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第八話 見習い騎士

 気付かぬうちに絡め取られていた。

 重い足取りで、七志は帰路に着く。


「ライアス殿に伝えてくれ、わたしも兄も、貴方の師事を仰ぐ心持ちで今回の任に就く、と。」

 それはすなわち、全軍の作戦立案をライアスに委ねるという意味であった。

 フィオーネは国軍を率いる将軍三名の一人、さらに兄の国王アレイスタもライアスの指揮に従い、口を挟まぬという明確な意思表示をしたことになる。

 迷惑を掛けないように立ち居振る舞ったつもりでも、回避しきれない迷惑な事態は向こうから覆いかぶさってくる。最後に押し付けられた羊皮紙の巻物を手に、七志はため息を吐いた。

 城下町はにわかに沸き起こった戦争景気で賑やかだ。ゴブリンの討伐、今回はよくある低級クエストのそれではない、もはや戦争という認識を人々は持っているらしかった。

 商店の軒には保存用の食糧や旅の道具、細々とした武具の備品などが置かれ、傭兵や騎士のみでなく婦人達までもが交渉の為に商人を捕まえて話し込んでいる。

 それらの人込みを掻き分けて、七志は予定通りに帰路に着く。

 宿を出る時の打ち合わせ通りに乗合馬車を利用して、投宿しているカナリア亭へと戻る七志。

 交通の便は整備されており、要所要所にはこのような交通網が敷かれていた。王城のある首都を離れ、幾つかの田舎町を通り過ぎて、とある中堅都市の停留所で降りる。


「おかえり、七志!」

 心配したのだろう、リリィが馬車の停留所にまで出迎えに来ていた。魔法治療の甲斐あって、日常生活に支障はない程度には回復しているのだが、遠出はまずいはずだ。

「リリィ、安静にしてないでいいのか? こんな所まで出てきて……、」

「これくらい平気よぉ、退屈してるくらいなんだから。それより、どうだった? なんか浮かない顔してるけどさぁ、」

「うん、ちょっとな。」

 拙い事になった、と事情を話しながら七志は歩き出す。

 皆が待っているであろう宿。カナリア亭。

 ライアスにはなんと言えばいいだろうか、師匠になってもらったばかりに迷惑を掛けてしまった。


「そうか。国王がそう言ってきたか。」

 事情を聞いての、ライアスの第一声。

 ダイニングに全員が集まり、作戦会議となった。

 しばらく宿を留守にしていた宿の亭主と娘のナリアも、七志が出たと行き違いで帰ってきていた。

 初めて見る亭主は見事なスキンヘッド、つるりと光るハゲ頭が眩しい。娘のナリアはまだ子供で、七志には小学生くらいに見えた。

「ナリア、大人の邪魔をしちゃいけませんからね、向こうへ行っておいで。」

「はーい、ママ。ミントちゃんトコに遊びに行ってくるね、」

 ばいばい、となぜか七志に手を振った。

 昔から子供にはよく懐かれたものだ、条件反射でばいばい、と返すとジャックがにたりと笑う。

 なんだか恥ずかしくなり、そっぽを向いておいた。


 事情を説明した七志に師匠のライアスが頷く。

「まぁ、賢明な策だのぅ。なにせ、斥候に出て戻ってきたのは全員この宿の者だ、ここで作戦立案の下書きを描くのが妥当というものだろう。」

 だが、と言い置いてライアスは七志を見た。

「すまんが七志、何度か王宮と宿とを行き来してもらう事になるぞ。

 全てをこちらで勝手に進めても本番で支障を来たす、国王や諸侯の意見を入れつつ進めるのがもっとも安全だろう。土壇場で統率が乱れるのが一番拙いからな。」

 王侯貴族はプライドの塊だ、王宮へ向かう前にもその点を言い含められた事を七志は思い出した。

 七志が手渡した羊皮紙の巻き束を解いて、ライアスがテーブルに広げる。

 羊皮紙には、タイラルマウンテンの詳細図と展開予定の軍、部隊の人数と指揮者の名が書かれていた。

 先頭に位置する部隊は50名、指揮者の名は七志。


「これは……、」

 覗き込んだジャックが思わず息を呑んだ。

「ふむ、従者二名というのはつまり、わしとジャック、お前さんの事だろうな。」

 顔色を変えることなく、ライアスがぼそりと呟く。

「ちっ、」続けてジャックが舌を打った。


「七志が率いるのは正規軍からの騎士50名か、言うこと聞くのか? この連中。」

 半分ボヤきに変わりつつジャックが呟く。指を差す先に七志の名を示す文字。

「正規軍は3000名、予備兵力に傭兵部隊が後方に5つか。本陣に国王と姫将軍、親衛隊100名、……そうそうたる陣営だな。」

