表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ginger Yell  作者: エリス計画
7/32

妹の勉強会

 ようやく大学での講義も終わった。ようやくだらけられそうだ。夕日を浴びながら家の前まで辿り着くと、女の子が立っていた。あれは、うちの妹と同じ高校。つまり、俺の母校のと同じ制服だ。近づいて行ってみると、ショートな髪に、明るい緑色をした妖精の髪留めが目を惹いた。彼女の趣味だろうか。


「すみません。うちの家に何かご用でしょうか?」


 俺よりも頭一つ半背の低い女の子は、突然声をかけられてあたふたした。


「あ、あの、その、私、千穂ちゃんの友達で。」

「ああ、そうなんだ。うちの妹、家にいなかった?」

「今日、勉強会をする約束をしたんですが、チャイムを押してもどなたも。」


 鍵を差し込み、ドアを開けた。誰もいない。女の子を手で、家に入るように促した。


「まあ、そこにいるのもなんだし、家に入って待ってたら?」

「あ、そ、そうさせて頂きます。私、待つのは得意なので。」


 彼女をリビングへ案内した。ダイニングテーブルの椅子を引き、座るように勧めると、遠慮がちに腰を下ろした。


「すいません。お邪魔します。」

「どうぞどうぞ。」


 冷蔵庫からジンジャーエールを取り出し、コップを準備する。


「あ、炭酸大丈夫?」

「はい。ジンジャーエール、大好きです。」

「そう。なら良かった。」


 コップに注いで渡してやると、コクコクと喉を鳴らして飲んでいた。待っている間に大分喉が渇いたらしい。


「いや、悪いね。約束があったのに。」

「いえ。いいんです。でも、どうしたんでしょう。忘れているんでしょうか。」

「まさか。でも、連絡取るにしてもね。」

「そうなんです。うちの学校、携帯禁止で。」


 今では大学でもネット三昧の俺には厳しい話だ。高校に戻ったら、校則は守れないだろう。もっとも、帰る気はさらさらないが。俺もジンジャーエールを一口飲んだ。突如、女の子は俺の鞄を指さして言った。


「あ、それ、血みどろ男爵じゃないですか?」

「お、知ってるの?」

「はい。大ファンなんです。うちの高校で密かなブームなんですよ。」

「そうなんだ。いる?」


 鞄からキーホルダーを取って、差し出した。


「え、申し訳ないですよ。」

「いいんだ。俺は二つ持っているから、もらってやってくれ。二つ目の男爵をくれた友人もそう言っていたし。」

「そうなんですか?じゃあ、あの、その、すいません。」

 キーホルダーを受け取ってくれた。じっと見つめながら、ほうっと息をついた。

「そんなに好きなんだ。」

「ええ。私の思い描く王子様に似ているんです。」


 特殊な人だ。鞄に嬉々として付けている様子を見て、髪留めの妖精は苦笑いを浮かべているようだった。


「ああ、そう言えば、君の名前を聞いてなかったね。」

「あ、私、最上結衣といいます。」


 最上さんの妹だった。

 この娘が、例の最上さんの妹か。血みどろ男爵のキーホルダーを尊敬の眼差しでしげしげと眺めているその顔を、しげしげと眺める。あまり似ているところのない姉妹だが、物を見る目つきだけは何となく似ている気がした。


「私、このキーホルダー、大切にします!」

「ああ、そうしてくれ。奴も浮かばれるだろう。」


 玄関のドアが乱暴に開き、誰かが音を立てて走って来る。そうしてリビングに勢いよく入って来たのは妹だった。額から珠のような汗を止めどなく流し、頬が桃色に上気している。学校から走って来たのだろう。


「あ、結衣ちゃん!ごめんねぇ。委員会が遅くなって。」

「千穂ちゃん。いいの。そんなに待ってないよ。」


 千穂は鞄から袋を取り出した。


「これ、お詫び。パン。購買で余ってたのを買ってきたの。」

「わあ、ありがとう。これ好きなやつだ。」


 パンの袋を押しつけるようにして渡して、シャワーを浴びに行った。結衣ちゃんはハムスターの如く、頬にクリームパンを詰め込んでいる。幸せそうだ。

 シャワーから上がって来た千穂は頭にタオルを巻いて、部屋着になっていた。軽く全身のストレッチを行った後、妹達の勉強会が始まった。


「じゃあ、俺、自分の部屋にいるよ。」

「いや、お兄ちゃんはそこにいてよ。分からなかったら教えて。」


 一度立ち上がりかけた身体を再びソファーに投げだした。

 俺の知っている勉強会というのは、普通は名ばかりで、だいたいはお遊び会になるものだと思っていた。現に、俺が今読んでいる漫画にはその光景が描かれている。しかし、妹達は違った。黙々と宿題を一通りこなし、その後にお互いに教えあうという合理的な方法を取っていた。鬼気迫る気迫に気圧され、ソファーに寝転んでジンジャーエールを飲んでいる俺は申し訳なく思った。

山積みの宿題がみるみる内に減っていく。もし、行き詰った時のお助け要因であるはずの俺は、お飾り要因になっていた。妹達の数学の教科書を戯れに読んでみたりもしたが、ほとんど忘れていた。

 俺が漫画一冊を読み終わるほどの時間が経って、勉強会も一段落したようだ。そもそも、彼女達は成績も良い方らしく、俺の出る幕ではなかった。家にあったクッキーを食べながら、和やかな雰囲気で徐々に雑談を始めた。話は学校の愚痴から、最近観たテレビの話と多岐に渡った。話は最後に宿題に及んだ。


「でもさ。この国語の小説、ないよねぇ。」


 千穂は小馬鹿にして溜め息をついた。


「どうして?」

「この小説の娘、白馬の王子様を信じてるんだよ?」

「いるよ?」


 結衣ちゃんは、純粋無垢な瞳で見据えて否定した。手には血みどろ男爵が握られている。迂闊な発言をしてしまったと、千穂は軽く頭を抱えた。


「あ、そうだったね。ごめんね。いるよね。いる。王子様はいるよ。」

「私にも、私の事を助け出してくれる救世主のような人が来てくれるもん。」


 夕方の太陽も、あと少しで沈もうとしていた。気まずい空気が少し流れたが、俺がジンジャーエールを勧めて事なきを得た。妹達はジュースを飲み干し、


「今日はありがとう。私、帰るね。」


と結衣ちゃんが言った。


「あ、うん。気をつけて。」


 最上さんの妹は、綺麗に身支度を整え、緑の妖精を頭に揺らして帰って行

く。鞄には彼女の事を守るように血みどろ男爵がぶら下がっていた。


「千穂。」

「言わないで。分かってる。明日改めて謝りに行くから。」

「そうか。」

「忘れてたよ。あの娘、人魚姫とかああいうの、今でも信じてるんだった。」


 妹はそう言って、ソファーに身体を投げ出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