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SHOT.1 ギャング「アザレア団」

作品自体は完結しているのですが、書き直しながらの更新なのでたいへんゆっくりなペースです。

 裏路地は迷路のように入り組んでいて、霧でそれが更に助長されていた。大都市の中心街からほど近く、一歩裏道に入っただけの、傍らの繁栄に置き去りにされたような場所だ。灰色の壁で区切られた道は狭く、落書きスプレーの匂いがわだかまっている。その灰色の壁の中では、せせこましく区切られた部屋で、最底辺の労働者が乾いた食事を貪っていた。そこにすら入れない浮浪者は、見捨てられた廃墟で丸くなっている。

 集合住宅の路地を抜けた先の金属工場のフェンスには、古い防犯ポスターの成れの果てが引っ掛かって揺れていた。かつて大通りであった道の傍らには、賑やかしの映画館が、一昔前のアニメ映画の宣伝を、色褪せたままに飾っている。

 そんな裏路地の廃墟の一つ、小さなホテルに、白髪の少年を担いだ青年は入っていった。



「今帰ったー」

 気の抜けるような挨拶をして、青年は金属のドアを開く。ロビーだった一階は広く、骨組ばかりのソファやずたずたの受付カウンターの周りで、十数人の子供達が遊んでいた。

「おっかえりなさーい!」「おかえり、サクサ」「サクサさん、お帰りなさい!」

 少年少女達が口々に言って、青年に駆け寄る。

「その子は?」「そのこはーっ?」

 一人の少女が、サクサ、と呼ばれた青年の肩に乗せられている少年を指差した。少女が手を引いていた幼児がそれを真似る。サクサは苦笑し、「新入りだよ」と言って少年を床に降ろした。

「ゼロ達は居るか?」

「リーダー? 上だよ」

「分かった。紹介はまた後だ。おい、行くぞ」

 サクサは、呆然として周囲を見回していた少年の腕を掴む。少年はびくりとして、引っ張られるままにサクサに従って歩く。

「……?」

 サクサに手を引かれながら、少年は子供達を見回した。年齢は様々で、そこに共通点は特に見いだせない。サクサは少年の様子に気付き、頭を掻いた。

「あー……まとめて説明するから、大人しくしてろよ」

 サクサは、ロビーの左奥の階段に向かった。そこから二階に上がると、ホテルらしく、廊下が突き当りまで伸びており、一定の感覚でドアが据えられていた。ドアは全部で六つ、それぞれ、部屋番号とは別に金属のプレートが打ちつけられている。

「会議室かね……」

 サクサは五つのドアを素通りし、最奥の部屋に向かう。少年は通りすがりに部屋の金属プレートを見上げた。銀色のプレートに、釘で引っ掻いたような文字で『AXIS』『ZERO』『MEIS』『サクサ』『シラン』と書いてあった。サクサが向かった部屋のプレートには、やはり同じような文字で『会ギ室』と書かれている。

 サクサがドアをノックし、眠そうな女の声の返事が聞こえた。

「失礼、入るぞ」

 ドアを開くと、部屋の中には三人の男女が居た。長方形の部屋には長めのローテーブルと、それを囲うように置かれた五つの個人用ソファ。三つ並べられた側には、一番奥とその隣にそれぞれ少女が座っていた。そして一番奥の少女と向かい合う形で、青年が座って膝に腕を乗せている。青年が、サクサと少年に気付いて振り返った。

「帰ったかサクサ。随分と大荷物だな?」

 青年が言い、向かいの少女との間に置いてあるオセロ盤に視線を戻す。青年は長い黒髪に赤銅色の目で、縁無しの眼鏡を掛けている。鋭い視線に射すくめられ、少年はサクサの陰に隠れて肩をすぼめた。

「新入り候補だ。アクシスは、居ないのか?」

「バイトだ。話なら聞く」

 青年はぱちりと新しい石を置き、白い石を黒へと引っ繰り返してゆく。

「ふーん、やっぱりそーくるんだー」

 青年の向かいでオセロ盤を見下ろしている少女は、黒髪を少年のように短く刈り込み、紫色の山猫のような目をしていた。

「……シラン、あとどれくらいで終わる」

「十分もあればゼロでもヨユー」

「……分かった」

 サクサは溜息を吐き、閉じたドアに背を預けて腕を組んだ。少年は戸惑ったように、シランと呼ばれた山猫のような少女と、その向かいの青年―――ゼロという名前らしい―――を見、それからサクサを見上げる。

