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SHOT.5 鳴上刑事

 風を切る感覚に、ヒムロは我知らず笑みを浮かべた。だがそれは次の瞬間、すぐに引き攣って青ざめたものになる。

「いいいいイカルガあっ!? そっち足場無い、ちょっとおおおおおっ!?」

 ヒムロはイカルガの背に乗っており、イカルガは両腕でヒムロの足を固定してビルの上を走っていた。ヒムロは白いビニール袋を抱えており、更に速度を上げるイカルガの背にスキルでしがみついている。

「平気っ! スキルの力を信じてよヒムロ!」

 イカルガは強く屋上を蹴る。瞬間、ぐんっ、と二人の速度が上がり、その体が空中に浮かび上がる。二人の眼下には、夜闇に沈む裏路地と、その闇の中で煌々と光る金属工場が広がっていた。

「ヒムロ、衝撃吸収して!」

「へっ!? え、えーと、」

 着地地点は、アジトの前の道路である。高低差は約二十メートル、瞬く間にひび割れたアスファルトが近付いてくる。

「――――っ、拒絶、えっと、着地の衝撃を、拒絶するっ!」

 ヒムロが叫び―――二人は地面に激突する寸前、その速度が死んで一瞬空に浮き上がった。それから改めて、ゆっくりと着地する。

「凄い凄い。上手じゃん」

「年下に褒められてもな……もし失敗したらどうするつもりだったんだ」

「さあ? 考えてなかったや」

 イカルガはヒムロを降ろし、朗らかに笑う。ヒムロは呆れたように息を吐いた。

「ま、買い出しも無事に終えたし、後は――――?」

 ホテル前に人影を見付け、イカルガが足を止めてヒムロの前に手を突き出した。ヒムロは首を傾げ、それから人影に気付いて息を飲む。シルエットで見る限り、背はそれなりに高く、肩幅もある。男だろう。中を伺うようにドアの隙間に顔を近づけていた。ヒムロとイカルガは近場のゴミ箱の陰に隠れ、様子を伺う。

「侵入者とかかな」

 声を潜め、イカルガはヒムロに耳打ちした。人影はドアに手を掛け、それから思い直したように手を離して頭を掻いている。

「……ヒムロ、捕まえられる?」

「どうだろうか……まだ俺吹っ飛ばすか殺すかしか出来ない……」

 ヒムロは人影に近付こうと腰を浮かせる。瞬間、不意に人影がヒムロ達を振り返った。

「!」

「ああやっぱり。誰だい?」

 人影が言う。柔らかで気負いのない、若い男の声音であった。ヒムロはゴミ箱の陰に戻り、袋を抱えてイカルガに視線を戻す。

「……どうしよう」

「どうしようったって……僕が、飛んで逃げようか。乗る?」

「でも顔を見られたかも、それに、スキルは知らない奴の前で使っちゃ駄目だって」

 近付いてくる足音に、イカルガがヒムロの服を掴む。ヒムロは意を決したように表情を引き締め、ポケットからナイフを取り出した。

「大丈夫、脅すだけ、脅すだけ……」

 いざとなればスキルで対抗する。だが、スキルの存在自体を知らない可能性のある相手には、それは基本的に禁じられていた。

 ゴミ箱の向こう側に、相手の影が見える。暗い夜の道で相手の顔は見えない。ヒムロは意を決し、相手が全身を現すと同時に、ナイフの先端を向けて睨みつけた。

「っ!?」

 ほぼ同時に、相手も何かをヒムロに突き付ける。黒く、中心に穴の開いた――――

「うわあああああっ!?」

 それが銃口であると察した瞬間、ヒムロは声を上げてナイフを引いていた。

「あ、ああごめん、子供だったか……脅かしちゃったかな」

「……っ!」

 ヒムロの陰に隠れていたイカルガが飛び出し、ゴミ箱の縁に手を掛けて体を捻った。スキルによって強化された脚力で、イカルガの小柄な体は回転するように空中に浮かび上がる。そしてその爪先が、人影の顎付近を蹴り抜いた。

「ひっ、ヒムロに手を出すなっ!」

 震える声でイカルガが怒鳴る。人影は仰向けに道路に倒れ、銃が地面を滑っていく音がした。

「……へっ?」

 きょとんとしてイカルガは人影―――青年を見下ろす。それから顔の横にまわり、指先で恐る恐る顔を突いた。

「……気絶してる?」

「嘘だろ」

 ヒムロもイカルガに駆け寄って青年の肩を軽く蹴るが、青年はやはり仰向けに倒れたまま動かない。ヒムロとイカルガは顔を見合わせ、目を瞬かせた。



 二階の『会ギ室』には、三人のリーダーと二人の参謀、そしてイカルガとヒムロが揃っていた。三つ並んだソファにはリーダーが、その向かいのソファには参謀が座り、イカルガとヒムロはローテーブルの横で姿勢を正して、誰かの言葉を待つ。

