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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第十七話 神の力はチートと呼ぶに相応しい。

『七志、館の跡地は雑木林を抜けた先にあるよ。』

 キッカとの通信はまだ繋がっているようで、ひとまずは安心できた。この一帯は特に磁場の乱れが強く、魔法が通しにくいと聞いている。どこまで通信が確保出来るかを探る事も目的の一つだ。気持ちが揺らぐ前にと、七志は半分ヤケになりながらで、夜間の敢行軍を敷いている。どうせ一度や二度の突入で終われるクエストではない、まずは偵察を。中で動ける者が七志一人ということもあって、今度の仕事は長くかかりそうだと皆が感じていた。

 ターゲットのエルフたちは地下の鍾乳洞に潜んでいるらしいという情報。屋敷の地下は傍に鍾乳洞が伸びていたらしく、壁を破壊して彼らはその近辺をうろついている。

 屋敷は広大な敷地ごと一番外を鉄条網付きの煉瓦壁、内側に二重の魔法陣を張り巡らせて、外界と遮断していた。内側の魔法陣はオーソドックスな永続魔法だが、外側はいつかの転移装置と同じような大掛かりな魔導装置によって、高圧電流を発生させ周囲を囲んでいる。地下にまで及んで、何物も中へ入らせない。鍾乳洞は、そこへ連なる水源の流れごと変えてしまったとも聞いた。大掛かりに、封印が為されている。


 かつては館を囲む丘陵一帯に葡萄が植えられていたという。今は見る影もなく、鬱蒼とした木々に景色を封じられている。けもの道さえ存在しない、蔦が絡まり、足を踏み入れる隙もない雑然とした森。原生林。びっしりと生えた大小様々な木々をこじ開け、光も差さぬ暗い茂みを掻き分けて進む。ロボでなければとうてい無理な仕事にさえ思えた。本部は変わらず、この街で拠点に指定した宿屋の一室。古い地図が残されていて、これはエルフたちが保管していたものだという。それを見ながらのナビゲートをキッカが七志の機体へ送っていた。

『その先5m、外壁に行き当たるよ。壁に沿って右へ進めば玄関の階段だよ。』

 ナビゲートが役に立つ。注意して進んでいても、掻き分けた木々の間に突如として壁が現れ、あやうく突き崩してしまうところだった。先もって知っていたお蔭で壊さずに済んだ。

 壁に沿って進めば進んだで、ところどころで樹が館の内部まで浸食し、屋根を突き抜けて生えていたり、壁を崩して肥大していたりする。富豪の館が形を失くすのもじきだと思えるほどに。

『七志、地下へ降りるまえに屋敷の中を物色してみてほしいって、魔導師さんが。』

「解かった、」

 そっちの方がよほど気が楽だ、と思いながらで返事を返すと。

『地下の者たちがうろついてるかも知れないから、気をつけてって。七志。』

「……解かった。」

 声のトーンが自然と1ランク下がった。


 現状、七志の機体はいつもの2分の1程度の大きさになっている。ロボットというより、ボディ・スーツといった状態になり、七志自身が歩を進めている。5m以上あった身長は2mほどだ。とにかく七志の思うまま自由自在になるとは言え、ここまで変形が可能だとは思わなかった。いつものずんぐりしたボディに比べるとスマートだ。

 出発する前、変形してゆく機体を興味深げに眺めていたリーフラインが感嘆の声を上げたものだ。

「いやー、これぞ神の力というべきか、色々とデタラメだねぇ。相変わらず。」

「ほっといてください、」

 本人は別に嫌味のつもりもないのだろうが、七志には棘があるように聞こえてしまう。

 魔法といえば七志の世界では荒唐無稽だが、この世界では立派な科学だ。法則も原理も存在する。その、第一級の科学者に相当する彼の目から見ても、色々と不合理なシロモノなのだろう、七志の、『神に与えられた力』というものは。魔法とはまた別のものという認識があるらしい。

「ロボットってのは、こういうもんなんですっ。」

 七志にしても、システムだのメカニズムだの、細かい部分となるとまるで見当も付かない。ただ、こうと思えばそれが実現されるだけで、そこに内包された複雑な機構など理解の及ぶ範囲ではなかった。

