【小説】 魚物語②
魚物語②
父さん、母さん、妹へ。
わたし、結婚したいんです。
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私と朝美は双子の姉妹だ。朝美が姉で、私朱美が妹。
姉妹仲は悪くない。まあ、平均的な姉妹仲だろう。別々の大学に入ったが、一緒に出かけるし遊びにも行く。家でもおしゃべりした。
でも、朝美はひとつだけ私に言わずに隠していたことがあった。朝美は今日、その秘密、結婚をしたい人を連れてくる。
「なんで彼氏いるって言わなかったの?」
いすにもたれながら、朝美に聞いた。机をふきながら朝美は
「朱美もそういう話しなかったじゃない」
と笑った。
話したくてもできなかったんだよなぁ。ひどいときは付き合い始めた日にふられた。
三年、朝美はその人と付き合い、さらに結婚、だ。手堅い。
朝美は私とそっくりな顔をしているが、中身は正反対だ。例えるなら饅頭。違いは白アンか、黒アンかってところか。男の趣味も違うのかな。
家のベルが鳴った。
朝美は彼を迎えに玄関に、私は姿勢を整え、父は威厳を見せようと座りなおし、母は野次馬根性丸出しでドアを見つめる。
「おじゃまします」
二つの影がドアの曇りガラスに映り、ついに朝美の恋人がドアを開けた。
赤い尾ひれ、整ったウロコ。
うん、金魚だ。
中学生のころ私が祭りで掬い、高三の時のときに猫にさらわれていなくなった…。
「お前かよ!」
あまりのびっくり。
「朱美、尚人さんを知ってるの?」
あぁ知ってる!ってか相変わらず私にしか金魚に見えてないのか!?ていうか尚人さんってなんだよ!?
「いや、初めて会うよ、朱美さんだよね?はじめまして。朝美にそっくりだね」
偽大阪弁ではなく標準語で話す金魚、の目がにやりと笑った気がした。
「反対!絶対許さん!」
尚人さんが帰った後叫んだのは、父ではない。私だ。朝美が金魚と結婚?しかもあいつと?冗談!!
「普通は俺がいうセリフ…」
「だって、父さんは賛成なんでしょ!?」
う、うんまぁな。と父。
約一時間前。母が
「尚人さんのご両親にもご挨拶しないとね」
と言った。
すると金魚は、(多分)悲しそうな顔をして
「私、孤児でして両親がいないんです」
と悲しそうな声で言った。
まぁそうだろ。うちの水槽にずっといたもんな。と知っているのは私だけでして、母は、あら、ごめんなさいと謝った。
「いえ、いいんです」
と金魚はさわやか光線を撒き散らした。
そうして尚人さんの過去話が始まり、両親は金魚の嘘話に興味津々、うっとりと聞き入った。父なんて‘俺が君の父親になってやる!’。というわけで、父も母もすっかり尚人さんの味方だ。しかし私は尚人さんの味方ではない。朝美を金魚にやるなんて、私が金魚の義妹になるなんて
「ゆるさん!!」
朝美は困った顔をして、私を見ていた。
朝美と金魚は本人(魚)の希望により、ささやかな式を挙げることになった。私が反対し続けているにもかかわらず。妹がどんなに反対しても、本人や両親が賛成していてしかも乗り気ならば結婚できる。世知辛い世の中だ。
そう考えていたところに尚人さんこと金魚が現れた。
「朱美さん」
「朱美でいいよ、な・お・と・さん」
皮肉をこめて言ったが全く気にしてないようだ。ちくしょう、むかつく。
「ちょっと話せないかな?」
「・・・いいよ」
リビングには誰もいなかった。両親は親戚の家へ、朝美は
「部屋で待ってる」
「なにを?」
「朱美が結婚を許すのを、や」
本性を現した。
「猫に喰われたと思ってたのに、ざーんねん」
「わいの生命力をなめたらアカンで」
ああ、喰われてしまえばよかったのに!!
本気で悔しい顔をする私の前で、金魚がヒレを机についた。
「たのむ、わいと朝美の結婚を許してくれ」
いきなり本題か、てかなんでそこまで人間と結婚したいんだ。あれか、そうやってじわじわと人間世界を侵略する気なのか!