「……とんでもない拾いものだな」

 低い声で言ったのは、眼鏡を指先で押さえたゼロであった。イカルガがびくりとして肩を竦め、ヒムロも俯く。

「でもさーあ、覗いてたんだろ? お手柄じゃねえか」

 ゼロの左肩を叩き、アクシスが言う。ゼロは鬱陶しげにその手を払った。

「スキルを使わなかった……最低限度に留めたことは褒めてやる。だがあの男は俺達のアジトを知っていて、かつ目的が分からなかった。軽率に敵に回す行動は感心しない」

「あーいかわらずゼロは厳しいにゃあ。私は二人の行動は良いことだったと思うけど? ゼロとアクシスが見て見覚えない人なら、やられてもしゃーないってー」

 靴を脱いで裸足の爪先を握り、体を揺らしながらシランが言う。サクサはその隣で腕を組み、目を瞑ったまま黙っていた。メイスは立ち上がってイカルガとヒムロの前に移動し、よしよし、と二人の頭を撫でる。

「ゼロちゃん、怖い顔しないの。大きな心を持つのも、リーダーに大切なことよ?」

「ちっ……それで、何か個人情報は?」

「あ、はい! えっと……」

 イカルガは懐から免許証を取り出し、困った顔になる。

「ああお前、まだ読めなかったか……どれ、見せてみろ」

 ゼロが手を出し、イカルガは免許証をゼロに手渡す。

「ええと……ナルカミ? 鳴上か。名前は……シュウスケ、でいいのか?」

「鳴上緝助?」

 サクサが顔を上げた。ゼロは頷き、微妙な表情になる。

「なあサクサ……これは、あのナルカミなのか?」

 ゼロの言葉に、ヒムロが怪訝そうな顔でサクサを見遣る。サクサは短く息を吐いた。

「……世話になってる刑事だ。そうか、お前らも顔は知らなかったからな……」

「刑事に世話になってるのか? ギャングなのに?」

 ヒムロが唇を曲げ、ゼロが露骨に溜息を吐いた。サクサは頷いて続ける。

「一応ギャングなんだが、それだけでは正直食っていけないんだ。行方不明者の捜索だの麻薬取引の摘発だので若干警察に稼がせてもらっている」

「……へえ」

「……まあ、本来このことは幹部のみの秘密なんだが。警察の側もギャングに力を借りていることがばれると厄介だから」

 サクサは頬杖をついて溜息を吐いた。

「イカルガ、ヒムロ。このことを、秘密にできるか?」

「へっ?」

「できるよなあ、お前らならさ」

 アクシスが鋭く二人に視線を向けた。イカルガはびくりとして、ヒムロの服を掴む。

「……何で、秘密にしなきゃなんだよ? 別に、犯罪をしてるわけでもなし、」

「俺達はギャングだ。他のギャング……例えば子狐団みたいに、縄張り(シマ)を持ってその中で金を巻き上げてるとか、麻薬の運び人になったりだとか、そういう分かりやすい犯罪はしていないが、警察がその気になればいくらでも捕まえようがある。それに……」

