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ひとりぼっちじゃない

作者: 円山翔

「ただいま」


ドアを開けて誰にともなく声をかける。返事は帰ってこない。


「おかえり」


 自分で自分にこんなことを言うのはどうなのか、という考えは既に何処かへ消えてしまったようだ。こんなやり取りも自然にできるようになった。

 当然と言っては当然なのだが、自分が住んでいる場所から離れた学校へ通う場合、マンションなどを借りて一人暮らしをする羽目になる。家にいたころは大丈夫だろうと高をくくっていたが、いざ下宿生活を始めると、如何に自分が他人に依存してきたかがわかる。物理的にも、精神的にも。

 ポケットからケータイを取り出し、部屋の隅のコンセントにさしたままの充電器に繋ごうとしたところで、ブーブーと音を鳴らしてケータイが唸った。高校の同級生からLINEにメッセージが入ったようだ。


『今どうしてる?』


 何でもない、近況報告を求めるメッセージ。自宅を出て県外の大学へ通うことになった桜田(さくらだ)(けい)が、離れた人間とつながる唯一の手段。それがこのLINEなどのSNSソーシャルネットワーキングサービスあり、メールであり、全部ひっくるめてケータイだった。


『学校が終わって、今家に着いたとこ』


 届いたメッセージすべてに返事をするのは手間だが、一つや二つくらいならどうということはない。不慣れな指を懸命に動かし、返事を打ち込む。画面を閉じようとすると、またケータイが唸る。


『ふーん。さっき終わったんだ。お疲れ(^o^)/』


 そんな他愛もない言葉が、独り身になった心にはじんわりと響く。一種のケータイ依存というやつだろうか。返信がすぐに来たら、相手は自分と話そうとしてくれているのだと喜ぶ。返信が全くないと、相手は自分のことが嫌いになってしまったのではないかと不安に思う。ケータイを持って間もないというのに、いつの間にかそいつが唸るのを今か今かと期待する自分がいた。


『ありがとう』


 いたわりの言葉をくれた同級生に、短く返す。『そっちは?』とは聞かない。それ以上LINEで会話をしようとは思わない。何故かはわからないが、一種の警戒心なのではないかと思う。そのまま自分がLINEにのめり込んでしまうのではないかという不安である。こういうことに自分がのめりこみやすいという性質は既に把握しているので、そうならないようにブレーキをかけるのも、景がやることではないかと認識している。そもそも自分以外に止めてくれる人がいないわけだが。

 ケータイがまた、ブーッと唸る。今度はメールだ。開いてみると、母親からだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

桜田千恵

宛先:桜田景 詳細…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

件名なし

20XX年4月△日 XX:XX

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

大学生活にはもう慣れた?何か送ろうか?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 初めての一人暮らしを心配するありがたいメールなのだが、こういうメールが来るとどうしてもイラッとしてしまう。どこまで過保護なのだ、そんなに自分が信用できないのか、と。家ではできなかった反抗を、離れた場所で、しかも心の中でしかできない自分にうんざりする。

 それからも立て続けにケータイは唸った。高校のクラスで作ったLINEのグループに、誰かが書き込みでもしているのだろう。宿題を片付けようとしている今は、その音がやかましかった。いっそ通知をOFFにしてやろうかと思うが、中には緊急連絡や大切な友達からのメッセージが送られることがあるので、うかつに切ることができない。

 ん?ふと考えて手を止める。そもそも、友達とは何なのだろうか?今まではクラスメートや部活の同級生、ただ話すだけの人ですらも単に「友達」と言ってきたが、本当のところはどうなのだろうか?

 ちょうど手元に電子辞書があったので、広辞苑を開き『ともだち』と打ち込んで検索をかけてみた。

 

とも‐だち【友達】

 親しく交わっている人。とも。友人。盟友。元来複数にいうが、現在は一人の場合にも用いる。仁賢紀「-ありて其の意を悟らずして」。「遊び-」

 

……そうか、親しく交わっている人か。そんな奴いたかな、と考えてみる。

 確かに、下宿する前はそんな人もいたのかもしれない。だが、下宿を始めてからはケータイでの繋がりでしかない。大学で多くの人に出会ったが、LINEの友達登録はしても、学校以外で一緒に何かをするなんてことはない。今の自分には、友達などいないのではないか。そんな思いが頭をかすめた。


「会いたいな、みんなに」


 その言葉は、ごく自然に自分の口から溢れた。他の人の前では強がっても、心の底では寂しさを押し殺していた。だが、本当に“みんなに”なのだろうか?


