SHOT.4 リーダー『ZERO』
アザレア団のアジトの三階には、情報班の本部がある。壁をぶち抜いて二部屋を繋げた一部屋に、旧式の無線やパソコンの他、各種雑誌や新聞などが常備されていた。
そして、部屋の主である情報班の班長、エイドは、その中心でキャスター付きの椅子に座ってジュースを啜っていた。髪は青みがかった銀の長髪で、それを輪ゴムで束ねている。前髪の間から覗く双眸は金色であった。
「ほんでー? 新人くんの次は誰のデータだよ?」
「確信は無いが、国立科学研究所、第三支部で」
「んー」
エイドは椅子の上に両足を乗せ、膝を抱えるような格好でくるりと椅子を回転させてパソコンのキーを叩く。常に頭に装備しているヘッドセットはコードが何処にもつながっておらず、意味があるのか、と思いつつサクサは腕を組んで成果を待った。
「でたおー。ほんで、何に使うんよ」
「ちょっとな。……いた、こいつだ」
サクサは、並んでいる研究員名簿の一人を指差した。それは、先日の子狐団との小競り合いをお膳立てした青年、サゲンである。
「サゲンカオル……左弦薫か。……悪いなエイド、こいつのデータ、印刷しておいてくれないか」
「いいけど……俺、何か面倒なことに巻き込まれるんじゃねーだろーな」
「巻き込まれたくないなら、忘れてくれ」
「ぜってー忘れねえ」
ずごごっ、と、エイドのストローが音を立てる。エイドは空になったジュースのパックを潰し、部屋の隅のゴミ箱に投げ込んだ。
ゼロに呼ばれて、ヒムロは何事かと二階に向かった。
「おっ……お呼びでしょうか……」
「何だその堅苦しい口調は。いつものようにぞんざいに話す方がお前らしい」
ゼロの部屋に入ると、シンプルなアクシスの部屋とは対照的に、壁にはスーツのようなものが掛けられており、端が欠けた姿見の鏡が置いてあった。
「今日は俺がバイトの日だ。いつもは戦闘班のアヤメに頼むんだが、お前は見目が良いから練習も兼ねて、来い」
「練習?」
「戦闘班の仕事は、他の団員の護衛だ。ついでに下っ端の二人が買い出しに行くから、四人で出かけるぞ。お前が護衛だ」
ゼロに指差され、ヒムロは体を固くする。
ゼロと共に一階に降りると、既に他の二人は支度を整えていた。ヒムロは急いで、サクサから譲り受けた黒いコートを着て玄関に向かう。
「よーおヒムロ。出勤か?」
擦れ違いざま、からかうように言ったアクシスに、ヒムロはむっとした視線を向けた。
「リーダーの護衛だ」
「そうかそうか出勤だな。頑張れよー」
アクシスは着ていたツナギの上半身だけを脱ぎ、ロビーの端に居た団員達に声をかける。遊びの時間だろうか。ヒムロは羨ましそうにそちらを見遣った。
「ヒムロ! 速くしろ!」
鋭いゼロの声が飛ぶ。ヒムロは肩を竦め、慌てて踵を返した。
道すがら、ヒムロはイカルガや、同じく下っ端の少女ハツカゼと話しながら、時折様子を伺うようにゼロを見上げた。
「何、ヒムロはまーだリーダーが怖いの?」
イカルガに顔を覗き込まれ、ぎくりとしてヒムロは顔を逸らす。
「まさか。そりゃ、厳しいし多少ビビることはあるけど別に」
「つまり怖いんだー」
口に手を当て、ハツカゼがにししと笑う。
「う……うるっせぇな、五歳も年上なんだから」
「サクサは少なくとも俺達より年上だが?」
ゼロが会話に割り込み、ヒムロは大きく肩を竦める。
「サクサは……何か、違えじゃんかよ」
「あいつは甘えさせ上手だからな」
ゼロは眼鏡を押さえて苦笑する。
四人は霧深い裏路地を抜け、繁華街と政治地区の間、閑静な住宅街に向かう。程近い裏路地との間には川があり、煉瓦敷きの柔らかい道路と整備された植え込みは、対岸とはまるで別世界であった。住宅街の中ほどには交番があり、街灯にはもれなく監視カメラが設置されている。
「では、イカルガとハツカゼはいつもの店だな」
「うん、ありがとリーダー」
イカルガが笑って、ハツカゼの手を引いて別の方向へと向かって行く。ゼロはそれに手を振り、「こっちだ」とヒムロを見下ろして道の先を顎で示した。