 フィオーネの名は、戦好きの性質が大衆には知られており、陰での渾名は妖姫だ。王宮でじっとしているくらいなら物見の塔から飛び降りる、と豪語したと伝わっている。


「城の警護を除いて常備軍を全軍投入というところだな。お前さん達から聞いたあの山の様子から言えば、これでもギリギリという感じではあるが。」

 地形を示す等高線を読みながら、ライアスは言う。

「この陣取りは拙いのぅ。本陣が囲まれてしまう危険がある。

 すまんがリリィ、大至急でトレースを5枚ほど用意してもらえんか。」

「わかった、今夜中にはなんとかする。七志、来て。」

 自身の名が呼ばれたことで、だいたいの予測は付いた。リリィは安静が必要な身だ、図面トレースの方法を七志に伝授したら休むつもりなのだろう。

 まぁ、妥当なところだと七志も思う。それに、薪割りでも水汲みでも、新しい技術を教わることは嫌いではなかった。だが、それをライアスが止める。

「いや、七志には大事な要件がある。すまんがジャックを使ってくれ。」

「ん? じゃあ、本格的な会議は明日かい? 俺はどっちでも構わんが。」

「すまんな、」

 七志を中心に、しかし七志は見事に無視して事態は進行していく。


「七志には先ほど、城からの使者が荷物を置いて行った。拝領品だろうが、まずは荷を改めておく必要があってな、勝手ながらわしが先に開けさせてもらったぞ。

 防具一式と衣装、他に武器の類はお前に直接下されたそうだな、七志。」

「あ、はい。部屋に置いてあります、取ってきましょうか、」

「では裏庭で待っておる、急いで支度を整えて来るようにな。……色々、チェックしたい事柄もあるから、拝領品はすべて身につけて来るようにな。」

 こくりと頷いて、七志はダイニングを離れた。


 七志の姿が完全に廊下からも見えなくなると、ライアスがぽつりと漏らした言葉から自然発生のように不穏な会話が始まった。

「今の七志では、火の山の魔女と渡り合うだけの力はない。これも試練というべきか。」

 ライアスの言葉は謎かけのように、場の浮足立った空気を押し潰し、殺す。

 リリィがため息を吐いた。

「……火の山の魔女、その配下の魔王二人。」

「いや、あの魔女は魔王クラスの魔物すら作り出す能力者だというだけの話で、二人倒せば辿り着くってモンじゃない。」

 リリィの言葉を受けて、ジャックが反論を返した。

 重いため息を吐くリリィの唇が、また言葉を紡いだ。

「山のように魔物を作って、迷宮の奥に閉じこもってる、来訪者のなれの果て……よね。」


 来訪者に来訪者をぶつけて潰しあわせる、タチの悪い解決法だ。


     ◆◆◆


 七志が裏庭に出ると、そこには師匠のライアスが待ちぼうけていた。

 しくしくとすすり泣く仕草で、ボヤいている。

「遅いのぅ、遅いのぅ、」

「すっ、すいません! この服、どうやって着るのか解からなくて戸惑ってしまって……!」

 慌てた七志が駆け寄っていった。


 七志に下賜された防具は、見習い騎士の正装に近いものだとライアスが教える。

 仕立ては上品で品質も良い。さすがは王宮の下賜品というばかりで、一式を装備した七志は貴族の子弟のようだった。胸当てと籠手の皮部分には彩色が施され、美術品の趣きすらある。

 絹のシャツに丈の短い上着、その上から鞣した皮の胸当てとショルダーを装着している。左手のみに籠手を付け、バックルは盾の役目が期待出来るようにと鋼鉄製だ。

 重い盾を持つ腕力のない七志の防御を上げようとするなら、やはりこうなるしかない。

「ふむ、まぁまぁ合格点というところか。」

 ライアスはそう言って、小さな金具を取り出した。

 腰のベルトに引っ掛け、武器を仕舞うためのホルダーをぶらさげる。裏返した毛皮の袋となめし皮が合わせになっていた。

「モーニング・スターはむしろ装着が面倒なのだ、この棘がおのれの足の肉を削る。」

 すぽん、と収まった棘付きマラカスは、ホルダー内の長い毛足がクッションとなり、上から叩いても感じないほどに、棘の感覚はなくなっていた。

 さらにライアスはその二本の柄を、鎖で繋ぐ。先端に輪になった金具が付いていた。

「これでこの武器本来の姿に戻った。」


 かなりの長さの鎖が、足元にまで垂れてじゃらじゃらと音を立てる。

 手繰り寄せてホルダーに仕舞うと、七志は師匠に質問した。

「先生、この武器の使い方を教えてください。」

「うむ。まずは七志よ、剣には型というものがあるのは、もう知っているな?

