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第十話 三つ巴開戦、砦竜、七志を迎え撃つ。

「七志、映像が出たよ、」

 キッカが呼びかけると、全員が彼女の周囲に円陣を作った。

 虎目水晶が映し出す、上空からの要塞内部。全体を映している為、人の配置までは見えないが、それはすなわちこの要塞の規模を物語っている。街がまるまる一つ、城壁の中に納まっている。

 少し映像がズームになった。カボチャが高度を下げたらしい。街かと思ったものは、作りかけの土塁や堀、石積みの土台部分などで、まともな建物はほとんどないことが知れた。まるで廃墟の有様だ。

 いや、違う――

 七志は気付いた。これは、コンバット・ゲームなどでよく見るアレだ。そこら中がトラップ、そして身を隠す障壁。

 また少し高度を下げた映像。人がくっきりと映りこんだ。まだ遠目であり、装備の細かいところまでは観察出来ないが、おぼろな予測が付けられる程度には近い位置。

「なぁ、ジェシカ。こっちの世界ってわりとテキトーなんだな。」

「原因の一人がよく言いますね、」

 あなたたち来訪者のせいですよ、と彼女は答える。

 水晶に映る敵、工作部隊と思われる傭兵たちの装備は、この中世ヨーロッパな世界にはそぐわないものだ。近代欧米諸国の最新軍備もかくやという出で立ち、迷彩服ではないがそれに近しい機能的な軍服、剣を手にしている者など一人も居ない、全員が銃槍を手にサブウェポンも装備しているに違いないという姿だ。

 グリーンベレー、いや、赤い腕章がやけに目立つ、レッドショルダーと名付けたいところだった。

 一人がこちらを向いた。顔の区別など付かない距離。

 一斉射撃が映像に映りこみ、急激なパーンと共に一気に離脱。カボチャが高度を上げたらしかった。


 ほどなく、偵察からカボチャが戻る。

「お待たせいたしました、」

「ご苦労様ー。」

 キッカが労いの言葉をかけた。

 納得のいかない七志がふてくされている。

「あんな服が作れるのに、産業革命が起きてないのが不思議だ。」

「起こそうとした者も居りましたが、闇から闇で御座いますよ、七志様。急激な変化など、誰も望みませんゆえ。」

 工業といえるものがすべて魔法科学に類することがネックだった。エネルギー革命は起きず、庶民が手軽に扱えるものは何もない。石油はおろか、石炭すら使い道がないままだ。王侯貴族、そして魔導師たちが、エネルギー革命を阻んでいる。魔法の力はこの場合、庶民が覆すことがほぼ不可能な圧力となった。魔法と同等にクリーンなエネルギーとなれば、太陽光発電を待たねばならない。

 便利となれば魔法は何よりも優れており、そして、利便性というものを庶民は知る必要などない。

 一部、支配層に行き渡る利便性が確保されれば、被支配の庶民には初めから無用と見なされた。

 分相応に、足るを知らねばならない、と。覆しようのない、絶対的な格差社会を保障する力が"魔法"だ。


「この状況で"こっそり"ってのは、どだい無理があったな。」

 双眼鏡をおろし、ため息をついた後に七志が呟いた。

 壁の外は狙い撃ち、内側はゲリラ戦用の模擬空間、その中央に守られているのが、本丸、子爵の居る居住区だ。

「仕方ない、正面から強行突破するか。」

 もう一度、七志は双眼鏡を構えてそう言った。

「あれ?」

 そして気付く。別の方角から、なにやら黒い物体が集団で飛行している姿を見咎めた。


 みるみる近付いてくるそれには、翼があった。人が乗っている。拠点とした近隣の都市まで運んでもらった飛竜便に使われるドラゴンとそっくりの竜たち。乗っている客がものものしい装備の騎士たちであり、竜自身も専用の鎧を装備している点を除けば、今朝、乗ってきたと同じ竜たちに見えた。