「……なあ、ゼロのバイト先って……この、金持ち多そうな地区なのかよ?」
「まあな。だがここの連中は金持ちと言うほどじゃない。それなりに裕福だが会社員とその家族が殆どだ」
「ふーん?」
「本当に金がある奴は、もっと駅の近くか、もしくは地方にご立派な別荘を持ってテレビ電話で仕事をするのが普通だ」
ゼロが足を止めたのは、住宅街の片隅にひっそりとある喫茶店であった。
「従業員口から入るぞ。今日は日曜だから客が多いだろう」
「え、俺って護衛だよな?」
「『見目が良いから』と言っただろう」
ゼロは裏口から入り、ヒムロの腕を引いて店内に引っ張り込む。
「人手が足りないんだ。手伝え。話は通してあるから、厨房ならスキルを使っても構わない」
「え……えええええっ!?」
ゼロはお構いなしにヒムロを引っ張ってロッカー室に向かう。そこで手早くウエイターの服に着替えると、ヒムロにも白いシャツと黒いエプロンを差し出した。
「腕まくりをすればサイズは誤魔化せる。マスターがそろそろ来る、さっさと着替えろ」
ゼロはそして、忙しそうにさっさとロッカー室を出て行った。残されたヒムロは手に乗せられた制服とゼロが出て行ったドアを見、それから深い溜息を吐いた。
休日という事もあってか、客足は一向に途切れる気配が無かった。
「ゼロ超人かよ……」
店は基本的に、マスターとゼロの二人で回しているようで、マスターが軽食やコーヒーの準備をしている間、ゼロがフロア全てを取り仕切っていた。
小さな店と言えど客席の数は十前後、それぞれがバラバラに注文をして会計をしていく。だがゼロは、注文の受付からレジ、更にはサービスの水の注ぎ足しも欠かさずに店を回していた。
「本当に、ゼロには助かっているわ。あの子顔も良いし仕事も出来るから、常連さんにも人気だし。それ以外にも、口コミで来た客がリピーターになってくれたりね」
厨房で、マスターである女性がそう言って笑う。ヒムロはその隣で、許可されたスキルをフルに活用して皿洗いをしていた。
「それ終わったら、じゃあヒムロちゃん、これを三番テーブルのお客さんに」
「は、はいっ」
ヒムロは洗剤が飛ばないようにと注意しながら、料理の皿を受け取った。
フロアの三番テーブルに向かうと、見覚えのある青年が座っていた。髪にメッシュを入れた青年、子狐団のトオルである。
「げっ……」
ヒムロは顔を顰めるが、頬杖をついていたトオルはその声で振り返り、ヒムロを見て唇を曲げた。だがすぐに笑顔を取り繕って手を軽く振る。
「こっちこっち、店員さん」
「あ、はいっ!」
ヒムロは努めて盆を揺らさないように、そのテーブルに近付く。
「お、お待たせしました、苺のムースと、えと、」
「クラブハウスサンド、な。どうも。新人くん?」
「え……あ、はい……」
ヒムロはトオルから目を逸らし、ゼロに助けを求める。だがゼロは別のテーブルで女の集団に捕まっていた。既に昼時を過ぎ、客は引けてきている。ゼロは愛想笑いも浮かべずに対応していた。
「まあそう構えるなって。ちょっくら付き合ってよ、俺も暇なんだ」
「でも、仕事中……」
「お客と世間話してリピーター作るのも、バイトの仕事だぜ? ほら、笑顔、笑顔」
トオルは頬杖をついてサンドを齧る。ヒムロは盆を持って唇を曲げた。トオルは口角に指を当て、にーっ、と笑顔を作ってみせる。ヒムロはそれを真似して笑顔を作るが、微妙に引きつった笑顔にトオルは笑った。
「どーよ、あれからアクシスは」
「え? あ、まあ元気ですけど」
「なら良かった。サクサにリーダーの病院も紹介してもらったし、黒幕がサゲンならこれ以上いがみ合ってもしょうがないよな」
トオルの言葉に、ヒムロはほっとしたように息を吐いた。
サクサは自室に入り、ドアに鍵を掛けて机に向かった。簡易ベッドと小さいテーブルの他、組み立て式の机の上にはノートパソコンが置かれている。壁にはコルクボードが掛けられ、それに数多の写真が張り付けられていた。
サクサはパソコンを起動し、ベッドに座って膝の上にパソコンを乗せる。それから無線ルーターのスイッチを入れ、手早くパスワードを打ち込んだ。