「悪いな、待っていてくれ。こいつらはいつもこうなんだ」

「………………」

 少年は黙って頷いた。シランの隣の少女は、腰ほどまであるふんわりとした茶髪に花の髪飾り、大きな垂れ目で少年を見詰めていた。少年は俯いて両手を握る。

 部屋に、オセロの石を置く音だけが響く。サクサは欠伸をして頭を掻いた。

「……メイス、あと何秒?」

「あと三十秒で、丁度十分よ」

 メイス、と呼ばれた茶髪の少女はそう言って懐中時計を見た。「よしよし」とシランは唇を舐める。

「宣言! あと三手でゼロは負ける」

「……どうだか」

 ゼロは眼鏡を中指で押し上げた。膝を抱えて体を前後に揺らし、シランはにやにやとしてその様子を見ている。盤上の白と黒の石の数は半々と言ったところか。

 ぱちりとシランが白い石を置く。白い石が縦横、斜めと増え、ゼロは渋い顔になった。

「パスでしょ?」

「……そうだな」

 シランがまた石を置き、盤面が白く塗り替わる。ゼロの眉間に深い皺が刻まれた。シランは更に笑みを深める。

「パスだ」

「はい、おっしまーい」

 シランが石を置くと、盤面は真っ白に変わった。ゼロは眼鏡を外して目頭に指を当てる。

「……ジャスト十分よ」

「やった。はいじゃ、話聞こうかサクサ」

 シランはくるりとソファの上で体を回転させた。ゼロが顰めっ面でオセロ盤を片付け、メイスの隣へと移動する。

「……座るか」

 サクサに促され、少年ははっとしたように顔を上げた。そしておずおずと、三人の向かいのソファに座る。その隣のソファに無遠慮に腰を下ろし、サクサは足を組んだ。

「で? そいつは何処で拾ってきた」

「裏路地の十番通りだ。一緒に死体が五個ほど転がっていた」

 あっさりとサクサは言った。少年は驚いたようにサクサを見上げる。

「随分ファンキーな模様の髪しているけど、それ、血かしら。綺麗な顔なのに残念よ?」

 メイスの言葉に、サクサは頬杖をついて少年の髪を見遣る。少年は俯き、髪に残るどす黒い飛沫に触れた。

「死体の状態は?」

 ゼロが身を乗り出し、サクサは「ああ」と視線をそちらに戻す。

「死体は、大体が鋭利な刃物で骨まで断ち切られていた。内臓も、肉が切られて飛び出たって言うよりかは内臓ごとすっぱり、だ。少なくともこいつの細腕じゃあ無理だろう」

 淡々と言うサクサに対して、シランは、うげえ、と舌を出す。ゼロは黙ってメガネを指で押し上げ、メイスも顔を曇らせた。

「それじゃあ、この子は巻き込まれただけ?」

「いいや、こいつが犯人だ」

 サクサの言葉に、全員の視線が少年に集まる。ぐっ、と少年は唇を噛んだ。

「確かに惨劇だった。だがこいつは怪我一つしていないんだ」

「……成程。それで、お前の見立ては何だ」

「空間支配系の『異能(スキル)』だ」

 サクサが言って、ああー、と納得したように三人は頷く。だが少年はきょとんとして四人を見比べていた。

「……お前さ、自分が奇妙な力持ってるって自覚はあるか?」

「………………」

 サクサに顔を覗き込まれ、少年は小さく頷いた。

「決まりだ。お前これから俺達の仲間な」

 サクサが立ち上がり、驚いたような顔をする少年の前に回り込む。

「名前は? 何か、呼んで欲しい名前はあるか」

 少年は唇を噛んで顔を横に振った。

「……話せないのか?」

「いいや、声は出る筈だし、話せる筈だ」

 ゼロの言葉に、サクサは即座に返す。少年はむっとしたようにサクサを睨み上げた。

「話したくない、ということか、それとも……」

 サクサが目を細め、少年はその、何もかも見透かすような視線に体を硬直させる。

「しゃあない、これからは全てイエスノークエスチョンだ。首振って答えろ。お前は孤児か?」

 少年は首を横に振る。

