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第九話 七志、子爵の要塞に迫り、騎竜兵団、進軍を開始す。

「陛下、騎竜兵団ドラグーンが演習の許可を願い出ておりますが、いかがなさいますか?」

 抑揚のない声はロシュト家長兄、テュースのものだ。王宮では初冬に行われる慣例の式典準備に追われており、国王も諸侯も多忙を極める時期である。収穫を終え、雑多な報告が膨大になる時期でもある。

「面倒くさいことを言いおって。」

 さも嫌そうな国王、アレイスタの声は篭もっている。四方に山積みとされた書類の壁に二人は阻まれている。

「好きにせよと言っておけ。」

「はっ。……エフロードヴァルツの諜報員においてはことごとく対処が済んではおりますが、もう一方の教皇庁に関しましては手をこまねいております。」

 姿の見えない君主に対して恭しい礼を返しながら、テュースは続ける。

「隣国より次々送り込まれていたスパイは近日になり途絶えた模様です。諦めたものか、他方に伝手が出来たものかは判別致しかねます。」

「教皇庁から情報が漏れることになったのだろう。ふん、そんなものは好きに垂れ流しておけばよい。」

 寝返りを防げさえすれば良いのだ、と国王は書類を片手に吐き捨てた。

「申し訳ございません。スパイとは違い、確固たる地位にいる者ゆえ、手出しを止めております。」

「それで良い。下手な手出しは無用だ、何を言ってくるか解からぬ。まったく。……血なまぐさい司祭を送りつけて来たものよの。」

 王の手から、はらりと紙片が滑り落ちた。


「騎竜隊と例の来訪者がぶつかる事となりますが、いかが対処なさいますか?」

「捨て置くが良いわ。七志は不殺、兵や騎竜を殺しはすまい。また、教皇庁の送りつけた傭兵どもに引けを取るようでは意味もない。丁度良いではないか。実戦経験が不足がちゆえ、手ごろな訓練となろう。」

 傭兵どもも100%の実力など出すわけがない、とアレイスタは言った。むしろ心配なのはこちらの手を明かされることだ。

「弟は信用して良いのだな?」

「無論。三つ巴のうえ、小手先のみの茶番となりましょう今回の件は。七志も、あれはよく状況を読みますれば、十中八九はそのようになると思われます。」

 状況をコントロールし、双方が熱くなる事態を未然に防ぐよう伝えおいてあります、と兄であるテュースは答えた。



 アルトゥール子爵の別邸は、およそ貴族の別荘地とはかけ離れた土地に建てられている。オブザーバーの意見を容れ、敵を迎え撃つに相応しい土地をわざわざ別貴族より購入して別荘とは名ばかりの"要塞"を建立したものだ。

 上位貴族のほとんどは、別邸といえば王の愛妾を住まわせるために王都近郊に建てる瀟洒なものか、この子爵のもののような堅固な要塞かのどちらかだった。自身の領地を守るに、国任せにする貴族など居はしない。

 バルコニーに立つ子爵の隣に、ライフル様のものを杖代わりに肘をつくビリーが居る。

「旦那の領地は肥沃だが、残念ながら防衛にはまるで向いてないからねぇ。」

「いいのよ! アタシにとっては、良質な紅花が栽培できることがなにより大事だったんですもの。国替えのためにどれだけの工作をしたことか。無能な貴族が宝の持ち腐れにしているなんて許されることじゃないわ!」

 冬になれば雪が降る、ここはリーゼンヴァイツでも気候変動の大きな土地だ。南へ行けば安定して温暖だが、子爵は良質な染料の原材料を得るためにこの土地を苦労して手に入れたものだった。品質管理に厳しい子爵故の事情だ。以前の貴族はこの土地を有効活用していたとは、とうてい言えない。

「あら、ちらちらしてきたようね。あのブサイク、雪なんて美しいものを見たことはあるのかしら?」

 くすくす笑いで、クリストファーは手の平に白いカケラを受け止めた。

 隣り合った他領に不毛の土地があった。その地形は都合よく、防衛には打って付けのものだった。渋るその貴族に取り入って、養子縁組までしてようやく手にいれることが叶った拠点だ。