「あっ、飛竜便は父が総括しているんですよ、」

 思い出したかのようなエドワードの一言。

「そういう事は先に言ってください、」

 道理でバレるのが早すぎると思いました、少しだけ声に棘を含ませて七志が返した。

「父が騎竜兵団ドラグーンを動かすだろう事は想定済みです。ただ、国王の許可は出ないと思ったのですが……甘かったか。」

「そうですね、あの国王はそんな善良じゃないでしょうね。」

 とんだタヌキだ、依頼人の一人のくせに知らぬ顔で七志を窮地に立たせた。

「何か誤解があるのだとは思いますが、説得しに向かえば、こちらの思惑がバレてしまう。どうしたものか。」

「このまま突っ切ったらいいんじゃないですかね。」

 こともなげに、七志はドラグーンとの戦闘を仄めかした。



 地響きが床を伝い、振動にすべてのものが小刻みに震えている。

 戦艦を思わせる艦橋部分、広い甲板にものものしい出で立ちの騎士が立っていた。階級はかなり高そうであり、鎧は威容を現して立派だ。隣に副官らしき騎士が控える。

 空には、展開する飛竜の軍団。総数30機。旗艦であるこのドラゴンはまさに空母という大きさだ。空は飛ばず、地上をゆっくりと突き進む。竜というよりは、亀に近い。異形の甲羅を纏い、その上に人工の砦を乗せている。軍艦の上半分をそのまま載せたような外観だ。砲門がずらりと並んでいた。


「我が息子になにかあったら……、そう考えると、いても立ってもおられなんだ。」

「御心中、お察し致します、閣下。」

「親馬鹿と笑われようとも、わしにとっては目に入れても痛くないほどに可愛い息子なのだ。この歳になり、もう先も長くはあるまい、そんな時にこのような事態に陥るとは……、」

「まさしく、青天の霹靂でございます、お坊ちゃまも閣下の御心境を鑑みてくだされば宜しいものを。」

「うむ、うむ、そうであろう。男の子というものは生来ヤンチャなものではあるが、まさかにここまでの無茶をしおるとは思わなんだ。それもこれも、あの来訪者のせいであろう、あの者が余計な事を吹き込んだに違いないのだ。」

 大事に育て、深窓の奥深くに隠すようにして育んできた跡取り息子の、突然の反逆。父の意に背くことなど、ついぞなかったはずなのに。どうしてこうなった。

「すべてはあの来訪者のせいで御座いましょう、閣下。あやつが唆したに違いありません!」

「そう、その通りである。我が息子、エドワードは聡明な孝行息子である、親に心配をかけるようなこのような真似、唆されでもせねば、思いつくはずもないのだ。」

 フィラルド侯爵の瞳に炎が見えた。

「我が息子エドワードに何事かあれば……、その首、貰い受けねば気が済まぬ。……英雄? それがどうした。」

 こうして、稀代の親馬鹿が参戦した。


     ◆◆◆


「えーっと、なんというか……。」

 一方の七志陣営。

 次第に姿を現した飛び入り参加のドラグーンの陣容に、多少なりと気圧されてはいる。

「なんだか、自分がファンタジー世界に飛び込んだんだって自覚が、嫌でも沸いてくるような光景だな。」

 そびえる要塞と、移動する要塞。

 赤黒い竜は首を長くのばし、天を仰ぎみた。じっと観察する七志は、この巨大な竜の瞳に知性の光があることを見逃してはいない。カボチャが隣に来て、いつも通りに説明をくれる。

「七志様、竜には種類がございまして、あの巨竜は古代竜の一種でございます。周りの飛竜に比べ、知性も高く、寿命も我らを取りましても、恐ろしく長いのでございます。エルフの数倍は生きる、と言われております。」

