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第八話 傭兵、拳銃を玩び、子爵、大いに吼える。

 カウチソファに長々と寝そべり、男は片手で拳銃をくるくると回していた。短く切った茶髪と無精ひげがミスマッチだ。神経質なのかルーズなのか、一見では解かりえない。歳の頃は40前後と見えた。視線は鋭く、鋭角の顔立ち。

「ロシュト家の女狐が動き出したようだ。」

 興味も無さげな口ぶりで、男が話した。

「フィラルド侯の御子息がくっ付いてるぜ? どうすんだよ。」

 床には毛足の長い絨毯。そこへ直接座り込んでいる若い男が言った。鉢金のせいで目つきが異様に悪く見える。もて遊んでいたリンゴをぐしゃりと噛み千切った。大きな犬歯が覗く。無造作に流した黒髪は後ろで申し訳に結わえてある。目つきの悪さを引いても、ちょっとした美貌と言えた。

「丁重におもてなししてちょうだい。その為にアンタ達を雇っているんですからね、ビリー、アシュリー。」

 テラスに繋がるガラス扉の前へ立ち、両者に背を向けたままで、館の主は言った。背は高くがっしりとした体躯。上等の絹で織られたスカーフを小粋に肩から流し、マント代わりに使っている。亜麻色の髪もきちんとセットしてある。

 社交界のファッションリーダーに相応しい、洗練されたスタイルだ。


 裏声も様になって幾星霜。今年30歳になった彼は自身の年齢を気にしている。心は永遠の乙女、女に年齢としはタブーなのよ、と周囲にも口煩い。クリストファー・アルトゥール・ファーブス。アルトゥール子爵の、ここは別邸である。

 乙女を自称する割に、自身がドレスを纏うことは決してない。あまりにも似合わない自身の外見をよく知っているためであり、ドレスに対する冒涜になるからと寂しく笑った。子爵の作り出すドレスは宮廷の華だ。婦人たちの憧れの的であり、カリスマであった。

「アタシが今、ドレスを着せたい相手は残念ながら王妃でも王妹でも妾のいずれかでもないのよ。」

 人に聞かれては不味いような単語を使って、子爵は強い口調で言う。

「ユニセックスとでも言うのかしら? 性差を超えたところにある共通の美意識? 性に捕らわれない共通認識の中に成り立つ美しさを引き立てる為の衣装とでも言うのかしら、要するにアシュリーちゃんにはドレスこそお似合いだと思うのよ。」

 ころん、と齧りかけのリンゴが残された。

 床に座っていたはずの当人、アシュリー・ロシュト・クランベルはすでに姿がない。言わずと知れた暗殺者一族の者だが、家長とは折り合いが悪く敵対している。

「冗談よぉ! 降りてらっしゃい、アシュリー! 無理強いするつもりはないから! 着たくなったら言ってちょうだいってだけなのよぉ!?」

「なるかよ! この変態がっ!」高い天井の隅に避難したまま、アシュリーが吐き捨てた。

「ははは! いいねぇ。この変態貴族のお宝を、王妃様は狙ってらっしゃるわけか!」

 カウチに寝そべったまま、ビリーは軽口で告げる。王妃が極秘に冒険者を雇ったという情報は、この男がもたらした。ビリー・バーナント、くたびれた中年男の様相だが、腕は一流のうえ、部下も精鋭ぞろいときており、流れという紹介が胡散臭いことこの上ない。得体の知れない傭兵集団のリーダーだ。


「失礼ね、ビリー。アタシの作るドレスはそんじょそこらの仕立て屋のものとはワケが違うのよ? 我が工房に在籍する職人は超一流の者ばかり。使う素材も贅の限りを尽くし、妥協なんて許さないわ。対象個人の持つ美しさを最大限に引き出すべく、計算し尽くして設計された、いわば美術品なのよ。誰でも着られるなんて、思い違いはしないで欲しいものだわ。」

 つん、と鼻をそびやかす子爵。天井で豪華なシャンデリアが揺れる。

「だからこそ、あの女はアンタの作るドレスが欲しいんだろうよ。最近、例の妾……アデリーンだっけか? あの女に出し抜かれるような事があったそうだからな。」

 ビリーが悪党の顔でにやりと笑う。面白くもないと言いたげに子爵は彼をじろりと睨んだ。

「来訪者の英雄でしょ、知ってるわ。あのブサイクな顔は一度見たら忘れないわね。」

 どうやら子爵は七志ののっぺりした顔立ちがお気に召さないらしく、常に七志の呼び名は『ブサイク』だった。

「平面顔。のっぺり。あれなら、いっそ顔がない方がマシってレベルね。あのぺっちゃんこの鼻なんて、なんのために付いてる鼻なの? 目だって、あるのか無いのか解かんないわ。せめて髪型くらいは拘ればいいのに、なんなの、あのヘンテコリンな髪の毛!」

