IF設定-SS シアンとソル-
森の一軒家にとある一家が住んでいました。
とても仲睦まじい両親の間には二人の子供がおり、しっかり者で礼儀正しい姉のシアンは十二歳、元気な弟のソルは十歳になったばかりでした。
「オレ、この剣で生きていくことに決めたんだ!」
ソルが鋼の短剣を太陽にかざして、うっとりとしていました。
庭先で洗濯物を干していた長女のシアンは、ソルの決意を聞いて、ふぅ、とため息をつきました。
「どうしよう。ウチの弟がおかしくなりました」
「おかしくなってない! 見ろよ、これ!」
突き出される鋼の短剣にシアンは反射的に手首をひねって、足首をひっかけました。
俯せで倒れたソルの背骨に流れるように膝を置き、完全に起き上がるのを封じて一言、呟きました。
「剣を人に突きつけたらダメです。お父さんに言われたでしょう?」
「あだだー!? 姉ちゃんゴメン! まじゴメン! だから腕をこわさないで!?」
反省したようなのでシアンはソルを放してやりました。
「次にやったら指を折りますよ」
「ね、姉ちゃんにころされる……ッ!」
這々の体で逃げ出したソルでしたが恐怖は心に根付いたようです。
「お姉ちゃんは洗濯で忙しいので、お話なら後でしましょう」
しばらく洗濯物を干していると恐怖から抜け出したソルが、また姉のところにやってきました。
ちょっとおっかなびっくりな足取りだったのは、まだまだ子供だからでしょう。
「そうじゃなくてさ。理由とか聞かないの? どうして剣で生きよう、とか。お父さんとお母さんはどうするのか、とか」
「そんな剣で外に出て死んだらどうするの? とかですか?」
「死ぬって決まったわけじゃないから! オレ、クリスティーナさんから筋がいいって褒められたんだよ!」
クリスティーナさんとは二人の両親が拾ってきた子供たちの一人です。
二人にとっては年の離れた姉、クリスティーナにとっては妹と弟のような扱いをされていました。
「将来、冒険者になれるってさ! たくさん稼いでオレ、お父さんとお母さんにうまいものをくわせてやりたいんだ」
「別にウチはお金に困っていませんけどね。美味しいものならお母さんが作ってくれますし、美味しい獲物ならお父さんとモフモフが獲ってきますし。余り物で野菜ももらえるし、商隊に売った術式具で備蓄もたくさんありますよ」
「そうじゃなくて、冒険者として大きくなったら両親に美味しいものをたべさせるのは冒険者の憧れなんだよ!」
志は立派ですが極めて家庭的な憧れもあったものです。
「憧れでご飯を食べれたら誰も苦労しません。そう薬屋のおばあちゃんが言っていました」
「女の姉ちゃんにはわかんないんだよ」
ぶすっと頬をふくらませたソルにシアンは、ふぅ、とため息をつきました。
「クリスティーナさんも村の警備の仕事でいそがしいのに、手を煩わせてはいけませんよ」
「剣の稽古のこと? だったら別にいいって……」
「ソルのことだから冒険してて、すぐに迷子になって泣くでしょう?」
「それは八歳の時の話だし!」
「まだ二年前なんですね」
「もう二年も前!」
「クリスティーナさんが探すことになるんだから、じっとしてなさい」
「迷子になることが決まったみたいに言うなよ!」
とうとう地団駄を踏み始めたソルにシアンは少しうっとりした顔で見ていました。
困った弟をからかうのが最近のシアンの趣味なのです。
「よーし! 今からお父さんみたいに猪を狩ってきてやる!」
ソルはまだ狩りに連れて行ってもらえていません。
まだまだ幼いからです。
シアンは十歳で父と狩りに出かけたことがあるとは、ソルには内緒にしていました。
シアンはソルのプライドが傷つかないように内緒にしていたのです。
優しいお姉ちゃんですね。
でも、そんなことを知らないソルは「自分はすごい」ということを必死でアピールしていました。
男の子は時に嘘をついてでも見栄を張らねばなりません。
それがわかっているシアンは、ちょっとうっとりしながらソルの自慢を聞き流していました。
「行くからな! 本当に行くからな!」
本当はちょっと止めて欲しいソルでした。
「うん。でも――」
きっと止めるまでもないだろう、そうシアンは考えていました。
何故なら森の方からズシンズシンと重たい音がするからです。
ようやく音に気づいたソルが森を見てみると、森の中から、ぬぅっと巨大な猪が出てきました。
「ぎゃー!? オオイノシシだー!? おねえちゃん!!」
腰を抜かしたソルの姿はとてもシアンの心を揺さぶりましたが、なんとか表面に出さないようにしました。
オオイノシシのせいではありません。
「シアン。ソル。ただいま帰りましたよ」
オオイノシシを抱えた父が姿を現したからです。
どう見ても、普通の男性よりも小柄な体躯のはずなのに自らの体よりも巨大なイノシシを抱える姿は何かの冗談に見えるでしょう。
しかし、シアンやソルにとっては当たり前の光景でした。
「おかえりなさい。お父さん」
「お、お、おかえり、父さん……」
にっこりと微笑み、父を迎えるシアンは完璧な淑女でした。
そんなシアンにも父親は優しく頭を撫で、同じようにソルにも撫でてやります。
騒ぎを聞きつけた母が裏の扉から出てくると、ふっと顔を緩めました。
「おかえり、ヨシュ」
「ただいま、フィヨ」
いちゃいちゃする両親は時々、シアンがソルの目を塞がなければならないこともありますが、今回は軽いキスだけで済んだようです。健全ですね。
「こんなに大きな獲物だと皆にも食べてもらわなきゃダメね。それに、皆にさばいてもらえるから手間も少なくなるし、私たちも皆も幸せね」
「えぇ。一番、いいお肉は頼んでもらっておきましょう」
「それじゃ、さっそく……、そういえばモフモフは?」
「モフモフなら最近、縄張りに入った狼にお灸をすえると言って、途中で別行動になりました。すぐに帰ってくると思いますよ」
「うん。そうだね」
父と母は当たり前のように村の方へと歩いていきました。
そんな両親に小さく手を振って微笑みを撒き散らしていたシアンでしたが、くるりと振り返ってソルを見ました。
「猪、いらなくなりましたね」
「……うん」
どこかしょんぼりしながらも安心しきっている弟を見るシアンはとても優しい顔をしていました。
どんなにこっそり意地悪をするシアンも、本当は弟を大事に想っているのでしょう。
良い子、良い子とソルの頭を撫でるシアン。
憮然としていてもちょっと嬉しいソル。
そんな姉弟の仲睦まじい様子はモフモフが帰ってくるまで続きました。




