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第十一話 要塞、機動要塞と激突し、亡霊機、敵を撹乱す。

 戦場らしい緊張感がピンと、フィールド内の敵味方全員に駆け抜ける。

 異常な高揚、危険な期待、血への賛歌に呑まれていく。


「全砲門、一斉砲撃!」

 この程度では死なぬだろう、なにせ魔の山での最高功労者だ。予測の通り、青い機体はシールドを展開し、襲いくる魔法弾をことごとく弾き返した。乱反射で着弾した魔力の塊が炸裂し、もうもうと土煙をあちこちに巻き上げ、狼煙のようにたなびかせる。シールド解除の煌めき、ふたたび姿を見せた青い騎士には埃一つ付いてはいない。


 全力でぶつかる事の出来る数少ない相手に、全飛竜は狂喜した。

 エリート中のエリート、竜騎士。だが、その実態は飼育係と飼い殺しのバーサーカー扱いに近い。

 あまりにも、強すぎるからだ。肩に背負った銀色に輝く銃刀をぐるりと反転させ、構えた。ゴーグルを降ろす。彼らの鎧は特別製で、ミスリルの薄い水色の光沢を放つ。その手の武器は、巨大だ。担ぎ上げねばならない程の、武骨な塊。重量のあるその槍は一方で魔導大砲でもあった。ドラゴンの上でしか扱いきれない武器、魔槍銃剣。

「続け!」

 先頭の掛け声が一閃、飛竜部隊が七志の機体に殺到する。


「勝敗は一瞬のうちに決する。」

 両者激突の瞬間が迫る。



 一刻ほど前。


「よし、皆。ここは落ち着いて作戦会議だ!」

 岩の影から様子を窺っていた七志が、くるりと反転し、皆のほうへ向いた。

「落ち着いてるよ、皆。」

 控えめなツッコミを入れるキッカ。

「落ち着いているというより、途方に暮れているという感じですわね。」

 シェリーヌがため息をこぼした。

「ねぇ、この状況、完全に詰んでない? 要塞&要塞とか。そこはかとない悪意を感じるわ。」

 ジェシカが座り込んでしまうと、自然と全員がそれに倣い、円陣を組んだ形のまま岩の影で輪になった。

「俺一人ならなんとかなる。けど、それじゃ意味がない。」

 七志が口火を切る。エドワードのことを認めてもらう、それが第一の目的だ。

「わたくしは付いて参りますわ。エドワード様をお一人でだなんて、そのような無茶はさすがに許諾致しかねますもの。」

「シェリーヌ……、」

 言いかけた言葉を呑んで、エドワードは唇をきつく噛んだ。


「盗み出す物の正体さえ解かれば、七志が囮にわたしたちが潜入って手も使えるのよ?」

 ジェシカが問いただそうとするたびに、七志は拒否し続ける、今回も。

「だからそれはダメなんだって。物の正体を知ってしまえば、"国王が困る"んだ。」

 七志の言葉に一同は顔を見合わせる。

「責任を無しに出来なくなる、今の状態なら有耶無耶に出来る、誰も肝心なところは何も知らないからな。」

 ここに至り、今回はもう少しだけ核心に迫った部分までを七志は皆に話した。

「俺だけなら、ほら、俺は来訪者だから。消えてしまう保障があるから、丸く収まるんだよ。」

「よく解かんないけど、七志、あなたがそう言うんなら、任せるね。」

 キッカが笑いかけた。

 言いにくいことを言わせたと、バツが悪そうな顔をしたジェシカも苦い笑みを浮かべた。


「よし、じゃあ改めて作戦会議だ。」

 七志が気合を入れ直す。

「俺が陽動して、二手に分かれて本丸へ向かうしかないと思う。屋敷へ入ったら、今度は逆転して皆に陽動を頼みたい。その隙に俺がブツを手に入れる。……問題はその方法だけど、シェリーヌが使える魔法の中に遮蔽魔法はあるか?」

「ええ、御座いますわ。では、わたくしが皆さんを隠して、七志様とは違うルートで子爵の屋敷へ向かいますわね。」

「ああ、それで頼む。……けど、それだけじゃまだ弱い。ジェシカ、危険だけど頼まれてくれ。それとキッカ、難しい事を頼んでいいかな?」

 自信がありそうな顔で七志は二人を交互に見た。



 小型とはいえ、竜は竜。やはり人と比べればデカい。それが七志のコンパクトにした機体に一斉に殺到するわけにもいかず、密集態勢でまずは三機が七志に踊りかかった。

 統制の取れた指揮系統を見事だと感じながら、七志はこれをジグザグ走行で撹乱にかかる。七志の足元はホバーで、竜の飛翔力にも引けは取らない。一直線に進もうとする七志の行く手を、身を屈めた砦竜の前方砲門がほぼ平行に塞ぐ。砲口にプラズマ様の煌めきが見えた。飛竜が素早く離脱、大口径から放たれる熱線が七志の横をよぎった。