「エルフの数倍……、数千年単位か。まぁ、鶴は千年亀は万年っていうけど。」

「あれは亀ではございませんぞ。しかしながら、七志様の世界の"玄武"という想像の生物はあれがモデルかも知れませんなぁ。」

「ああ、そういや……似てるかな?」

 亀にしてはその甲羅は禍々し過ぎた。


「あれを飼うのは大変そうだな。」

 双眼鏡を手に、無関係な者の呟きのような七志の言葉。

「ドラゴンは美食なのでございます、しかもあの図体の割には小食。魔力こそが主たるエネルギー源で、大部分は自然から取り込んでいるためとも言われておりますが、解明はされておりません。されど、小食とはいえ、あの図体でございますゆえ食べる量も膨大。そのため、人間と共生し、美味い餌にありつこうと考える輩も居るのでございます。」

 答えるほうもまるで無関係であるかのように呑気なものだ。

「で、あいつら、通り過ぎるかと思ったら止まって展開始めちゃったわけだけど。」

「左様でございますなぁ。恐らくは七志様に攻撃を仕掛けるつもりでございましょうが。」

 一行の見守る中、騎竜兵団は荒野に展開し、砦竜は七志とアルトゥール要塞とをむすぶ直線上にて停止した。


 この様子を困惑で眺めていたのは、なにも七志たちだけではない。

「おいおい、予定が狂いまくってやがる、」

 いっそ笑い出したくなる状況で、傭兵団のリーダーがボヤきに似た言葉を吐いた。ロシュト家の暗殺者が引っ込んだことをおかしいと思えば、こういうことか、と。竜は竜でもケタが違う、王国主力の一つ、飛竜師団が総出とは。

 軍制に正式名称は確立されておらず、時に応じてその名称は変化する。騎竜部隊、騎竜兵団、飛竜師団、などなど。どれも一つの組織を示す。フィラルド侯爵の率いる飛竜便管理局だ。

「おーい、旦那。招かれざる客ってやつだが、どうすりゃいいかね? ああ?」

「あら、心配いらないわよ、殺しちゃっても。そのつもりで来てるんじゃないの?」

 子爵は余裕でせせら笑っているが、聞いているビリーとしては、ことはそう簡単ではない話だ。

「いいのかい? あいつら、この国の主力の一つだろうがよ。近く戦争をおっ始める算段じゃなかったのかい、あんたんトコの王様はよ。」

「なら、なおさら叩いてくれて結構よ。戦争だなんて、冗談じゃないわ。せっかく街に明るさが戻ってきたのに、また暗ーい雰囲気になっちゃうじゃないの。あの王様も戦争馬鹿なんだから、もう少しタイミングってもんを測ったらどうなのよってのよ。」

 クリストファーは、いわゆる穏健派である。現時点では無暗と戦局を広げるより、経済に力を注ぎ、国力の充実を図るべしとの考えを持つ一派だ。宮中では急進派と穏健派が対立し、勢力の大きな側の意見が最終的には通るだろうと予測されている。国王は急進派に属する。

「どれだけ暴れても平気よぉ。だって、全員、バレたら都合が悪いわけじゃない? 英雄はこともあろうに泥棒目的、それを依頼したのは国王夫妻で、騎竜兵団を率いる総督は他人の敷地に不法侵入、こっちはこっちで、あんたたち傭兵団みたいな得体の知れない連中を雇い入れてさ、謀反の疑いが濃厚、ときてるのよ?」

