うるさい
妹がうるさい。
先ほどから、俺の部屋で中学二年生の好むような邦楽バンドの歌の歌詞を印刷してきて延々と朗読している。夜も深いというのに。
「なあ、頼むからやめてくれないか。」
「駄目。忘れたの?お兄ちゃん、この間私の部屋の前で一晩中読み上げたじゃない。」
「何をだっけ?」
「お経。」
思い出した。あれは妹の通う高校の期末試験前日のことだ。試験勉強に打ち込む妹の部屋を、壁一枚隔ててお経を読み上げていたんだった。
「つまりは嫌がらせか。」
俺は尋ねた。
「つまり、嫌がらせの仕返しよ。」
妹は答えた。既に読み上げた楽曲の数は三十に達している。
「でも応援でもあるわ。」
「どういうことだ?」
「お兄ちゃん好きでしょ。こういう歌詞。だから励みになると思って。」
「別に普通だよ。」
そう、実際は好きでもあるし嫌いでもある。プラスマイナスゼロで普通ということにしている。
「続けたら?試験勉強。」
「続けるよ。試験勉強。」
俺は前期試験のテキストに、妹は携帯の歌詞画面に向き直った。
「漆黒の翼を持つ黒き眼の、寂しく白き雫が僕の頭に降りかかる。」
エマージェンシー!こんな泣き顔は君に見せられないよ!
久しぶりにその歌の歌詞を聞いたが、やはり素晴らしい。この試験が終わったら、インターネット通販サイトで手離していたCDを注文しよう。
「何この歌?カラスが頭にフンを落として泣いているだけじゃん。」
「この良さはお前には分からんよ。」
腹が立ったが、ここで口論を挑んでは試験を邪魔したい妹の思うつぼである。お茶と一緒に不満をお腹に押し戻した。
「あれ、私の目論見ではその良さについて熱く語ってくれるはずだったのに。」
「その手には乗らんさ。」
「いいもん。私には最終兵器があるから。」
「最終兵器?勝手にどうぞ。」
「勝手にやるよ。」
後ろで本をめくる音がした。
「懐かしいのは君の指。」
俺がこういう歌詞を嫌いでもあるのは理由がある。
「前の世からの赤い縁。」
中学二年生だった俺は一冊のノートを常に持ち歩いていた。
「今世も紡ぐその糸は。」
そのノートにはびっしりとポエムが書かれている。どんなポエムが書かれているかというと。
「来世へ手つなぎ渡る橋。」
ちょうど妹が読み上げているような内容のものである。
「これはいいものだ。」
振り返ると妹がニコニコしていた。俺の脳裏にかつての恥ずかしい思い出が閃光のようによぎり、自分の意思に反して奇声を上げていた。
「ちょっとうるさい!お母さんたち起きちゃう!」
「うるさい!貸せ!」
妹の手にあるノートをひったくり、布団に飛び込んだ。
「……なんか、ごめんね。」
うつ伏せになり、頭を枕で隠す。だから嫌いなんだ。こんな歌詞。
「お、お休みなさい。」
妹は逃げるように部屋を出て行った。
「どんなに恥ずかしいか、お前にはわからんよ。」
静かになった部屋の中でつぶやいた。手放していたCDを買う前に、シンバルを買おう。そう復讐を誓った。




