書き置き
十五時の夕方に差し掛かる頃に起きてもいいのは大学生の特権である。 朝から降り続けていたらしい雨も今は一時止んでいるが、アスファルトに浸透できない雨が水たまりを作り、看過できない雨雲が未だに空を覆っている。
買い置きしたおやつを食べに二階からリビングへ降りると、机の上に一枚の紙切れが置いてあった。不思議と胸騒ぎがするので、めくって読んでみると、俺宛の看過できない内容が書かれていた。
「母さん、今日みたいな雨の日には思い出すことがあるの。 あれはいつの頃だったかしら。とにかく今よりもずっと前、まだお兄ちゃんが生まれるよりも前のことよ。
その日は一日ついてなくて、夕立の土砂降りを一身に受けながら、大泣きで家に帰ったの。でもね、家には買っておいたプリンがあったから、すぐに元気が出るかなって思って、家に帰りついたんだけと、プリン、冷蔵庫に入ってなかった。
お父さん、うっかり食べちゃったんだって。本当、昔からうっかり屋なんだから。私、怒りが心と頭に浸透しちゃって、お父さん、追い出したの。雨の中。出張セットが入ったバッグを投げつけて。けど、静かになって外に出てみたら、いなかったの。ごめんねって一言言ってくれればドアを開けたのに・・・・・・
家に入って、ドアポストの中をみたら、一週間留守にするってメモが入ってた。
ポケベル鳴らしても電話かけてくれないし、一週間、心配ながらも待ってたら、お父さん、イギリスのカスタードプリンを買って帰ってきたの。海外に行ってたのよ。ずるいわよね、一人で。それで、ごめんね、これで許してくれって。で、仲直りしたのよ。」
手紙はそこで終わっていた。昔の父母の相思相愛っぷりを見せつけられて胃もたれしていると、見落としていた一行が目に入った。
「追伸、一週間留守にします。ごめんね。」
はっとして冷蔵庫の中を見ると、俺が買い置きしていたプディングがなかった。そもそも調味料以外がなかった。冷蔵庫を閉じる。
「おやつはいいけど、晩飯どうすんだよ・・・・・・。父さんに連絡するか。」
雷が一つ鳴った。じきに雨も降り始めるだろう。きっと今頃母さんは、晴れたイギリスでおいしいご飯を食べているのだろう。うっかり屋の母を呪う気持ちが心と頭に浸透した。