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SHOT.3 アルバイト戦士

 目の前の机に置かれた紙束を見、ヒムロは露骨に顔を顰めた。

「これ、ぜーんぶ読むのかよ?」

「貴重な字が読める人材なんだ、知識は持っておくに越したことはない」

 紙束の上に手を乗せ、ゼロは眼鏡の奥で赤銅色の目を細める。

「スキルに関する知識と、アザレア団の掟、あとは、この辺り一帯の地図やギャングの縄張り、階級だ。覚えておいて損は無い」

「分かったよ……サクサは?」

「アクシスの所だ。後でお前も、アクシスに挨拶に行け」

 ゼロはヒムロの隣に座り、持っていた本を開いた。

 アザレア団アジトの一階、ホテルのレストランであった場所。今はそのままアザレア団の食堂として使用され、年長者に勉強を教えて貰ったりする団員が食事以外の時間は利用していた。入ってきたイカルガも、自由帳と鉛筆を握ってゼロに近付き、何か言いたげにしている。ゼロは息を吐き、本を置いて机を軽く叩いた。イカルガは笑顔で椅子に座る。

「そのリーダー……アクシス? 何でいつも寝てるんだよ?」

「肉体支配系のスキルなんだ。サクサ曰く、エネルギーの消費が激しいから多く休息する必要があるそうだ」

「……ふーん?」

「その辺りのこと含めて、書いてあるからちゃんと読め」

 ゼロが紙束を指先で叩いて、ヒムロは渋々それを手に取った。

 スキルは大まかに二つ、『ESP系』と『PK系』に分けられていた。更にその中で、『ESP系』は『精神支配系』『精神干渉系』『精神伝播系』に、『PK系』は『空間支配系』『物理支配系』『空間伝播系』『肉体支配系』に分けられている。自分はこの『空間支配系』というやつだったか、とヒムロは頬杖をついた。

