第二話 七志、王城へ向かい、王、王妃に唆される。
王都へ到着し、宿を定めて七志一人が王城へ向かう。もしもを考えて、三人は残した。
「わたしも行きますって! 七志さんの護衛なんですから、わたしは! 兄上に叱られてしまいますよぉ!」
「駄目だ。こないだの事忘れたのか? 婚約発表を放り出して逃げたんだぞ、王宮の人々の反応がどうなってるか解からない以上、油断は禁物だろ。俺は独りでもなんとでもなる。ジェシカには、ここに残って欲しい。いざという時には二人を託しておきたいんだ。頼む。」
「けど……、」
「お目付け役のことなら大丈夫だろ? 王都に入った途端、王妃の配下が無数に現れた。俺達の監視でもしてるんだろうから、ソイツ等に任せたことにすればいい。俺が付いてくるなと強く言ったからとでも言えばいい。」
ロシュト家配下のアサシンたちがひっそりと一行を見張っていたが、七志には既にバレていたと知り、ジェシカは驚いた。表情には出さない。出さないながら、畏れを抱いた。
「そうですか? しょうがないなぁ……、じゃあ、わたしは今回残りますけど、姉上に聞かれたらちゃんと口裏合わせてそう言っておいてくださいよ? 怒られるんだからぁ。」
口を尖らせ、わざと軽く流して返答をした。
「じゃ、行ってくる。本格に動くのは明日からになるから、なんなら三人で出かけてくれてもいいよ。」
行き違ったら宿で待ってるから、と言い置いて、七志は軽く手を振って出ていった。
ジェシカもにこやかに送り出す。
「ふぅ、」
見送って、ジェシカは息を吐く。彼女とて、ロシュト家の一員だ。
「ジェシカ様、お帰りなさいませ。」
ひっそりと、影がそう告げた。
「これに気付くとか。有りえないわ、ほんと。」
「どうなさいましたか?」
「ご覧の通りよ。わたしは退けられちゃったから、姉様に宜しく伝えてちょうだい。」
影の中の気配が消えた。
「さて、と。そうなったらなったで、休んでなんかいられないのよねっ、と。」
両手を頭の上で組み、大きく伸びをしながらで彼女は呟く。七志の見張りが無理なら、別の仕事を片付ける。
魔女の動向を探るという方面の仕事は、このところあまりはかどってはいなかった。
「七志様が出てゆかれましたな、麻衣菜様。」
宿の部屋に閉じこもり、ベッドの上に陣取ったキッカの傍で囁く者が居る。姿が見えなかったカボチャの使い魔だ。
「王宮へ挨拶に行くって言ってたわ。危険かも知れないから、私たちはお留守番。」
くすりと笑って麻衣菜は答える。なにが、危険だと言うのか。どちらが危険なのか。この街のことを指したわけではないだろうが、ついつい皮肉に物事を見てしまう。エフロードヴァルツなら、麻衣菜の扱いが"危険物"だ。
「カボチャのジャック、もしなんかあったら、七志を助けに行ってね?」
「すっ飛んでゆきますとも。」
「七志と行動するって、思ってたより大変。目まぐるしくって、疲れちゃった……、」
ぽすん、とベッドへ転がった麻衣菜はそのままうとうとと浅い眠りのまどろみへと落ちかけている。
そこへ。
「キッカー! 居るー!?」
けたたましい声と気配が階段を一足飛びに近付いてきた。
「せっかく王都へ来たんだしさ、見学でもしない? 中央市場には美味しいスウィーツの店が沢山あるのよ!」
「行きたいっ! ……て、でも、そんなに無駄遣い出来るようなお金持ってないよ?」
その気になればどうとでもなるが、極力怪しまれる行動は控えねばならない。一介の占い師風情が、遊び歩けるほどの小遣いなど普通は持っているわけがないのだからと、麻衣菜はぐっと我慢した。
「わたし、一応、貴族のお嬢様なんですけどー!?」ふんぞり返ったポーズでジェシカがおどける。続けて、「こんな時くらい奢るわよ! 行こ、行こ!」麻衣菜の手を引っ張った。
「シェリーヌー! ケーキの早食いしよー!」
「きゃー! 滑る!」
二人がどたばたと階段を駆け下りていく騒がしい物音が宿に響いた。
一方で七志が向かった王城では。
城を目前にした街角で、七志はフィオーネ派の者たちに捕まった。
「七志殿! 英雄殿!」
いきなり七志は城の騎士数名に囲まれる。
鬼気迫る勢いの騎士たちが輪になり、七志を取り囲んでいる。ただならぬ空気に、通りを行き交う人々も危険を察して遠巻きに見守った。
