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第一話 七志、女子二人に挟まれ、王都へ高飛び。

 ここはカナリア亭。一見静かな冒険者の宿の、朝の風景だ。

「七志さんとデートしちゃいましたー!」

「……知ってる。」

「あ、これ、キッカさんにお土産です。」

「……ありがと。」

「七志さんに頼まれて、わたしが選んだんですよー!」

「……見てた。」

「あ、手紙が届いてたんですか? 七志さんに?」

「……うん、そう。」

 ハイテンションのジェシカとネガティブモードのキッカが対象的だ。

 間に挟まれる位置に立つ七志はダラダラと冷や汗を掻いていた。

 チームの仲間と行動を共にする一環のつもりで一緒に食事をして、土産物屋を探しに街をうろついた。それだけのつもりが、男と女の価値観の違いで大きく意味合いが変化する。デートの思惑なんてなかった。そう言ってしまえばジェシカを傷付け、言わねばキッカに誤解を受ける。


 針のむしろっ!


 こうなる事を予測出来なかった七志は自身の迂闊さを呪うばかりだ。

 他の面子はとばっちりを恐れて遠巻きだ。師匠のライアスまでが。完全に喧嘩を売るモードのジェシカが手にした手紙をひっくり返して裏を見る。

「あ、王都からですねー、」

 宛名を見て、ジェシカが呟いた。

 王都と聞いて、一縷の望みを託した七志がジェシカの手から紙片をひったくる。

「王様からかな? なんかまた無理難題でも吹っかけてきたかなー?」

 声がうわずり気味なのは仕方ない。ちらりとキッカを見た。

「……違う。お茶した女の人。」

 キッカの声は語尾が震え始めている。ホラー映画のテンションに近くなってきた。

 宛名にはっきりとアデリーンの署名がある。墓穴の底をさらに掘り返したと気付いて、七志は青褪めた。


 しばらく後。自室に避難した七志は旅の準備を進めていた。傍にはアデリーンからの手紙。カナリア亭に戻ったばかりの七志に、王都へ取って返すべき理由が出来た。地獄の釜に垂れる糸、渡りに船だ。

 約束していた謝礼の件で相談があるから来てほしい、という内容だった。

 ほとぼりが冷めるまでの高飛びには丁度良い依頼になる。ため息を吐いた。本当なら、これからしばらくはキッカと楽しく過ごせる予定だったはずだが、どこで狂ったんだろう。どこで。泣きたい。

「そもそもお目付け役とか言って、女の子なんて送ってくるか!? 揉めろと言ってるよーなもんじゃないかっ!!」

 乱暴に、鞄の中へ服を押し込んだ時に、ノックの音が聞こえた。

「七志さーん、明日、出発するなら呼んでくださいねー? 準備しときますからー!」

「来なくていいよっ!」

 ジェシカの能天気な声に、堪らず七志は即答で返した。


 翌朝。

 出発間際の七志の両隣に、キッカとジェシカが火花を散らして立っていた。七志は……俯いたきり顔を上げない。

「気をつけて行ってくるんじゃぞ、四人とも。何かあれば、わしらも追ってゆく。」

 師匠のライアスは逃げた。

「イフリートが居るってのは便利なモンだぜ、なぁ、七志。こっちは気にせず、しっかりやってきな。」

 ジャックも逃げた。彼の使い魔イフリートの能力なら、仲間との距離はいつでも大幅に短縮できる。いつも出しゃばりな七志の使い魔、カボチャのジャックも勿論こんな場面で姿を現す奴じゃない。

「キッカ、ジェシカ、あんた達仲良くやんなさいよ! 七志がほら、困ってんじゃないの!」

 ひらひらと手を振るリリィも、むろん付いてくる気はなさそうだ。

「ルルムも! ルルムも行くです!」

「あんたはダメ。」ぴしゃりと制して女将さんが獣人娘の頭を撫でまわした。「うにゅー、」とたんに大人しくなるのは、飼い慣らされてきたせいか。

「女将さんがこの子の言葉が解かって助かったわ。気にせず行っといで、七志。ちゃんと預かっとくからね。」

 その様子を見て、リリィがにこやかに送り出す。

 一緒に行く最後の一人はシェリーヌだ。

「七志様、わたくしがご一緒しますわ。アデリーン様とは既知の間柄です、御心配はいりませんから。」

 かつて、フィラルド侯爵の屋敷にも居たのだと彼女は告白する。

「奴隷を置く貴族というものは数少ないのですけど、わたくしの母がベビーシッターとしてお屋敷へ呼ばれたのですわ。人を雇うのは危険と判断する、特別な事情がおありだったようですわね。」