「やーいサクサ誘拐犯ー」

 にやにやとしてシランが両手でサクサを指差す。サクサは僅かに顔を顰めたが、何も言い返さずに少年に問いかけを続けた。

「あいつらは、お前が殺したのか」

 少年は首を縦に振る。

「自分で殺したいから殺したのか」

 少年はしばし悩むように視線を泳がせ、それから首を横に振った。

「ここまでの道を覚えているか」

 少年は首を縦に振る。

「よし、ようこそアザレア団へ」

 ぽんっ、とサクサは両手を少年の肩に乗せた。

「!?」

「残念だが、すぐに帰すわけにはいかない。誰に命令されて殺しをしていたか知らないが野放しには出来ないし、この本部の場所を誰かに知らせる訳にもいかない」

 サクサはしれっと言ってメイスを振り返り、壁際の何かを指差した。メイスは頷いて立ち上がる。

「……っざけんなよ、」

 不意に、少年が呻くように呟き、乱暴に床を踏み付けて立ち上がった。

「何だよそれ、てめぇが勝手に連れて来たんだろぉが!?」

 少年が怒鳴り、振り返ったサクサは驚いたように目を丸くする。ゼロは顔を顰めて両手で耳を塞いだ。

「下手な闇金よりタチ悪ぃぜ、道知ったくらいで!」

「いや、俺達ギャングだから」

「大体何だよスキルってっ……え?」

「だぁから、」

 サクサは腰に手を当て、口の片端を上げて見せた。

「ここはギャング『アザレア団』の本拠地だ。お前は今、この裏路地でかなりの勢力を誇るギャングのリーダー達の前に居るんだよ」

 サクサがそう言って、片手を広げる。ゼロが腕を組んだ。

「……聞いた事は無いか、アザレア団という集団を」

「ね……ねえよ、ギャング? じゃあ何か、一階のあのガキ共は攫ってきた、」

「いやー、あの子達もれっきとしたギャングなんだにゃぁこれが」

 にやにやとして少年を見上げるシランの言葉に、ぞくっ、と少年の背筋を悪寒が走る。

 そういえば確か子供の一人が、『ゼロ』という名を『リーダー』と言い換えていた。二階のここに来る前の部屋に在ったネームプレートの『ZERO』がそうだとすると、目の前に居る眼鏡の青年がリーダーということか。その隣に並んでいた『MEIS』は、メイス、つまり茶髪の少女を示していることになる。そしてそのリーダーと同列に並んでいたメイス、シラン、そしてサクサは――――

「まあ座れ」

 青い顔になった少年の肩を掴み、ぼすっ、とソファに座らせる。サクサはそして、メイスから小さな白い板を受け取った。

「お前の能力が実際どんなものかは知らねえが、危険だと言うことは分かる。帰すわけにもいかねえからな、これ首から下げてろ」

 サクサは白い板―――小さいホワイトボードに紐を付けて少年に突き出した。ボードには『ボクに近付かないでください』と書かれている。

「なっ、」

「とにかく、入団は必ずしも強制ではないが、入団を勧める。アザレア団ならスキル持ちでも保護してやれるからな。それほど強力なスキルならばアクシスもすぐに許可を出すだろう。俺は、戦闘班に推薦する」

「私もー。でも下っ端も兼務だし、入りたくないみたいだから説得から始めないとね?」

「あらぁ、サクサさん、頑張って」

 メイスが笑い、「俺かよ」とサクサは舌打ちする。

「まあ俺も戦闘班に推薦するがよ……コードネームを決めねえとな」

「だから、誰も、入るって言ってねえだろ! 大体スキルって何だよ、知ったような口ききやがって、これは悪霊の呪いだって父さんが言ってたんだぞ!?」

「……は?」

「俺は悪霊に呪われてて、だから他の人間にはこの力は使えなくてって、」

 少年がそこまでまくしたてたところで、ぶはっ、とシランが吹き出した。少年は驚いたようにそちらを見、それから笑いを堪えているように口角が引き攣っているサクサを見遣った。