「なぜにあの日、宴席を飛び出してしまわれたのか!?」
「フィオーネ様の何がお気に召さなかったものか、納得のいく返答を頂きたい!!」
唾を飛ばしながら、聞こえているのに大声でがなり立てる。七志は思わず耳を塞ぐ。
「なんでしょうかな、その態度は!?」
「我々をも愚弄すると申されるか!?」
見損ないましたぞ! 口々に荒ぶる騎士たちは七志に詰め寄り、訴える。なんと単純な人々なのかと、七志は呆れ半分で聞いていた。ゴブリン山での美談に胸打たれ、国王の号令一下で突撃し、今もこうして妖姫の嘘泣きに騙され激高している。そも、国王兄妹がその後に何のフォローもしなかったらしい事実に、彼らを不憫にすら感じた。
あの三文芝居を信じている人々が居る。単純で、愛すべき人々だ。
「そしてなにより許し難いのは、フィオーネ様との婚約よりも、王の寵姫、アデリーン様を選んだという事実っ!!」
……ちょっと待て。七志の笑顔が引きつった。
「なんでそうなるんだよ!?」
「何を仰られるか!? あの日に逃げ込んだ屋敷はかのフィラルド侯爵邸ではありませんでしたかな!?」
「言い逃れとは見苦しい! 何日、あの屋敷へ逗留されていたか、まさかお忘れなのか!?」
約束が違う。七志は今度こそ地団駄踏んで弁明を叫んだ。
「だから、それはあんた達の王様が仕組んだことだろ!? 街中で噂になるくらいは我慢するけど、なんで直属の部下である騎士達がそれ、鵜呑みにしてんだよ!?」
どいつもこいつも馬鹿面下げやがって! 内心では猛烈な毒舌の嵐が吹きすさぶ。七志が選んだのは、アデリーンではない、まるで別の女性、その正体まで語る必要はないが別の人物であることを説明してくれていると思っていたのだ。
くそぅ、あの国王、まるっと説明を端折りやがった! 七志の結論はそれだ。
「ああ! もう、うっとうしいな!!」
「なに!?」
騎士たちが更にテンションを上げた、その時、すでに七志はその場から抜け出している。
見上げる騎士たちをしり目に、街並みの建物、その一角に見えたテラスへと飛び移り、さらに隣の建物の屋根へとジャンプしていた。
「おお、」
残された騎士たちは瞬時に判断する。あれは、自分たちの手に負える生き物ではない、と。
七志は屋根伝いに王城を目指していた。途中、気付いて腕輪をアーマースーツへ変形させる。
空からやってくる敵に対しての備えも万全だ、ありったけの弾丸、弓矢、砲弾の雨に出迎えられた。
「学習能力なさ過ぎだろ!? いい加減、覚えろよっ!!」
こんなに特徴のある来訪者など、他に居ないに違いないだろうに、解かっていて"とりあえず"で攻撃しているのではないかと疑いたくなる。ある日は諸手を挙げて歓待し、今日は全力で迎撃。王城の守備は気まぐれに思えた。
強行突破で中庭へ着地。そこへも衛兵が大挙して押し寄せる。ホバーエンジン全開で、風圧を利用してなぎ倒した。
悲鳴、怒号、大変な騒ぎの中へ、悠々と歩みながらで国王がバルコニーへ姿を現す。
「静まれ! 何の騒ぎか。」
「陛下、危険でございます! 侵入者が!」
「ほんっとーにバカだな! あんた達!!」
もう忘れているのか、と怒り心頭の七志が怒鳴った。
「静まれ! 我の命が聞けぬか! そやつは無害だ、排除の必要はない!」
「まったくどいつもこいつも……、」
妙に引っ掛かる言い方に、さらに気分を悪くした七志がぼやいた。なんだかゴキブリ扱いされたような気分だ。
だからここは嫌なんだ、と結局はそこへ結論付けたが。
◆◆◆
「部下が無礼を働いた、赦せよ、七志。」
国王の後ろへ続いて歩くことを許されるのは、ごく少数の限られた者たちだけだ。その中へ列することすら許された七志だが、その特別さを彼自身はあまり理解してはいない。
衛兵に守られ、城の廊下を渡り、執務室へと通された。そこに王妃エリーゼが待ち構えている。
「ようこそいらっしゃいました、七志。久しぶりに見えましたわね。」
本来なら膝を折り、ご機嫌麗しゅう、とでも言うべきなのだろうが、七志は軽く会釈しただけだ。
「アデリーンの館より先にここへ来たことは褒めて差し上げますわ、七志。」
そして、無礼な行為に頓着の無いこの国の王族二人は、何事もなかったように平然と用件を切り出す。通常、貴族であれば、ぺこりと頭を下げるだけの挨拶など、侮辱としか受け取らないものだが。