「なんで人間と結婚したいの?」
さあ金魚よ、どう答える…。
「人間やない、朝美と結婚したいんや」
なにかっこいい事言ってんだ、こいつ。
「わいはずっと一匹だった」
「まだ続くのか、そのうそ過去話」
「ちゃう、金魚としての話や。わいはなんでかこないな力を持って生まれた。来ないな力をもっとる金魚はわいだけやった。
お前も異質で不思議な力をもってる、でも人間はその異質さに、不思議さに気付かへん、気にせえへん。金魚はちゃう、違うもんにびびる、避ける」
わいはこの力を憎んだ。金魚の声は、真剣そのものだ。
「でもな、お前に掬われ、朝美に出会った」
朝美は頑張りすぎてしまう性格をしている。だから、金魚は朝美が壊れないように、朝美に変身し朝美の代わりに人間の生活をした。高一から高三の間に何度もだ。
「朝美のおかげでわいはこの力の使い道を知った。これからも朝美を助けて、ずっとそばにいたいんや」
「あさみぃ」
「なに?」
「なんで尚人さんと結婚したいの?」
おやつのバームクーヘンをほおばりながら、私は朝美に聞いた。
結局、私は金魚に馬鹿と言い放ち、自室に逃げ込んだ。なんだか、金魚に同情したり、ムカついたりで、頭がいっぱいになったのだ。金魚はいったいなんなんだろう。私はいったいなんなんだろう。異質の不思議な力。
「結婚したいからよ」
朝美は照れながら教えてくれた。のろけだなぁ、相手が金魚って教えてやろうか。いや、信じまい。
「尚人さんとはサークルで知り合ったんだよね」
「うん、サークルの先輩だったんだ。二年生のとき告白されてさ」
サークル…朝美は手話講座に入っていたはず。金魚に手話ができるのか?あのヒレがそれだけの表現力を秘めているようには見えん。
「最初はね、あの見た目だからね、わたしをからかってるかと思ったよ」
いや、私には金魚にしか見えてないから!他の人には金魚はどう見えているのか。
「朱美はどこで尚人と知り合ったの?尚人は初対面って言っていたけど」
あっ、言い訳考えてなかった。
「あー、まぁ、うん、祭りであった」
嘘ではない。
「そのお祭りってわたしもいた?」
「うん、ほら、中三のときの夏祭り」
あっ、ここまで言ったのは失敗か?
「…ちょっと納得」
「何を納得?」
「わたしね、尚人と初対面って思えなかったの。何処かであったあった気がしてた。尚人は違う、違うって言ってたけど」
「朝美も尚人さんも記憶力ないな」
なんだ、朝美もなんとなくわかってたのか。尚人さんとは大学以前に会ってるって。
「でも、それだけかな、なんか、もっと前に会った気がする」
漫画みたいに前世からとか言い出すなよ。
「ねぇ朱美、わたしと尚人の結婚、許してね」
「許すもなにも、もう決まったようなもんじゃん。父さんも母さんもうれしそうなこと」
「朱美にも、許してほしい」
朝美は笑ってそういった。敵わないなぁ、そう思った。
「お前は朝美のことごっつ好きなんやな」
花婿衣装を着ているはずだが、尚人さんは相変わらず金魚にしか見えない。
「まぁな、だからお前にいなくなってほしくってしょーがない」
「まあまあ、お義兄さんは絶対朝美を幸せにするで」
さも自分が素晴らしい奴だといわんばかりに、婿としての義務を語るなっつーの!あーあ、義妹になっちゃうんだなぁ、くそ、やっぱり反対しとくんだった。
「朱美!尚人君!朝美の準備が整ったの!」
母が花嫁の待合室から顔を出し手招きしている。
「尚人さんは来るな、式場に行っとけ」
「お楽しみは後でってことかいな。でもわいはドレス選びについてったからデザイン知ってるで」
空気よめ!と右ストレートを一撃。伊達に大学のときに総合格闘技研究部に入ってったわけじゃないのだ。
バシッ。
と左ヒレで止められた。ば、馬鹿なっ!
「わいもやられっぱなしやないわ!」
がら空きの左脇(?)を蹴った。直撃して悶絶して倒れた。
母さんが見てなくてよかった。そう思いながら花嫁の待つ部屋に入った。
白い純白。二回同じことを思ったほど、白く可愛らしいドレス。アップされた髪。ああ、めっちゃ綺麗だ。同じ顔でこんなに違うのか。あんこの違いはとても大きい。
「あ・さ・み」
もったいつけて呼んでみる。えへへといつも通りに笑う朝美。
「なんか化粧濃くない?」
「いや、全然。金魚絶対びっくりするって」
「金魚?」
「なんでもありません!」
思わず素がでたよ。危ない危ない。
「妹様から一言!おめでとう」
「お姉様から一言!ありがとう」
いい式だった。父さんよりも母さんよりも、私が号泣するくらい。