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【自由への水先案内人】

 今日は良い天気だし、キイちゃんと少しは仲良くなれそうだし、気分が良い。ユウトの家の前でハルカを待っている間、鼻歌が出てくるくらいご機嫌だった。

「ふーふんーふーん」

「よう、えらいご機嫌やな」

 後ろから声がした。振り返ると、珍しくジャージ姿じゃないハルカがいた。

「いやー、今日は絶好のお出かけ日和やし、さらにキイちゃんがやっとデレてくれたのが嬉しゅうてしゃあないのよ」

「それにしても……お前ずいぶんキイタ君のこと気に入っとるんやな。いくら弟に頼まれたからって、毎週毎週懲りずに会いに行くなんてお前にしては珍しいやんか」

 ハルカはユウトの家を眺めながら言った。

「まあ気に入ってるところもあるけどな、一番の理由としては、義理とはいえ親族やからなんや」

 キイちゃんがこのまま閉じた世界の中で生きていくのは少し可哀想だ。オレはもう手遅れな年齢かもしれないけど、キイちゃんはまだ若い。ずっと働かず家でぐーたらしていたオレでさえ、きっかけがあれば外に出るようになったし、こうして自分だけでなく他の人のことも考えることもできるようになってきた。キイちゃんくらいの若さならきっと、軌道修正は簡単だ。だから方法はちょっと間違っているかもしれないけど、オレにできることはしてあげたい。


「お前って意外とそういうん気にするよな」

「自分に近しい存在は大切にしたいんや。どうでもええヤツはどうでもええけどな」

「近しい、ねえ。じゃあ俺のことももう少し大切に扱ってくれや」

 ハルカの目が説教モードに入りそうなので、それを避けるようにユウトの家のインターフォンを鳴らす。

「きーいーちゃーん! 迎えに来たでーっ!」

 キイちゃんの暗いオーラを吹き飛ばすようなつもりで叫んだ。

 玄関から出てきたキイちゃんは、だぼだぼのネルシャツとジーンズにリュックという、なんだかどこかの電気街でよく見かけたスタイルだった。予想通りといえば予想通りだったけど。肩までつきそうな黒髪が余計に「それ」っぽい。

「おー、おはようキイちゃん」

 いつもの調子でそう言うと、ばしっ、とハルカに頭をはたかれた。

「おはようやないやろ、世間ではもう『こんにちは』の時間や。あ、キイタ君、すまんな。さっきも大声で呼ばれて恥ずかしかったやろ? ホンッマにこいつはアホなんやから!」

 さらにもう一発、肩にツッコミが入った。

実はそんなに痛くないたたき方だけど、ここはキイちゃんからのウケを狙って少し大げさに痛がっておこう。デッドボールのアピールをする野球選手のノリで。

「あ、いえ、大丈夫です。慣れましたから」

「慣れるほどやってたんか……ホンマにすまんな。代わりに謝っとくわ。あ、紹介が遅れてもうたな。俺は――」

「ハルカさん、ですよね。アキトから話は聞いてます」

 キイちゃんの言葉を聞いて、ハルカはこちらをぎっ、と睨んだ。

――ま、まずい。これはちょっと面倒なことになった。

「キイタ君にあることないこと……特に『ないこと』を話しとるんやないやろうな」

「話してへんがな! 名前教えただけやから!」

「ホンマやろうな?」

「ホンマやって」

 鬼嫁に叱られる旦那のような気分で許しを請うオレが可笑しかったのか、キイちゃんがクスクスと笑い出した。キイちゃんは童顔だから、笑うと小動物のように可愛い。それを見てオレも微笑みがこぼれる。

「なにをニヤニヤしとるんじゃお前は」

 ハルカのチョップが脳天にヒットして、オレは「いたっ」と今度は本気でこぼした。

「人の話聞いとるんか」

「聞いとるがなー。もう、乱暴なんやから」

 へらへらと笑いながら言えば、ハルカも呆れたように「まったく……」と返す。

 いつものように収まったところで、キイちゃんに目を向ける。

「キイちゃん、ハルカは基本的にはええヤツやから心配せんでええよ」

「こんな風にはたくのはアキトだけや」

 キイちゃんは「わかってますよ」と困ったような笑みで答えた。


 オレが見つけた猫カフェはユウトの家から歩いて約四十分かかる。ちょっと疲れそうなものだが、電車が苦手なキイちゃんのためだ。多少の苦労は仕方ない。

 キイちゃんはハルカの隣をキープしつつ歩いており、その二人の後ろをオレが歩いている。オレが変なことしないように、とハルカが位置を決めたのだ。

――ひどい話や。オレだってそんなにしょっちゅう変なことをしているわけちゃう。

 空気だって読もうと思えば読めるのに。

「ハルカさん、すいません。僕のワガママにつきあわせてしまって」

「ええよ、キイタ君が謝る必要なんてあれへん。こいつが頼りないのがいかんのや」

 ハルカはこっちを振り返ると、オレの耳を軽く引っ張った。痛くはないが歩きにくい。

「あー指輪しとったらこんなんすぐ逃げれるのになー」

 オレがつぶやくと、ハルカは耳から手を離し「アホな事に能力使うな」と半笑いで言った。

 アホと笑われたとしても、本当は姿さえ変わらないならもっと能力を使っていろいろとしたいことがある。たとえば背中にチャックがある服を着た綺麗なお姉さんがいたとして、そのチャックを開いて遠くからこっそり反応を眺めてニヤニヤするとか。

 せっかくこんなに便利な能力をもらったのだから利用しない手はない。疲れてしまうところと、変身してしまうので使える場所が限られることを除けば最高の能力だ。


 四十分歩く間、ハルカとキイちゃんは時々しゃべって時々黙った。オレはちょくちょく話をかき回してはハルカに突っ込まれた。キイちゃんの笑いを誘おうとしたのだ。


 そしてようやくカフェのある小さな雑居ビルの前についたときには、三人とも歩き疲れと話し疲れで、思わずみんなそろってため息をついた。

「ふー、ようやくついたわ」

「『猫喫茶マタタビ』……ここがアキトの言ってたとこ?」

 キイちゃんは期待でキラキラと光る瞳をオレに向けて聞いてきた。

「せや。ネットでの評判も良かったし、写真に載ってたコも可愛かったで」

 それを聞くと、今までまとまって歩いていたキイちゃんが、一人で歩き出した。それにオレとハルカは慌ててついていく。

――好きなものに対しては積極的なんかなぁ……。

 ビルの六階にあるカフェに向かうため、三人でエレベータに乗り込んだ。


 ドアが閉まる直前、煙の臭いがすることに気付いたのだが、そのときは疲れから特に気にせずにそのままエレベータに乗ったままだった。


 しかし数秒して、突如エレベータは停止し、基内は真っ暗になった。




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