IF設定-限定SS バレンタインの来訪
この物語はこのお話のためだけに特別な設定で進んでおります。
どの未来に当てはまるかは不明です。
それは寒い日のこと。
突然、執務室に呼ばれたレギンヒルトは毛皮のマントを身に纏ったランスバールに出迎えられていた。
そう、何故か背を向けた仁王立ちで。
「貴様は知っているか? レギンヒルト卿よ」
ばさぁっ、とマントを広げて振り向きざまに言い放つ。
その姿はまごうことなくアホだった。
そして、これが自らの王だと思うと情けなくて声も出せないレギンヒルトは、小さく額に手をやり、ため息をついた。
「うお、さびーっな、おい。なんつー寒さだベルベール! 暖炉に火を入れてくれ今すぐに!」
「ですが、『寒さの中で仁王立つ俺、かっこいい』と言って暖炉の火を消したのはランスバール様ですので初志は貫徹すべきが王道かと」
冷静に答えるベルベールは室内なのに防寒装備だ。
「おう。寒いから無しだ、無し! 足元から容赦なく冷えてきやがった! 人は暖炉で丸くなるものだぞ。それにだな、なんつーか、あの爺さん思い出して心の底まで震えてくる」
「雪の中からランスバール様を見つけた時は生きた心地がしませんでした」
「そうだろ、そうだろ……? つーか、逆じゃね?」
早速、火を入れ始めるベルベールの背中は何も語らなかった。
細かいことは頭から放り出して、再びレギンヒルトに向き直る。
「寒い中、ご苦労だったなレギンヒルトよ」
「今更ですが、はい。待たされました。何事でしょうか国王陛下」
心なしか物理的距離より遠い何かがあったような気がするがきっと気のせいだろう。
「今日は女性が男性に甘いものを渡す日らしいぞ。というわけでくれ」
「そのような日があるとは知りませんでした」
「ヨシュアンの故郷の風習らしい」
その一言でピクリと髪が動くレギンヒルトだった。
「でだな、ヨシュアン曰く、その日に甘いものを贈ると恋が実るとのことだ」
「陛下に贈る甘いものはございません」
レギンヒルトは輝く笑顔で言い放った。
「いやいや、待て待て。別に俺はお前の愛なんかいらんぞ。なんか怖ぇーからな。その風習にはな、本命と義理というヤツがあってな。本命がさっきの恋が実る云々だ。義理ってのが日頃の感謝を示すってヤツらしい。義理をくれ」
「申し訳ありませんがランスバール陛下。至急、事を起こさなければなりませんので失礼させていただきます。後ほど従者に送らせますのでご容赦ください失礼します」
カーテシーをして、部屋を出て行くレギンヒルト。
その背中に花が満載していたのを知っているのはランスバールとベルベールだけだった。
「……あいつ、露骨じゃね?」
「ランスバール様よりマシかと。火がつきました」
「おう。ところでずいぶん手間取ってたが、薪が湿ってたか?」
「いいえ」
しかし、その手に鉄串と白くとろける綿のようなものを見て、ランスバールは首を傾げる。
「焼きマシュマロです」
「おう。食いもんか」
「はい。御賞味くださいませ。ただし六つの内に一つ、激辛のものがございます。ランスバール様がお好きな賭けの要素を加えてみましたが如何でしょう?」
「おうおう、そういうのは食う前に言えよ。ま、でも賭けなら負けねーよ。なんせ賭けで国を盗った男だぜぇ?」
とりあえずランスバールは甘いものを一つ、もらえたようだ。
※
さて、ところ変わって王都にあるヨシュアンの家では家主であるヨシュアンとその内弟子エリエスが穏やかな正午を過ごしていた。
ヨシュアンと飼狼のモフモフに変わりはないが、エリエスは少し変わった。背も伸び、流れる黒髪を束ねるままにしているエリエスはもう立派な淑女だった。
「できました」
エリエスが『天に触手を伸ばし苦しみ歪む何か』を見せたせいで、ヨシュアンの眉根が少し歪む。
「……そうですね。先生は確か、術式ランプの台を作って欲しいと言いましたが」
「はい。新作です」
