18:魔王さん、こんにちは
「この世界、魔王いないんじゃなかったのか?」
一郎はこの世界に来た時、チビ神にそれはいないとの説明を受けていた。魔王討伐、それは異世界中世物ではビッグイベントだが一郎にとってはただの重荷でしかなかった。現在アラフォーにはきつい仕事であった。
「魔王、というのは悪さをする者の名称ではなく魔族の総まとめを指すのです。ですからそんな世界征服とかそんなたいそうなことはしていませんよ」
とりあえず殺し合いにはならない、それだけでも十分であったがそれではなぜ討伐に行くのか理解ができない。
「ここではですね、魔王は一つの指針となっているんです。例えば大蛇、倒すとおおよその依頼をこなすことができるとみなされ、仕事が増える理由にもなるのです」
アリューシャにとっては途中過程をすっ飛ばして仕事を得るチャンス、と考えているのだろう。
「すまないが・・・乗り気にはなれないぞ」
「そう、ですか」
顔を沈めたとおもうと、すぐに表情を変え次の案を言った。
「では、ついてくるだけでいいです。お願いできますか?」
「それだけならいいが、場所は?」
「ここです、ここの依頼所の演習場に明日来るんです。ですから」
必至の権幕で迫ってくるアリューシャ。こういうタイプにはどうも一郎は慣れない。そのためいなし方もわからず結局了承することに
「とりあえず、遠くにいるやつに連絡できる手段はないか?」
「ありますよ」
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《へ?パンゲア!?いまそんなところに?》
スワローに生存報告も兼ねて通話すると小一時間説教された。
「そうだ、それとこれから魔王に会うらしい。俺はやりあわないから・・・」
《わかりました!援護すればいいんですね!!今から音速で向かいます!では!》
「あっ・・・切りやがったな」
日にちは翌日、昨日はすでに夕方ということありそのままアリューシャの家にお世話になった。
「一郎さん、順番が来ました。ぜひ見ていてください」
そしてなぜか一郎は観戦することになってしまった。それだけならよかったが、かなり間近でそれもコーチ的な立ち位置になってしまった。今いる場所は野球場とかで選手やコーチが試合中に待機しているあそこのようなところだ。非常に恥ずかしい。
「あなたが魔王さんですね。よろしくお願いします」
そんな一郎の気も知らずにアリューシャは眼前の魔王と思われる男に挨拶を掛ける。
「うん、私は魔王とよばれてるけど、できればトニスって名前があるんだ。そちらを呼んでほしいな」
「ではトニスさん、行きます」
アリューシャはボウガンを使う、このボウガンは接近戦もできるようにチューンされているらしい。一郎は見たことないが。
「そこ!」
ボウガンの矢を放っていくが普通によけられている。アリューシャが下手というよりはトニスが速い、そういうことなのだろう。徐々にトニスの周りには白い波状のようなものが見え始めていた。
「ボウガンなんか、あたらないじゃないの!」
イラつきを見せながら、矢の種類を変えて装填する。先ほどとは違い、色が白っぽいものだった。
「でや!」
今までとは力のかかり方が違ったため、その矢には魔力かなんかがとられるものなのだろう。その効果は撃ってすぐあらわれた。
「あっつ!」
矢は途中で分裂し高熱を放ち始めた。こちらにまで熱が伝わってくる、つまりその場にいる二人は熱いなんてものではないだろう。肩にかすめたトニスはさほどのけがはなさそうだった。
「・・・・」
「この熱じゃあ、君はいるのですらつらいだろ。これで終わり・・・」
そうつぶやいて、首に手刀を入れた途端、ボウガンのいつ出したかわからない刃で受け止めた。
「おお」
「まだ・・・これで!」
少し驚いたのか、トニスの方は反応が遅れた。アリューシャはトニスの腹にボウガンを突きつけ、先ほどの矢を放った。
「おわりよ!」
トニスはそのままその場所で腹部を貫通。アリューシャは腕が焼けただれるだけで住んでいた。ボウガンは熱で原型をとどめていない。
「すごいね・・・こんな傷負ったの、初めてだよ」
そういってるトニスはすでに腹部の再生がほとんど終わっていた。再生が終わると、手刀を作り刺した・・・・
「なんて、見てられないんだよなぁ・・・さすがに」
「誰だい君は」
