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第六話 七志、次期侯爵と共に闘いに備える。

 教会は、これも貴族にとっては権威を競う為の道具でもあるのだろう、周囲の村々にそぐわないほどの立派さだ。

 それぞれの教会には寄進された土地があり、ここで取れる収穫に税は課せられないものかと思っていたが、異世界では勝手が違い、国王はちゃっかり、法人税を分捕っているそうだ。タダで住まわせる者は来訪者だけで充分、と、何代か前の王が言い放った時から、宗教者も納税の義務を負わされた。

 神が実際にその存在感をありありと見せつけている世界では、虎の威を借るには不都合が多すぎるらしい。教会の指導者と神とは決してイコールではないからだ。理屈を捏ねようにも、魔導師たちが手薬煉引いて待ち構えている。さして問題も起きず、宗教戦争に発展することもなく、教会はしぶしぶ税を納めはじめたそうだ。それでも一般人に比べればずいぶんと大きな優遇措置を得ている。


 フィラルド侯爵領のリング教会は、白い尖塔を中央に配置したデザインで、新進気鋭の建築家ご自慢の設計だそうだ。それはすなわち、侯爵の自慢でもある。見学は自由、を謳っている。

 中へ入ればステンドグラスで神代の物語が語られている。黒い天使と薄紅色の天使とが輪舞曲を踊っている。見上げる七志に、この教会の神父が近付いて説明をしてくれた。

「タナトスとアモールの諍い、というタイトルです。二人の神は戦い、妻であるアモールが勝利した。周囲に見える9人の小さな神はそれぞれがアモールの娘たちですよ。学派によってこの場面の解釈は違いますが、我が教会では聖都学派の説に従っています。」

 纏わりつくように、二神の周囲を飛ぶ9人の天使に目を向け、七志は首をひねった。……足りない。

 ふと、自身の思考が奇妙で、もう一度首をひねった。初めて見る絵で違和感とはおかしなものだ、と。


 この教会の責任者にあたる司祭がやってきた。

「ようこそお出で下さりました、エドワード様にはご機嫌麗しく。」

 恭しく一礼をして、司祭は歩きだし、二人を手招く。

「こちらへどうぞ。ご用意の品をご確認ください。」

 招かれた別室に、大量の小瓶が用意され、テーブルの上に積み上げられていた。これが聖水だろう。一つ一つは小さな瓶だが、これを大量に装備するには少し考える必要がありそうだった。

 七志に言われたことでエドワードも同じ危惧を抱いたものか、思案顔だ。

「わたくしをお忘れですか、七志様?」

「えっ?」

 いつの間にやら、背後にカボチャ。

「ああ! そうか、その手があった。」

 ぽん、と手を打ち、七志の表情が明るくなる。何もこれらの瓶を全て持ち歩く必要はない。都度、カボチャに出してもらえばいい、と気付いた。

「わたくしの能力は、あなた様の見知ったアイテムを複製すること。でしたな?」

「これは複製出来るヤツか。なら、問題が一つ片付くな。」

 何でもかんでも複製出来るわけではない、構造の単純なものに限るとカボチャの使い魔は常々言っていた。


「次に考えるべきは、コイツが効かなかった場合か。司祭様、ゴーストの弱点は他にありませんか?」

「純銀には怯む、という話を聞いたことがありますね。聖水のような劇的な効果を期待することは出来ませんが、何もないよりはマシでしょう。エドワード様は銃をお持ちのはず、銀の弾丸は不死者に対する装備のセオリーですよ。」

 銀は金属の中でも柔らかい部類だ。それを純度100で弾丸にして、果たして撃ち出せるのだろうか。七志の疑問に気付いたわけではないだろうが、司祭が戸棚を探り、四角い金属ケースを取り出してきて言った。

「魔法処理を仕掛けてある特殊弾です。純度100の銀を弾頭部分に使用し、それを魔力で作られた薄い膜でコーティングしてあります。ヒットした瞬間にコーティング膜が消えるというものです。銀の弾頭は空洞で、中に聖水が仕込んであるのですよ。アンデッド・モンスターに対する装備として、広く教会で生産されています。教会の貴重な収入源というところですけどね。」

