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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第二十六話 これは浮気に入りますか?

 七志は天窓から神殿の外へ出た。屋根を伝って移動するうちに、いつのまにやらジェシカが後ろに控えていた。

「七志さん! やっぱり逃げだしたのですね! 賭けはわたしの勝ちです!」

 なにやら聞き捨てならない台詞を吐いて、アサシンの少女はチートも無しで七志のスピードにぴたりと付いてくる。

「姉上と賭けをしていたのですよー! で、わたしは七志さんの事だからきっと逃げ出すと言ったわけです!」

「こんな事して何が愉しいんだよ!」

 ひらり。屋根から屋根へと飛び移りながらで、七志が怒鳴り返した。

 背後には騎士たちが、これまたジェシカ同様、七志のスピードに付いてくる。エリートの名は伊達ではなかった。屋根を行く者と地上を行く者と、二派に別れて追手をかけてくる。

 城の一角へ出た。

 七志はチートの鎧をさらに変形、廃屋敷で見せたアーマード・スーツの形態とは少し違う。現状で着込んでいる鎧が大きいため、これをコーティングする形で覆っている。ジャンプ、ついでホバリングで中空姿勢を整えたところへ、背中にジェシカが飛び乗ってきて、大きく態勢を崩した。

「危ない!!」

「きゃーっ!」

 悲鳴を上げている割にアサシンの少女は余裕綽々だ。さっと七志の首に両手を回し、ちゃっかりお姫様抱っこの態勢へ持ち込んだ。キッカへのライバル心だろう。

「断ると思ってました、七志さんがそう易々と陛下の思惑に乗るわけがないと信じてましたから!」

 開いた口が塞がらない。彼女の価値観がまるで理解不能に思えた七志だ。


「フィラルド侯爵の別邸はあちらです! 案内しますから、空中散歩と洒落込みましょう!」

 南の方角を指差して、ジェシカがはしゃいだ様子でそう言った。

「キッカ、ごめん!!」

 例の水晶を前に、カンカンになっているに違いないと、七志は空に向かって叫ぶ。

 なんだか皆していいように遊んでいるのではないかと勘繰りたくなった。

 城は小高い丘の上に建っている。城壁を超えると、一気に田園風景が眼下に広がり、一大パノラマを展開する。高度何百メートルから見下ろす景色は絶景だ。


 自分独りならば考えずに済むあれこれを気遣って、七志は慎重に飛行する。生身の人間を抱えての空中飛行は神経が細る。風圧や高度に気を配り、ジェシカが苦しくならぬように努めた。なるほど、飛竜便が魔法科学を用いねば運行出来ない理由が知れる。人間はデリケートに出来ている。

「なんだか夢みたいですね! なんてロマンティックなんでしょう、月の夜ならなお良かったのに!」

 七志の苦労も知らず、お姫様気分のジェシカは満足そうだ。この高さを恐ろしいとも感じないらしい。

 彼女には今回、一杯喰わされた上に手酷い扱いも受けたわけだが、なぜか憎めないキャラだと七志は思っている。好きと公言されたことが大きいのかも知れないが。

 こういう事も含みであれを宣言してのけたのだとしたら、ロシュト家は恐ろしい一族だ、とも思った。

「見えてきましたよ、七志さん! あれがフィラルド侯爵邸です!」

 整備された広大な庭。針葉樹が囲うように周囲の田園と館の敷地を区別する。森林公園を思わせるまばらな木々の中に埋もれるように、白亜の屋敷が建っているのが見えた。


 正面玄関の前にある大きな池の前に着地。使用人とおぼしき人々が大慌てで、手に手に武器を構えて闖入者を威嚇した。彼らに遅れて、屈強なボディガード数人を従えたいつぞやの美女がゆっくりと玄関口から現れる。

「あらあら勇者様。ずいぶんと荒っぽいご訪問ですわね。しかも、招待もしていない従者まで従えて。」

 使用人扱いで怒り出すかと思いきや、ジェシカもこなれたもの、優雅に一礼を返してのけた。

「国王陛下の命により、七志様の護衛を務めております。ご無礼はお許しを。」

「ほほ。先程の状態では、どちらが衛士だか解からなくてよ?」

 空中飛行の様子をどこかで見ていたのだろう、棘のある言い回しだ。そうこうするうちにも、喧騒が遠く聞こえてきた。門の外で近衛騎士団と館の使用人とが揉めている気配がする。