 背中のハッチをこじ開けて中を覗き込んだリーフラインが更なる感嘆の声を上げる。

「おお! なにがなんだか、さっぱり解からない!」

 裏付けるような一言だ。この世界一流の科学者であるはずの男に解からないものが、普通の学生に過ぎない七志に解かるわけがない。


「さすがに神の力というものは、我々の知る魔法科学をも超越する不可思議な力だ。およそ不可能というべき事は何もない。神にかかれば、どんな不条理もまかり通ってしまうんだ。」

「神が万能だと信じられているわけですか?」

「君たちの居た世界では、魔法も、神の力の具現も存在しなかったらしいね。あったとしても、とても不確かなもので世間に認められてはいなかったと聞いているよ。君たちの世界の神は、君たちの世界にノータッチだったんだろう。けど、ここはそうじゃない、魔法は確かに存在し、神はガンガン干渉してくるのさ。」

 否定的な七志に対して、リーフラインは笑いながらでそう答えた。

「理論上に過ぎないことだが、神の力がどの程度のものなのかも考えられてきている。およそ不可能とする事柄は存在せず、過去と未来を自在にし、あらゆる事象に干渉することが出来る。善ではなく、悪でもない。その意思は掴みどころがなくて、顕現した神の力である来訪者という存在も、何を意味するものなのかは不明だ。」

 規則性がまるでない為に、何のためにこの世界に現れるものなのかさえ解かってはいない、と魔導師は言った。


「時空を自在にするということは、不可能が存在しないということだ。いいかい、君は別の時空から連れて来られた。君と言う存在をすっぽりと切り取って、ここへ放り込んだんだ。魔法の存在しない世界の人間を引きずり込み、魔法を遥かに上回る力を与えて。二つの世界に関わる多くの法則を無視してのけたわけだ。……神に出来ないことは無い、死者蘇生に存在末梢、世界創造から破壊まで自由自在ってわけさ。まさしく無敵の暴漢だ。」

 元の世界の君が居なかったことになっているか、行方不明扱いかは、こちら側の住民である僕にはまるで見当が付かないけどね。リーフラインは肩を竦め、ほとんどの来訪者が聞いたのだろう質問の回答を聞かれる前に答えた。

「七志、この世界の神は信仰の対象であっても、君の世界でいうような願いを叶えてくれる存在ではないんだ。自然信仰というものを聞いた覚えは?」七志がこくりと頷く。「……よろしい。こっちの信仰はそれに近いものなんだよ。」

 自然現象の脅威を恐れ祀った、古来からの宗教観念。それに近いと魔導師は言った。

「神々の意思は深遠すぎる。人間の働き掛けでどうこうと動かせるような、そんな存在ではない。自然の、嵐や地震、多くの恐ろしい災害同様に、コントロールの効かないものだ。荒ぶる神々の力に、人はせめてと祈るだけ。自然災害も神々の意思と思われた時代もあったからね。まぁ、関連している場合も多々あるわけだが。そうして静まることを願ううちに生まれたものが、こちらの世界の宗教だ。」

 神は人間を愛しているわけでも、特別視しているわけでもない、とリーフラインは皮肉を言った。かつて、そういう宗教談義をこの男と交わした来訪者でも居たのだろう。

「荒ぶる神々は魔神であり、本当の神は嘆き見守っているとする、新しい宗派も出てきているよ。」

 来訪者の影響だという。


 不可能がないというのなら、なぜ世界はこんなに不条理なのか。そんな疑問は浮かばなかったのか。七志は考えながら、鬱蒼と密林のように変わり果てた、かつての富豪の屋敷の跡地を進んだ。


     ◆◆◆


 屋敷の中は、これもまた長い年月をもの語り、荒れ果てた状態だった。降り積もった埃、カーペットの端には雑草さえ生えている。苔むした地下のワインセラーにはまだ封を切られていない特上のワインが何本と眠る。キッチンは半壊していた。何が起きたのか、想像に易い。食糧庫は遠い昔に荒らされたものか、今では何の痕跡も残さず、埃が積もっているだけだ。

 ギシギシと鳴る廊下を渡り、二階へ向かおうとした七志は大広間の大階段が崩れ落ちていることに気付いた。床に若木が芽吹いている。見上げた天井の、かつてはステンドグラスだったのだろう大穴から陽の光が差しこんでいた。静まり返った屋敷の内部。怪物がどこかに潜んでいるにしても、近辺には居ないに違いないと思わせるほどだ。

 廃墟と化した富豪の屋敷は、どこか幻想的な風景だった。

『七志、こっちから遠隔魔法を送る。そちらでどうなるか、確認データを取ってくれ。』

「了解、」

 さっそくと七志はホバー機能を駆使して浮き上がり、ふわりと大穴から外へ出た。空中姿勢もバランサーで難なく維持出来る。SF映画と遜色ない動きは、完全に七志の世界の化学を上回っていた。