 ゼロはそこまで言い、言葉を切って俯く。イカルガが首を捻ると、シランが体を揺らしながらその後を引き継いだ。

「私達スキル保持者は、社会に存在がばれたらやばいんだよねー、だからケーサツも専用の部署を作っててー……サイアク、研究所行き、だっけ?」

 アクシスが膝の上で拳を握る。サクサが軽く諌めるような視線をシランに送った。シランは視線を逸らして誤魔化すように口笛を吹く。

「そう言う訳だ。警察を利用はするし、利用もされてやる。だが慣れ合うつもりはない」

「……サクサさん」

 メイスが僅かに困ったような表情でサクサを見遣り、「悪い」とサクサは言葉を切って立ち上がる。

「そう言う訳だ、今の話は秘密にしろ。でないとアザレア団の存続そのものが危うくなる。警察との繋がりが他のギャングにばれれば制裁もある」

「……分かった……」

 ヒムロは俯き、ドアを指差されて小さく礼をして出て行った。イカルガはヒムロの服を握ったまま、小走りでその後に続く。

「……さて、大丈夫か、二人とも」

 サクサはゼロとアクシスの前にしゃがみ、二人を見上げた。

「……シランてめぇ」

「にゃはは。ごめんねー古傷抉り倒したかにゃー?」

「ワザとだろ」

「だったら、どうなのさ?」

 顎を膝と膝の間に入れ、にいい、とシランは笑った。アクシスが勢いよく立ち上がり、ゼロが慌ててそれを止める。

「アクシス、落ち着け」

「落ち着いてるさ、俺はいつだって冷静だ」

「瞳孔開いてるわよ、あっくん。抑えて」

「じゃあ先にそこのクソ女を黙らせやがれ!」

 アクシスがシランを指差し、その腕が急速に膨れあがる。皮膚が内側からの圧力に耐え切れずに裂け、血が滲んだ。

「にゃは。久し振りにやるかいアラシちゃん!」

 シランが椅子の上で立ち上がり、アクシスを挑発するように突き出した左手の掌を上にして指を数度曲げる。その指先から水の雫が生じ、それはシランの掌の上、空中に集まって渦巻く球となった。

「筋肉バカの頭冷やしてやるよー?」

「黙れ性悪!」

 アクシスがローテーブルを踏み付け、ゼロとメイスがその体にしがみつく。だがアクシスはそれをものともせずシランに飛びかかった。

「っ……サクサ、止めてくれ!」

 振り落されてソファに落下し、ゼロがサクサを振り返る。サクサは腕を組んでその様子を見、深く一度、溜息を吐いた。

「今のはシランが悪い」

「後押しするなよっ!?」

 ゼロが悲鳴じみた声を上げた直後、アクシスに胸倉を掴まれたシランが宙を舞った。だが壁にぶつかる寸前、シランのスキルによって生成された水がその体を受け止める。

「物を壊したら流石に怒られるから、外に行こうか?」

「上等だ!」

 シランが窓を開いて飛び出し、アクシスがすぐにその後を追う。

「……あー……」

 メイスは額に手を当てて二人が落下してゆくのを見、深く息を吐いた。

「仕方ないわね。サクサさん、止めてくれてもいいのに」

「シランはアクシスには勝てない。良い薬だ。悪いが後は任せた、鳴上に会ってくる」

 サクサはひらひらと手を振って会議室を出て行く。ゼロはひっくり返ったソファを元に戻しながら、深く溜息を吐いた。



 件の青年、鳴上緝助は、ホテルの三階の鍵のついた部屋に入れられていた。両手は手首をビニールの紐で縛られ、身分証や財布、携帯電話、いざという時の為に携帯していた拳銃も全てなくなっていた。