 よくあるお家騒動の内訳までは語らず、省略して、侯爵家と既知である理由を七志に告げた。

「懐かしゅうございますわ、覚えておいでかしら……。」

 恩のある家なのだと、彼女は七志に言った。

 七志にすれば、この状況に一人増えたところで何の解決にもなりはしなかったが。


「シェリーヌが敬語なのって、侯爵家との繋がりからなのか?」

「ええ、その通りですわ、七志様。5歳の時にお屋敷へ上がり、12歳までお仕えいたしました。貴族の家柄に恥じないようにと、奴隷の身分には勿体ないほどの教育を受けさせて頂いたのです。侯爵様はとても良い方です、流行り病で御子息のお二人を失くされ、失意の中、ようやく跡取りとなられるお子がお生まれになって……とてもお喜びでした。けれど、親族による暗殺を警戒せねばならなかったのですわ。誰一人信用がおけず……、そんな中で、奴隷市で見かけただけのわたくし達母娘を拾ってくださったのです。」

 シェリーヌが滔々と語ること自体が珍しいことだった。大きく揺れる馬車の荷台に3人が詰めて聞いている。御者席にはジェシカが座り、2頭の馬を操っていた。

 宿で仕立てた今回の馬車にクリムゾンは居ない。ルルムのお守りに残してきたが、あの馬が居ると居ないではかなり勝手が違ってしまう。七志とキッカは他の馬を操ることが出来ないから、完全にお荷物だ。

「わたくしが12歳になるかならぬかというタイミングでした、侯爵様がお勧めくださり、さる高名な魔導師の許へ師事させて頂くことになったのですわ。……今のわたくしがあるのは、すべて侯爵様のお蔭です。ですから、侯爵様のご期待に背くような生き方は、決してしてはならないのです、わたくしは。」

 なんと誇らしげに語るのだろうかと、七志は彼女を眩しく感じた。

 夕暮れが近付く。最初の宿は近隣の中堅都市の予定だった。そこから一週間の行程を経て、王都へ……。


     ◆◆◆


 初等教育から始まり、高名な魔導師の許へ弟子入り。普通に考えても大きな資金の必要な話だ。

 そこまでの教育を施してやろうとも、奴隷の身分の者を開放するには勇気が必要だ。まして、体制を維持する側である貴族ともなれば、解放は実現不可能な事柄であろう。多く、解放を言いだした者たちが結婚という免罪符を使おうとしたのが証拠だ。奴隷制度に対する批判、あるいは王政に対する批判、反体制と取られかねない危険な行為。

 だから、奴隷制に敵対しないギリギリのラインで、文字通りの危険を冒して自身に与えられた数々の待遇を、彼女は奇跡と感じていた。その奇跡を与えてくれたフィラルド侯爵に、本当に感謝している。

「出来る事なら、御恩返しがしたいのです。どのようなご相談なのかは存じませんが、わたくしにお手伝いが出来ることであれば、微力でも尽くして差し上げたい。還しきれないほどの御恩を頂いたご家族ですから。」

 シェリーヌが本気で、フィラルド侯爵に恩義を感じていると知って、七志もキッカも胸を熱くした。

「わたし、わたしも協力しますね、シェリーヌさん。」

 小さな嫉妬などどこかへ飛んで行ってしまい、感極まってキッカは彼女の手を握った。


「思えば色々と山の多い人生を歩んでおりますわ、わたくし。」

 過去を振り返り、シェリーヌは懐かしげに語る。

「母は、お屋敷に残されました。ご子息エドワード様が成長なさり、本当なら用済みとなった身ですけれど、変わらずエドワード様付きのメイドとしてお傍に置いて頂けたのです。……母に会うのも久しぶりのことです。わたくしは、魔導を学ぶ機会を一度は得たものの、不運に見舞われ、奴隷の身に逆戻り致しましたけれど。」

 寂しげにシェリーヌは過去を語る。師事した魔導師が難病に襲われた際に、再び身を売ったのだ。恩を返す為に。

 命あるうちに知識の全てを弟子に注ぎ込もうとした魔導師と、師の志を継ごうとした奴隷の少女と。

 堰が壊れ溢れだす水のように、蓄財は失われていった。魔法という術のぼったくりな治療費はそのまま魔導師の許へ跳ね返ってきた。金は魔物のようなものだという事を彼女は身をもって教えられた。