ととめなのか、一郎にはわからなかったがさすがに殺されては後味が悪い。というわけで出てきてしまった。
「うん、そこら辺にいるおっさんだ」
「おっさんが僕の手刀に反応できるはずないんだよなあ」
右手に持ったリボルバーのバレルでトニスの手刀を受け止めている。
「まあ、殺すのはやめてくれ。後味悪いんでな、そうじゃなかったら悪いんだが・・・」
「・・・」
こう着状態を解くと、トニスはそのまま走り始めた。
「私はスピード以外は他人が極めればたどり着ける境地でしかない。でも、だ。君は私の手刀についてきた。・・・種は早いうちに取っておくとするよ」
そういって走り続ける。すでに目では追える速度ではない。
「さらば!」
正面。手刀。
「生物は、音速超えたら体がバラバラにならないか?」
発砲。過音速と亜音速。二つがぶつかる衝撃は大きく、トニスの体は崩れた。
「あが!」
一郎を素通りして、そのまま壁に突っ込む。
「こいつ様様だな」
弾を抜く。装填。そのまま振り返ると。
「見えていなければ、反応はできん!」
トニスの念力が一郎の左目、直撃。
「・・・!」
声は出ず、そのまま片膝をつく。顔から流れる血は多くなる。
「バカにしすぎだ!その傷はなかなかなおらないぞ!」
もとより人間で、さらに若いとは言えない年の一郎にとっては重症である。誰だってそうだが。
「くそ・・・見えねえ。脳が生きてるだけよかったか」
血はもちろん止まらない。意識はまだ保っていた。
「くらえよ・・・」
右目で狙いをつけて撃つが当たらない。弾は6発打ち切ってしまった。
「くっそ、こちらも大損害だ。傷が治らねえどころか広がってる」
そのとき、会場の壁に一人の影が見えた。
「・・・主様・・・?」
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「・・・これは、浸食しているのか。なんだこの矢は・・・そもそも矢なのか?」
トニスは会場から逃げ、街道を走っていた。傷はまだ治らず速度は落ちている。
「あいつはいつかころさないと・・・うぁ!?」
突如、後ろから頭を鷲頭神にされた感覚、否。されている。
「やあ、主様の左目の代償。払ってもらいましょうか」
「だ、誰だおま」
床に顔を押し付けられうまくしゃべれない。
「貴様の主様が・・・負けたのは。弱いからだろ!」
「なんと、いった?」
一層、頭にかかる力が強くなる。
「今!なんといった!!?」
そのまま何度も床にたたきつける。
「主様が弱いと!そういうのか!お前は!」
すでに頭の形が少しからってしまっている。床もひびが入っている。
「それ以上やるなよ。なんかみてていやになるから」
「主様、しかし。左目は・・・?」
一郎は左目に目を当てて、「見えん」とただそれだけを言って
「帰るぞ、スワロー。これ以上やっても意味ねえだろ。もっとも自分の不注意だからそれをする必要はないんだが・・・」
「私は・・・許せません」
スワローはいまだ、怒りを抑えられておらず顔にそれがでている。
「・・・お前はさ、起きたばっかだから。許すってことを、覚えようぜ、少しづつ」
「こいつをまだあきらめきれそうにありません」
「あきらめると、許すって、違うんだよ。その場で止まるか、一歩踏み出すかの違いだ」
スワローにはいまだ通じていない。疑問符を浮かべるスワローに一郎は
「・・・じゃあ、ムカつきつつ許せ。そういうことだ」
「・・・わかりました。主様が言うなら、そうなんでしょう」
そのまま、まだ息があるトニスを投げ捨てて一瞥すると
「・・・いつか、いつか必ず。お前を倒しに来る。その時まで・・・待っていろよ貴様」
最後のセリフは、怒気や殺気。さまざまな感情や、威圧感が合わさりトニスは息ができなかった。
「・・・そんなことしないで、行くぞ。・・・おっと」
ふらつくとすぐにスワローが横につき
「あまり無理をなさらずに。戻りますよ」
「・・・・なあ、アリューシャはどうした?」
「え?あの小娘は私の部屋にしばりつけてありますよ」
「・・・解放してあげような」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ~」
「うるせぇ」
初めて会った魔王は、速いただそれだけだった。
自分が油断したためけがをしてしまったが・・・だせえ。
「こういう、私になかなか頼ってくれないので、うれしいです」
そういう顔は、少し照れていて、美しかった。