 咄嗟にスライドさせねば直撃を食らっていただろう、飛竜たちは目隠しの役割をもこなしている。

「くっそ! 気が抜けねぇ!」

 ここらで仕掛けるか、否、まだだ、まだ早い、逡巡する思考はともすれば吹き飛んで行きそうなほどに余裕がない。

 後方から鋭い突き上げを食らった。

 たった一撃のヒットで、機体はバランスを崩し、片足が大地を大きくえぐり取った。


 バウンドして跳ね上がった無防備な七志の機体に上空から飛竜二機が襲い掛かる。刀身を掴んだ瞬間に轟音が発せられ、ふたたび七志の機体は吹き飛ばされた。

 槍は充填式のエネルギー砲を兼ね備え、掴んだがために狙い撃ちにされたのだ。

 まずい、激しい衝撃は避けねば――

 その時、包囲網に一瞬の隙間、僅かながら間隔が広がった。


 突然、七志の機体が三つに分解した。

 小さな人型のパワースーツと、空中を飛ぶ魚のような物が二つ。一つには少女が取りついている。むき出しに見えてその実はカプセル様の内部に収まった姿がそのように錯覚させただけだ。寝そべった姿勢で、両腕だけで操作する。

「いっけー!」

 金髪の少女の掛け声を合図に、三体はバラバラの方角へ弾け飛ぶように移動を開始した。軌道もなにもないかのように、一見滅茶苦茶な飛び方だ。虚を突かれた飛竜たちだが、すぐに立て直した。三方に別れ、それぞれを追う。

 アルトゥール要塞の外壁が近付く。砦竜は足を限界まで伸ばし、立ち上がった。砲門が急な角度で三体の青い飛行物を狙う。遠慮なく降り注ぐ魔弾、炸裂するたびに暴風に巻き上げられ、コントロールを失いかける三機。

「きゃー!! もういやー! ちっとは手加減しなさいよっ!」

 魚のような流線形の機体、ただ飛ぶためだけの機能しかない急ごしらえなものだが、今はジェシカの専用機だ。慰め程度の機銃が備えてある、その照準を絞って彼女は乱射した。要塞側面の壁から覗きかけた銃身が驚いて引っ込む。

 横目で見た先、別の壁面ではキッカが遠隔操縦するはずの機体が、こちらは猛スピードのまま突っ込んでゆき、壁面スレスレを急激なターンで滑るように滑走していった。

「やるじゃん、キッカ。」

 アルトゥール要塞への侵入、成功。


     ◆◆◆


「対巨竜バリスタの用意をしておけ! ついでに雷撃槍もな!」

 ビリーの指令が鋭く響く。

 見物と洒落込んでいたアルトゥール要塞内部も俄かに騒がしくなった。

「お客さん対策のソナーを発動しろ! あいつらは全部"囮"だ! 本命を炙り出せ!」

 彼の部下たちがキビキビとした動作で持ち場へと散る。

 獰猛な笑みを湛える指揮官の頬を、緊張の汗が流れ落ちた。

 噂に違わぬ無双ぶりに舌を巻く、まったくこちらの装備では対処出来ないのではないかと、不安を感じる。

 そのくらいに、来訪者・七志の持つチートはデタラメだ。


 ま、"神"が相手なら、これで通常なんだろうけどな――


 案の定、三つに別れた来訪者の分身は一つも欠けることなく要塞内へと侵入した。

 そうなると、次に注意すべきは、もう一つの要塞だ。これも、想定通りの行動に出た。すなわち、突入してきたのだ。

「迎撃しろ!」

 要塞に、要塞を激突させようとする意思。アルトゥール要塞の黒い外壁が崩れ、巨大兵器が姿を見せる。ミサイルの発射台としか映らないそこに、幾本もの巨木の杭が並ぶ。

 ゼロ距離から照準なしの総攻撃。数本の杭はへし折られ、また、踏み潰され、数本は砦竜に大打撃を与えた。

 侵入する青い小さな機体を追って、巨大な要塞が別の要塞に衝突した。上空から飛竜が雪崩れ込む。


 アシュリーは突然揺れ始めた足元に驚き、慌てて飛行態勢を取って離れた。背に竜の翼を具現化させる。

 自身が今までよりかかっていた尖塔の屋根が崩れ、塔の煉瓦が表皮をむしるように剥がれ落ちていく。

 姿を現した異形の装置に、呆気に取られていた。


 コイツが雷撃槍――


 これを撃たせるわけにはいかない、と咄嗟に考える。視線を走らせた先には、傷付きもがく巨竜の姿。上空を飛び回る飛竜たち。

 あれを狙うつもりだ。

 連中の装備は魔導金属で固められている。雷撃に対するためだ。反して騎竜兵団は微量といえど、金属部品も持つ。しかも、雷撃の性質上、上空に居る者は不利なのだ。

 空からの侵入に対抗する手段と言うならば、上空を覆う電撃のシールドを展開するつもりだろう。飛竜はひとたまりもない。充填が開始された。

 「チッ、……貸しとくぜ、」

 手に、魔力を集める。技名など考えたこともない、属性も知らぬ、ただ軽く絞って出しただけの、身の内にあるパワーの欠片に過ぎない。質量が無理やり割り込んで空中に出現する、輝く光の珠は周囲の空気の流れを変化させ、空間を歪めてみせた。