創作をさせると時々、常人の理解しがたい形状の物体を作るエリエスだったが今回はとびきりの異形だ。
職人としてどうすべきかと悩んでいるヨシュアンの耳に竜車の音が飛び込んでくる。
悩みは後回しにして、すぐに立ち上がる。
「どうやらこんな寒い日に飛び込みのお客さんのようですよ」
「先生、私が出ます」
「いえ、ついでにもう一つ台を持ってきますので、そこに居なさい。動かない。後、もう一つくらい作ってもらおうと思っていたので新しい形を考えておくように」
遠まわしにダメ出しし、来客のために店内へと出る。
何年か前はもっと無骨だった店内はエリエスの手で色々と改造されていた。
膝までの背の低いテーブルに淡い桃色のリンネル布。そこに飾られた幻想的なランプの数々を見ているとどこのファンシーショップかと思うヨシュアンだった。
これらの装いはエリエスの改造であっても趣味ではない。明らかにエリエスに入れ知恵した何者かの仕業だとヨシュアンは睨んでいる。
とはいえ、もう見慣れた店内だ。
扉に向かうと同時にノックされる。
「いらっしゃい。ヨシュアン術式具店――レギィ?」
「はい、今日はちゃんといましたねヨシュアン」
扉の向こうでにっこりと微笑むレギンヒルトの姿を見て、衝動的に閉めたくなったヨシュアンだが、精神抑制法で欲求を抑えこんだ。
「わざわざこんな日に来なくても」
「――それは私が来たら困るという意味ですか?」
ピキリと笑顔が固まったのを見て、慌てて首を振るヨシュアンだった。
「いえいえ、そうではありませんよ。何せそろそろ――いえ、まぁいいでしょう。立ち話はなんですし、入ってください。そこに居るより暖かいと思いますよ」
「そ、そうですね。ではお言葉に甘えて――お邪魔します」
店内にエスコートされて、奥のテーブルに居るエリエスを見て、すこしたじろぐレギンヒルト。
「エリエス君」
「はい」
用件を言わずに動き出すエリエスに微笑ましさと安心感、そして、少しの嫉妬を感じながらも勧められた暖炉前に座るレギンヒルト。
ヨシュアンはエスコートしながらもかけていたハーフケットをレギンヒルトに手渡し、対面に座る。
「で、今回の用件はなんです? 学術施設に関しては上手く行っていると聞きましたが」
「ようやく軌道に乗ってきたのですが、そうではありません」
「では、光術式ランプですか? あれはキースレイト君が主導で作っているので単価はそっちのほうが安いと思いますが」
「違います。ヨシュアン」
グイっと顔を近づけるレギンヒルトに若干、逃げ腰のヨシュアン。
これはいつもの光景だ。
「ヨシュアンの国をお話です」
「……何を聞くつもりですか」
一転して、拒絶する空気を放つヨシュアンに今度はレギンヒルトが及び腰になる。
「違います。ヨシュアンの国には色々な風習があったと以前、聞きました。そう、そして、その一つを偶然、知己より聞きまして」
「……そんなことを口にしそうなバカは一人しかいないんじゃないですか?」
「出所はともかく、何故、そうだと言ってくれなかったのですかっ」
「何がですか」
と言いながらも考えるヨシュアン。
この寒い中での行事といえば色々と限られてくる。
「親しく、とても親しい女性から男性に贈る行事があるそうではありませんか。言ってくれたら私もすぐに準備できた――いえ、そうではありません。例え国が違ったとしてもヨシュアンの国での行事とあれば、それは文化です。文化はヨシュアンを形作る一助にもなっているもので、例えリスリアにそうした文化がなくとも尊ぶべきだと思います」
「あぁ、そういえばそんな時期ですね。面倒なので忘れていました」
「め、面倒……っ、忘れて……っ」
「お茶です」
銀のお盆に乗せて紅茶が運ばれてくる。
エリエスもここの暮らしに慣れたのか紅茶を淹れる腕がめきめきと上がっている。
その影にベルベールの指導があったと知る者は少ない。
「何の話ですか?」