 叩いても切れはせんから、それは当然のことだ。だが、この武器に正しい型などというものはない、叩いても投げても殺傷力を発揮するのだから、それこそ遣い手次第という武器だ。」

 差し出されたライアスの手の平に、七志は言われずと自身の武器を預ける。

「見ておれ、」

 七志を残し、数歩先へと進んだライアスが武器を構える。

 これが普通に長剣などであれば、絵になるような恰好良さがあるのだろう。しかし、どこか愛嬌のある見てくれをした武器だから、その姿はなんとも云えず滑稽だ。


「左手に持つ方、鎖は適度に巻いてこちらの柄と共に掴んでおれ。掴み方はこのように、親指と人差し指で柄を支え、残る三本の指を離せば鎖が放たれるように纏める。

 そして、投げたら即座に鎖を掴めるように修練するのだ、これにて武器を操ることが出来る。」

 試技が始まった。

 ライアスの手の中で、二つの棘マラカスが躍る。

 シャドゥボクシングと同じように、透明な敵が棘に打たれ、殴られ、繰り出す斬撃を止められる。

 敵の剣を棘の間に挟み、残る一方を叩きつけてへし折った。

 間髪入れず、投げる。

 投げられた棘ボールはそのまま現実の木の幹を抉り、上空を舞い、また別の木の枝を叩き折る。

 繰り手ひとつでやってのけ、地に落ちた武器を、鎖を手繰って手元へ戻した。

「……とまぁ、こういう具合に使うのだ。」

「色々無理っぽいです、先生。」

 七志がこの域に達しようと思えば、どれほどの修練を積まねばならないか。

 あと数日でこれをせよ、というのは、どう考えても不可能だと思われた。


「今回のクエストは、戦い方よりもむしろ戦術がものを云う。

 お前が直接、敵を倒すよりは、配下の者がいかに動くかを考えて、戦況を観察することを心掛けよ。

 お前がするべきは戦いそのものではなく、進路を考えることだ。常に自軍が有利に動ける地形を確保し、敵に譲らぬように先手を打つ。」

「それは先生にお任せしたいです。俺は、先生を護りますから。」

 七志の言葉を聞き、ライアスがにっこりと笑った。

「弟子というものは、常に師の考えをトレースしておるものだ。わしがどのような作戦を立て、どう動くか。これはもう戦争といってよい、初陣でそこまでは望まぬが、せめて戦場の地形くらいは暗記しておけよ。」

 武器が巧く使えるだけでは勝利出来ない、戦術だけでは生き残れない。

 七志は深々と頭を下げ、師の言葉を噛み締めた。


「わぁ、七志、すごいカッコいい……!」

 裏庭から戻った七志を見て、リリィが頬を染めてそう言った。夕暮れまで、納得がいくまでマラカスを振り回していた七志だが、風呂焚きの仕事を思い出して慌てて戻ってきたところだった。

「なんだよ、じろじろ見るなよ、照れるだろ。」

 自然に七志もニヤケた顔になってしまう。衣装を出した時点で、格好の良さに惚れ込んでいた装備だ。

 褒められて悪い気はしなかった。


「あ、あのさ、七志。」

 改まった口調でリリィが話題を変えた。

 もじもじと身をくねらせるのは、彼女が照れ隠しをする時の癖のようなもので、七志がここカナリア亭に身を寄せるようになってから先、何度か見ている。

 大抵、この仕草の先に居る人間は決まっていて、たぶん、そういう事なのだろうな、と七志は思っている。残念ながら、その相手は七志ではないのだ。

 もじもじと、視線も合わせないままで彼女は言葉を続けた。

「あたしは今回、留守番決定だからさ、その……こんなの、ヘンだって思うかも知れないんだけど。

 あのっ、……ジャックのこと……、助けてあげてほしいんだ。」

 読みが当たっていて、楽しい半面で少し悲しい。

 勘違いしていた時期が無かったわけでもなし、好意を持った女が他の男を好いていると知って、感じるところがないほど鈍くはない。じんわりとした痛みは、耐えられないほどではなく、けれど無視出来る程度というわけでもない。

 失恋というほどでもない。平然と受け止めるのはさすがに無理そうだけれど。

「任せとけよ。アイツ、結構、独りで行っちまうトコありそうだけど、ちゃんと見張っとくから。」

 務めて普段通りに装って、七志は無理やりの笑顔を貼りつけてみせた。

 リリィははにかんだような笑みを返す。本人に見せてやれば一発で解決しそうな、可愛らしい笑顔だった。

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