「ん?」

 ぺら、と次の紙を見、ヒムロの顔が引き攣った。

「……なあ、ゼロ」

「何だ」

「この……この世の終わりみたいな絵は、何だ?」

「……サクサが書いたスキルのイメージの説明だ」

「……一個も分かんねえ」

 ヒムロは引き攣った顔のまま、その紙を摘んで持ち上げる。ゼロが小さく笑った。

「サクサとは長い付き合いだが……何でも出来そうなあいつも、絵だけは一向に上達しないんだ、不思議だな。かえって阿呆のアクシスのほうが上手いくらいだ」

「長い付き合い……なあ、一緒にアザレア団を作ったって言ってたけど、何年くらい前なんだよ?」

「そうだな……十年くらいになるか。元々、行き場の無かった俺達は、サクサに拾われたんだ」

 きょとん、とヒムロは目を丸くする。

「……サクサ、何歳だよ本当に……」

「知らん」

 ゼロはまたイカルガに視線を戻す。ヒムロは唇を曲げた。



 深く、長く息を吐いて、サクサは持っていたペンで頭を掻いた。

「やっと幻覚が抜けたか。で? 気分はどうだアクシス」

「……サイアク……気持ち悪ぃ……」

 アザレア団アジトの二階、アクシスの部屋。ベッドの上で起き上がったのは、黒い短髪をオールバックにした、銀色の目の青年だった。アザレア団リーダー、アクシスである。

「お前が一服盛られるなんて珍しいじゃねえか」

「だってバイト先の親父さんがくれたんだ……栄養ドリンクだって言ってたし」

「……そうか。お前がアザレア団のリーダーだって知ってたんだろうな」

 アクシスは頭に手を当てて顔を顰める。

「くっそー……クスリ盛られてなきゃ、新入りの歓迎会なんて楽しいもん絶対出たのによお……あー、くそっ!」

 アクシスは苛立たしげに言ってベッドに仰向けに倒れた。

「……サクサぁ、このこと、ゼロにだけは秘密にしてくれよなー?」

「……分かったよ。ホントにお前らは……」

 サクサは苦笑してアクシスの額を軽く撫でる。アクシスは唇を曲げた。

「にしても、麻薬か……調べてみる価値はありそうだな。一稼ぎできりゃ良いんだが」

「ガキ共には渡すなよ?」

「んな馬鹿俺がやらかすかよ。黙って寝てろ。調べが済んだらナルカミにも連絡する」

 サクサはアクシスに毛布を被せて立ち上がった。

「……サク兄、もうちょい、いてくれ」

 ぽつり、とアクシスが呟き、サクサは驚いたように目を瞬かせる。

「……何だよ、いきなり弱気になりやがって」

「だって……」

「図体ばっかでかくなって、頭の中身はガキのままか?」

 サクサはからかうように言って、腰に手を当てる。

「……クスリなんて初めてだから……あんなしんどいんだな」

「楽しいのは最初だけさ、大体な。服用はー……一昨日の夜だな?」

「ああ」

「で、幻覚が昨日の昼から、と……禁断症状は大体、四十八時間が山だ。明日の昼くらいまでは様子を見るか。麻薬が完全に抜けきるまでは、波はあるだろうが危険だ」

 サクサはベッドに腰掛け、アクシスの額に無造作に手を乗せた。

「熱は無いな。幻覚の種類も大したモンじゃない。新種かも知れねえが」

「……なあ、サク兄。明日まで、動けねえのか?」

「……まあ、」

「それじゃあ駄目だ、親父さんに悪い!」

 がばっ、とアクシスが起き上がる。

「親父さんのことだ、絶対騙されたんだよ! 俺をアザレア団だって知ってながら雇ってくれたんだぜ? 俺を言いなりにさせたいんだったら絶対また親父さんを通して接触して来ようとする、だったら」

「寝・て・ろ」

 サクサはアクシスの額を掴んでベッドに無理矢理押し戻した。アクシスは両手でサクサの腕を掴む。それなりの偉丈夫であるアクシスは、華奢なサクサより一回り腕も手も大きい。だがサクサは顔を顰めたのみで手を離そうとはしなかった。

「バイト先の親父さんには俺が言っておくさ。相手ももれなくギャングだ、一般人を巻き込みたくはねえしな」

「でもよぉ、」

「良いからお前は寝てろ。騒ぎを大きくしたかねえだろ?」

 サクサはベッドから立ち上がり、水差しからカップに水を注いだ。

「幸い、新入りが結構なレベルのスキル保持者でな。まだ使いこなせてはいないみたいなんだが、まあうまく立ち回れば、三人分くらいの働きは出来るだろう」

 サクサはそして、「寝てるんだぞ」と釘を刺して部屋を出ていく。カップの水を啜り、アクシスは苦い顔になった。だが文句でも独り言ちようと口を開いた途端、部屋のドアがノックされる。