『やっぱりLINEじゃなくて、Face to face で話すほうがいいね』

『俺もそう思う』


 先ほどメッセージをくれた同級生と、以前LINEで交わした言葉だ。ケータイでメッセージのやり取りはできても、心のやり取りはできない。面と向かって話せば、相手がどんなことを考えているのか、どんな気持ちなのかをくみ取る何かしらのサインがある。声のトーン、表情、ちょっとした仕草。完全にとはいかないが、ある程度は相手のことを理解できるし、理解しようとすることもできる。だが、メールやLINEでの会話にはそれがない。ただ文字で会話をするだけ。相手がどう思っているのか知りたくても、文字には感情がない。感情を聞こうにも、文字ならいくらでも繕える。友達登録なんて、言葉だけなのではないかと思う。本当のことを言っているのか、それすらも疑わしくなる。もちろん信頼できる人がいないわけではないが、今はその信頼すらも疑うようになっていた。


「嫌な奴になったな、僕は」


景は自嘲気味にそう呟いた。

おもむろにメール画面を開き、今まで出会った中で一番親しかったと思う人物の一人にメールを送る。


『友達って、どういうものだと思う?』






    *






「ただいま」

「おかえり」


扉を開けると、当たり前のように言葉が返ってきた。地元の大学に通うことになった東山(ひがしやま)紅葉(こうよう)は、毎日一時間半かけて自宅から大学へ通っている。自炊をしなくてもいいのはありがたかったが、授業が終わるのが六時という日も少なくはなく、日が長くなったといっても家に帰るとあたりは真っ暗だった。


「ごはん?お風呂?」

「ごはん」


 居間から聞こえる母の声に、紅葉は即答する。風呂が先だと、食事をしてからそれほど時間を置かずに眠ることになる。それだけは避けたかった。太るのは嫌だし、次の朝におなかが重くなるのもまっぴらごめんだった。

 二階の自分の部屋に戻り、荷物を置こうとした時、鞄の中でケータイがブーと唸った。誰かがメールを送ってきたようだ。鞄を置いてケータイを取り出し、手早くロックを解いてメールを開封する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

桜田景

宛先:東山紅葉 詳細…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

件名なし

20XX年4月△日 XX:XX

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

友達って、どういうものだと思う?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それは高校時代の友人、桜田景からだった。一瞬、何を言っているのかな、と思った。こいつそんなキャラだったっけ、とも。景は確か下宿生だったはずだ。新学期が始まってまだ間もないのに、もう友達が恋しくなったのだろうか。


(まあ、自宅通学の私にはわからないけど)


 景のように県外の大学に行く人はいるが、紅葉と同じ自宅通学の友人も少なくない。中学や高校の時に一緒だった面子とは、高校卒業後も何かと交流があった。少なくとも今は、メールやLINEといった通信手段が充実している。離れていても、連絡さえ取れれば怖いとは思わない。

 そもそも、人は出会いと別れを繰り返して生きる生き物なのだ。たった一度の別れに凹んでいても始まらないと思う。新しい環境に入ったなら、そこで新しい交流を持てばいい。かといって、それまでの交友関係を真っ向否定するわけではない。よくない関係は断ち切っても構わないが、いい関係の友達はずっと友達でいてもいいと思っている。紅葉(・・)に(・)とって(・・・)桜田はその一人であった。


(友達かぁ……考えたこともなかったな)


 景とは小学校からずっと一緒のクラスだった。家が近かったからかそれなりに交流もあったし、友達の中でも親しいほうだったのではないかと自分では思っている。向こうがどう思っていたのかは知らないが。よくケンカもしたけど、悩み事を聞いてもらうこともあれば、その逆もあった。