「左弦薫……何が目的だ」
検索エンジンにその名前を打ち込み、メールボックスに移動する。
「……仕方ないな、そっちの伝手を使うか」
サクサは新規メールを作成し、送信ボタンを押す。それから深く溜息を吐いて、コルクボードの写真に視線を移した。
「……守ってみせるさ、今度こそ、絶対に」
サクサはパソコンに視線を戻し、キーを叩いた。次々とウィンドウが開かれ、アルファベットと数字の羅列が現れた。
ドアをノックする音に、サクサは顔を上げて返事をする。
「誰だ?」
「……俺だ」
「ゼロか」
サクサはパソコンを閉じて机に戻し、鍵を開けた。
「お帰り。今日はヒムロも連れて行ってたよな」
「ああ」
「それで? 何か相談事か?」
ゼロはベッドに腰掛け、テーブルに一つの封筒を乗せた。
「ん?」
「……バイト先で、女子大生に貰った」
ゼロは溜息を吐く。
「中身は?」
「……ラブレター」
ぶはっ、とサクサは椅子に座ったまま吹き出した。
「マジか。今時恋文とは古風な若者も居たモンだ」
「ラブレターを恋文と言うあんたもなかなか古風だな」
ゼロは手紙を取り出し、溜息を吐く。
「……あんたなら断り方知っていそうだと思って」
「何で断るんだよ。いいじゃねえか別に付き合ってみても」
「俺にはアザレア団リーダーとしての責任が、」
「責任責任言ってないで、青春しろよ」
サクサは苦い顔のゼロの隣に移動し、その肩を揉んでやる。
「大丈夫、お前は頑張ってる。いくらリーダーだって言っても、それくらいの自由あってもいいじゃないか」
サクサはゼロの肩を揉みながら、コルクボードの写真に視線を移した。
緊張した面持ちで、ヒムロは両腕を前に突き出して腰を落とす。
「行くぞー」
ヤマトはその正面、数メートル離れた場所に立ち、ペンキ玉を軽く握って振りかぶった。ヒムロは唇を噛んで集中を高める。
「――――おらっ!」
ヤマトの筋肉が盛り上がり、空を切る音と共にペンキ玉が投げられ――――発射される。ヒムロは思わず両目を瞑ってその場に蹲った。頭上を通過したペンキ玉が遠くで弾ける音がする。ヤマトは呆れたように息を吐いた。
「おいおい、そんなんじゃいつまで経ってもスキルは使いこなせねえぜ? ほら立て」
「む、無理だって! あんたの球滅茶苦茶はええんだもん!」
「そりゃあ俺の腕はスキルで強化できるからなあ。だから同じスキルで対抗して止めろ」
「でも全然スキルの種が違うじゃないか!」
「違くても使えば止められる。お前はスキルを全然使いこなせてねえよ勿体無い」
ヤマトはヒムロに近付き、肩を掴んで立ち上がらせる。そして壁際に居た面々を振り返り、赤みがかった黒い長髪の少女を手で呼んだ。
「アヤメだ。ヒムロ、ちょっとこいつと戦ってみろ」
「は? 女じゃねえか」
「女だからといってお前如きに負けると?」
近付いて来たアヤメは、ヒムロを見下ろして腕を組んだ。ヒムロはむっとする。
「アヤメは多分、戦闘班でスキルを一番使いこなしてる。アヤメ、一回負かせてから教えてやれ。俺そろそろバイトだ。アクシスの代理が入ってんだよ」
「分かった。帰って来た時には班長の球を止められるくらいにしておいてやる」
アヤメが言い、ヤマトは「頑張れ」とヒムロの肩を叩いて足早に外に向かった。
「……さて新入り。まず、漠然としかスキルを使えないお前に、スキルの発動条件と、その真価について教える必要がありそうだな」
アヤメはヒムロから一定の距離を保ったまま、ゆっくりとヒムロの周りを歩く。
「その距離から、私の腕を飛ばしてみろ」
「……は?」
「怖がらなくていい。私もこちらのスキルで対処する」
アヤメの立っている場所は、ヒムロの射程範囲内だ。ヒムロはアヤメの右腕に集中し、指先をそちらに向ける。
「どうなっても知らな―――――っ!」
だが、スキルでアヤメの腕に狙いを定めた直後、背中を強烈な悪寒が這い上がり、ヒムロは手を引っ込めた。当然集中は途切れ、発現しようとしていたスキルも掻き消される。