「……いいぞ」

「失礼します……」

 俯きながら遠慮気味に入ってきたのは、白髪の少年――――ヒムロだった。

「……新入りか」

「あ、はい。ヒムロと言います」

 ヒムロは慌てて頭を下げる。抜けるように白い髪に、アクシスは眩しそうに目を細めた。

「ああ、いい、いいそんなの。俺はゼロみたいに礼儀に五月蝿くないからな。リーダーのアクシスだ、よろしくな。スキルは肉体支配系の筋力増強だ」

「はあ……」

 ヒムロは顔を上げ、それからアクシスの顔を初めて直視した。只でさえ色の白い顔から、目に見えて血の気が引いていく。その様子に、アクシスは溜息を吐いて頬を掻いた。

「なあ……そんなに、俺の顔、怖えかな」

「えっ、あ、いや、……すみません失礼します!」

 ヒムロは視線を泳がせ、逃げるように部屋を出ていく。アクシスはまた深い溜息を吐いた。そして、顔の右半分に残る、数々の裂傷痕に指先を触れさせる。

 眉と交差するように一つ、目の下から頬にかけて一つ。そして頬から顎にかけて、二つの傷跡がその顔には刻まれていた。

 アクシスはベッドから立ち上がり、窓から通りを見下ろす。暫く灰色の景色をぼんやりと眺めていると、サクサとヒムロが連れ立って出ていく様子が見えた。

「……さて、と」

 アクシスはパーカーを羽織り、ポケットにバタフライナイフを仕込んでドアを開けた。

「行くとするかね」

「何処にだ」

 背後からの声に、アクシスは大きく肩を竦める。ドアを閉めて振り返ると、腕を組んで、ゼロが立っていた。

「いやーその……ちょっと、パトロールに?」

 アクシスは頭を掻きながら視線を泳がせる。ゼロは露骨に溜息を吐いた。

「いいかアクシス。俺達は今アザレア団のリーダーなんだ。個人の感情だの事情で動いてくれるなよ」

「そんな事言ってもさあ……」

「お前には責任感が足りない」

 ゼロは人差し指の先端をアクシスの胸に突き立てる。「うぐ」とアクシスが呻いた。ゼロは体を屈めてアクシスを睨み上げ、厳しい口調で続けた。

「いいか。サクサにリーダーを任されたからには、アザレア団を守る義務がある。それを第一に考えるんだ」

「だから俺は、迷惑掛けたくねえって……」

「アザレア団の掟第一条は!」

「『てきないことを『できる』と言わない』!」

 アクシスはほぼ反射的に答える。そしてじりじりと後ずさるが、ゼロは同じように距離を詰めてきた。

「なら、一人でどこぞのギャングに喧嘩など売ろうと考えるな、壊滅させるのが一人で『できる』ならやってこい。それ以下なら勝手な行動だとみなす」

 最後に突き放すように強く一押しして、ゼロはよろけたアクシスに手も貸さずに階段を上っていった。アクシスは溜息を吐き、その背を見送ってから階段を降りる。

「……厳しい兄ちゃんだぜ、ゼロは」

 そして、フードを被って苦笑した。



 アジトであるホテルのある、旧大通りを西に抜けると倉庫街がある。巨大な金属工場がその半分を所有しているが、残りの半分は、大都市の華やかな土地ではさばけないような商品を扱う商人、まともな倉庫が確保できなかった運送業者、そしてギャング達の溜まり場となっていた。