 一切気にしないまま、アデリーンは七志をうっとりと見据えて言い放った。

「勇者様、わたくしも空中散歩を楽しんでみとう御座いますわ。御滞在中のうちにでも、叶えて頂けますこと?」

「え。ええ、そのくらいならいつでも。」

 しっかり足元を見られている。ここはご機嫌を取っておくしかない、と七志も引き攣りながらで笑顔を作った。


 喧騒はまだ続いているようで、ここ、中庭にまで言い争う声が届いてくる。あの後、二人は屋敷へ通され、一息つくことが出来たわけだが。さっそくとお茶に誘われた。

「きっと来て頂けると思っておりましたわ。どうぞ、ごゆっくりと滞在なさって下さいませね。陛下もすぐに引き揚げの命を下されるでしょうし、騎士たちもそのうちには居なくなりますわ。」

「知ってたんですか、」

「もちろん。出席の命が出ておりましたもの。……茶番と知って出ていくのも馬鹿らしいでしょう? 仮病を使ってお休み致しましたの。王妃様がいらっしゃれば事足りますでしょ。」

 暖かい日差しが降り注ぐ中庭のテラスで、優雅にティータイムを楽しみながら、アデリーンは不敬な告白をする。

 愛されているという自信がそうさせるのか、もともとの性格なのか、豪胆な女性と見えた。

「七志様のご用件も知っておりましてよ。わたくしに、執筆依頼をなさりたいのでしょう? かの大富豪とエルフの少女にまつわる悲恋の物語……なかなか面白い題材と思いましてよ。」

 アデリーンは知った風だが、七志にとっては初耳だ。つい、ジェシカの方に視線を向ける。

「七志さん、アデリーン様は宮廷小説をお書きになるんですよ。」

「ほんの手慰みで始めましたのよ。どうにも、それまで出回っていた作品というものは下品で、受け付けなかったのですわ、わたくし。もっと高貴な物語はないものかと。そうしたら、期せずして話題となっただけですのよ。」

 かなり嫌味な言い方で、七志は少々引っ掛かりを覚えた。自身は鳴かず飛ばずのマイナーアマチュアだ。必死になって書いたものより、暇つぶしで書いたものの方が評価が高い、そういうこともあろうと悔しい気持ちを静める。

 人の気も知らないで、隣の能天気読者が人気作家を絶賛する。

「すごいことですよ、七志さん! 姉上も幾人かの作家のパトロンになってらっしゃるけど、その方たちより断然、アデリーン様の方が人気は上ですからね! 書いて頂きましょうよ!」

「そうですか……、じゃあ、よろしく……お願いします……、」複雑な心境の七志だ。

 楽しみー! 残酷なほどの明るさで、ジェシカはうっとりとため息を吐いた。


     ◆◆◆


「わたくし、実は夢を見ましたの。不思議な夢でしたのよ? 女神が現れて、わたくしをいざない、100年も前の、かの時代に連れて行ったのですわ。そこで見たものが真実かどうかは、わたくしには解かりません。けれどその物語は、はかなく、悲しく、とても美しいものでしたの。もし、その夢のお話でよろしければ、わたくし、書かせて頂きたいと思いますのよ。」

 何の符号だろう。彼女もまた、キッカ同様に女神の夢を見たという。

「あの、それっていつの話ですか?」

「ほほ。そんなに顔をお近づけになると、唇を奪ってしまいたくなりますわよ?」

 勢い込んで身を乗り出した七志に、アデリーンは妖艶な笑みを浮かべて豪奢な羽扇子を広げた。

 慌てた様子で七志が引っ込むと、彼女は話を続ける。

「あれは2~3日前でしたわ。寝苦しい夜でしたの、よく覚えていますわ。夜風を入れるために窓を開けて、それからほんの少しお酒を頂いて、それでようやく眠りが訪れました。浅い眠りのうちですわね、急激に、夢の世界へ引き寄せられましたのよ。」