「……ふうん、勘は、良いんだな」
「今……何を」
「私のスキルを使った」
「でも、いつ!」
「何も派手に吹っ飛ばしたり空を飛んだり力を強くしたりがスキルじゃない。私のスキルは、『ESP系』の『精神干渉系』。私はスキルでお前の精神のあるものを書き換えた。何だと思う」
ヒムロは自身の右腕をさすりながら、戸惑ったような表情になる。
「……あんたに対する攻撃の、イメージ?」
「そう。私が書き替えたのは、お前が抱いていたイメージだ。そしてそのイメージこそが、スキルの発動条件で、全てを支配するものだ。サクサは青写真と呼んでいた」
アヤメはヒムロの射程範囲外に出ると、口元を笑みの形に歪めた。
足音と共に、階段をゼロとサクサが降りてくる。そちらに視線を向け、サクサと目が合ってヒムロは笑みを零した。
「どうだヒムロ、スキルの制御は上手くいってるか?」
「……あんまり」
「しっかり体で覚えろよ。今日もゼロが協力してくれたんだし。皿洗いだっけ?」
「え?」
ヒムロがゼロを見遣ると、ゼロは舌打ちをして顔を逸らす。
「余計なことを言うなサクサ。留守は任せた」
「はいはい、行ってらっしゃい」
ゼロは握っていた封筒を懐に入れてずかずかと玄関に向かった。
「……それで、ビジョン、って?」
「つまりお前が、私の腕を切り落とそうと想像した、それがビジョンだ。意識的であれ無意識であれ、人は行動をする前にその行為を一度想像する。スキルはそのビジョンによって支配されている。つまり、お前が腕を切り落とす対象を、私がお前自身に書き換えたから、お前は自らのスキルで自らの腕を切り落とすところだった」
「……?」
ヒムロが首を傾げ、アヤメは困ったように頬を掻く。
「……難しいか?」
「いや……言葉としては分かるんだけど……」
「つまりスキルは『お前がやりたいこと』をやってくれる存在だってことだよ」
サクサが苦笑してヒムロの肩を叩いた。
「そして、スキルの真価っていうのはつまり、お前が何を望んでそのスキルを手に入れたかだ。それは当然、人によって違う。お前は、そのスキルで『何をしたい』?」
サクサはヒムロから離れ、壁際に転がされていたペンキ玉の一つを取る。
「……手に入れたときのことなんて、覚えてねえよ」
「じゃあ、無意識にスキルが発動するのはいつだ」
「へっ?」
「この間の子狐団の一件を思い出してみろ。アクシスはあの状況で無意識にスキルを発動させていた。不完全でもな。あいつのスキルの真価は『脱出』なんだ。だから逃げ出したいというビジョンがあるとき、自分の意志が無くてもスキルが発動する」
サクサはペンキ玉を軽く上に放り投げ、キャッチする。
「つまりそう言う事だ。いつまでも忌避してないで、もう少し自分のスキルと向き合ってみたらどうだ?」
そしてサクサは、落下してきたペンキ玉をキャッチすると同時に、腕を横に振り抜いてヒムロに向かってそれを投げつけた。
夜の繁華街は、昼間とはまた違った喧騒に包まれている。その中を、手紙を片手に歩きながら、ゼロはその喧しさに顔を顰めた。
待ち合わせ場所の街角には、見覚えのある女が立っていた。ゼロのバイト先の常連であり、ラブレターの主である。女はゼロの姿を見付けると、柔らかな笑みを浮かべた。
「ゼロさん、嬉しい、来てくれたんですね」
「ああ……その、済まないな、わざわざ」
「いいえ。今日中に、それも直接お返事いただけるなんて……」
女は胸の前で軽く指を絡ませ、夢見るような表情になる。だがゼロは顔を顰めて女を見下ろした。
「……良い返事を期待しているであろうところ悪いが……断りたい。すまない」
ゼロはそして、頭を下げて相手の様子を伺う。寸前まで笑みを浮かべていた顔は凍り付き、手は固く握られていた。
「……誰か、彼女がいらっしゃるんですか?」
「いや、そう言う訳では無いんだが……」
「じゃあどうして……」
「……あなたと俺は、釣り合わない。俺なんかに貴重な若い時間を浪費するものじゃない」
「でも、私はゼロさんが良いんです」