「あなたの言を容れて作り上げた要塞よ。どの程度やれるものなのか、じっくり拝見させて頂くわね。」

 ビリーはにやにやと薄笑いを浮かべたまま、何も言わなかった。


 障害物がなにもない、赤茶けた不毛の大地。干上がった川の跡は谷間を作り、ほんのわずかにある雨季の間だけ水の通り道となる。しかし、固い岩盤を年月をかけて掘削すれば豊かな地下水源に行き当たり、水不足に陥ることはない。この土地の片隅を街道が通り、流通の要地がすぐ近くに存在することも相まって、敵国による封鎖は難しい。

 正直なところ、なぜ他国のスパイであるビリーがここを進言したものか、その理由が思いつかなかった。アルトゥール領は肥沃なだけに狙われたならば奪い合いの歴史を刻むこととなろう場所だ。教皇庁としても欲が出ないはずはないと思えるこの土地。敵に利するだけであろう、ここを。なぜ。

 アシュリーは要塞の中でもっとも見晴らしのよい尖塔の屋根に陣取っている。ここからなら、内も外もよく見えた。

 特殊なその瞳が、遠く、人の目では捉えようのない者たちを見つける。キャラバンが隊列を成して荒野の街道を通っている。商隊に混じって、ターゲットの一行が近付いてきていた。彼らの行く手、この要塞に近い場所に巨石の転がるポイントがある。そこで、隊列を離れるつもりなのだろう。こちらからは陰になる。

 アシュリーは目を細めた。爬虫類のようにその虹彩は縦長になっている。彼は、ドラゴネスだ。

 

 街道を往く馬車の列。その後方の馬車の一つに七志たちは潜んでいた。

「七志さん。」

 幌の合せから首だけを出して外の様子を窺っていたジェシカが、首をひっこめて振り向き、突然、七志を呼んだ。

 七志の注意が自身に向かうと、ややあって話し始める。

「アルトゥール子爵の陣営について、重要な情報があります。」

 なんだか、らしくもなく深刻な表情のジェシカに、七志も居住まいを正した。

「子爵は傭兵を自身の私兵団として雇っています。そのリーダー格の男の名は、ビリー・バーナント。部下を20名引き連れています。」

「ああ。他にもゴロツキのような風体の冒険者崩れが20名ほど屋敷の周囲を警戒しているらしいな。」

「そんな連中は問題じゃありません。この、ビリー・バーナントの部隊は、教皇府直属の聖堂騎士団、つまり露骨な言い方をするなら教皇国の対外工作部隊だということなんです。彼らは、裏はともかく表向きは司祭なんです。教会関係者にもしもの事があれば……解かりますよね? 七志さん。」

「ルーディルアートまでが噛んでいるって事か。参ったな……。いっそ事情を話して正面から……いやいや、それは無理だな、絶対。」

「何がですか、七志さん。そもそも、何を目的としての今回の作戦なのか、それさえ教えられないって何なんですか? そんなに信用できないんですか、わたしがロシュト家だからですか?」

「それは関係ない。」

 七志は強い口調で否定した。

「……、」ジェシカはむっとした表情をして、「まぁ、それはいいです。」次の情報を提示した。

「もう一人、厄介な人物が雇われています。アシュリー・ロシュト・クランベル、……わたしの兄です。」


     ◆◆◆


「ロシュト家か。ジェシカがいつも言ってる"兄様"ってのは、王政を預かるテュースさんのことだろ? いつ見ても国王の斜め後ろにひっそりと立ってる……、」

「ゴーストかなんかみたいに言わないでくださいよ! そうです、今までは言う必要もないと思って言ってませんでしたけど、兄様の下にもう一人、ちぃ兄様が居るんですよ。」

 あ、ちぃ兄様とか呼んだら速攻で殴られるんですけどね、わりと軽い口調でジェシカが言う。

 呑気な態度の七志に、緊張が解けてしまったようだった。

「テュース兄様は心理的にエグイ技を使う怖い人で、アシュリー兄様は物理的にエグイ技を使う怖い人です。」

「なにそれ?」

 隣で息を殺していたキッカががくりとうなだれた。

「とにかく、メチャクチャですから注意してください、七志さん! それに皆さんも! ロシュト家の秘密をバラすのは本来やっちゃいけない事で後でメチャクチャ怒られるんですけど、事態が事態なんで白状しますけど! 兄様は、人の皮かぶっただけのドラゴンですから! ロシュト家の外道魔法実験で赤ん坊の時にドラゴンを混ぜちゃった人なんです! ほら、エルフと人間の混血とか、ドラゴンハーフとかフツーに居るわけなので、論理的には大丈夫とか言ってノリで実験しちゃう家系だから!」