「あぁ、いえ。先生の故郷には奇抜な風習がありましてね。この季節、わざわざチョコレート……、カカオを使ったお菓子を贈る習慣があります。近年ではチョコだけでなく、ケーキ、手作りの料理もあります。お菓子以外だとアルバムや現金を贈る人も居たりしますが余談ですね。まぁ、何か贈り、日頃の感謝を示そうという企画ですよ。あ、企画というのも元々、お菓子の業者が売上増のために世間に流した捏造文化だからですね」
「捏造……っ、現金……っ」
ガラガラと何かが崩れていく想いのレギンヒルトだった。
「しかし依然、お菓子を贈る人がほとんどです」
「そのチョコレートというのはどこにありますか?」
「南方で似たものを見たとは聞きましたが、実物までは見ていません。加工方法もわかりません。味は……、以前、作った焙煎豆の飲み物を覚えていますか」
「コーヒーです」
「そう。アレによく似た味です。少し苦く砂糖などを混ぜて甘苦くしたものです。元が融点が低く、粘度のある液体なので口の中で溶けますね」
「わかりました」
「事の起こりはどうでもいいのですっ」
「さっき文化がどうのこうの言ってたじゃないですか」
「ヨシュアンの国では今もやっている行事ですね、そうですね? 間違いないですね?」
「え、あ、はい。まぁ、そう簡単に盛り上がれる行事が廃れるような民族でもありませんでしたし、まだあると思いますよ」
「なら、大丈夫です」
「リスリアの文化ではありませんし、そう気張らなくても」
なんとなくレギンヒルトが何をしたいか悟り始めたヨシュアンだった。
しかし、何を躊躇しているのかもじもじして未だに手を背中に回して『何か』を隠そうとしている。
「とりあえず用件はわかりました」
さて、どうしたものかと思案する。
レギンヒルトとの間にあった問題は色々あって解消されているが、だからと言って『はい、そうですか』と付き合うほど簡単なものではない。
根付く憎しみは一生、消えはしない。
「で、では、ヨシュアン!」
真っ赤な顔で気合を入れ始めたレギンヒルトに――おそらく本命――をどう返したらいいものか。
一頻り悩んでいると視界の端で茶色い物体が見える。
「先生。あげます」
ビスケットをつまんでヨシュアンの顔に近づけるエリエスがいた。
反射的に受け取るとエリエスはこくんっと頷き、次は居間で寝ているモフモフにも差し出す。
「あげる」
『さもありなん』
どうやらヨシュアンの行事の話を聞いて、エリエスも挑戦してみたようだ。
モフモフにも与えている辺、ちゃんと理解していないのだろうが問題はない。
感謝の心が大事だ。
だが、そちらよりも重大な問題が控えている。
『同じように何かを誤解した』レギンヒルトが暗黒の渦をまとって涙目だったりするのだ。
「ヨシュアンっ! で、弟子に手を出すなんてそんな! そんなはしたないことを! どうして私というものがありながら……っ!」
「あー」
あんた、恋人でもなんでもないじゃないか。
なんてことを口に出すと即座に殺されるだろう。
どうして誤解をといていいものか。
そんなことを考えながら、次の瞬間に備えて内源素を編んでいたヨシュアンだった。
※
さてさて、ヨシュアンが押しつぶされるまであとわずか。
外はチラチラと白いものが降り始め、誰もがあっと空を見上げ、寒さの結晶を見上げていた。
しかし、ここにそんな風情など気にせず、ヨシュアンの家を目指す四つの影があった。
それぞれ、それなりの成長をした彼女たち。
彼女たちもまた、何かを聞き、それぞれの理由で寒空を走っている。
彼女たちにしてみれば、その想いは愛や恋などというものではないだろう。
何せ、それぞれがそれぞれ、奇妙な勘違いをしたままヨシュアンの家を目指しているのだ。
あるものは銀の彫刻、あるものは現金、あるものは聖餅、あるものは大きな魚。
何一つとしてバレンタインという行事に似つかわしくないものだ。
しかし、その想いは大きな一括りで――そう呼ばれるのだろう。