執務室は扉の外を衛兵が固めるだけで、中の様子を誰かに見咎められることもない、ゆえに国王、王妃は七志の無礼を不問とした。いちいち噛み付いていたのでは、来訪者相手だ、こちらが疲れるだけだと知っている。その無礼を人の目のある所で出さねば問題などないのだ。
「七志。あなたは大変不味いことを仕出かして下さいましたわね。もうお分かりだと思いますけれど?」
「王妃様を差し置いて、アデリーン様の屋敷へ出向いたこと、ですよね。」
本当はこちらを優先しようと考えていた。だからこそ王城へ出向いたのに、そこで待っていたのは婚約会場だ、逃げ出すのは仕方ない流れのはずだ。言いたいことは渦を巻いていたが、あえて七志は王妃の言葉を待った。
「状況が状況ですから、仕方のない部分はあったかも知れませんわね。それでも、結果としてわたくしが窮地に陥ってしまった事の責任はあなたにありますわよね? それも、御承知?」
「はい。」
なんだか理不尽だ。そうは思うが、それを口にすればさらに話が複雑になる。七志は黙って聞いていた。
「こちらの都合ばかり押し付けて、申し訳ないとは思いますのよ? けれど、そのように細々とした事情など、下々の者は理解しないものですの。それもご承知ね?」
そう、国民に多くは語られず、また、語ったところで理解する者ばかりではなし。不穏分子を増やすだけなら、いっそ茶番でも、彼らの理解に易い方式で物事を進めるほうが得策だ。
この国は侵略の機会を狙い、侵略の危機に晒され、王侯貴族も政略の駆け引きに明け暮れている。その一環だ。張り巡らされた謀略の糸が、七志のところでぶつんと途切れた。その糸の後始末をしろと言われただけだ。
「アデリーンの有利を、いつまでも許すわけにはゆきませんの。こうなった責任の一端はあなたにあります。責任を取るべき理由は、それで充分に理解なさるわね? 崩れたバランスを取り戻すべく、あなたには協力して頂きますわ。」
「解かっています。で、何をすればいいんですか。」
七志は王都へ向かう最初から、覚悟を決めていた。にこりと笑ってエリーゼは言った。
「さすがに、話が速くて助かりますわ。」
七志が謀略に加担する。自身の撒いた種とはいえ、複雑な心境だった。
「ターゲットは、さる貴族の隠し持つ貴重なアイテムですわ。それをわたくしが手にする事で、アデリーンとの間に開いた"差"を、縮めることが叶いますわ。」
「それって、泥棒じゃないですか、」
小声で七志は非難した。こともあろうに、王妃の位にある者が、英雄と呼ばれる者に対して依頼しようという事柄が、泥棒だとは。世も末だ。
「あらぬ罪を被せて取り上げる手もあるのですわよ? 平和的な解決方法、と言ってほしいものですわね。まさかに、被害者貴族も英雄に盗まれただなんて、口が裂けても言えはしませんでしょ? そこを突いた見事な作戦だとはお思いになりませんこと?」
「思いませんよ、」
ろくでもない作戦だ。七志が、人望厚い英雄として名声が高まっている事を逆手に取ろうなどと。
「バレたらとんでもない事になりますよ、いいんですか?」
今度は逆に七志が質問した。王妃に代わり、国王がにやりと笑って答える。
「心配は無用だ。お前が死骸を残さぬ限り、あちらに証拠はないものと思えば良い。」
それはつまり、そういう事なのだろう。
つまり、相手は、七志を殺しにかかる。
「どれだけ派手に暴れようと、幾人の目撃証言が上がろうと、それは何の証拠能力も持たぬ。"英雄"と言う称号の威力とは、それほどに大きなものなのだ。誰が信用するというのだ? 英雄が、泥棒に入った、などと。」
国王夫妻に釣られて、七志もいつしか笑みを浮かべていた。凶悪に、人の悪い笑みを。
「殺せと言っているわけではない。あるアイテムを、盗み出してくれば良い。お前にとってはやりよい仕事のはずだ、戦場で敵を殺せと言われるよりは、な。違うか?」
「そうですね、まぁ、それよりはマシかな。……解かりました、引き受けます。どっちみち、選択権なんて無いんでしょうから。」
投げやりに答えたこの時には、七志の意識には仲間を巻き込むつもりなど無かった。
そういった事情と内容ならば、独りで十分に形が付くと、そう考えていた。