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第5話 婚約破棄の理由付け

「お父様。瑕疵のついた娘に、格上のクゾン家のご子息をいただくわけにはいかないと、早速お断りの文を」


怒りに身を震わせているラザールの様子にも臆することなく、エマが飄々と父に頼み事をする。


「エマ、これが何を引き起こすか解っているのか?」

「この方と契りを交わしたのは事故みたいなものですが、お父様も強引なやり口で婿を押しつけようとしていたクゾン家に対して辟易としていたのでは?」

「それはそうだが……」


 エマの言葉を聞き、ラザールは少し落ち着きを取り戻した。


「だが、その……簀巻きにされている男と契りを交わしたという事はどういう事だ?」

「文字通りです。その方に情熱的に唇を奪われました」


「違います!」


 エマの説明に対し、先ほどからチョコに剣を向けたままだったロイクが、その姿勢を変えないまま、異議を挟んだ。


「お嬢様は唇を奪われてなどおりません……倒れて息をしていなかったこの者を哀れんで水を与えただけです……その、口移しではありますが……」

「ふむ」

「緊急時の行為はオクシヘノ様の教えでも、契りに当たらないはずです」


 この地で信仰されている神の一柱である女神オクシヘノは、「女性は男性と唇を交わす事により愛の契りとし、婚姻の約定と見做す」という教えがある。現代では、そこまで厳密に適用される訳では無いが領主の娘として、「愛の契り」と口に出す事は非常に重みがある事だ。


 だが、


「確かに、溺れた人を救うなど緊急時は唇を交わした事にはならないとされているな」


 ロイクの言葉を受けて、ラザールも同意をする。


「いえ、お父様。この方を助ける時の行為を指しているのではありません。ロイクも見ていましたが、その後の事を言っているのです」

「その後……」

「ええ、それはもう情熱的にこの方に唇を奪われたのです」


 その言葉にとうとう堪えきれなくなったのか、ロイクがチョコから視線を外し振り向いて、こう叫んだ。


「あれはキスではありません! この男がお嬢様の顔をなめ回したのです。まるで獣のように!」


「なめ回しただと?」

「そうです……あれは……まるで犬のようでした。こいつは人の心をもっておりません。lきっと物の怪の類いです。それに、こんな髪の色の人間がいるわけありません!」


 そう言って、ロイクはぐったりとしているチョコの髪を持ち引きずり起こす。


「ロイク!」


 それを咎めるようにエマが叫ぶが、


「お館様、斬り捨てましょう。きっとこいつはグランジュの地に災いを起こします」


 そう言って、首筋に剣の刃を当てた。


 ラザールは何かを見通すように目を細め、


「物の怪か……確かにそんな髪の色の人間は見たことが無いな……それにまるで羊のようなクセの強い巻き毛……」


 と、静かに呟く。


「ロイク、剣を引きなさい。お父様、この方を利用する事でクゾン家に対抗するのです。このままでは、私はあのおぞましい肉の塊を婿として、この地に迎え入れなければなりません」

「お館様!」


 クゾン家は中級貴族であるため、下級貴族のグランジュ家への婿入りは簡単には断る事はできない。一方、他領への交易をこれまで何度も妨害してきたクゾン家が婿に入ってくるという事は、いよいよ本格的にグランジュ家を乗っ取りに来たという事でもある。


 ラザールやエマの二人の兄の命すら最終的に奪われる可能性も視野にいれ、これまでクゾン家の申し入れに対し、のらりくらりと明確な返答を先延ばしにしていたが、いよいよ返答の最終期限を切られた所だったのだ。


 この状況は確かにクゾン家の影響を一時的に排除する事ができるかもしれない。


 そう考えつつ、ラザールは娘とロイクの両者を交互に見る。


(返信期限は3日後……少しだけ様子を見るか……)

 

 エマの冷静な目とロイクの憎悪に満ちた目。

 

 普通であればロイクの意見が正しい。

 貴族との婚姻直前に、娘を傷物にされた訳である。徹底的に隠蔽した上で、この焦げ茶色の男は闇に葬るべきである。


 だが、エマの提案は非常に魅力的だ。

 簀巻きにしているという状況から、エマも感情的な判断では無いのだろう ――


 そこまで考えたラザールは、とりあえず地下牢にこの男を監禁するよう指示を出そうとした瞬間、


「御主人様?」


 チョコが突如、意識を取り戻した。

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