 2、3日前……それではキッカと同時ということではないらしい。七志は少し混乱気味に、彼女の話に合わせて頷きを返す。あの事件が起きたのは、数週間前になる。このズレは何の意味だろうか。

 もう一つ、気がかりがあり、七志は先にそちらをどうにかする必要性を感じていた。

「あの、もう一つ。……実は、タイラルとエルフの件については、王様が箝口令を敷いているんです。ですから、この話を書くということは、国王の勘気に触れる危険な行いかも知れません。もちろん、王様は俺が責任をもって先に説得しておきます。なんとか執筆の許可を取りますから、その時は、書いていただけますか? 俺は、彼らの汚名を晴らしてやると墓前に誓ったんです。」

 いや、墓はないから、墓標というか廃屋敷にというか……。後半、しどろもどろになりながら、なんとか七志はアデリーンを説得しようとした。

「陛下のお許しならば、わたくしもお願いしてみますわね。正直なところ、わたくしもどうしても書きたいと感じましたのよ。女神がわたくしの前に現れたることも、きっと、それをお望みだからなのですわ。女神の啓示を無下にするなどと、そのような恐れ多いことを陛下も良しとはなさらないでしょう。」

「有難うございます! よろしくお願いします、本当になんて礼を言えばいいか……、」

 感極まって、七志は迂闊な言葉を吐いた。

 アデリーンの瞳がキラリと光る。

「お礼だなんて。ほほ。……少ぅしばかり、御相談に乗って頂けましたら充分ですわ。勇者様。」

 耳元に囁かれ、同時に七志は自身の失敗に気付かされた。墓穴を掘った。


「んもうっ! なにやってんのよぅ、七志ったら!」

 枕を引き千切らんばかりに振り回しながら、キッカがぼやく。虎目水晶には、王の愛妾を前にしどろもどろと逃げ腰の勇者が映し出されている。

「おやまぁ、七志様は相変わらずで御座いますなぁ。」

「だからアンタが付いていってれば良かったんじゃないのっ!」

 キーッ、手にした枕を床にばしばしと打ち付けた。

 フィオーネの婚約披露から始まって、ジェシカの空中散歩に、アデリーンとのティータイム。まったくあの男はどれだけ一度に浮気しまくれば気が済むのだろうかとキッカは枕を床に打ち付けながら、半泣きになっていた。

「いや、しかしさすがは麻衣菜様の見込んだ相手でございますな! あれだけの美女揃い、誘惑満載のいかなる場面においても、すべてことごとく断ち切っておりますからな!」

 きっと今回も大丈夫! 慌ててカボチャがフォローした。

「どうせ、美少女じゃないもん……、」

 フォローのつもりがトドメを刺したようだったが。


「いや、いや、いや! 七志様なら大丈夫でございますとも! 麻衣菜様も、陰ながら力になろうとあれだけ努力をされておられるわけですから! これが通じぬような男ならば、それこそ打ち捨てておしまいなさいませ! 好いている価値もございませんから!」

「気持ちなんてのはどうにもならないでしょ。こんなに苦しくても、やっぱり七志のことばっかり見てるんだから。」

 鬱モードに入った麻衣菜を宥めて、カボチャがくるくると彼女の回りを飛び回っていた。

 ふんだ、と麻衣菜は拗ねてしまい、枕に抱き着いたままでいじいじと床の上で指を捏ねている。肩に止まったピンクの魔物が小さな羽をバタバタとはためかせて喚いた。

「七志に目にモノ見せてやりましょー! 悪夢を毎晩プレゼンツ!」

「どんな悪夢?」

「巨大化した麻衣菜様に踏みつぶされる悪夢っ!」

「ぜったい許さない。」

 鬱モードでも相変わらずな主に、カボチャはやれやれと密かに肩をすくめる。彼らの真の主はこの麻衣菜だ。

「まさかに七志様も、アデリーン様の見た夢がこちらの操作であるなどとは思いもしますまいなぁ。」

 カボチャはにやけた表情を浮かべ、麻衣菜の肩に止まる見慣れぬ魔物を見つめた。ピンク色のコウモリ。漫画チックなトボけたフォルムだ。この見た目が、可愛いのだか不気味なのだかは判別が付けかねる。