 とりあえず、思いつくことをメールに打ち込んでみる。辞書で調べたものよりは、自分自身がどう思うかを書いた方がいいだろう。


「紅葉、食べないの?」


 一階から母親の声がする。紅葉は「いまいく~」と返事をして、残りの文章を打ち込む。少しでも景の助けになればと思いながら。

自分のことを、景はどう思っているのかなと、そんなことを考えながら。






    *






――――――――――――――――――――――――――――――――――――

東山紅葉

宛先:桜田景 詳細…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

↳件名なし

20XX年4月△日 XX:XY

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

普通に心を許せて、一緒にいたり話したりしたら落ち着いて、それほど気を遣わなくてもいい相手かな。対等な関係である程度交流があるってことも条件かも。今じゃ友達の半分以上が県外行きだから、そういう人への連絡はメールとかLINEとかでしかできないけどね。突然どうしたのさ。


P.S.

景はどう思うの?私と同じこと考えていたなら、景にとって私は友達だね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 返事はすぐに返ってきた。紅葉とは何度かメールのやり取りをしたことがあったが、ケータイを置いて別の場所にいる時を除いて、大抵こちらが送信してから数分で返事が返ってくる。送受信のタイムラグも含めて二分である。紅葉の早打ちと頭の回転の速さに景は思わず舌を巻いた。


(にしても、メールやLINEでしか繋がっていない奴も“友達”か。あいつらしいな)


 自分にはない強さと心の広さを持った奴だと景は思う。だからこそ皆に好かれ、同調するのが上手かったのだろう。『突然どうしたのさ』などと尋ねてくるあたり、紅葉の気遣いが感じられる。


(僕はどう思う、か)


 他人に頼りっぱなしというのもよくないが、景はこのことに関して考えたことはない。他人の意見は参考として聞いて、それでおしまい。自分の意見を求められたときは、大抵お茶を濁してきた。その付けが今になって返ってきたというのか。


『私と同じこと考えていたなら、桜田にとって私の友達だね。』


 同じことを考えている、とはっきりとは言えない。自分の意見を持てない以前に、自分が何をどう思っているのかも曖昧になってきている。考えていなければ、友達ではないということだろうか。


(僕は辞書的意味に囚われすぎているのだろうか?)


 景は改めて考えてみる。それまで自分が友達と言ってきた人は、どんな人だったか。


『やっぱりLINEじゃなくて、Face to face で話すほうがいいね』

『俺もそう思う』


 こんな会話ができる奴だろうか。LINE上の会話でも、こいつは信用できる。何故だかわからないが、そう思えた。うまく言葉にできないので、紅葉には『少し時間をください』とメールして、LINEの画面を開く。つい先ほどやり取りをしたため、その相手の名前はトーク欄の上の方にあった。紅葉にしたのと同じ質問を打ち込み、送信ボタンを押す。それからもう一つ、相手に鎌をかけてみる。






    *






『次は終点、河原(かわら)(ばし)。河原橋です。』


 機械で作られた低い男性の声が、閑散としたバスの中に響く。その声を聞いて、バイト帰りの川原(かわはら)道夫(みちお)は顔を上げた。道夫の家は市街地からは離れており、夜分に終点までこのバスに乗る者は少ない。バスが止まり、昇降口が開く。あらかじめ掌に掴んでおいた小銭を運賃箱に入れ、運転手に「ありがとうございました」と告げてバスを降りる。

 高校を卒業後、大学に通う傍ら学費を稼ぐために道夫は遅くまで働いている。時給がいいというわけではないが、道夫は今の職場が気に入っていた。わからない事を聞けば親切に教えてくれ、年齢に関係なく皆和気藹々(わきあいあい)としている。誰にでも溶け込める道夫にとって、その輪の中に入るのは造作もないことだった。

家に向かって歩く道夫のポケットの中のケータイがブーと唸る。慣れた手つきで起動すると、LINEにメッセージが入っていた。送り主は、桜田景。道夫(・・)に(・)とって(・・・)気の置けない友人の一人だ。LINEではあまり話さない、しかも自分から話しかけることの少ない景からのメッセージだった。