「ひでー言いようだな、」

 天井でアシュリーが呟いた。


「アシュリーちゃんほどの美形ならアタシだって大歓迎だけど!? あんなブサイクがこの館に入って来ようだなんて、アタシの目を潰すつもりなの!? きっとそうよ! 王妃はアタシに仕立てを断られたことを未だに根に持っているんだわ! なんて嫌な女なの!! しかも、アタシの最高傑作を盗み出そうだなんて! アンタになんて似合わないわよ! パーフェクト・ボディには胸のサイズがまるで足りないって、教えてあげたじゃないのっ! アタシはお子様用ドレスなんて作るつもりはさらさら無いのよ! ロリ体型を修正してらっしゃいってのよ! ああ解かったわ! きっと胸だけ修正して着るつもりなのね!? アタシの作品を、そこいらの三流職人に弄くらせるつもりなのよ! 馬鹿にするのもほどほどにしてちょうだいって事よ! こうなったら、戦うわ! 飛んで火に入るなんとやら、よ!」

 流行りの格言などを織り込んで、子爵は吼えまくる。それが大嫌いな来訪者由来の言葉だとは露も知らず。

「落ち着けよ、旦那。」

 ニヤケた笑みのまま、カウチからビリーが声を掛けた。

「アンタ達!! こういう時の為に雇ったんですからね、なにも観賞用って訳じゃないのよ!?」

 激高した子爵はマシンガンのように言葉を吐き散らし、室内の二人を交互に指差した。

「解かってるって。貰った金の分だけの働きは保障してやるさ。」

 拳銃の黒光り。刻印が不気味な虹色の光彩を放つ。魔法科学の辿り着いた一つの結論とも言うべき武器だ。右手には大口径の拳銃、左手には小さなビーズ玉を玩ぶ。


「件の来訪者だが、魔法科学でも追いつかない技術の装甲を身に纏うそうだな?」

「ええ。聞いてるわ。」

 子爵は腕を組み替えて、見下すような視線を投げた。器用な男の指先がくるくると己の魔力を練り上げる様を、感心して眺めているようにも見えた。

 ビリーは促されるまでもなく、説明じみた言葉を紡ぐ。

「こうして魔力を練り、懲り固めて、どんどんコーティング……塗り込めていけば……、」見る間に指先のビーズ玉は薄く輝く光の弾丸へと変化する。「どんな魔力障壁だろうが、簡単にブチ抜く威力になるのさ、」目にも留まらぬ速さで装填し、一瞬のうちに天井に居るアシュリーへと狙いをつけて、撃ち放った。

 重い咆哮が室内に篭もる。アシュリーは二本の指先で光る弾丸を挟み止めていた。

「おいおい、"仲間"に向けてぶっ放すなよ、おっさん。」

 ケモノを思わせる凄惨な笑みを浮かべてビリーをねめつける。

「"仲間"、ね。」

 負けず劣らずの陰惨な笑みで、こちらも迎えた。


     ◆◆◆


「みっともない喧嘩はよしにしてちょうだい。協力し合えなんて野暮は言わないけど、足の引っ張り合いは御免こうむるわよ、二人とも?」

 険悪な様子の二人には目をくれず、子爵はバルコニーへ出る扉を優雅な仕草で押し開いた。

「目にモノ見せてあげてちょうだい、二人とも。身の程知らずが徒党を組んでも、ロクな結末など迎えられないものなのよ、ってね。」

 カウチのビリーがようやく身を起こした。

「俺が先手をもらう。文句はないよな、アシュリー。」

「御勝手に?」

 落ちたリンゴを軍靴がぐしゃりと踏み潰す。部屋へ踏み込んだビリーの部下、精鋭の20名が整列した。

 どいつもこいつも訓練された軍人の目をしている、と暗殺者は目を細めた。


 子爵はバルコニーの縁へ両手をつく。

 風が、彼の髪を揺らし、優しく吹き抜ける。微かに微笑を浮かべ、子爵は口を開く。

「どちくしょうがっ! 来るなら来いやぁぁぁ!!」

 吼えた。裏声でない野太い声だった。



「へっくしょぃ!!」

 ブサイク……もとい、のっぺり顔の七志は大きなくしゃみをした。

「風邪じゃないですか、七志さん?」

「いや、誰かが噂でもしてるんだろ。」

 鼻を啜りあげて、七志はこともなげだ。ブサイクと言われても、七志の顔は、日本人の平均だ。欧米人の平均である子爵からすれば、日本人などどれも見分けが付かないに違いない。