 ベッドに座り、緝助は深い溜息を吐く。ドアがノックされ、革靴の足音と共にサクサが入ってきた。

「……朔波さん、酷いですよ」

「……サクナミと呼ばないでもらえるか。俺はサクサだ」

 サクサは顔を顰め、入り口近くの椅子に座る。

「メールで呼び出しておいてこれはないですよぉ……」

 緝助は泣きそうな顔になった。サクサは片足を椅子に乗せて頬杖をつく。

「それは悪かった。メールや電話で内容を話すと、誰かに聞かれたりハッキングされたりする恐れがあるからな。だからといって俺が街に出ても、面が割れてる」

「……また人探しですかぁ?」

「いいや」

 サクサはポケットから出した棒付キャンディを咥え、懐から数枚の紙を出して緝助に見せた。緝助は目を細めてそれを見る。

「……さ……左弦薫? 誰です?」

「国立科学研究所、第三支部の研究員だ」

「第三支部って、確か表向きは遺伝子研究ですけど、スキル研究が専門ですよね?」

「ああ。国立だから、あの三人が世話になったとこほどは非人道的じゃないだろうが、そいつはやばい」

「また、人体実験でも?」

「……確証はない。だが……そう思う」

「刑事の勘、てやつですか」

 緝助が笑い、サクサは顔を顰めてキャンディを噛み砕いた。

「その言い方は止めてくれ。俺はもう刑事じゃない……とにかく、こいつについて調べて欲しい」

「……分かりました」

 サクサは緝助に近付き、手の縄を切った。緝助は安堵の息を吐いて手首をさする。

「……やっぱり残念だなあ、敏腕刑事が、今はギャングだなんて」

 哀しげな笑みを零した緝助に、サクサは腰に手を当てて顔を近付ける。

「あのな鳴上。俺は別に警察が嫌になって刑事をやめたんじゃねえし、ギャングの仕事を肯定してるわけじゃねえ。でも俺達は必要なんだよ、社会に」

「……必要悪だとでも?」

「こういう馬鹿どもにしか守れねえ仁義ってやつがあるんだよ、残念ながら」

 肩を竦めたサクサに、緝助は溜息を漏らす。

「……まあ、いい加減諦めもつきましたけどね。僕のせいでもあるんですし」

 緝助は立ち上がり、机の上に乗せられていた所持品をポケットに突っ込んだ。最後に拳銃を腰のホルスターに入れてジャケットでそれを隠す。

「少しだけ送っていこうか」

「良いんですか? 念の為お願いしたいですけど……」

「誰かに見られるといけないから、十メートル程度離れてな」

「それ送ってるって言わないんじゃ……」

 困ったように笑って、緝助はドアを開いた。



 アクシスの部屋のドアが半開きになっているのに気づき、シランはその隙間から中を覗いた。既に時刻は夜中、アクシスはベッドに入っている。

「……あいつが言ってた事がほんとなら……」

 シランはするりと部屋の中に体を滑り込ませた。心臓が嫌に高鳴り、口の中が乾いてくる。足音を立てないように慎重にアクシスに近付くと、アクシスがおもむろに寝返りを打った。シランはびくりとして体を硬直させる。