女はゼロに詰め寄った。ゼロは困ったように視線を泳がせる。
「つまり、そのー……あなたは、大学に行ってまともな人生を歩んでいる。俺は早い話、ギャングなんだ。普通の人間が付き合っていい相手じゃない」
ギャング、という言葉に女は息を飲んだ。もうひと押しか、とゼロは息を吸う。
「俺はあなたを、今は嫌っているわけではない。だからこれは正直善意での忠告だ。俺には関わらないほうが良い。ろくなことが無い――――分かったら、」
女は俯き、胸の前で握っていた手を解いて垂れ下げた。ゼロは女が寄りかかっていた壁に、思い切り蹴りを入れる。
「……さっさと俺の前から消えた方が、身のためだ。悪いが気は長くない。食い下がるのならば俺もそれなりの対処をする。しつこい女は嫌いなんだ」
周囲の人々が遠巻きにゼロを見、視線が二人に集中する。ゼロが足を壁に押し当てたまま黙っていると、女は俯いたまま、ゼロの横をすり抜けるようにして壁から離れ、人ごみの中へと消えていった。
「……やれやれ」
ゼロは足を降ろし、深く溜息を吐いた。
ペンキ玉の残滓が、球状となって広がる。それを見上げ、ヒムロはきょとんとして目を瞬かせた。
「……それが、お前のスキルの真価だな」
「へっ?」
サクサは苦笑してヒムロに近付き、ポケットからキャンディを取り出して放り投げる。それを受け取ると、空中に漂っていたペンキ玉の残滓は一斉に床に落下した。
「『拒絶』。お前が攻撃を拒絶しようとしたからスキルが発動した。お前が持つそのスキルは、お前が何かを拒絶しようとするときに真価を発揮する」
「……拒絶」
ヒムロは自分の両手を見詰め、ぐっ、と拳を固めた。
「それじゃ、俺もちょっと出かけるから、あとはアヤメよろしく」
「了解した」
サクサはひらひらと手を振り、アジトを出た。
集合住宅の路地に入り、繁華街に出る方の細い道に向かう。しばらく歩くと、路地の先に繁華街の光が見えた。
サクサは立ち止って壁に背を預け、足元の小石を弄ぶ。暫くして足音に顔を上げると、逆光で顔がよく見えないが、ゼロが路地の先から歩いて来ているのが見えた。
「早かったな」
サクサが声をかけると、ゼロは足を速め、サクサに近付く。冷たい風が路地を吹き抜け、ゼロとサクサの髪を揺らした。
「……断ってきたんだろ。スキルが出てる」
「………………」
「お前のスキルは『守護』だったな」
「……ああ」
ぐっ、とゼロはサクサの腕を掴んで俯いた。サクサは小さく笑い、ゼロの肩を叩いて体を引き寄せる。
「……サクサ、あんたは本当に……甘えさせ上手だな」
ゼロはサクサの肩に軽く頭を乗せた。サクサはゼロの背を軽く撫で、息を吐く。
「俺がしっかり甘えさせてやんねーと、また気張り過ぎて泣くだろ?」
「泣くか」
「流石にもう泣かねえか? ……いくらアザレア団を守ろうって思いつめても、自分の心を殺しちゃ意味が無いんだぜ?」
「分かっている。だから、後々に引きずらないために断ってきた」
「そう簡単に女が引くかねえ」
「……少なくとも今は、これでいい」
ゼロはそして、ゆっくりとサクサから離れた。路地に吹いていた風が収まり、ゼロは深く息を吐く。
「悪いなサクサ……サク兄」
「お前もそれか」
「だって、俺達が気兼ねなく甘えられるのはあんたくらいじゃないか」
ゼロはそして、小さく笑う。サクサは苦笑を滲ませ、また溜息を零した。
次の日曜日。ヒムロはまたゼロのバイトの助っ人に駆り出されていた。コーヒーを持ってフロアに出ると、客が多い時間帯だというのにゼロは一つのテーブルに留まっている。
「……いい度胸をしている」
ぼそりとそう呟いたゼロの手には先日と同じ封筒が、そしてその視線の先には、挑戦的な笑みを浮かべる女が居た。ゼロにラブレターを送った主である。
「言ったでしょう、ゼロさんが良いんですって。しつこい女が嫌いでも、私はきっと落としてみせますからね」
ゼロは何かを言おうと口を開くが、頭を振って深く溜息を吐く。
「……友人から、始めましょうか」
諦めたようにゼロが言うと、女は顔いっぱいに笑みを浮かべて頷いた。