第十二話 麻衣菜、使徒を呼び寄せ、七志、敵地へ潜入す。
七志はいつかのボディスーツの出で立ちとなり飛翔する。チートロボはまさしくチートで、何でもアリだ。
七志が思いつく限りのことを、すべて叶えてくれるらしい。合体ロボでもなかったくせに、合体解除が出来るのだ。
三機の飛竜がぴったりと七志の機をマークし、同じ距離を保ったまま追っている。どんなに狭い区域を地面すれすれに飛ぼうとも、彼らは飛竜の翼をせばめ、態勢を斜めに滑空し、追いすがってくる。そして隙あらば砲撃を加えた。
ともすれば七志のほうが飛行技術の未熟を露呈し、壁や床面を派手に抉ってしまう。
先回りの竜騎士が前方、障壁の影から飛び出す。挟み撃ちを避け、上昇した七志に飛竜からの一斉射撃。上空から錐もみ飛行でまた別の飛竜が突っ込んでくる。突き出された槍剣を脇で受け止め、突きからの砲撃を防ぐ。
上昇した飛竜が七志の背後へ回り込む、そこへ七志は力ずくで、捕らえた竜騎兵の武器ごと振り投げた。二頭の飛竜が空中で激突、もつれあって落下してゆく。
一瞬、七志が停止した瞬間を狙い、眼下の歩哨からスナイパーの凶弾が頭部モニターレンズを撃ち抜いた。
「うわ!!」
一瞬のうちにモニターはノイズに支配される。次には右腕の操作系統がやられてしまった。
即座に七志は急上昇し、同時に全方位モニターを作成、レーダー対応に切り替える。視界がクリアになった途端、目に飛び込んできたのは無数の追尾ミサイルが吐き出す白煙だった。
「くっ、」
身を縮める。回避は無理と判断した。ミサイルの軌道を縫い、あるいは追従で竜騎士も追ってくる。
シールド展開と同時に多重爆発、さらに三機の騎竜による砲撃が重なった。
激しい振動で胃をシェイクされながら、七志の手許はさらなる新装備の設定を終える。
炸裂する閃光、世界が瞬間、白に染まった。
時間稼ぎはほんの数秒、しかし、七志にとってはそれで充分だった。
急降下した青い機体を追って、飛竜も降下する。錐もみで、ほとんど墜落としか見えない無茶な飛行だが、彼らには大した影響もないのだろう、あっという間に追いつく。と、裏を掻くようにターゲットは上昇していき、入れ違いになった竜騎士たちが慌てて再び上空を目指す。
目まぐるしく滑空、落下、上昇を繰り返す七志の機体に、スナイパーの照準がときおり合わさり、どこかを撃ち抜こうと凶弾が迫り、間一髪でシールドがこれを防ぐ。お返しとばかりに、七志の機体は腕をガトリングに変形させ、弾道を逆算、発射地点へ数百発もの鉛玉をお見舞いした。狙撃者はとうにその場を離れ、別の場所から腕の機銃に狙いを付け――
おかしい。
「ソナー! 探知しろ! ゴーストが一匹増えたぞ!」
双眼鏡をむしるように下ろし、ビリーが怒鳴りつけた。操縦者が交代している、中身はどこかへ降下した。
闇に紛れ込むなら特殊な魔法は必要ない、夕日が完全に沈むまでに捕捉しなければならなかった。先程、ついに捕捉に成功したゴースト機、あれすらこの時の為の囮だったのかと気付く。
しばらく止んでいたソナー音がいきなり響いた。
「くそ、もうバレた。本当に精鋭だな!」
あっという間に遮蔽魔法を引っぺがされた七志は、自前のチートで障害物の影から影へと跳躍する。機体内部は密閉空間であり、魔法だろうが何だろうが、完全に遮断する。最初から掛けてもらっていた遮蔽魔法は七志が降下後、しばらくの間はその身を隠してくれるはずだったのだが。閃光で視界を奪った隙に分離する作戦を咄嗟に思い付き実行したが、逆に勘付かれてしまったようだった。あの高度から生身で飛び降りる人間が居るなどありえない、そう思ってくれると踏んでいたのだがアテが外れた。
魔法の世界は何でもアリ、だ。それはその世界の住民が一番よく解かっているということか。
傭兵のリーダー、ビリーの読んだ通り、七志は機体を離れていた。無人の機体は、今、カボチャが操作する。
「もし危険が迫ったら、カボチャは遠慮なく機体を捨ててくれ。どこかへぶつけて、キッカの護衛に戻るんだ。それでも万が一、手に余ると判断したなら、その時はジャックに援軍を要請してくれ。」
「ラジャ、」
事前の取り決めを思い出していた。
麻衣菜は自身の操縦する機体一つに手一杯だ。カボチャは七志の援護をしつつ、敵を引き付ける。ガトリングを派手にぶちかましたのも、七志の着地を補佐する目的だった。