 キャッシュの話はそぐわない場所、不謹慎な言葉に司祭は自ら肩を竦めてみせた。

「国までが教会から税金を取る世の中ですからね、仕方のないことだと思います。」

 言いつつエドワードは司祭に金貨を支払った。七志は弾丸の一つを手に取る。先端に十字の切れ目が刻まれ、標的に当たった瞬間に割れる仕掛けになっているらしかった。


「七志くん、銃を扱った経験は?」

 銀の弾丸を一つ摘まみ、エドワードが七志に顔を向けて問いかけた。

「ないです。が、たぶん大丈夫だと思います。」

 チートな運動能力を得た今なら、ほんの2~3発も撃ち出してみればコツを掴める自信がある。我ながらバケモノじみていると自嘲すべき場面とも思う。

 エドワードは頷きを返し、続けて言う。

「銃器は反動が来るタイプがほとんどです。普通は、魔力によって瞬間的にコントロールして、反動を抑えたり打ち消したりするのですが、七志くんは魔力経路を持っていないんでしたね? ライフルタイプなら肩で支えることが出来ますから、そちらを用意しましょう。少し嵩張りますが、それでいいですか?」

「ええ。充分です。」

 この世界は、とにかく特別なアイテムは一般人には扱えない。最初から特殊な人種に向けて作られていた。魔法を使えぬ人々用に作られたマジックアイテムはごく限られたものしかない。七志の世界ではポピュラーな銃というアイテムすら、魔法が扱える者のための補助器具としての機能しかなかった。

 魔法が使えるか使えないかで人生すら左右される。魔法が使えることを前提とした職種も数多い。


 準備を整え、フィラルド侯爵邸へ向かった二人は盛大な歓迎を受け、その日のうちに地下へ突入という当初の予定を遂行することは出来なかった。明日、フィラルド侯爵が王都から急いで戻るという、それまでに片付けたいと相談しあう。

「父はおそらくいい顔をしないでしょうからね。僕が地下に入るのを反対してましたから。」

「以前の、冒険者に依頼した時の話ですか?」

「ええ。父に反対されて、僕は彼らだけで地下へ行ってもらうように取り仕切ったのですが……。今度は姉に叱られてしまいました。」

 いくら臆病だと言っても僅かな勇気も持たないわけじゃありません、とエドワードは苦笑した。

 得体の知れない冒険者と行動を共にする蛮行を侯爵は窘め、そも冒険者を雇ったこと自体が悪いと姉に叱られたのだ。迂闊すぎる、と。

 そこまでの警戒を持たねば務まらないものなのかと、七志は驚いたものだが、言葉にしては何も言わなかった。

 そう言われてみれば、使用人たち……とくに、執事の物腰はどこかジェシカ辺りに通じるものを感じる。素性を聞けば、案外とロシュト家関連の名が聞けるのかも知れなかった。

「身辺警護は、貴族として最低限の備えはしてあります。そんなに心配するほどでもないと思うのですがね。」

 信用がないのだと、エドワードは寂しげだった。


 朝から地下のワインセラーへ潜ることを約束し、七志は与えられた客室へ引き取る。心配性の侯爵が戻る前に、片付けてしまおうと決めた。


     ◆◆◆


「……ところでさ、カボチャ。」

「わたくしの名は、と、もう宜しゅうございますが。なんでございますかな?」

「俺、キッカに何やったか覚えてないんだけど。知ってたら教えてくれないか?」

 今になって聞いてくる辺り、相当堪えたものと見える、そうカボチャは判断してケロリと答えた。

「別に大したことはありませなんだ。心配し過ぎでございましょう。」

「いいや。絶対なんかしたんだ、でなきゃキッカがあんなに冷たい態度なわけがないんだから。」

 出てゆく時さえ見送ってくれなかった、と七志はしょげている。絶対なんかしたんだ、と。腰が痛かったのも何かした結果じゃなかったかと自身で疑っている。

「何もございませんよー。裸踊りでヒャッハーと叫ばれただけで御座いますから。」

 うじうじしている七志はいい加減面倒くさい。鼻先で息を吐いてカボチャは投げやりに言い放った。

「はだ……、」

 文字通り、orzなポーズで七志がくずおれた。


 朝だ。いよいよゴースト退治へ出向く時刻が近付いた。聖水の瓶を携帯しておく工夫も夜のうちに整えた。就寝後も枕を涙で濡らして、メンタル面の開き直りも万全だ。帰ったら土下座して詫びよう、心に誓う。

 七志はカボチャに出してもらったハーフジャケットをエドワードにも渡す。釣りをする父親が愛用していたものを思い出したのだ。そこらじゅうにポケットが付いていて、小物を沢山収納できる。見ため的にはずいぶんマヌケになったが、構いはしない。クエストは遊びじゃねーんだ、と心のうちに吐き捨てた。今は特に、そんな事よりも大事な用事が帰った先に待っている。