「なっ……何だよ!?」

「いや……またぶっ飛んだ設定を持ってきたなーと」

「は?」

「まあ取り敢えず、ここじゃお前をそういうふうに特別扱いする奴は居ねえよ。適当に休んどけ。名前は考えとくから」

 サクサはドアを指差した。少年は暫くサクサを睨みつけていたが、鋭く舌打ちをして部屋を出て行った。



 少年は、広いロビーの端で膝を抱えて座った。相変わらず、多くの子供達が楽しそうに遊んでいる。少年はホワイトボードを前に置き、抱えた膝に口元を埋めた。

 リーダー達は、自分の能力を知らないから笑えるのだ。そう少年は唇を尖らせる。指一本も使わずに人を殺せる能力が、悪霊の呪いでなくて、何だと言う。

「悪い、待たせたな」

 降ってきた声に顔を上げれば、サクサが傍らに立っていた。少年はふいと視線を逸らす。サクサは困ったように頬を掻いて少年の顔を覗き込んだ。

「まただんまりか。聞きたいんだがな、お前のスキルのこと」

「……バケモノ」

「ん?」

「俺は、バケモノなんだって……だから俺には誰も近付かない。秘密なんか言わない。父さんは俺の言葉なんか信じない」

「………………」

「だから、帰る。良いよな?」

「駄目だ」

「何でだよ、誰にも言わねえし、」

「とにかく駄目だ、しばらく待ってろ、もう一人リーダーが居るからそいつに会って貰う。今日一日は帰って来ねえだろうから明日だ。それまではここに居ろ」

 サクサはそして、棒付キャンディを少年の前に突き出した。

「食うか?」

「いらねえよ、んなガキっぽいモン」

「美味えのに」

 サクサは包み紙を取ってキャンディを咥える。少年はじと目でサクサを睨み、それから溜息を吐いてまた膝に顎を乗せた。



 頬を軽く叩かれて、はっとして少年は顔を上げた。いつの間にか眠ってしまったらしい。

「ご飯の時間だよ、新入り君」

 目の前に立っていたのは、癖のある茶髪を短く切り揃え、大きな茶色い目をした少年であった。幼さの目立つ顔と小柄な体は、白髪の少年よりも年下に見える。

「えっ……と、」

「僕? イカルガ。アザレア団で下っ端の班長やってるんだあ。君綺麗だね、名前は?」

 イカルガはそして自分の顔を指差す。いやそれよりも、と少年は自分の前に置いていたホワイトボードを取ってその眼前に示した。

「?」

「……ん!」

「ごめん、僕字ぃ読めないんだぁ」

 少年は驚いたように目を瞬かせ、それから深く溜息を吐いた。

「あんまり話すなって言われてるのに……近付くな、って書いてあるんだよ」

「でも、ご飯だから呼んで来てってリリアに言われたよ? あ、リリアって食料班の班長なんだけど。リリアのご飯はとっても美味しいよ?」

「でも」

「だからおいでよ、新入り君」

 イカルガはにっこりと笑うと、無造作に少年の腕を掴んだ。

「――――っ、」

 背中を悪寒が這い上がる。ほぼ反射的に、少年は立ち上がって掴まれた手を振り払っていた。同時に、少年の白い髪が、風も無いのに僅かに浮き上がる。

「えっ?」

 そのまま、何かに突き飛ばされるようにしてイカルガは吹き飛ばされる。そして、大分離れた床に背中から落下した。

「いっっ……たあっ……何だよぅ、スキル持ちなら先に言ってよ」

「あっ……」

 しまった、と言うように少年は手を引っ込める。騒ぎを聞きつけたのか、隣の部屋からばたばたと人が出て来た。

 心配するように数人がイカルガに駆け寄って、それから少年に鋭い視線を向ける。その視線には、先刻遊んでいた時には見られなかった明確な怒りがあった。

「~、」

 少年は右手を体に引き付け、それから斜め下へと振り下ろす。瞬間、少年を中心に円状に、床が凹んだ。

「近付くな!」

 驚いたように退く子供達から床へと視線を落とし、少年は壁に背を押し当てる。

「ここからは俺の領域だ、死にたくねぇなら近付くんじゃねえ!」

 少年はまた手を振り上げる。状況が分かったらしい年長者が、幼児達の手を引いて離れて行く。そうでない者は、窪んだ円の外に立ち、困惑したような、警戒しているような表情で少年を見詰めていた。