 ぽい、と投げ捨てる。何が起きたものか、尖塔がぐにゃりと捩じれた。続いて、配電がおかしくなった影響で、大爆発を起こした。


「隊長! 雷撃槍、使用不能に陥りました!」

「敵か!?」

「不明です!」

「原因の究明は後だ! 総員、来訪者を迎え撃て! ソナーは予備電源に切り替えろ!」

 侵入したばかりの敵に、後方に守られるあの塔を破壊することは難しい。ならば、と思考を走らせ、一つの結論に至り、舌を打った。暗殺者の小細工。

「露骨に敵の肩持ってんじゃねーよ、ったく。」

 芝居をする気もないのか、と内心に吐き捨てた。


 本命が居るはずだ。これだけ派手に暴れまわれば本来の目的である屋敷への侵入が難しくなる。全員を文字通りに叩き伏せて、阻む者をゼロにしてから通るつもりでもなければ、ここまでの無茶はしない。

 ならば、魔法には姿を消す方法が存在し、派手な陽動に引き付けておいた隙に屋敷へ侵入を果たす手段も取れるだろう。無双ならば一機で敵地を駆け抜ける。三機に別れたと見せかけたのは、本来の数を誤魔化す目的があるからだ。

「ソナーを発動させろ! 炙り出せ!!」

 ソナー、あるいはマジックジャマーと呼ばれる妨害音波。ある種の周波数は遮断魔法を強制解除する。魔法自体が音波に影響を与えて引き起こすものだからなのか、その周波数帯のみに何か特別な効果が含まれるのか、それは知られてはいない。偶然から実用に至った技術だ。

 高音域の波が通り過ぎた時、ゆらりと空間が波打った。ソナーは何度も音の振動を送り、そのたびに姿を隠す何者かの影を空間に浮かび上がらせる。何度も遮断魔法を破られ、その都度、瞬時に掛け直している。移動速度があり、無作為に動き回るため、ゴーストのような第四の侵入者は逃れ続けた。


 キィン、鋭いソナーの音響が空気を震わせる。時空が揺れ、掛けられた魔法を薄皮のようにめくり取る。

「――契約にもとり、汝、我が敵の瞳を覆い尽くせ!」

 詠唱の最後の段が終了し、魔法が発動する。もう一人は詠唱途中に差し掛かっており、詠者はすぐに輪唱のようにその後を追い、詠唱を繰り返した。

 切れ目ないソナーの探索を振り切り、姿を見せぬゴースト機は疾走する。

 ビリーの読みの通り、七志が分裂させた機体は四つだ。姿を消す第四の機体にはシェリーヌとエドワードが乗っている。二人ともに魔法が使えたのだ。交互に遮断魔法を詠唱し、ソナーの音響に合わせて瞬時に掛け直していた。


 戦闘の舞台はアルトゥール要塞内郭部へ移る。

 複雑な迷路のように入り組んだ地形と、そこかしこに潜む伏兵。ハイスピードな侵入者たちを迎え撃つ閃光が、サーチライトのように夕暮れの闇が入り混じる空間に幾筋もの軌跡を描く。中心部へ入り込もうとする侵入者と、阻止し、迂回の道を取らせる迎撃者。


 対照的に、要塞外殻部は静かになった。うっすらと藍紫の闇が紅く焼けた空を侵蝕していく。

「うぬぅ、しくじったか、」

『被害甚大、と言ったところだ。少し休むぞ。』

 やれやれ、とでも言いたげな口調に聞こえ、侯爵も苦笑を浮かべてその場へへたり込んだ。

「歳は取りたくないものだのぉ。」

『そうだな。人間はあっという間に死ぬ。』

 艦橋のクルーたちがそれぞれの持ち場から、ほうほうの体で這い出してきた。死者が無いのが幸いだ。

 崩した壁面が瓦礫の山となって、砦竜が半分埋もれている。危険な戦闘区域から首の部分を避難させ、巨竜は長く寝そべった。戦闘の意思、無し。

 未だ元気に飛び回る飛竜の群れを眺めやり、総督はため息を吐いた。

 わしも若い時分なら……そんな事を考えていた。


 夜の帳が落ちてくる。騒々しい音響はそのまま夜明けまで続きそうな気配だった。



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