「どういうノリだよ、それ。」

 ドン引きになりながら七志が答えた。

「ロシュト家は女性上位なんです。一応、家督を継ぐのは男子なんですけど、実権は女子にあるんですよ。で、生まれてきた子が男なら、即実験対象なんです。男は子供産みませんから、一人残れば御の字なんですね。」

「ひでぇ、」

 七志の喉から情けない声が出た。

「沢山産んで、沢山実験して、沢山死んで、生き残った者は強い暗殺者になります、そうやって連綿と紡がれてきたのが我が一族、ロシュトの系譜なんです。」

 だからわたしも最低5人は産む心算です。

 夢も希望もない抱負を少女は真面目な顔で言った。ジェシカが重複婚にまるで抵抗がない理由が解かったような気がした七志だ。


「ハーフドラゴンに、武装神父軍団に、あとまだなんか出てきそうだよな……、」

 だいたい漁夫の利を狙う誰かってのが必ず居るよな、それか、しゃしゃり出てくる第三者。ブツブツと、七志は前途多難な自身を呪う。こちらの世界では本当に受難としか言いようがない事態ばかりが続く。

「でさ、ジェシカ。肝心なところだけど……君のその兄貴とエセ神父たち、殴っていいんだよな?」

「殴る気満々じゃないですか、やだー。」

 拳を反対側の手の平でほぐしながら、七志までが物騒なことを言い始めた。

「七志くん、君は人を傷付けるような真似は決してしない紳士だと聞いていたけど、一緒に行動している限りではそれも誤解なのかなと感じ始めているよ。実際はどうなんだい?」

 同じように馬車の片隅に座っていたエドワードが不思議そうに質問した。

「紳士だなんてとんでもない買いかぶりですよ。人の死ぬ姿を見たくないだとか、そんなんじゃないんです。自分の心が、殺すことを楽しむようになるんじゃないかって、そういう残虐な部分があるような気がして、怖いんですよ。殺さなきゃいけないって……それを言い訳にして、殺しを楽しむようにはなりたくない。だから、殺さないようにしてるだけなんです。相手のためじゃないし、倫理なんてとんでもないし……、殺したくないっていうのは、誰のためじゃなく、自分の理性を保つためですよ。」

 簡単に相手を殺してしまえる力があるからだ、と七志は自戒のようにそう告げた。

「俺は立派な人間じゃないです。下種な思考に憑りつかれてしまうって解かってます。人が死ぬのを見たくないだとか、本気で嫌だと思うなら戦わずに逃げてますよ。」

 自嘲のような笑みを浮かべ、七志は最後にもう一言、付け加えた。

「俺には相手を殺せる力が確かにあります。けど、殺すかどうかを決めるのは、俺の自由です。」

 ひどく傲慢な台詞だと解かっていたためか、七志の笑みはいびつに歪んで見えた。

「皆様、そろそろご準備ください、ポイントが近付いて参りましたわ。」

 幌馬車の前方に控えて先を窺っていたシェリーヌが注意を促した。


 隕石だと聞いた巨大な岩が荒れ地の真ん中にぽつりと置かれたような状態で存在し、その後ろを街道が通っている。

 キッカが虎目水晶で周囲の索敵を開始した。もし、伏兵を置くとすれば、向こうの狙い目もここだろうから。

「周囲500m区間、人の反応はないわ。七志。」

「よし、行こう。」

 一行は巨石の影に入った途端に次々と馬車から飛び降りて岩の影に隠れていく。七志はそっと岩の影から要塞を窺った。やけに大きい。全体の規模は小都市くらいはあるのではないだろうか。

「カボチャ、上空から偵察してきてくれ、」

「アイアイサー。」

 使い魔がくるくると飛翔のタイミングを計っている最中にキッカもこれに声をかけた。

「あ、こっちに中継で繋いでくれたらいいよ。」

「了解致しまして御座います、」

 すっ、と一瞬で上昇して消えた。

 七志は手にした双眼鏡を構える。外壁の外に、数人のゴロツキが巡回している姿が映った。この双眼鏡はエドワードから借り受けたものだ。カボチャに求めたものの、そんな複雑なものは出せないと突っ撥ねられたせいだった。

「あの外壁へどうやって辿り着くか、だよな。問題は。」

 狙い撃ちに丁度良く、荒野に障害物は何一つない。


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