勝利
スキル「睡眠学習」がほしいです。
「なんだいそれ。ボロボロだねえ、新入り」
「真子さんをちゃんと守ったってことだよ」
「うっせ…。大幅に遅れたくせに」
アネゴと慎に軽口を叩ける。それはなかなかに幸せで、日常を守ることができたんだ、と実感させてくれる。まあ、最終的に守ったのは真子だが。
結局、アネゴと慎が来たのは真子が皿を叩き割って10分後だった。中を見て二人はまず田中をロープでぐるぐる巻きにし、蹴りを入れ、柱の裏で両手を手錠に繋ぎ、蹴りを入れ、蹴りを入れ、薬で意識が朦朧としていた俺を叩き起こし、田中に蹴りを入れ、蹴りを入れ、眠っていた真子に毛布をかけ、田中に蹴りを入れた。途中で田中が目を覚ましたため、また蹴りを入れて眠らせていた。
「あんたももうちょっとしっかりしなよ。悪党ってのはこれくらいでちょうどいいんだよ」
伸びている田中を親指で指差しながら言う。やりすぎだと思ったが、そういえば俺腕折ってた。
「…とりあえず、まだ意識朦朧としてるから水ぶっかけてくれないか?コップは洗面所にあるの使っていいから」
「何言ってるんだい?机にあるやつ使えばいいじゃないか」
重さのみで机の上にあるコップに中身があることを確認したアネゴがバシャ、と中身をかけてきた。ちょ、待って!それ毒饅頭が…
次の瞬間、俺の意識は完全に刈り取られた。アネゴが悪いのか、田中が悪いのかは神のみぞ知る。
「…たくん。…うたくん。りょうたくん…」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
心地いい声だ。誰の声かは決まっている。俺の気持ちがここまで安らぐ声は他に存在しない。
「亮太くん…?」
まだ意識が微妙な俺は、半ば無意識に声の主を抱き締めていた。
「よかった、無事だったんですね…。亮太くん?」
体が震える。歯の根が鳴る。鳥肌が立つ。
真子の声を聞き、真子の無事を確認したことで頭が冷え、そして改めて感じる。
ーーー真子を、無くす所だったんだ。
戦ってるときはアドレナリンで、終わった後はアネゴと慎が来た安心感で、感じることがなかった恐怖。少し前に出会ってから俺の全てになった少女。その少女を、無くす所だった。それは、えも言われぬ不安感を俺に与えた。
一歩も外に出させたくない。ずっと俺が面倒見て、誰にも襲われないようにしたい。
多分俺がそれを望めば、真子は受け入れるだろう。だが、俺の中のちっぽけな理性と常識がそれを邪魔してくれていた。
「…ごめん」
「…何がですか?別に何も怖いことなんて無かったですよ?」
嘘だ。
本当は怖かったくせに。それは、泳ぐ目からも、流れる汗からも、乱れる語調からも分かる。
「…怖い思いさせて、ごめん」
言った瞬間、真子が抱き締め返してきた。強く、強く。
「…真子?」
「何も謝ることなんてありません。謝るのは、私の方です」
真子が少し涙の混ざった声で言った。
「…私、怖かったです。田中くんが、ナイフが、何より、薬が」
俺の胸から顔を離さないまま、真子は語り始めた。
「田中くんがナイフを出したとき怖かったです。亮太くんと戦い始めたとき、怖かったです。でも、田中くんが『犯す』って言ったとき、頭の中っていうより、火照った体全体から声が聞こえました。ーーーいーじゃん、気持ちよさに溺れようーーーって。私はそれが怖かったです。頭では亮太くん以外に抱かれたくなんてないのに、体は抱かれることを望む。薬はそれができるんだ、と思いました」
声が尻すぼみに小さくなっていく。真子の元気が無くなっていく。俺はそれが怖くて、キスをした。
「んむ!?ん…ふ…」
触れるだけの優しいキス。しかし、それは長く長く続いた。最初は力が入ってた真子も、体か力が抜けていった。それは、我慢が消えることを意味していた。
「んっ…く、うっ、く、ふ…」
触れあう唇に雫が触れる。それは、ひとつ、ふたつと増えていき、数えるのも億劫なくらいになった。
静かに唇を離し、真子の頭を俺の胸に押し付けて言う。
「真子。俺は近接戦闘が得意だ」
ゆっくりゆっくり、ぽつりぽつりと言ってやる。
「だから、俺はそれを教えてやる。そうして、自分の身を自分で守れるようにする。それが、本当の『守る』ってことだと思うから」
いつも俺が居れるわけじゃない。だから、自分で身を守れるようにする。それが俺の義務だと思う。
「怖い目にあわさないとは誓えない。でも、絶対俺が守る。そして、自分で自分を守れ。そして、俺を信じて、愛せ。分かったか?」
ーーー正直、ここで真子に嫌がられたら泣いていたと思う。しかし、真子は頷いてくれた。
こうして。
俺たちの間の事件は、ハッピーに幕を閉じたのだった。
ーーーおまけーーー
「…ねえ、あたしたち空気じゃないかい?」
「そうだね…あ、キスした!」
「うわあ、こういうの実際見るとムカつくね」
次回で一部終わりです。エピローグなので短くなる予定ですね。連載はまだ続くのであしからず。