 西三番倉庫、と書かれた倉庫のドアを開け、サクサは中を覗く。

「親父さーん、居ますかー? ご無沙汰してます、サクサですがー」

 だだっ広い倉庫にその声は反響し、しばし虚しく響いた。サクサが首を傾げた直後、奥の方で明かりが点く。くすんだオレンジ色の、裸電球であった。

「……何だ、お前さんか」

 現れたのは、くたびれた作業着に身を包んだ中年の男性だった。背はそれほど高くないが、開いた胸元や袖がまくられた腕などは、鍛え抜かれた筋肉が見えている。

「ちょっとお話が。入っても?」

「ああ、茶も出せないがな」

 腹に響くような低い声で主人が言い、サクサとヒムロは倉庫に入った。

「……トラック……引っ越し業者?」

 ヒムロは倉庫の中にあった大きなトラックを見上げる。

「ああ、まあな。何だ、そっちの白いのは新人か」

「そうなんです。やっぱり、分かりますかね」

 椅子代わりの空の木箱に座り、サクサは苦笑する。主人もベニヤ板を積み重ねたものに腰掛け、煙草を咥えて頷いた。

「この裏路地はあらゆる人間が居るが、全員何かしら似た匂いを持ってる。その白いのにはまだそれが無い」

 紫煙を吐き出し、主人は目を細めた。白いのって俺か、とヒムロは自分の顔を指差した。主人は笑って頷く。

「それで。サクサ、お前さんが出張るということは何か、面倒でも起きたか」

「ええ。単刀直入に言えば、一昨日、誰かギャングと接触したんじゃないかと」

 サクサが言い、主人は煙草に触れた指先をぴくりとさせる。

「……栄養ドリンクをくれた。一応聞いてみたが怪しい薬じゃないそうだが」

「怪しい薬だったんですよね、これが」

「そうか……世話になってる奴らだったから信用しとったんだが……この辺りを縄張りにしてる、子狐団だ」

「子狐……可愛らしい、名前だな」

「名前だけはな」

 素直な感想を零したヒムロに、サクサは苦笑を返す。ヒムロは、朝方ゼロに渡された紙を思い出して首を捻った。

「でも確か、アザレア団とは仲がいいって……」

「まあな。主力の年齢も近いし、縄張りも隣同士だ。協定を結んで喧嘩はしねえことにしてる。……だが、今回は向こうから仕掛けてきやがったか」

 サクサは右手の人差し指を軽く曲げ、その背を唇に当てた。顔は俯き加減で、左手は右肘を支えている。その様子を見、主人は黙って煙草をふかした。

「……参考になるか知らんが、向こうに新顔が居たな」

「……本当ですか?」

「ああ。だがあいつも、裏路地の匂いがせん、妙に綺麗な奴だった」

「特徴とかは、」

「黒髪に黒い目、歳は、大人になってしばらくって感じだ。まだまだ若造だな。それと……白衣を着とった」

 主人は二本目の煙草に火を点ける。

「白衣……」

「そう、裾のところに小さく刺繍もしとったな……流石に読めんかったが」

「……刺繍……白衣で……」

 サクサは口の中で呟き、それから顔色を変えて立ち上がった。

「まさかそいつは、」

 勢い込んで言って、辛うじてその先を噛み殺す。

「……サクサ、アザレア団が狙われとるのなら、俺はもう奴らに従ったりはせんが」

「駄目だ、下手に逆らうとあなたの迷惑になる……大丈夫です。ギャングの問題はギャングで解決します。アクシスは……回復したらまたバイトに来られると思うので、よかったらよろしくお願いします」

 サクサはそして、笑顔を取り繕って頭を下げた。主人は心配そうな表情になる。

「……お前さん、本当にずっとあいつらの保護者をやっとるんか」

「………………」

「そんな若いのに、あんまり無茶してもいかんと思うが。お前さんほどのスペックなら、今からでも遅くないだろう」

「遅いんですよ」

 ぼそり、とサクサは吐き捨てるように零した。だがそれは主人の耳には届かず、口の中で噛み砕かれて消える。主人は怪訝そうな顔をした。

「……それじゃあ、また。行くぞヒムロ」

 サクサは踵を返し、ヒムロも慌てて立ち上がって主人に一礼し、その後を追った。

「これから、どうするんだよ?」

「子狐団のアジトに行く。西の十番倉庫だ」

 サクサがきっぱりと言い、歩調を速める。それに合わせて小走りになりながら、ヒムロは不安げに顔を曇らせた。

「……話し合い、だよな?」

「まあ名目は」

 それに、とサクサはポケットに手を突っ込み、棒付キャンディを取り出して咥えた。

「アクシスがあのまま黙ってるとは思えねえから、視察も兼ねて相手の事情を探る」

「ふーん……」

「食うか?」

「欲しい」

 サクサはもう一つキャンディを取り出し、ヒムロに渡す。ずらりと並んだ倉庫の端、十番倉庫はシャッターが下りており、シャッターに黒と白のペンキで狐のマークが描かれていた。中からは数人の声が聞こえている。

