があったのでは?」
「そうであっても、剣の刃が身体に触れたのです。無傷という事はあり得ません」
「ふむぅ」
「お父様、それはそれで頼もしいではありませんか。少なくとも、あのクゾン家と比べても」
ラザールはもう一度、低く唸り再びチョコをみつめ、
「おい、貴様、名前は何という?」
と尋ねた。
「名前? ……え、うわ、うわわわ」
チョコが名前という言葉を耳で受け止めた瞬間、「名前」にまつわる意味がチョコの脳内に溢れた。
「名前……人の名、物の名……名、その事物の呼び方……呼び方……」
そして突然襲ってきた知識の本流に簀巻きにされた状態で大きく痙攣を始めた。
「なんだこいつ……」
「お館様、お嬢様、下がって。斬ります」
ロイクが右手でラザールとエマを下がるように手を振り、左手に構えていた剣をゆっくり胸元に引くと、そのままロープに縛られていないチョコの顔に突き入れた。
「ロイク!」
小太りという事もあって一見、動きは悪そうなロイクの剣は、外すことなくチョコの眉間の中心に吸い込まれ ――
砕けた。
「ちっ、またか。見ましたか、お館様!」
ロイクは自分の言葉に嘘が無かっただろうと言う思いでラザールに振り返って、柄だけを残して砕けた剣を見せたが、
「ロイク、伏せろ!」
ラザールの言葉に反射的にその場で伏せた。
その頭の上に、剣を受け仰け反ったはずのチョコが、その反動を利用して頭突きを入れた。
「がっ!」
伏せた事で頭への直撃は免れたが、ロイクの背中にチョコの頭が当たり、その衝撃でロイクはそのまま床に叩きつけられ気絶してしまった。
「痛いなぁ……俺にひどい事をする……酷いこと……酷いこと……良くないんだぞ……うん、悪い事だ。かみ殺してもいいか? 御主人様」
ロイクを頭突きで打ち倒したチョコは、簀巻きにされた状態で器用に立っていた。長い焦げ茶色の髪が顔に掛かっているため、はっきりとは見えないが、鋭い眼光をロイクに向けている。
「待て、そのまま動くな」
御主人様という言葉を、自分に向けられた言葉だと思ったラザールが、そう答えるが、
「お前、誰だ? 俺は御主人様と話をしている。邪魔をするな。かみ殺すぞ。いいか? 御主人様?」
そう言い、薄らと微笑むと歯を剥き出しにして唸り始めた。
「お館様!」
その言葉に周囲で呆然としていた使用人やメイドが騒然とする。
「警備兵を集めろ! お館様、下がってください」
「あ、ああ」
「待ちなさい! お父様も落ち着いて!」
ラザールを含めた周囲の人間を一喝して静まらせたエマが、まっすぐチョコを見つめてこう言った。
「あなた……私を御主人様と呼ぶの?」
「勿論! 俺は御主人様の……ちゅう……そう、忠実な僕だ。今までも。これからも」
「そう……私に危害を加えない?」
「危害? ……危ない事……害する事……怪我……痛い……危ない……大丈夫! そういえば、御主人様、怪我は無かったか?」
突然、ロイクとラザールに向けていた殺気を散らし、チョコはぴょんぴょんと器用に跳ねてエマの足下に転がった。
「よかった。元気そうだ。御主人様に怪我はなかった」
そう言って、エマが履いているサンダルの上から足を舐め始めた。