「し、新入り君落ち着いて、僕は平気だよ! ね、皆もさ!」

 慌てたように周りを宥めようとするイカルガの声に、少年は歯を食いしばり、振り上げた拳を震えさせる。

「そんな威嚇しないでも、新入り君、大丈夫だってば!」

「黙れ!」

 怒鳴った直後、階段を下りてくる足音がする。少年ははっとして顔を上げ、そこにサクサの姿を見止めてくしゃりと顔を歪めた。

「っまえ、がっ……」

 少年が鋭く床を蹴り、反射的に子供達が道を開ける。少年は真っ直ぐにサクサに向かって駆け出した。

「お前がこんな所に連れて来たから! こんな思いしなくちゃいけねぇんだろうが、何も余計な事知らなくて良かったのに!」

 少年はサクサの胸倉を掴む。サクサは面食らったような顔になった。

「父さんは嘘つきだけど父さんだしこれは唯一無二の俺の価値で、だから理由なんてどうでもいいんだよ! だから」

「悪い」

 サクサの拳が、少年の鳩尾に減り込む。鈍い音が響き、少年は言葉を切る。

「……何言ってるか分かんねえや」

 少年は一瞬苦痛に目を見開き、それから床に崩れ落ちた。

「……やれやれ、僕ちゃんは手がかかるな」

「さ、サクサあ……どうするんだよ、そいつ?」

 構えていた青年の一人が近付いて来た。サクサは顎に手を当てる。

「そうだな……ちょっと手間だが、親元に返してくる。もしそれで親元よりこっちがいいならそれでいい。親元が良いって言うなら、口だけは塞ぐさ」

 ひょいっ、とサクサは少年を担ぎ上げた。

「……あんまり手間がかかるなら捨ててくればいい、じきに野垂れ死ぬだろう」

 サクサの後方で、ゼロが低い声で言った。

「けっ、相変わらず冷血漢だねえ。資料は?」

「ほらよ」

 サクサが後ろ向きのまま出した手に、ゼロは丸めた紙束を乗せた。サクサは「さんきゅ」と言ってそれを懐に入れる。

「お前が今からやろうとしていることの方が、よっぽどたちが悪いだろうが」

 ゼロは腕を組んで壁に寄りかかり、苦々しく言う。

「俺は足りない知識を補ってやるだけさぁ、最後に選ぶのはこいつ自身だ」

 そしてサクサは、ぽんぽん、と少年の頭を叩いた。



 肩を揺らされて顔を上げると、サクサが目の前に居た。反射的に少年は拳を握る。

「落ち着け、ここはお前の家だ」

「……へっ?」

「ウチの情報班には優秀なハッカーが居るんでね」

 サクサが身を引き、少年の視界が開ける。そこは廃ホテルではなく、片面はフェンス、片面は真っ白な壁が続いている路地であった。

「お前の身元を調べさせてもらった。父親は随分な身分らしいな」

「……だから、何だ」

「だが息子が居たという記録はあるが、死亡したとされている。が―――警察の裏ファイルをちょっと漁ったらあったってよ」

 サクサが、一枚の紙を少年の前に突き付けた。そこには、少年の名前や生年月日、血液型などが、顔写真付きで印刷されていた。

「スキル……登録……? PKタイプ……? な、何だよこれ!?」

「警察が持ってる『裏の』戸籍だ。お前は知らないことが多すぎる」

 サクサは深く溜息を吐いた。そして、紙を折り畳んで懐に入れる。

「ちなみにお前の父親、案の定というか捜索願は出してないようだ。あれから丸一日なんだが。まあその代わりに――――見ろ」

 サクサが顎でしゃくった方を見、少年は息を飲んだ。

 そこには、数人の男達が倒れていた。服装はバラバラだが、全員の傍に、ナイフや小銃などが転がっている。サクサはその内の一人に近付き、懐に無造作に手を突っ込んだ。

「……んー……お、あった、あった」

 サクサが引き抜いた手には、紙が握られていた。サクサはそれを少年に示す。少年はゆっくりとそれに目を走らせ、それから絶望を目に浮かべた。

「殺しの契約書だ。報酬は結構なモンだな。そして―――ターゲットは、こいつ」

 紙にクリップで止められていたのは、紛れもなく少年の写真であった。

「……父……さん……?」

 呆然として、少年は口を震わせ、項垂れる。

「ま、つまりお前は結局、父親にとっての便利な道具以上では無かったってことだな。戻ってこないなら誰かの手に渡る前に始末したい、ってところか」

 サクサの容赦のない言葉が突き刺さる。少年は唇を噛み、叫びを噛み殺した。

「……まさか、お前……こーんな劣悪な扱い受けながら、まだ何処かで、父親が本当は自分を愛していて、居なくなったら心配くらいはしてくれるんじゃないかとか、そんな期待持ってたのか?」

 サクサの言葉に、少年は肩を震わせる。

「図星か。そんな展開がお望みなら、古本屋にでも行ってろよ。いくらでも売ってるぜ? お望み通りの、甘っちょろくて安っぽくてありきたりなハッピーエンドってやつがさ」

「だっ……て……それしか、俺には、無い、んだ」

 少年は俯いたまま、アスファルトの上で拳を握る。噛み締めていた唇が熱く、滲んだ血が顎へと伝って拳に落ちた。

「愛されてないのは分かってた、でも、でもっ……だけど、」

「まだ混乱してるだろうが収まるのは待たねえ。今決めろ」

 冷たいものが顎に触れて、少年は弾かれたように顔を上げる。サクサが、ナイフの背を少年の顎に押し当てていた。

「このまま、殺されるのを覚悟で父親の元に戻るか。それならウチのESP系スキルの奴に記憶を消して貰う。それか、アザレア団に入るか。それとも――――」

 くるり、とサクサはナイフを反転させる。ぴたりと頬に当てられた銀色の刃は、少年の生白い肌を滑り、産毛を剃り落した。ぞわっ、と少年は恐怖に体を硬くする。

「ここで死ぬか?」

 そして、ぞっとするような冷徹な声音でそう言った。

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