第4話 エマの父
領主の館は、2階建ての広い木造の屋敷だ。
グランジュ家は領主といっても、あくまでこの辺り一帯を納める地方豪族に過ぎず、石造りの城を構えるほどの力は無い。国の中では領地を持つ貴族としては下級レベルである。
「お嬢様! おかえりなさい……お早いお戻りで……」
エマとロイクがチョコを担いで、その領主の館へ戻ってきた。それを玄関先で仕事をしていた使用人やメイド達が出迎える。ほんの数刻前、気晴らしの散歩に出ると暗い表情を浮かべて出発した領主の次女が出発前とは打って変わって明るい笑顔で戻ってきたのだ。一方、お付きの従士は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべて見知らぬ騎士を抱えている。
「お嬢様、その方は……?」
出迎えた中にメイド長であるクロエが、ニコニコしたままのエマに代表して質問をした。クロエは真っ白な白髪頭ではあるが、それ以外はまだ20代後半と言っても通じるような若々しい姿の長身の美女である。エマの生まれる前から館に勤めているため、実際に何歳なのかは、ほとんどの者は知らない。
そして、常に厳しい姿勢で若いメイドや使用人達を指導する立場であり、取り乱すような姿を誰も見たことは無かったのだが、
「私の夫になる男です。拘束した上で丁重に扱ってください」
「はっ?」
予想もしない答えにクロエは口を大きく開けたまま固まる。
「お、夫? 夫とはどういう意味でしょうか?」
そして、動揺したようにロイクを見て真意を確認しようとするが、ロイクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたまま何も答えない。
「お父様は執務室かしら?」
だが、そんなクロエの様子に気づきもせず、エマは自分の父親が館にいるかを確認した。
「え、あ、はい。あ、え、うおぇ?」
「どうしたのクロエ? お父様は?」
「は、はい……執務室におられるはずです」
エマの呼びかけに何とか首を振って立て直したクロエが答える。
「そう。取り次いでいただけますか。エマが伴侶を見つけたとお伝えください」
「わかりました」
クロエはそう答えて周囲の者に指示を出す。その指示よりメイドや使用人達が慌ただしく動き始めた。そのうちの一人がエマに、
「拘束……してもよろしいのでしょうか?」
と、ロイクにロープを差し出しながら、そう答えた。
「はい、丁重に拘束してください」
エマはその質問に楽しいそうに笑顔を浮かべながら答えた。
ロイクは肩に担いでいたチョコを壁に寄りかからせると、受け取ったロープをぐるぐると巻いて動けないように拘束した。そして、もうロープをもう1本要求し、それを使って足もぐるぐる巻きにして完全に動けないようにした。
「ロイク!」
拘束している姿を微笑ましくみていたエマであったが、さらに使用人に新しい剣をもってこさせ、それをチョコに突きつけたロイクを見て慌てて制止しようとする。
「殺しはしません。不穏な動きを見せたらすぐ対処できるようにするだけです」
そう答えたロイクの目には憎悪のようなものが浮かんでいた。だが、エマは背後にいたため、その表情に気が付く事はできない。
そこへ、大きな足音を立てて、
「エマ! 夫とはどういう事だ!」
と、巨漢の男が現れた。この地の領主であり、エマの父親であるラザール・グランジュである。肩まであるストレートの金髪で豊かな髭の持ち主。小柄で可愛らしいエマとは似ても似つかぬ偉丈夫である。
「はい、お父様。私はこの方と添い遂げる事にいたしました」
「この方?」
ラザールがエマが示す方に視線を向けると、ロープで簀巻きにされた焦げ茶色の巻き髪の男が転がされている。
「こいつか?」
「はい」
その異常な光景にもかかわらずニコニコと笑っているエマに、どこか薄気味悪さを感じながらも、
「どういう事だ? 説明をしてくれないか?」
可愛い娘の事なので、しっかりと確認をする。
「その方と唇の契りを交わしました。これで私はクゾンから婿を取る必要がなくなります」
「契りだと……エマ……お前……」
ラザールの顔が真っ赤に染まり、額に青筋が浮かび上がった。