「では、地下へ向かいましょう。」

 ランプを手に、エドワードが決意を固めてそう言い、七志も頷く。

 エドワードもものものしい恰好だ。白銀の、騎士の鎧のようなものを着こんだ上に、七志が渡したジャケットを羽織っている。ポケットには聖水の瓶。手には拳銃のようなアイテム。銃器は側面に溝のようなものが刻まれ、虹色の光が前後に走っている。七志の知る拳銃とは少し違うような気もした。

 七志が渡されたライフルも、マシンガンとの合いの子みたいな形をしている。肩で支えて狙って撃つものではなく、小脇に抱えるような姿勢で散弾を撃ち出すのが本当なのだそうだ。数撃ちゃ当たるの方式か。

「本来ならゴーグルとセットになっているのですが、魔力経路を持たない七志くんだと、使ってもおそらく意味がないものと思いますね。」

 ゴーグルにターゲットの照準調節機能が付いていて本体のライフルと連動しているのだが、それも魔法が使える者を前提として設計されていて、七志には使えないものだった。魔力経路が細く、魔法そのものを使うには適していない者を前提に作られているから、適合者もそれなりに居るという話ではあったが。


「七志くんは、神に与えられた能力以外の一切が使えないという制約が付いているタイプの来訪者ですね。」

「制約、ですか?」

「ええ。来訪者の能力はさまざまで、制約というべき枷に付いても全員が漏れなく付いているというわけじゃないそうです。神の気紛れで、貰ったチートも様々、能力の強弱も様々、複数の能力を持つ者、役に立たない能力一つを与えられた者、それぞれです。」

「詳しいですね。」

 七志も色々な人にあれこれと聞かされてある程度の知識はあるが、エドワードは少なくとも七志以上には七志のような来訪者について詳しいように感じた。

「貴族社会では当たり前に押さえておく知識ですよ。益のある来訪者であれば、取り入って、その恩恵を逃さぬようにしなければなりませんからね。」ふと気付いたように彼はそこで苦笑いを貼り付けた。「あ、なんだか余計なことまで話してしまう。騎士団長から聞いた通りですね、君はどうも自白を促す能力でも与えられているらしい。」

 騎士団長、先日叙任されたハロルドのことと七志は気付く。先の団長が引退したので、部隊長だった彼が繰り越しで位を上げたのだ。


 軍制は近衛騎士団と正騎士団、従騎士団の三つに分かれている。平民の出である彼が就いたのは従騎士団の団長の座だ。近衛と正騎士団は貴族出身者しか登用されないが、主力となり人数が多いのは従騎士団の方だ。こちらは身分を関係なしに実力が大きくものを言う組織で、貴族の中にはそれが我慢ならない者がいて、正と従に分けられた曰くがあるらしい。普段は騎士団を名乗ることもない、正規兵といえば彼らの事である。また、近衛騎士団の中に、最高エリートの国王直属に当たる親衛隊が含まれる。

 騎士団長のさらに上の位が、姫将軍以下の三名の将軍たちとなる。ハロルドとは、婚約騒動の後、王妃に呼び出された時に再会したが面倒が多くなるとボヤいていた。日頃の訓練内容等、雑多な事柄を総括する職だそうだ。


 ランプの頼りない火に照らされて、地下のワインセラーはまるで洞窟に踏み入ったかに思えた。

「本来なら、明り取りが無数にあり、ここまで暗いということはないんです。」

 壁際に歩み寄り、エドワードは燭台の一つを照らした。真横に木の枠組みが見える、窓はしっかりと閉められているようで、一筋の光も差しこんでこない。

「ゴーストの仕業です、彼らは光を嫌うので明り取りの窓は全て閉じられてしまいました。」

 構造としては、このワインセラーは本来の土の中という意味の地下ではなく、屋敷の土台にあたる石垣の内部になるのだとエドワードは七志に教えた。目が暗闇に慣れるごとに、中の様子が見え始める。太い木の支柱に天井が支えられて、壁は石垣のままだ。そこかしこに大きな樽が横倒しに並べられていた。

「奥には年代物の貴重なワインが貯蔵されています。ゴーストはその近辺に多く出没するそうです。」

 奥まった暗闇へ向けてランプを掲げ、エドワードは低い声でそう告げた。



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