 アデリーンの館を離れ、王都でエドワードと合流を果たす。

 最初、独りで行う予定だったクエストだが、どういうわけだか皆にはバレていて、同行を迫られてしまった。アデリーンにバラす、と脅されて。シェリーヌまでがこれに加わると言いだし、七志としては不味い事だと考えていた。

 エドワードが無駄に頑張り過ぎる可能性があるからだ。

「心配は無用ですわ、七志様。貴族の方々は大抵において、ストレンジと契約を結んでいるものですから。」

「ストレンジって?」

 聞き慣れない単語に七志が聞きかえすと、彼女の代わりにカボチャが解説を始める。

「ストレンジとは精霊の一種でございますぞ、七志様。精霊だけに気位いが高く、契約主の言う事などまるで聞き入れませんが、防御の術は確かで御座いましてな。護衛代わりに契約している者が多いので御座いますよ。」

「ええ、そうですの。彼らはとても大きな見返りを求めますわ。広大な水場を欲しがり、澄んだ清水を要求するのです。そのために、貴族の荘園には必ずといっていいほどに、大きな湖がありますの。また、清い自然の水系を丸ごと保護する者もおりますわ。」

 そのせいで、農地がなかなか確保出来ない貴族も多い、とシェリーヌが後を受けて続けた。

「ですから、エドワード様の身辺を気遣う必要は御座いませんわ。ただ、ストレンジは防御しかしてくださいませんから、わたくしが補佐としてエドワード様に付かせて頂きます、敵を迎え撃つ役目ですわね。お許し頂けますか?」

「なるほど、防御しかしてくれないって事か。なら、お願いしようかな。俺も、向こうではフォローが出来ないかも知れないから。」

「お任せください、七志様。」

 一礼をし、シェリーヌは下がった。物言いたげなキッカを代わりに前へ押し出した。


「あ、あの、七志。」

 戸惑うような声だ。七志は複雑な心境だ、付いて来て欲しいような、来て欲しくないような。

「わたしも行くけど、後方支援に回ることになったから。カニの時みたいに巧くやれるかは解からないけど、でも、七志の役に立ちたいの。頑張るから、だから連れていって。」

 メンバーの中で、一番、荷物となりそうな自身を知って、キッカの目は真剣だ。危険に巻き込みたくない、そう思っていたはずが、揺らいでしまう。

「大丈夫でございますよ、キッカ様。今の七志様にわたくしの護衛はむしろ邪魔、通常はわたくしめがキッカ様のお傍に付きましょうぞ。よろしいですか、七志様?」

「ああ、それでいい。」

 ほっと、七志が安堵と共に答える。カボチャが付いてくれるなら、心強い。

「首尾よく例のモノを入手出来たら呼ぶよ。その時に来てくれさえすれば、後はなんとかする。」

「心強いお言葉ですな、七志様。」

 まるで我が子の成長を喜ぶように、カボチャの声は感慨深げだった。

「おっとと、」

 その迂闊さを、自らで自戒する。幸い、七志は気付かなかったようだった。


「七志くん!」

 こっちこっちとエドワードが街角で手を挙げている。

 侯爵とはすれ違いに、一行は王都へ戻っていた。アデリーンもエドワードは本家屋敷へ戻ったものと信じているだろうか。聡い彼女のことだから、気付かれているような気もしたが。

「飛竜便の手配をした。これからすぐに出発しよう、父はすぐに追いかけてくる可能性が高いんだ。」

 とてつもなく能動的な父親だから、と彼は苦笑を浮かべて言った。不幸の後に出来た跡取り息子が、可愛くて仕方ないのだろう、過保護に過ぎると付け足した。

「飛竜便で、子爵の領地の傍まで行こう。さすがに直接侵入することは避けた方がいいね、隣にはうって付けに小さな街が発展している。街道の宿場町になっているから、まずは怪しまれないはずだ。」

 七志は一目で解かる来訪者、大都市では目立たなくても小さな街になれば充分目立つ要素を持っている。用心の為に人の出入りが激しい宿場を拠点とする事をエドワードは提案した。

「それでいいです、俺は地理に明るくはないので侵入経路はお任せします。」

 スパイ映画のようだ、少し気取った口調を取りながら、七志は思っていた。


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