『友達って、どういうものだと思う?』


 何でもない質問だと思った。同時になぜこんな事を景が尋ねてくるのかと思った。景が質問をしてくるときは、大抵何かを隠している。今までも、そして、おそらく今回も。

 答えあぐねていると、続けざまに吹き出しが現れる。


『もう一つ。前に、「LINEじゃなくて、Face to faceで話す方がいいね」って僕が送ったとき、どんなこと考えた?参考までに。僕はメールとかLINEとかでする会話では伝わらないことが、顔合わせて話すときは伝わりそうだって思う』


 あいつにしては珍しいな、と思った。景はいつも他の人の意見を聞いてから、自分の意見を言っていた。今回は本当にどうしたのだろう?画面の向こうの景が、道夫の知っている景ではないのではないかと思えてくる。だが、同時に景が何か伝えたくて、大切なことを確かめたくて、このメッセージを送ったのではないかとも思った。もしそうなら、このメッセージに対しては真剣に答えなければならない。


(といっても、LINEじゃあ薄っぺらな回答になるけどね)


 画面の指を滑らせ、次々と文字を打ち込んでいく。目の前にない物事に対して疑心暗鬼な景に、自分の思いをありのまま伝えるため。






    *






『友達は~

一緒にいて楽しい奴らかな~

 気の置けない奴とか、

 一緒にバカできる奴とか。

 部活したり、勉強したり、飯食いに行ったり』


『もう一つのだけど、

ラインだけだと表面だけの関係って感じがするから。

な~な~というか……

言いたいことが上手く伝わらないや。

やっぱり、会って話したいね。

GWは帰ってくる?』


 返ってきたメッセージを見て、道夫らしいなと景は思った。如何にも楽観的な文章だった。文章なのでそのまま飲み込んでいいものかどうか疑わしいが、道夫ならそんな心配は無用だ。こういうことに関して、道夫は何時でも真剣だった。

(GWか……どうせ実家にも帰るし、会ってみようかな)


『ありがとう

 一応実家には帰るよ。

 その時にでも会おう』


 それは偽りのない、今の気持ちだった。いつもは自分の感情が本当かどうか分からない景にも、確信をもってそう思えた。


(伝えないと。紅葉にも、道夫にも)






    *






――――――――――――――――――――――――――――――――――――

桜田景

宛先:東山紅葉 詳細…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

件名なし

20XX年5月×日 XX:XX

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この前はありがとう。

明日実家に帰る。道夫も呼んで、久々に話がしたいな。

場所は駅の近くの喫茶パンドラでどうだろう?

時間は明日の午後2時。時間大丈夫だったら連絡ください。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 メールをチェックしていると、こんなメールが届いていた。景からこんな誘いがあったのは初めてだった。文化祭の打ち上げにも参加しなかった景が、こんなことを企画するなんて、少し意外だった。

 どちらにせよ、明日は一日暇だ。断る理由はない。親友の道夫も来るというならば尚更だ。紅葉は迷わず肯定の意をメールに打ち込んだ。






    *






同様のメッセージを、道夫も受け取っていた。


『明日帰る。

 午後2時に、駅の近くの喫茶パンドラに来れる?

 話がしたい。

 紅葉も誘ってある。』


「あいつ、考えたな」


 道夫は少し感心していた。今まで受け身だった景が、自分から会話する機会を作って持ちかけている。親友の紅葉も誘っているということは、景だけでなく紅葉にも会える。

望んでいた相手と話ができる。それも、ケータイではなく顔を合わせて。明日は丁度バイトも休みだったはずだ。

 道夫はケータイの画面に指を滑らせる。回答はもちろん、Yesだ。






    *






そして、約束の日。喫茶パンドラは駅の近くの裏路地にある隠れた名店だ。ガイドブックには載っているが、なかなか見つけることができないことで有名だった。高校生の時にこの店によく通っていた景は、三人分の席を予約して三十分前から待っていた。