さりげなく七志の向かう進路上の遮蔽物を縦断するように掃射、メチャクチャに撃ち放っているように見せかけて周囲の傭兵たちを退けた。怪しまれないうちにと、敵を引き連れ高速で離脱。
「ぬ?」
空中で停止、ガトリングに装填した瞬間を狙われた。円筒状のミサイル弾が、早いうちから自壊した。迎撃あるいはシールドの寸前だ。壊れた円筒から粉塵が周囲に飛び散る。
「まずい!」
一気に急加速。
アルミ爆弾。焼夷弾の変形ともいうべき恐ろしい燃焼兵器だ。紅蓮の炎が爆炎と相まって中空に大輪の紅い華を咲かせる。間一髪、溶け落ちる前に離脱に成功したが、有人飛行であれば中の人間は丸焼けだ。とばっちりを受けた飛竜が二匹、戦線を離脱する姿が見えた。大火傷を負っただろう。
「さすがは聖堂騎士、エグイことこの上ない。」
せせら笑いながら、カボチャは最大の賛辞を贈った。
「麻衣菜様、敵が。」
「解かってる、」
両者とも、手が離せない。隕石という触れ込みの巨岩の裏側にも夕闇が迫り、夜の訪れと共にここにも招かれざる者たちが呼び寄せられてくる。野生の、飢えた獣たちが。
薄闇に紛れて、狼のような魔物が遠巻きに麻衣菜たちの様子を窺っていた。
目は一つ、口は顎まで裂けており、その首がそれぞれ二つ付いている狼のような獣、ツイン・ビーグルと呼ばれている。彼らは少しずつ、包囲を狭めていた。
「闇よりも暗き血の縁者!」
呼べばたちまち、彼女の影をトンネルに使徒は姿を現す。
頭部は鷹、上半身は筋骨隆々たる人間、下半身は大蛇。背に黒い翼がある。両の手首から先は鳥、鋭い鉤爪で、腕を組んで主の後ろへ控えた。
「血は流すなよ、トリ目男。」
「承知、」
飛び立つ瞬間、カボチャが注意を促した。
七志の仲間、とくにジェシカは優秀な上に敏感だ。微かな血の匂いすらも嗅ぎつけて、疑いを濃くするだろう。厄介事はこのさい、出来る限りは避けておきたい。魔物の名付けで解かるように、なにせ、麻衣菜は真性の厨二である。バレるかバレないか、常にギリギリの綱渡りなのだ。
トリ目男が上空より滑空する。麻衣菜に音もなく忍び寄るケモノをがっちりとホールドし、そのまま力任せに絞め殺した。周囲のケモノの目が一斉にこちらを向き、ターゲットを変更する。
飛び掛かる数匹のビーグル、「クイックスロー、」呟きとともにスローモーションの"刻"が訪れた。
この魔物は時を緩やかにする。的確に、一匹ずつ、その首をへし折って回る。最後に胴が捕らえた一匹を締め上げ、絶命と同時に技の効力が途切れた。
◆◆◆
「出来るだけ長く撹乱して。カボチャ。こっちが引き受けてる分は、七志のところへは行かないわ。」
陽動は、七志が目的を遂行し屋敷を離脱するまでの時間だ、と麻衣菜は言った。
七志は潜入する間だけ時間稼ぎをしてくれたらいいと言っていたが。
その七志が誘い込まれるように怪しげな門戸を潜る様子を、眉を寄せながら、二人は見守っていた。
屋敷は高い石垣の上に建てられている。エドワードの実家の基礎土台部分よりも大きく高いと思った七志だが、姿が完全に見えている以上、サーチライトがまんべんなく照らし回っているこの石壁を登る愚挙は避けようと考えた。
そうなると、これ見よがしに開かれた小さな門戸しか侵入口はなさそうだ。明らかに罠と解かってはいても。
フィラルド侯爵邸の土台部分はワインセラーだった。おそらく、アルトゥール子爵邸となるこの石壁の向こうはあの地下空間よりも広い。第二ステージ、というところだろう。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、……ままよ!」
七志が飛び込む。
カボチャは猛スピードで要塞内郭部を一周し、素早く敵の数を捕捉した。竜騎士ばかり、聖堂騎士の数がまばらになっている。
「七志様。敵多数、そちらにターゲットを変更いたしました様子。お気を付けください。」
『もう気付いたのか!? 解かった、サンキュ。』
七志は機体を捨て、単身で要塞中心部を目指している。通信機器だけを切り離し携帯している。
短時間のうちにケリを付けねば、さすがに皆、疲労の色が濃い。
通信がブツリと途切れた。
「七志様がこれほど苦心なさるとは……、」
「敵はどっちも精鋭だもんね。あ、ご苦労様、ブラッド。」
斃したケモノの処理で、死骸を束に両方の脇に抱える自らの使い魔に、麻衣菜は労いの言葉を掛けた。余裕がないために素っ気なく終わってしまったことを、麻衣菜自身が内心で申し訳なく感じている。
一礼を残し、鳥の魔物は影の中へ沈んで居なくなった。
