第2話 エマとの出会い
「……しっかり! 誰か水を……しっかりして!」
天気は快晴。
クローバーが敷き詰められたような自然豊かな丘の上で、一人の若い騎士が倒れていた。銀色の甲冑を身にまとい、傍らには金をあしらった兜が転がっていた。武器は所持していないようだ。
丘の下の道を通りがかった少女は、クローバーが茂る丘を優しい目で見つめていたが、そこに横たわる騎士に気が付いた。最初は仕事をさぼって昼寝でもしているのかと思ったのだが、どうも様子がおかしいと思い随伴する者達の静止を振り切って丘を駆け上った。
「お嬢様!」
「早く! 息をしていないわ!」
お嬢様と呼ばれた少女 ――
この付近一帯を納める領主グランジュの次女エマは、14歳で成人と見做されるこの国おいて、15歳になったばかりの年齢からすると、随分幼く見える。大きな目は少し垂れ目気味で背もこの国の平均よりはかなり低めであるため、保護欲をかき立てられるのか、領民からはとても慕われていた。
綺麗なカールの掛かった金髪、ほっそりとした身体付きだが、唯一、その細い身体からすると少しアンバランスな大きい胸が、エマが成人していると言える証である。
「はぁ、はぁ……急に走り出されては困ります……それでこの方は?」
急に駆け出してしまった自分の主人に遅れて、ようやくエマについている少し太った従士が追いついてきた。
「ここに、倒れていたの。まだ暖かいから息を吹き返すかもしれません。早く水を!」
「はい」
従士は慌てて自分の懐から木をくり抜いて作った水筒を取り出す。エマはそんお水筒を受取り、倒れていた騎士の頭を軽く起こして水を飲ませようとするが――
「駄目、飲んでくれない……」
「もう死んでしまっているんじゃ」
長い特徴的な茶色い毛が顔に掛かっていて顔付きは解らないが、青ざめた肌から生気は感じられない。だが――
「まだ暖かいわ!」
そうエマは叫ぶと口に水筒の水を含み、躊躇いなくその唇を騎士に押しつけた。
「お嬢様!」
従士が慌てて止めようとするが間に合わず、エマは騎士の口の中に水を送り込む。そして、口の中の水が無くなると、再び水筒の水を含み、もう一度騎士の口へ送り込もうとした時、
「ゲフッ! ゲフッ!」
騎士は突然、息を吹き返した。
それを見て、エマは今度は騎士の身体を引き起こし水を吐き出せようとする。
「しっかり」
気管に入ってしまったのか、何度も咳き込む騎士の背中を叩きながら、
「ロイク、気付けように何か持ってきて」
と、従士に向かって指示をする。
「は、はい。でもお嬢様を一人で……」
「大丈夫だから、はや……えっ?」
だがその瞬間、咳き込んでいた騎士が顔を上げエマを見つめ、鼻で臭いを確かめるように息を何度か吸い込み、エマを押し倒した。
「きゃぁ!」
「お嬢様!」
慌ててロイクと呼ばれた従士が騎士を引き剥がそうとするが、その異様な光景に一瞬動きを止めてしまう。
その騎士――
転生したチョコは、満面の笑みを浮かべてエマの顔を舐めていたのだ。
場面展開上、3話に分けましたが、ここまでがプロローグ(あらすじ)で説明した分です。
この後は更新が終わり次第投稿していきます(もう少しまとまってから投稿すべきだったのですが、先に投稿しておかないと挫折しちゃいそうなので……すみません)