「珍しいですね。景君がお客さんを連れてくるなんて」


 顔なじみの店員がカップを拭きながら話しかけてくる。景はいつも一人で来ていたからだろう。


「ああ。初めてだよ。高校の時に仲良かった二人でね」

「雨でも降りますかね」


 店員の冗談に、景は「面白くないよ」と言って笑う。

ケータイをいじりながら待っていると、カランカランと音を立てて入口の扉が開く。


「よう」

「久しぶり~」

 時間五分前にやってきた二人を、景は笑顔で出迎える。店員を呼んで、「ケーキセット三つね」と頼む。


「飲み物はどうされますか?」

「私、アールグレイをお願いします。」

「俺はコーヒー。ブラックで」

「僕はカフェオレをお願い」


 紅葉、道夫、景の順で飲み物を頼むと、店員は注文を復唱してカウンターに戻っていった。珍しいですね、とでも言いたそうな顔だった。いつもここへ来るときはミルクセーキやココアを頼んでいたため、カフェオレを頼むのは初めてだ。


「景がこんなとこ来てただなんて知らなかったな」

「そうだよな。教えてくれたら俺誘ったのに」


 少々はぶてた感じを装う二人を、景は「まあまあ」と窘める。


「一応穴場だからさ。高校の時はあんまり大勢で来るとか気乗りしなかったし」

「三人は大勢に入らないでしょ」

「まあ……」


 紅葉と道夫の視線が痛い。答えたことも嘘ではないが、高校生の景がこの喫茶に一人で来ていたのにはもう一つ訳があった。


「単純に、誰かを誘う勇気がなかったんだよ。喫茶店来て、何喋っていいかもわからなかったしさ」

「今回は?」


 間髪入れずに紅葉が問い詰める。景は真面目な顔をして答えた。


「メールの通りさ。単純に話したいから呼んだ。道夫に前にLINEで言ったけどさ。LINEとかメールとかでする会話って、こうして会って話すのと比べて薄っぺらに感じるから、どうせなら会って話がしたかった」

「ふーん。景にもそういうとこあるんだ」


 にやりと笑う紅葉に、景は「まあ」と返して苦笑する。


「んで、話したいことってなんだ?」


 道夫が尋ねた。景は待っていましたとばかりに答える。


「正直、寂しかったんだ。下宿って一人だろ?家に帰ると誰もいないって、結構堪えたんだよな」


 紅葉と道夫はぽかんとしていた。景の口からからこんな言葉が飛び出すとは思っていなかった。


「あんた、まさかこんな愚痴聞かせるためだけに呼んだわけじゃないよね?」

「本題は?」


 納得がいかないという顔で、二人は答えを促す。


「僕らって、友達?」

「はぁ??」


 素っ頓狂な紅葉と道夫の声がきれいに重なった。そこで店の店員が三人分のケーキと飲み物を運んできた。ケーキは三人ともティラミスだった。景は助け舟が来たかのように顔を輝かせ、「ありがとう」と言って受け取る。店員は「それではごゆっくり」と、何食わぬ顔でカウンターへと戻っていく。顔がにやけていたような気がしたが、気にしない。

 気まずさを紛らわそうと、カフェオレを口に含む。熱くて苦かった。思わず顔をしかめて声に出してしまう。見栄を張るんじゃなかったと少し後悔した。


「慣れないもの頼むからよ」


景の甘い物好きを知っていた紅葉は見透かしたように言った。道夫は笑いをこらえるのに必死だった。景はコホンと咳払いを一つして、言う。


「んで、さっきの質問だけど」

「何当たり前のこと言ってんの」

「俺ら、ずっと友達じゃん」

「離れてても?ケータイでしか繋がってなくても?」

「言うまでもないね」


 また二人の声がきれいに重なった。この二人なら夫婦漫才でもやっていけるのではないかと思うほどきれいな重なりようだった。

 景はほっと息を吐いた。溜息というには、あまりにも短い息だった。


「景、まさか向こうで友達できてないとか言わないよね?」


 紅葉の問いに、景は少し困った顔をした。


「よくわかんなくて。LINEの友達登録はしたけど、それ以外で付き合いはほぼ無いしさ。本当に友達なのか考えてたら、わけわかんなくなって」

「それであんなメッセージ送ってきたわけか」

「うん。やっぱり、うわべだけの友達よりも、こうして真正面から向き合える友達のほうがいいなって思うから」


 景はカフェオレを口に含む。やはり苦いが、慣れてしまえばどうということはない。少し冷めたくらいの温度がちょうどよかった。


「高校二年の講演会でさ、『親友がいるっていう人、手を上げてください』って言われて、僕は手を上げたんだ。でも、親友だとその時思ってた奴が手を上げてなくて。それで、少し不安になったんだ。僕が友達って思ってても、向こうは僕の事友達って思ってないんじゃないかって」