「っ……起きてない、よね」

 シランはそして、唇を舐め、瞳に怪しい光を宿らせた。

「アクシス……『嵐君』」

 シランはベッドに片手を付くと、横向きになっているアクシスの耳元で囁いた。

「……『さあ、実験の時間だ』」

 シランは言い、ぎゅっ、とシーツを握る。アクシスは眉宇を顰めて目を擦った。完全に目が覚めてしまう前に、ともう一度シランは口を寄せる。

「『君は悪い子だね』」

「っ……は、あっ!」

「っ!?」

 寝息が突然に乱れ、アクシスは胸元を掴んで呻いた。シランは目を丸くして、弾かれたようにアクシスから離れる。

「あ、うああああっ! あああああああああああああっ!」

 アクシスは頭を掴んで絶叫する。すぐに隣の部屋で人が動く気配がし、廊下を足音が走ってくる。シランは息を飲み、慌てて窓に駆け寄ってその外に飛び出した。

「アクシス!」

 シランが姿を消した直後、ゼロが部屋に飛び込んでくる。

「アクシス、どうした、大丈夫……っ!」

 アクシスの、包帯を巻かれた右腕が膨らんでいた。ゼロはアクシスに駆け寄り、肩を掴んで自分の方を向かせる。

「アクシス! 大丈夫か、スキルが出てる、抑えろ、このままじゃ暴走する!」

「は、はっ……れ、れい、兄?」

「ああ、そうだ、俺だ。すぐにメイスも来る、だから大丈夫、」

 アクシスは荒い呼吸のまま、苦しそうな顔になる。ゼロは、不規則なその呼吸に顔色を変えた。スキルで形が変形しているアクシスの右腕を掴み、その頭を抱え込む。

「過呼吸か? 今袋を、」

 離れようとしたゼロの服を掴み、アクシスは首を横に振る。ゼロは困ったようにアクシスの背をさすりながら、周囲を見回した。

 間も無く、サクサとメイスが部屋に入ってきた。メイスは手に小さな紙袋を持っており、それをアクシスの口に押し当てる。

「アクシス、大丈夫だ、ゆっくり息を吸って」

 サクサはアクシスの前に指を立て、ゆっくりと自分も息を吸って見せた。アクシスはそれに倣って息を吸う。

「それから、ゆっくりと、吐いて」

「……ふー……」

「そう。さあもう一回だ」

 サクサは繰り返し、自分の真似をさせてアクシスの呼吸を落ち着ける。しばらくしてアクシスは口から袋を外し、深い息を吐いて俯いた。

「……ごめん……」

「何でお前が謝るんだ。PTSDはお前の責任じゃない」

「でも……れい兄もめぐ姉も、サク兄も……俺みたいにならないじゃねえか」

「気に病むなって。そういうもんなんだよ。大丈夫、大丈夫」

 サクサはアクシスを軽く抱き寄せ、それから背中を叩いた。ゼロは、吹き込んできた風に顔を顰めて窓を振り返る。

「……アクシス」

「あ?」

「……蒸し返すようで悪いが、何と言われて目が醒めた?」

「……ん……『実験の時間だ』、て……それと……そっちは言いたくない」

「そうか」

 ゼロは立ち上がり、窓に近付いて窓枠に指を這わせる。ざらりとした砂の感触があった。それを指先で数度確かめ、ゼロは振り返る。

「……誰かが居た」

「あっくんの過去を知っている人が?」

 メイスは水を含ませたハンカチでアクシスの額を拭いた。ゼロは頷き、窓を閉める。

「俺達の過去を知っているのは、俺達四人と、シラン、エイド……あとはヤマトとか、初期から居るメンバーくらいか。仲間を疑いたくないが」

「外部の可能性もある」

 サクサはアクシスの頭を撫でながらゼロを見遣った。

「先日会った、サゲン、という男が、何か知っている風だった」

「……成程、侵入者か……」

「とにかく、今日は俺がアクシスの部屋に居る。お前らも、不安だったら一緒に居よう」

 サクサが言って、メイスは頷いて出て行き、毛布を持って戻ってきた。ゼロは「平気だ」と自室に戻る。

 大分落ち着いたらしいアクシスに布団を掛け、サクサは寝転がって天井を睨みつけた。

(外部……と言っても、わざわざここに侵入するリスクを冒すとは考え難い……だがこいつらが仲間を疑い出したらアザレア団は崩壊する、しばらくは様子を見るか……)

 サクサは、時折思い出したように震えるアクシスの肩を撫で、息を吐いた。



 『会ギ室』のソファに座り、シランは体を揺らしていた。ローテーブルにはオセロ盤が置かれ、向かいには、白衣を羽織った青年が座っている。

「……やれやれ、シランさんは強いなあ」

「……嘘つき」

 ぽつりとシランは呟き、青年、左弦薫を睨みつけた。薫は笑い、石を置いて盤面を白く染めて行く。

「僕は、嘘なんか吐いた覚えはないけどなあ。君はアクシスに一泡噴かせたい。僕はその様子を観察したい。それだけ。ウィンウィンじゃない?」

「だから、アクシスのトラウマほじくり返すなんて聞いてねぇんだっつってんだ」

 シランの声音が変わり、薫の笑みから色が消えた。形だけは笑顔を保ったままで、薫は言葉を続ける。

「でもさ。結果としてアクシスは今無力化できたし、こうしてアザレア団の本拠地に入ることができたから僕としては満足なんだよね」

「私はあんたの為にやったんじゃねぇ」

「アクシスをライバル視してるのに、中途半端だねえ君は」

 薫の石を黒くしていく手を止め、シランは薫を睨み付ける。

「君達アザレア団には向上心と言うものが欠けているよ。スキルというのは使えば世界を引っ繰り返すことだって出来るんだ。それを放棄して仲良しごっこ気取って」

「………………」

「まあ言っちゃうとさーあ、その力が欲しいんだよね。だからシランさん、身の安全くらいは保障してやるから僕に付かない? リーダーに一泡どころか、血反吐吐かせてやろうよ。すかっとするよ? きっと」

 薫はまた一つ石を置き、次々と盤面を白に染めていった。シランは石を握る。

「裏切れってこと?」

「ま、そうだね。でもギャングなんて裏切って裏切られてが日常茶飯事でしょ。このままいつ捕まるか分からない犯罪者集団やってないで、安全な道を選んだら?」

 薫はそして、シランに手を差し出した。シランは石を置いて盤面を黒く染める。薫は、手を差し出したまま間髪入れずに白い石を置いた。盤面は八割が黒く、薫の劣勢は明らかである。

「……ふーん」

 シランはしばしその手を見詰め、膝に唇を当てた。

「聡明な君なら分かると思うけど。外部の僕をここに引き入れている時点で君の立場は危うい。僕は君がどうなろうと知ったこっちゃないけれど、君は仲間からの信頼を失おうとしている。分かるかい? 分かるよね?」

「つまり、私の失態を黙っていてやるから自分に付け。そう言う事?」

「そうだね」

 ぱちりと音を立てて石が置かれる。また、盤面が白く染まっていった。

「次は私のターン」

「おっと、こりゃ失礼」

 シランはまたしばらく黙って盤面を睨みつけていた。そして石を一つ取ると、半分ほどが白く染まった盤面に叩きつける。

「アザレア団舐めるなよ」

 一瞬石が浮き上がり、それからばらばらと盤面に落下した。

「私は裏切ったりしない。あんたの言葉を信じる奴なんか居ない」

 シランはそして部屋を出て行き、乱暴にドアを閉める。薫は頬杖をつき、苦笑してそれを見送った。

「……さて、見つかる前に逃げないとな……」

 ばさりと白衣を翻らせて立ち上がり、薫は口元を笑みの形に保ったまま、石が乱雑に散らばったままのオセロ盤を見下ろした。

「……まあ、簡単に砕ける一枚岩じゃないことは知っているさ……だが楔は入った」

 薫は笑みを消し、部屋のドアを開けた。

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