第3話 契り
突然気管に入った水にチョコは意識を取り戻した。
そして、ここがどこか認識する前に、鼻腔に大好きな臭いが飛び込んでくる。
(御主人様! 御主人様! 御主人様!)
犬の視力は鼻や耳と比較して発達していない。そのためチョコは視覚情報よりも嗅覚から得る情報を優先した。そしてその嗅覚は目の前にいる少女 ――エマが自分の御主人である事を示していた。
(御主人様! 御主人様! 御主人様! 御主人様! 御主人様!)
再び巡り会えた喜びを全身で表現すべく、いつものように飛びつき顔を舐めた。妙に御主人様の身体が小さくなった気もしたが、そんな違和感に拘っていられる状況では無い。
(無事で良かった! 御主人様!)
チョコにとっては、ついさっき命の危険があった大切な御主人様なのだ。だが、
「貴様! 何をする!」
そう叫ぶ見たことも無い男 ―― ロイクによりチョコは強引に引き剥がされてしまった。
「お前誰だ! 御主人様に近づくな! あっち行け!(ワン! ワン! ワン!)」
怒りの感情がチョコの全身を包む。
チョコは自分の飼い主を脅かす存在として、ロイクに向かって猛烈に吠えた。―― 自分の勇ましい吠える声が、いつもと違っているようだが、そんな事を気にしている暇は無い。
「御主人様は俺が護る! お前! あっち行け! 噛むぞ!(ウー、ワン! ワン! ワン!)」
見知らぬ男が大切な御主人様の前に立ちはだかっている。これは御主人様のピンチだ。チョコは歯を剥き出しロイクを威嚇した。そして、それでも動かないロイクに痺れを切らし、腰を落として飛びかかろうとする。
「こいつ! 物の怪か?」
その様子を見てロイクは腰の剣を抜いた。
「お嬢様、下がってください」
「え、ええ……あ、駄目よ」
あまりの事に呆然としていたエマはロイクの殺気を感じ慌てて止めようと身体を起こそうとしたが、その瞬間、チョコがロイクに飛びかかった。
「っ!」
驚異的な跳躍力を見せたチョコに一瞬怯んだロイクだったが、短く気合いを発し、伸び上がったチョコの胴体に真っ直ぐ剣を突き入れた。
「がっ」
剣が身体を支えるような形になりチョコの身体は空中で止まる。衝撃をダイレクトに受けたチョコは白目を剥き意識を失ったようだ。だが、ロイクは油断をせず、そのまま腰を入れ押し出すようにチョコを吹き飛ばした。そして吹き飛んだチョコに詰め寄り、そのままの勢いで大きく振りかぶってチョコの顔面に向けて剣を振り下ろす。
「ロイク!」
エマの静止の声も聞かずロイクの剣がチョコを襲う。
ガッキンー!
甲高い音が鳴り響き渡った。
「殺して……しまったの……?」
一瞬の静寂に包まれた丘の上で、フラフラと立ち上がったエマが震える声でロイクに尋ねるが、その時、倒れているチョコのすぐ近くに折れた剣先が回転しながら落下し、そのまま地面に刺さった
剣を振り下ろした姿勢のまま、しばらく動かなかったロイクだったが、やがてが青ざめた顔でエマに振り返り首を横に振った。
「いえ……お嬢様……き、斬れませんでした……こんな事って……そんな馬鹿な……」
間違い無く鎧を着けていない首付近を狙ったはずだ。事実、打ち下ろした剣が当たった場所には赤い筋が薄ら付いている。
「そう、良かったわ……その人を屋敷まで運びましょう」
「お嬢様!」
エマの言葉にロイクは驚くが、次の言葉で完全に固まってしまった。
「ロイク、あなたも見ましたよね。その者は私と契りを交わしました。その者をグランジュ家の次女、私エマの伴侶とします」
一つの話が短くてすみません。出来るだけ細かくアップしていきます。