「考えすぎだって」


 道夫はケーキをフォークですくいながらさらっと言った。


「友達の定義とか価値観なんて、人それぞれだし。定義とか価値観が合わないからって友達でいちゃいけないなんて法はないしね」


 ケーキを口に放り込み、「これはいける」と道夫は笑う。


「大体さ。友達なんて、どこでもできるものよ。母さんが言ってたけど、高校の時の友達よりも、大学でできた友達の方が付き合い長いって」


 紅葉は紅茶のカップを持ったまま言った。一口飲んでカップを置く。


「で、景はどうなの?メールの答えを聞いてないけど」

「そうだな。友達の考え方については、景は何も言ってなかったからな」


 紅葉と道夫は再び景に尋ねる。景は少し考え込んだ。元々ここで答えを出すために二人を呼んだのだ。そして、とても長い、一つと言っていいのかわからないくらいまとまりのない答えがはじき出される。


「こんな風に、腹割って話し合えて、一緒にお茶できて、一緒にいて落ち着く人かな」

「それじゃあ、私の答えをまとめただけじゃん」

「重なるのは仕方ないけどさ、景の言葉で聞きたいかな~」


 やはりダメ出しを食らった。言葉ってのは難しいなと景は思った。一呼吸おいて、二人を真っ直ぐ見つめて言った。


「離れていて寂しいって思えたり、傍にいるだけで孤立してると感じさせなかったり。要は、家族以外で僕が大切な人だと思えたら、その人が僕の友達なんじゃないかな」


 言い終えた途端、恥ずかしさがこみ上げてきた。鏡を見なくても自分が真っ赤な顔をしているのがわかるほどに火照っていた。紅葉が景を見て「かわいい~」なんて言っている。道夫がケータイで僕の写真を撮ろうとしている。「やめろよ」なんて反論してみるけど、やはり景にとってこの二人は大切な人なのだ。今は素直にそう思えた。






    *






 それからしばらく、お互いの新しい生活について話し合った。気付いたときには、すでに午後五時を回っていた。


「今日はありがとう」

「いいってことよ」

「また機会があったら、集まろうよ」


 喫茶パンドラを出て、景は笑顔で紅葉と道夫と別れた。名残惜しくはあったが、大切なことが確認できたからいいや、と割り切った。

 桜田景という人間はこの世でたった一人だ。だが、ひとりぼっちじゃない。何処かで、景を必要としている人がいる。景の無事を祈っている人がいる。傍にいても、離れていても。見えないところで、繋がっている。

 ポケットからケータイを引っ張り出し、使いすぎて打ち慣れた番号を叩く。この電話の向こうにも、景のことを誰より心配してくれる人がいる。景はその優しさや気遣いを素直に受け入れられずに、反抗心ばかり燃やしていた。でも、そのありがたみはやはり失った時にこそ痛感する。今なら、素直になれる気がする。


「もしもし。今終わったから。うん、みんな元気そうだった。今から帰るね。じゃあ」




あなたが誰かの手を握って

冷たいと感じても

暖かいと感じても

それはそこに誰かがいる証

――We Are Not Alone.――


 長かった。まさか五桁越えするとは思いませんでした。

 書いていると止まらないものですね。一人暮らしを始めて自分が思ったことを書いていったら、ここまで長くなるとは。もちろん、私の生活をそのまま書いたわけではありません。実際に書いたのは丁度11ヶ月ほど前のことでした。

 メールやLINEのやり取りは、私の友人に似たようなものを送って参考にさせていただきました。忙しい中協力してくださった皆さん、ありがとうございました。


 誤字脱字やミス、アドバイス等あれば、ご指摘いただけるとありがたいです。感想の方もありましたら、何らかの形で伝えていただけると嬉しいです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。それでは、またの機会にお会いしましょう。


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