「その後、何人かの主に仕えることとなりました。皆様、お優しい方ばかりでしたのは、ささやかな幸運でしょうか。何人かの方は、わたくしと婚姻し、わたくしを解放してやろうとさえ仰ってくださいました。」

 ふいに彼女は七志に顔を向け、まっすぐに視線を合わせた。

「ねぇ、七志様。人間というものは、捨てたものでは御座いませんわね。」

 奴隷というどん底の世界を見たからこその、彼女の素直な感想の言葉は、七志の胸に響いた。

「色々とありましたわ、色々と。」

 遠くを見る目で、彼女はそこで話を終えた。


 2日目の御者はその彼女、シェリーヌが請け負った。さすがに二日続けてジェシカに御者をやらせるのは可哀そうという提案だ。馬を操るのは、現代の感覚でいうなら車の運転をするようなもの、長く続けばそれは疲れもするだろう、と七志も納得する。……のだが。

 馬車の荷台、幌の内部は微妙に空気が重かった。

 キッカは、小さな嫉妬を捨て去ろうと懸命だったが、どうしてもジェシカのふてぶてしさに反感を抱くらしかった。

 ジェシカはジェシカで、売られた喧嘩は大歓迎で買い取るという性質だ。むしろ状況を楽しんでいるかにも見えた。

 よそよそしい空気のまま、為す術もなく七志は針の筵が敷かれたような馬車に揺られ続けた。

 変化があったのは3日目だ。

「今日は俺が御者席に座るよ。」

 七志が宣言した。


 一日交代で御者をするにしても、二人だけでというのはさすがに辛かろうと思ってのことだ。自身もキッカも馬には乗れないために、残る二人に負担を強いることになるのが心苦しいと感じていた七志の提案。

「僭越ですけれど、七志様は乗馬があまりお得意ではなかったと存じておりますけど……?」

 不安げにシェリーヌが尋ねる。

「うん。クリムゾン以外の馬には未だに振り落とされてる。」

 ここまで来たら半分ヤケで、七志は開き直って答える。どうしても乗せてくれないのだから仕方ないではないか。無理に乗ろうとすると、怯えたように暴れまくるのだから。「けど、普通に引いて歩くことなら出来るから、きっと俺を直接乗せたくないだけだと思うんだ。なんていうか、すごく悔しいというか、悲しい気分になってくるんだけど……。」

 最近覚醒したチートな運動神経であれば、ロディオのように暴れ馬を乗りまわすくらいは造作もないだろう。だが、根本的にそれは騎乗とは言わない。

 どの馬も、近くの水辺へ連れて歩き、身体を流してやると喜んでくれる。乗せてくれないだけなのだ。

「だからさ、御者席なら直接背中に乗るわけじゃないから、たぶん大丈夫じゃないかと思うんだ。」

「そうでしょうか……? けれど、七志様がそう仰るのなら、わたくしは異存御座いませんわ。キッカ様、ジェシカ様はいかが思われます?」

 シェリーヌが後方の二人に問うた。

「わたしは別にいいと思うけど?」

 ジェシカが答え、キッカがこくこくと相槌を返す。

「じゃ、そういう事で。無理だったら、シェリーヌ、悪いけど代わってくれ。」

 一言を残し、七志はひらりと御者席へ飛び乗った。


 馬は七志が御者でも暴れることなく順調に走り出してくれた。行程が長い、あまり無茶なペースは取らず、馬の歩みに任せて鞭は極力入れないようにとシェリーヌに指導された通りに、馬を繰る。

 後ろの幌が気掛かりではあったが、例の二人も彼女に託すことにした。

 夕方、次の宿場町へ到着する頃には、キッカとジェシカはすっかり和解して打ち解けている。さすがにシェリーヌは最高級を自認するだけあり、使えすぎる奴隷だ。女の子二人の仲も綺麗に修復してくれたらしかった。

 残りの行程もローテーションを組み、三人が交互に御者を務めて、目的の王都へと向かう。以前、王都へ向かった時には、そう言えば途中の都市間は人を雇ったりもしていた事を思い出した。

 馬を繰るのも、長期間となればなかなか疲れる。クリムゾンの乗り心地とは雲泥だった。そうして考えを巡らせれば、ゴブリン山への遠征にしても自分が他の騎士たちに遅れを取らずに済んだのは、何よりあの馬を有していたからに違いない、と結論する。そしてそれは、なにより、キッカへの感謝に帰結した。

 幌の中へ視線を向ける。女子会のように楽しげな三人の姿が幕間に見えた。



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