 屋根へ着地。同時に通信機器にぶつぶつと魔導師の呟きが漏れ聞こえてきた。

『天地、王侯たる諸精霊の御名に措いて、ことわりちえの解除をもたらす、二つ世に通じる道、開く鍵と錠、言の葉にて代替えし、我が求めに応じよ。今、この大地へと林立する如くいかずちを呼べ。』

 通信機から詠唱らしき言葉が聴こえ、一区切りが述べられた。七志の見下ろす玄関ホールの広間が、突然の陰りで暗くなる。見上げれば、空は曇天に変わっていた。

 激しい落雷があたり構わずに降り注いだのは数分くらいか。だが、どれも遠いもので、稲光と音響はかなりの差をもって届けられる。雷鳴は遠い。

『……まぁ、こんなもんかな。』

「山の向こうで派手に光ってますね。」

 大外れだ。


『遠隔魔法はこんな感じでことごとく無効になってしまうんだ。恐らくは空間に歪みでもあるんだろう。だけど、チート魔法は関係なく使えるようだから、今、この通信が生きているのも、七志の持つチート力の影響だと考えられる。』

 魔導師の生み出した数々の魔法系統を『魔法』、来訪者たちの持つ純然たる神の力を『チート』と区分するのだと、リーフラインは七志に教えた。七志のイメージするチートという言葉は、ズルとか不正とか、ゲーム関連の嫌なイメージなのだが、こちらではまた違った意味合いがあるらしい。何の苦労もなく手にした力、という皮肉も、もしかしたら込められているのかも知れないが。

『しかし、転移魔法の応用で文書などのやり取りをするなら幾つも方法があるが、直接声を届けるってのは斬新だなぁ。現状の基本戦術がひっくり返るよ、きっと。』

 一度でも見てしまえば、幾らでも応用発展させてしまえるのが、この世界の魔法事情だ。電話が作られる必要はなかった。前段階である手紙という手段が、一瞬で移動を果たせるからだ。

 魔法はどんなものでもそれなりに値が張り、一般にまでは普及しない。市井の人々は中世レベルの生活でのんびりと暮らし、王侯貴族は魔法で先進文明を必要に応じて取り入れている。そんな中で、タダの魔法を湯水の如くに遣いまくるのが、来訪者という存在だった。ゆえに彼らの使う魔法はチートと呼ばれ、本流とは区別されることが多い。

 戦場にて七志の使った『通信』という手段が登場するのはじきだろう。そして、『妨害魔法』で無効になるのはさらに早いと思われた。一度きりの徒花で終わるだろう、一瞬で全文が届くなら文書のほうが上策だ。


 七志自身も、専門家であるリーフラインですら気付かなかった事実がある。ひやりと胆を冷やしたのは、魔導師の隣で通信担当を受け持つキッカで、彼女だけは気付いていた。なぜ、通信手段が今まで生まれてこなかったか。来訪者同士はいつでも敵対し、共闘する機会がない。ゆえに、神の力が双方を行き来するのは、これが初めてなのだ。キッカの持つチートと、七志のチート、両者が組み合わさることで、今回の『通信』という手段は可能になっている。瘴気の強いこの一帯では特に。短期間で消えてしまう来訪者の事情もあり、今までは誰も気付かなかったのだろう。

「はぁ……、」 

 少し、キッカの側に負担が厳しいようでもあった。胸が息苦しく、圧迫感がある。けれど、七志のチートと思われている現状、それを訴えるわけにはいかなかった。  

「キッカ、顔色悪いけど大丈夫? 磁場の影響を受けてんじゃないの?」

「大丈夫です、ちょっと胸焼けがしてるだけ。朝食を食べ過ぎちゃったかな。」

 笑いで誤魔化し、鋭いリリィの観察を避ける。どこでバレるかも解からない、自身が、魔女であるという事が。

 どうにも気分がすぐれず、座っていることさえ辛かった。

「七志、内部の探索を始めて。光源が使えるかどうかも試してみてね。」

『解かった。』

 夕暮れまでに片が付けば良いが。あと何時間かかるだろうかと考えかけて、振り払った。

 考えることは、辛さが増すことに繋がる。喉元にせり上がってくる嘔吐感を、代わりに何度も飲み下した。



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