 これは、先日生み出された新たな仲間。自在に人の夢を操る能力を与えられた麻衣菜の創作魔物の一匹だった。

 アデリーンは麻衣菜が見た夢のコピーを見せられただけのことだ。


 同じ夢のコピーを王妃にも見せようとしたが、そちらは失敗した。さすがに暗殺者一族の要、室内に残る異質な気配を敏感に読み取り、謀略にも気付いた。それはそれで巧い具合に作用しているのだが。

「陛下、先日の妙な気配の持ち主ですが……どうやら陛下の、可愛い別宅の君の許へも訪れたようですわ。」

「そうか。」

 嫌味などいちいち受け止めていては身が持たない。そも、この国の男女は常に複数の恋愛を操るものだ。隣国から移住した一族の者には理解され難いようだが、そういうものなのだから諦めてもらうしかない。

 自身が特別多情なわけではない、と別段、国王は言い訳じみた言葉も悪びれた態度も見せない。横目でその様を眺めやり、王妃は話の筋道を変えた。

「陛下に近しい二人に同じ夢など見せて、何を企んでいるのかと思えば。件の来訪者に関わることでしたわね。」

 既にリーフラインから事情の説明は聞き及んでいて、呆れ顔で王妃は続けた。

「100年も昔に生きた者たちに、今さら何の名誉だというのでしょう。センチメンタルなことですわね、相変わらず。」七志がそう願った経緯、感情の流れは理解する。が、理解するだけで共感はない。「件の魔女も、どれほど恐ろしい相手かと思えば、思ったよりも甘いようで拍子抜けですわ。」

「そうか? 我は恐ろしく感じるぞ。子供というものは、理屈ではないからな。」

 この国はおろか、近隣諸国が集結したとしても勝てないほどの力を持つ二人の来訪者。それが、それぞれに『子供』だという事実に、国王アレイスタは深く思慮を巡らせていた。

 黙りこくる王に代わるように美しい王妃が口を開く。

「いずれ消えてしまう者たち。けれど、消え去るまでは油断なく構えねばならない。こちらがどれほど戦々恐々としているか、彼らはまるで知らない――」

 ふと、窓の外を見遣り、王妃は人形のような美貌を無機質なものに変えた。


「七志の願いを聞き届けてやるがよい。昔のおとぎ話がどう変化しようと、大勢に問題はあるまい。」

 書く者が王家に近しいならばなお良い。エルフどもが騒いだとして、原因は来訪者だと言い張れば済む。七志の言うとおり、機密に関しては大きく筋道を変えて、最初から件の少女は原因不明の奇病に冒されていた、あるいは魔物に取りつかれていた事にでもすれば良い。

 真実に辿り着く者が居なければ良いのだ。

「陛下の別宅へ滞在している期間が長くなると面倒ですわ、あらぬ噂の種にもなりましょう。ジェシカも付いているとは言え……、あの子も何をしているのか。申し訳ございません。」

「ちょうど良いではないか。アデリーンは少々潔癖だ、我以外の男が寄りつかぬでは都合が悪いと感じていたところだからな、今回のことが無ければお前の兄を差し向けていた。」

「残念ながら、兄は彼女以上に潔癖ですわよ。」

 気性が似通うぶん、付き合えば巧く行く気がしなくもないが、ひがな一日チェスか論戦でもしているのが関の山だと王妃は両断した。国王が案じるのは、王妃の支持より愛妾であるアデリーンの支持が上がることだ。この時勢、王侯貴族の浮気など珍しいことでもなく、罰せられるほどのこともないが、印象はやはり悪い。一途に一人を愛することに美徳を見出すのはどこも同じだ。

 政治はバランスが肝心だ。王妃の独り勝ちも危険であるし、愛妾の一人も居ない王では都合が悪い。ほどほどに、王妃は嗜虐趣味だが忠誠が高く、愛妾は有能だが誘惑に負けることもある、という具合であるほうが良い。

「ふむ。……勇者に泥をかぶせておくが得策、か。」

 こうして、数日のうちには王の愛妾が稀代の勇者と情を交えた、との噂が広まることとなった。



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