「しかし、ビリーがあの陣営におりましたとは、また……、」
「うん、そうだね。」
「懐かしい顔でございましたな、麻衣菜様。」
ビリー・バーナント、彼と麻衣菜は浅からぬ因縁を持つ仲だ。
「ビリーだけなら、七志には勝てないよ。けど、ここにキョウサクおじさんが居たら、七志は負けてる。」
寂しそうに、麻衣菜は視線を落として一瞬だけ塞ぎ込んだ。
「いけない、囮役やってるんだった、」
慌てて、気持ちを切り替えた麻衣菜を、カボチャが複雑そうな表情で見ていた。こちらの機体は成層圏を漂っている。さすがの竜騎士と言えど、生物の限界は超えられなかった。
ホバー機構をジェット噴射に切り替えてもなお追ってくる化け物じみた竜使いたち。気圧変化の重圧すらものともしない、仕方なしにカボチャは成層圏へ突入したのだ――
ふわり、と暗殺者は闇に紛れた。
これは良いカードを拝めそうだ、と多少の期待を胸に隠している。
件の英雄と、教皇の懐刀と名高いビリー・バーナントとの一騎打ちが見れるかも知れない。そもそも、アルトゥール子爵がその名を知らなかった事がおかしくてならない程だ。あんなに堂々と名乗るとも思わなかった。
お蔭で、こちらは事故を装うことさえ封じられたわけである。
今回のカードも見ものではあるが、互いに手加減を要請しなくてはならない。強制的に。
次のステージでも三つ巴とさせるべく、アシュリーは密かに七志の後を追いかけた。
俺のチートは使い方次第だ。
七志は自身の持つ通信機をさらに変形、空中戦で見た竜騎士の使うゴーグルと同形のモノへと変化させた。彼らのモノと同様に遮光、保護、そこに通信機能と暗視機能を付け加える。
想像力の及ぶ限り、その限界がすなわち俺の死線になる。
考えろ、俺。何が必要か、これから起こりうる事態に対応するためにどんな機能を付加するべきか。
足りないものを付け足す余裕はおそらくは、無い。
一瞬が生死の分かれ目になることを、七志は本能で気付いていた。
今度の敵は、今までの小手先の連中とはワケが違う。いや、いままでの敵も恐ろしい敵ばかりだったが、今度の敵は戦いに慣れている。どんなに揺さぶりをかけようとも、それがマニュアルであるかのようにまるで乱れることがない。
奇襲が通用しない、こんな敵を相手にする方法を、七志はまだ師であるライアスからは教わっていなかった。
脳内でシュミレートを繰り返す。出来る限り、あらゆる状況を想定し、その対処を検討する。
考え込んでいる時間は僅かだ。大きく深呼吸をした七志は、暗闇の中で暗視ゴーグルを素早く下ろした。
見える。
柱の影からこちらに狙いを付けているスナイパーが二人。戸の影に隠れた七志が出てくるところを狙い撃ちにしようと音もなく待ち構えている。暗視ゴーグルがなければ一発で終了しているところだった。
心臓が痛いほどに脈打ち、自然と息が荒くなる。極度の緊張感でどうにかなりそうだ。スナイパーの一人が動き出した。扉の角度を見て狙撃可能な位置へ移動しようというのだ。
一瞬で判断しなければならない。足元を撃ち威嚇するか、それとも……。
七志も飛び出した。チート能力の加速に賭けて、狙撃者の一人を襲う。足元を弾丸が掠め、鋭い音響が闇に響く。タックルをかけた相手は即座に銃器の底部で反撃に転じる。したたかに頬を張り飛ばされた。
闇の中の攻防、もろともに転がり、柱の影へ。予想通りに他のスナイパーは撃ってきた。仲間が巻き添えになろうとも躊躇はしないらしい。闇の中にナイフの煌めき、襲った相手に逆にナイフの反撃を食らう。
手首を掴んでナイフの突きを止め、捻って武器を落とす。捻じ上げて後ろ手に拘束した。たった一人の身動きを封じるだけで、これだけ掛かった。しかも七志はチート状態である。一度にかかられたら不味い、当身を食わせ、武器を奪ってその場を離れる。
暗視ゴーグルで周囲を素早く見回し、ダクトの穴を発見した。
貴族の屋敷に限らず、城や大掛かりな砦では冬場の暖房に、循環型の温熱装置のごときを備えている。
各部屋の暖炉は通気口で繋がり、各部屋の壁を通って簡易の熱暖房を実現する。七志も聞いたことがある程度だが、韓国のオンドルなどが有名だ。日本でも北の地域では窯を通して床を温めていた。
つまり、このダクトはアルトゥール邸のすべての部屋に通じている。
まるで蛇のような動きで、七志はするりとその中へ潜入した。
即座にゴーグルの機能を切り替える。サーチへ。赤い点滅が敵の正確な位置を教えた。