「さて、と」

 サクサは無造作にシャッターをノックする。ヒムロもサクサのコートを掴み、そのマークを睨み上げた。



 西の十番倉庫の天井にある茶色に曇った天窓を蹴り抜くと、中に居た青年達が驚いたような声を上げた。ガラスの破片に混じって飛び降り、着地する。

「リーダーは何処だ」

 努めて低く圧のある声を出すが、周囲の青年達は戸惑ったような顔をした後、一斉に笑い出した。

「アクシスじゃねえの! 何やってんのお前、俺らに喧嘩売りに来たか?」

「………………」

 フードを目深にかぶり、アクシスは口を真一文字に引き結ぶ。そして、懐から何かを取り出して顔に装着した。

「なあなあ、何、アザレア団で俺達に喧嘩売る訳かい? 俺達子狐団に?」

「……俺はアザレア団じゃない」

 アクシスはそして、顔を上げた。傍に居た数人の目が点になる。

「俺は無敵のバイト戦士、アラシ! 心優しい一般人を巻き込む馬鹿ギャングに制裁を下しに来た!」

 アクシスの顔には、夏祭りで見かけるような戦隊ヒーローものの面が装着されていた。フードと面で、アクシスの人相はほぼ隠される。

「覚悟をしろこげつき団、」

「子狐団だ」

「一般人を巻き込んだ罪、この俺が裁いてくれる!」

「キャラ固定してから来いよせめて」

「うおおおおおおおらああああああああああああっ!」

「ちょ、そこはガチの肉弾戦なのかよっ!?」

 蜘蛛の子を散らすように、子狐団の面々が散って行く。アクシスは近場に居た少年の腕を掴んで反対側へと振りまわした。

「わあああっ!」

 投げられた少年は吹っ飛んで壁に当たる。古い倉庫の壁が凹み、少年はぐったりとしてその場に倒れ込んだ。

「リーダーを出せ! 麻薬仕込むのを指示したのは何処のどいつだ!」

「ちょっ、分かった分かったよリーダーに取り次ぐから暴れるな!」

「良いから出しやがれ!」

「暴れるなってっ! お、おいこいつ何かおかしいんじゃねえの!?」

 アクシスの拳を避けながら、黒髪に金のメッシュを入れた青年は戸惑った顔になる。アクシスの面が動きに負けて床を転がった。アクシスはそれに一瞥の視線もくれず、荒い息を吐き出して血走った目を光らせる。

「せ、先輩、トオル先輩! 誰か、誰かお客が来たみたいですっ!」

「はあ!? それよりこの筋肉バカ止めるの先だろうが、ほっと……けぇっ!?」

 メッシュの青年、トオルが足をもつれさせて転び、アクシスがその背を踏み付ける。

「くっそっ……アクシス落ち着けって! お前何か変だぞ!? ってか痛い痛い痛い痛い痛い内臓出る、内臓出るって!」

「アクシス!」

 鋭い声に、アクシスははっとしたように顔を上げる。半分ほど開かれたシャッターから、サクサが駆けこんできていた。シャッターを開けた少年は、ぺたりとシャッターの前にしゃがみこんで呆然としていた。

「サクサ……?」

「ああそうだ俺だ、俺が何でここに居るのか分かるよな!?」

「さく……に、い……」

 目を見開いてアクシスが呟き、サクサは周囲を見回しながらつかつかとアクシスに近付いた。そして顔を怒りに歪め、拳を固める。

「こんの……馬鹿ガキ!」

 サクサの拳が振り抜かれ、アクシスは顔を正面から殴られてよろめいた。解放されたトオルがばたばたと逃げて行く。アクシスは鼻を押さえ、尻餅をついて驚いたようにサクサを見上げた。