 こんなもの、権限で握り潰す気が満々じゃないの、とクリストファーは笑った。

「叩けば埃がもうもうと立ち込める者たちが一堂に会して、狂ったお茶会を開こうって算段なだけよ。せいぜい派手な余興を披露して差し上げてちょうだい。」

 この要塞の堅固な防御力を示すにもいい機会だと言った。


「だとよ。どうするよ、アシュリー。」

「俺はのんびり見物でもさせてもらう。……夜まではな。」

「ふん、」

 油断のならない暗殺者を横目に、ビリーは思案を巡らせる。

 本当に、予定になかったことだ。だが、このイレギュラーのお蔭で目的の一つは確実に遂行されそうだ、不安要素である来訪者の影響力を、今回は正確に測れるだろう。

 七志の戦闘力次第で、戦争の時期が早まる可能性がある。それを阻止するためにはまた新たな工作が必要となる。

「まぁ、都合がいいっちゃあ、いいわけだがな。」

 にやりと笑う。

 片方で戦力が強化されたなら……片方で、削ればいいだけのことだ。


「あら、アシュリーちゃんは動かないつもりなの? ビリーにすべて持ってかれちゃうわよ?」

「そうならそうで構わないさ。俺はあんたのボディガードだ、元々仕事じゃない。」

「そぅお?」

 あなたがそう思うのならそれでもいいけど? 思考の読めない子ね、子爵はそう言って奥へ引き取った。

 子爵は良くも悪くも平民だ。その才能を取り立てられて貴族の末席に座ってはいるが、生まれた時から貴族としての教育を受けて育った連中とは比べるべくもない。ビリーがただの傭兵であるはずがなく、あの連中は教皇府の差し向けた工作員だと、子爵一人が気付かない。おおよそ、影響力の強い子爵をコントロールするためによこした者たちだと見て、そうして王国からは暗殺者一族の者が送り込まれた。その力関係すら、子爵自身は考えも及ばないだろう。

 ビリーは鼻で笑い、アシュリーは険しい顔で砦竜を睨む。

 来訪者が、その方針を決定したらしい。青い、独特のその大鎧を着た機甲騎士が、動く要塞に突撃していく姿を眺めた。


 迎え撃つ騎竜軍団。


『あの来訪者には並外れた魔力を感じる。こちらも無傷とは行かぬだろうが、本当にいいのだな?』

 フィラルド侯の頭の中へ、その声は届いた。一斉に、クルーが振り返る。皆に声は届いている。

「すまぬな、わしの我儘に付き合せてしまって。」

『いや。こちらは構わぬが、味方同士で奇妙なことをすると思うてな。』

 傍目で見れば、侯爵が独り言を喋っているとしか映らないが、会話の相手は存在する。彼の足もと、砦竜が。

「色々と事情があるのだ。なに、王国政府は文句を言わん。ちょうど良い訓練になると、その程度の認識だろう。あちらの、子爵陣営にしても同じこと。堅固な要塞の防御力を試すに、これ以上ないシチュエーションとでも思ってくれているだろう。」

 ちょうどいいのだ、と侯爵は繰り返しで言った。

『本気であの来訪者を殺すつもりもなし、か。だが確かに、これだけ騒げば、何があろうと王国政府はもみ消す以外の方策を取ることは出来んだろうな。それが狙いか?』

「皆には迷惑を掛ける。」

「何を仰います、総督。我々はむしろ光栄に思っております、あの件の英雄と会い見える機会に恵まれましたこと、国王陛下および閣下に、深く感謝致します。」

 彼の忠実な副官が恭しく一礼した。


 フィラルド侯は誤解していた。教皇府の撒いた工作の種が、おかしな具合に作用した。彼は、嫡男であるエドワードに廃嫡の陰謀をもたらす者が存在することを知っている。そこに国王が噛んで、今回の一件が起きたと考えている。

 いずれ消え去る来訪者、その後、責任を負わされるのは可愛い我が子のエドワードだ、と。表だった責任を問われれば、侯爵家といえどタダでは済むまい。だが、裏だけで済ませるならば、都合よくエドワード一人に引責を問える。

 陰謀を潰すにはこれしかなかった。ブルーメタリックに輝く鋼鉄の騎士を眼下に眺める。


「来たな、来訪者。」

 フィラルド侯爵、いや、フィラルド飛竜師団総督が呟く。

 はるか上空、砦竜の機甲艦橋の中央で、忙しなく人が動き始める。

「魔導砲門、全門解除!」

「標的、前方6フィート!」

「照準オートロック、ターゲットに固定、魔導追尾に切り替え完了!」

 巨竜が轟くような咆哮をあげた。



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