「クスリが! 抜けてねえって! 言っただろうが! 寝てろって、何っ回も言っただろうが!? ああっ!?」

 サクサは言葉ごとにアクシスの頭にチョップを落とす。

「顔見せろ、目の焦点は合ってねえし充血してる、おまけに熱がありやがるな? てめぇまさか、あのまま頭に血が上った状態で子狐団全滅させるつもりだったってかぁ?」

「……サクサ、でも」

「言い訳無用! 帰んぞ馬鹿! 悪いな、世話になった」

「待てよ」

 アクシスの胸倉を掴んで振り返ると、ずらりとナイフが二人を向いていた。トオルはヒムロの襟首を掴んで頬にナイフを突き付け、サクサを睨んでいる。

「よぉくもやってくれたなあ……無事で帰れるつもりか」

「……何か誤解が生じてるみたいなんだが。先に喧嘩を吹っかけて来たのはそっちだろうが。一昨日、アクシスのバイト先の親父さんに栄養ドリンクだと偽って麻薬を」

「麻薬!?」

 トオルが面食らったように言った。

「……確かにバイトの親父さんに栄養ドリンクやったよ……でも、それは連日文字通りバイト戦士と化してるアクシスを労ってでなあ、」

「だぁからその…………まさか、」

 サクサは言葉を切り、周囲をゆっくりと見回す。子狐団の面々に見えるのは、怒りよりも戸惑いだ。犬歯を剥き出しにして荒い息を吐くアクシスを振り返り、サクサはその腕を掴んだ。

「スキルが出てる、アクシス、抑えろ……」

「……なあ、サクサ」

 ヒムロが顔を上げ、サクサに目で問うた。だがサクサは小さく首を横に振る。

「……新入りが居るって、聞いたんだが」

「ああ……そう言えば。薬学系の奴で、家出中だとか言ってたぜ」

「…………それだ」

 サクサが呟き、アクシスの胸倉を離す。直後――――乾いた拍手が、倉庫の奥から響いて来た。

「おめでとう、見事に答えに辿り着いたね。中々だな」

 拍手をしながら現れたのは、黒い短髪で、白衣を羽織った青年だ。アクシスのバイト先の主人が言っていた『新入り』だろう。

「……サゲン、お前……」

 トオルが振り返り、白衣の青年、サゲンは一同に近付いた。

「ご協力どうも、子狐団の諸君。約束通り団長は元気にしてあげる……と言いたいところだけど、残念ながら手遅れでね。いろいろ薬を試してみたが駄目だった」

「っ……てめえっ!? ざけんな、入団を認めてやったのに何だよそれ!」

「だぁいじょーぶ大丈夫、生きてる」

 サゲンは肩を竦め、それからトオルに近付いてポケットから小さな瓶を取り出す。茶色く透き通ったそれの中には、半分程まで液体が入っていた。

「それよりさ、君もこれちょっと飲んでみてくれない? 僕の最新作なんだけど」

「ふざけんな! てめえか、俺らを利用してアクシスに麻薬を、」

「いいじゃん、どうせ未成年のくせに飲酒喫煙でボロボロだろう? あ、君は成人済みか」

 サゲンがトオルの肩を掴み、その隙にヒムロは腕から逃れてサクサの隣に向かう。

「ヒムロ」

 サクサはヒムロの服を引き、サゲンを指差した。

「……いいのか?」

「思いっきりやれ、あいつが元凶だ」

 ヒムロは頷き、ゆっくりと立ち上がってサゲンに近付く。そして、サゲンを真っ直ぐに指差して距離を詰めた。

「おっと」

 だが、ヒムロの射程範囲に入る寸前、サゲンは手を引いてトオルから離れる。直後、思い出したようにトオルのナイフが空を切り裂いた。

「流石にまだ死にたくないなあ。でもまあ面白いもの見せて貰ったし。それじゃあまた」

 サゲンはひらひらと手を振り、床に何かを叩きつけた。小さな火花と共に、青白い煙が吹き出して一同の視界を覆う。

「煙幕っ……!? 待ちやがれサゲン、てめえっ!」

 トオルの怒鳴り声が響く。サクサはアクシスを庇うように両腕を広げ――――その肩に、冷たい手が触れた。

「また実験させてよ、スキル保持者集団さん?」

 耳元で、サゲンの声が囁く。だが振り返った瞬間にはその気配は消えていた。

「……あいつは……」

 サクサは呆然として、煙に塗りつぶされた視界を見詰めていた。

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